第18話「突然ですが、指導を受けます」
義眼を授かってから月日は流れ、早いものでもうじき春が訪れる季節になった。
夜は相変わらずマオと一緒に眠って魔力の制御訓練を行い、朝になれば雪かきや狩りなどをしながら体を鍛え、昼過ぎや外に出られない日は机に向かって勉強をする日々を繰り返していた。
体の方はすっかり良くなっていて、火傷で爛れた皮膚や髪もある程度は治ってきていた。
明らかに、異常な回復速度だ。父さんや母さんはもちろん、たまに経過を診に来てくれたジェーンさんも「お前さん本当に人間かい?」と驚き目を瞠っていた。
おそらくはマイナ様の加護のおかげなんだろうけど、それを証明する手段がなかった。
説明してもややこしいことになるだけだし、自分でもわからないと首を傾げて誤魔化すことにした。
そして、いよいよ暖かくなってきたある春の昼下がりのことだ――――
「レオ! さあ、修行の成果を見せてみろ!」
家の庭で身の丈ほどある大剣を軽々と肩に担ぎながら、胸を叩いて不敵に笑ってみせる我が父親。
「いや父さん? 修行の成果って言っても、昨日もやったじゃないか」
「男子、三時間会わざれば刮目してみせよ! というじゃないか」
「男子、三日会わざれば刮目して見よ、な(なんでそんな諺があるんだ……)」
「む、そうだったか? まあなんだっていい、さあレオ! 成長したお前の強さを見せてみろ!」
「毎日そう言ってから訓練始めるけど、父さんボケ始まってる?」
ここ最近は天気もよく足場もしっかりしているので、父さんとよく剣術の訓練をつけてもらっていた。
ベルウッドさんから届いた過去のアイワーン学園の試験の傾向には、筆記・魔法実技に加えて、武術による実技試験が存在していた。
王都には三つの主流剣術があり、いずれかの流派の使い手相手にどれだけ戦えるのかを見る試験であり、合格基準は担当者によって大きく変わる。
どの流派が相手になるかはわからないが、とにかく魔法だけじゃなく剣術も鍛えなければならない。そこで俺は元冒険者でもある父さんに声をかけ、特訓してくれないかと頼み込んだ。
しかし、もともと父さんもそのつもりだったらしく、アイワーン学園を受験する話がなければ近隣のアカデミーに通わせ、そこで剣術で一目置かれる存在にするべく訓練する予定だったと話してくれた。
ただ、特待生を狙うという話が出てからは勉強の妨げになるかもしれないと言い出せなかったと言い、俺から誘ってもらって嬉しかったと張り切っていた。
その結果が、今目の前にいる親父殿の姿である。
子供の俺以上に張り切る姿は、なるほど魔力があまり多くなさそうな人種っぽい気がする。
しかし、そんな気の抜けた感想を抱けていたのは、訓練開始前までだった。
「それじゃ、今日もよろしくお願いします」
俺は納屋に置いてあった木剣を手にし、一礼してから構えを取った。
「おう! どこからでも掛かってきなさい!」
対する父さんは鞘に収めているとはいえ、本物の大剣である。
破壊力という点では木剣では比べ物にはならないが、重量とスタミナ消費というハンデはこちらとは比べ物にならない。
……そう思っていたのだ、最初の頃は。
「ふっ――――!」
大剣を構えている腕とは逆方向に回り込み、すれ違いざまに胴をなぎ払うように素早く滑り込むが。
「まだまだ遅いぞ!」
肩に担がれていたはずの大剣が、あっという間に俺の前に立ち塞がり防御されてしまった。
木剣が大剣の腹を打つが、どうせ防がれるだろうとあまり力は入れていなかった。
足を止めずに再び走り出し、何度も剣の守りが届かなさそうな場所に回り込んでは剣戟を叩きつけた。
しかし、その都度大剣が割り込んできて攻撃が防がれる。
しかも悔しいことに、父さんはその場から一歩も動いていない。
向きを変えるための最小限の足捌き以外、訓練を始めてから一歩たりとも動かすことができずにいた。
(ていうか、なんであんな重そうな大剣を軽々と振り回せるんだ……!?)
横幅はそれほどでもないが、明らかに5、6キロ以上はありそうな無骨な大剣だ。
それを片手で構えているどころか、まるで木剣と変わらない速度で振り回すもんだから冗談じゃない。
今は受けに回っているが、こっちが半端な攻撃を仕掛けたらカウンターまで返される。
我が父ながら、本当に人間かと疑いたくなるような馬鹿力とスタミナだ。
「どうしたレオ! お前の力はまだまだそんなもんじゃないはずだ!」
「というか、やみ上がりの兄様相手に大人げないのだ」
「そうねえ。あの人ったら息子相手でも手を抜けないから」
「まるで子供なのだ」
「ぐふっ!!」
外野にいるマオと母さんの辛辣な言葉が父さんの胸を貫く。
これ、打ってもいいのかな? 気づかれないように素早く忍び寄って打ち込んでみるが、やはりあっさりと躱されてしまう。
「ふっ……俺の隙を狙う着眼点はいいが、まだまだ甘いぞ」
「さっきから「甘い」としか言わないけど、他のアドバイスはないのだ?」
「あの人の剣術って、勘と経験則で作り上げた自己流だからねえ。口で人に教えるのは苦手なのよ」
「それでロクなアドバイスがさっきから全然ないのだな」
「そうなのよ、困っちゃうわねえ」
「そういう割に、母様はうれしそうなのだ。どうしてなのだ?」
「好きな人の欠点っていうのは、とっても可愛らしく見えてしまうものなのよ。マオちゃんも大きくなったらわかるわ」
「へへ、やめてくれよ母さん。訓練中に惚気けるのはさすがにまずいぜ」
ノロケか? 褒めているようで見事に馬鹿にされているような気がするんだが、俺の気のせいか?
だが、父さんの剣術は我流だったのか。どおりで動き方が極端だったわけだ。
大剣だからというのもあるが、父さんの動きからは型や規則性といったものが見いだせなかったのだ。
前世では一応道場に通ってかなりの数の試合をしていたので、試合勘というものは備わっているつもりだった。
もしかするとブランクが長いせいで錆び付いていたかなと思ったのだが、そうではなかった。
頭で考えるよりも体で考える、あるいは直感型とも言える自由奔放な動き。いくら考えても読みきれないはずだ。
(でも、それは俺も見習うべき点かもしれないな。こっちの世界ではルールに縛られた戦いなんてほとんどないだろうし)
面、胴、小手ばかりを狙っていては簡単にこちらの動きが読まれてしまう。
むしろ父さんは直感でそれを理解しているから、あんなに早く防御に回れるのかもしれない。
いっそのこと、前世で習った動きは一時的に忘れてみようか。
すぐに父さんほど自由奔放というわけにはいかないかもしれないが、ルールに縛られて行動を制限する必要はどこにもないんだし。
「……よし。仕切りなおしだ、父さん!」
「おっ、顔つきが変わったな。さあ、来いレオ! お前の真の力を見せてみろ!」
「少年漫画じゃないんだから、真の力とかないよ……」
改めて気合いを入れ直して父さんに挑んだものの、結局アカデミー受験まで一度も勝つことはできなかった。
これは後になって知ったことだが、父さんは母さんと結婚して子供が出来てから冒険者を引退したのだが、その際のランクはBランク冒険者だったそうだ。
最上位ランクのAに昇格するためには高ランクの魔道具を装備している必須条件であるため、審査に引っかかって昇格はできなかったが、実力的にはAランク冒険者と比較しても遜色ない実力者だったというのだ。
そりゃあ、まだ成人してない子供じゃ一矢報いることもできるわけないよ。




