第16話「突然ですが、夢の中にいる」
気がつくと、辺りは真っ暗だった。
これといった音も聞こえず、星明かりもない、完全な闇の中だった。
どうしてこんなところにいるのか思い出そうとしてみるが……どうにも頭がはっきりとしない。
でも漠然と、これは夢の中なんじゃないかという確信だけはあった。
何故ならば……マイナ様が交信する際に用意する空間にいる時と、同じような感覚があるからだ。
けれど、全く同じではない。何より見える光景が全然違う。
『兄様……兄様……聞こえていたら、返事をしてほしい……』
どうしたものかと腕組みし頭を悩ませていると、ふとマオらしき声が聞こえてきた。
俺のことを兄様と呼ぶのはマオだけだ。けれど、その口調がどこか異なっている。
いつもの舌っ足らずな話し方ではなく、声色も少し落ち着いた女性のようだった。
『兄様……兄様……?』
「ああ、大丈夫。聞こえているよ、マオ」
『ああ、良かったのだ。今、兄様の夢と私の夢を共有している。ここでなら眠りながらでも魔力の使い方を教えられるし、感覚としても伝えやすいから、こんな方法を取らせてもらったのだ。信じてもらえないかもと尻込みしてしまい、説明をせずにいきなりやってしまった。申し訳ない……』
「そういうことだったのか。気にしなくていいよ、マオ。それじゃあ教えてくれるかな?」
『兄様……! うむっ、もちろんなのだ!』
張り切ったマオの声が聞こえてくる。
声色はいつものマオと違うけど、聞こえてくる調子はやはりいつものマオと同じだった。
『それじゃあ、今からマオが兄様の体に魔力を流してみるのだ。兄様は、それを感じ取ってみてほしいのだ』
「魔力を、感じ取る?」
『うむ。右手から流していくから、集中してみてほしいのだ』
言われた通りに、右手に意識を向けてみる。
周囲が真っ暗なせいで目で捉えることはできないうえに、どことなく夢見心地なせいか体の感覚が非常に鈍く、自分の体なのに把握することが困難だった。
けれど、マオに言われたとおり睨みつける勢いで右手に集中していると、指先に不思議な熱が宿り始めた。
はじめは人肌ほどに暖かい温度で、指先から手のひら、そして腕から肩へとゆっくり伝播していく。
そして熱が顔に差し掛かったところで、異常なことに気づいた。
熱を帯びた体の部分だけが、うっすらと光を発していたのだ。
熱が体を伝わるたびに、少しずつ全身が発光していく。ほどなくして熱が全身に行き渡ると、闇の中に自分のシルエットが浮かび上がっていた。
『兄様、今、全身に魔力を行き渡らせたのだ。何か変化を感じられているか……?』
「変化……というのかな。全身がポカポカと温かいし、その部分がなんか光って見える」
『それが魔力なのだ。魔力が目にも行き渡っているから、視覚でも捉えられるようになっているのだ。ただ、兄様が今感じ取っているのはあくまで私の魔力。兄様は自分の魔力を感じ取って、同じように全身に張り巡らせてみてほしい。生き物の体というのは精密だから、そうするだけでも魔力制御の良い訓練になるのだ』
「なるほど。それはわかったけど、まず俺の魔力っていうのはどこにあるんだ? それがわからないと……」
『少し待つのだ』
そう言ってマオの声が聞こえなくなり、突如、目の前に炎が立ち上った。
轟々と燃え盛る炎は、しかし肌を焼き焦がすほどの熱さはなく、熱風を叩きつけてくるようなこともしない。
不思議な炎だなと思って見つめていると、ふと、その炎の中に人の輪郭のようなものが見えた。目の形、鼻立ち、口元……それらがどことなくマオに似ていているが、全く同じとは言えなかった。
「マオ……?」
思わずそう聞いて確かめてしまうほど、目の前の女性は大人びていた。
十代後半から二十代前半くらいだろうか。よくよく見れば5歳のマオの面影は残っているから、現実でも成長すればこんな美人になるのかもしれない。
「そうなのだ。正確に言えば、兄様に流した魔力に意識を移しているだけなのだが」
「それじゃあ、俺が感じ取ってる熱は……」
「私にとっての魔力とは炎のようなものだから、兄様にもそう感じ取れたのだろう。その……申し訳、ないのだ」
「どうしてそこでマオが謝るんだ?」
「だって……兄様は、火で嫌な目に遭ったではないか……」
炎の精霊に負わされた怪我の事を言っているんだろう。
確かに、マオの魔力が炎と同じ性質を持っているなら、炎の精霊を呼び出すのは理に適っているような気がする。
でも、だからといってマオが申し訳なさそうにする必要はどこにもない。
俺は、彼女は俺に害を為さないと確信をして、妹の炎に手を伸ばし頭を撫でた。
「あ、兄様……?」
そして案の定、手が焼けるようなことはなかった。
「ほら、マオは俺を傷つけるようなことはしてないだろ? あの精霊の炎と、マオの炎は全然違うよ。だから気にすることなんかない」
「っ…………ありがとう、なのだ。兄様……!」
マオの瞳から涙がひと雫こぼれ落ちた。
それは蒸発することなく、形の良い顎に伝って滴り落ちた。
「俺はもう気にしてないから、マオもそこまで気に病むな。な?」
「わかったのだ……それじゃあ、早速兄様に教えるのだ!」




