第15話「突然ですが、義眼が使いづらい」
タイトルが間違っていたので修正しました。
お恥ずかしい(汗
もうじき冬に移り変わるかという頃、王都アイワーンから小包が届いた。
送り主の名前は『アイン・ベルウッド』……俺に王都のアカデミー『アイワーン学園』に入学する話を持ってきた騎士団長さんだった。
送られてきた品は俺が希望していたアイワーン学園の入試で使われた過去の問題集と、これまでの受験で行われた試験内容の傾向集だった。
普通のアカデミーとは学費がべらぼうに高いアイワーン学園に通うためには、なんとしても特待生の制度を利用しなければならない。
勉強と言える勉強は――読書以外――ほとんどしてこなかったから、これから入試までにどれだけ勉強できるかが鍵の一つだ。
俺は左の目を見開いて、問題集を読み始める。
文字はやはり英語と同じ文法ではあるが、伊達に10年もアレスガルドで暮らしてきていない。今では日本語と変わらないペースでスラスラと読み解ける。
しかし、それもいつもならの話だ。
「…………っくぅう~~」
問題を目で追っていくと、すぐに頭が痛くなった。
目の処理能力を頭が追いきれず、頭痛として警鐘を鳴らしているのだ。
無理もない。なにせこの左目を使うようになってからまだ二、三ヶ月しか経っていないんだから。
呆然と景色を写すだけならまだしも、眼球を動かして次々と情報を送り込むなんて細かな作業を手動で行えば、すぐにオーバーヒートする。
人間が本来意識せずに行っていることを、一から十まで自分の意志で処理しなければいけないんだから。
あの日――――ジェーン婆さんの正体が、俺を死の淵から救ってくれたエルフだと知ってしまった日、アイワーン学園に特待生で入学するために彼女に力を貸してもらえないかと嘆願した。
結果として、返事は保留となった。春までに俺が師事するに値するか見極めるということだ。
その時に与えられたのが、この左目の義眼だった。
『そいつはあたし手製の魔力で動く義眼さ。いわゆる魔法具ってやつなんだが……もちろん、魔法のイロハも知らない坊主にいきなりそれを見えるようにしろとは言わない。魔力のパスはあたしが繋いでやるよ。ただし――――』
「この義眼で、前の左目よりもよく見えるようになれ。か……先が思いやられるよ」
義眼はなんの痛痒もなく左目に埋め込まれ、以前までと変わらない調子で視界が戻ってきた。
しかし、それはまっすぐに前を向いていることが前提だった。
義眼の眼球が動かせないのだ。
目だけで何かを追おうとすれば、右目だけが動いて視界の遠近感が狂ってしまう。義眼を受け取ってから体ごと、あるいは顔ごと向き直る癖が染みついてしまった。
両目で見ようとするから動きを揃えるのが難しいのでは、と考えた俺は時間がある時やじっくり物を見る時は、左目だけで見るようにしてみた。
そうすることで全神経を左目に集中できるし、最近になって少しずつではあるが眼球が動くようになった。
(でも、この調子だと春までに元通りになるか怪しいな……それ以前に、前よりも見えるようになれって、どういう意味なんだ……?)
視力を良くしろということなんだろうか?
でも義眼である以上、視力向上トレーニングの効果はないような気がする。それこそ、これを作ってくれたジェーンさんに調整してもらわないと無理な気もする。
なんにせよ、時間はあまり残されていない。
アレスガルドは前世の頃と同じく七日刻みで一週間とカウントしているが、一ヶ月は二十八日しかない。
それが十二ヶ月分で一年が経過し、総日数は三百三十六日と二十九日も短くなっている。
今がもうじき冬になる頃だから、春までおよそ三ヶ月……つまり九十日も残っていないわけだ。
はっきり言って、焦るなという方が無理だ。
(入試対策は……鬼門はやっぱり歴史だよな。現国の代わりにある王国語は英語で、数学も理科もそこまで難しくはないし)
動植物の問題に関しては前世の頃には出てこなかった植物も載っていたが、幸いなことに父さんと一緒に森に狩りに行っていたことがプラスに働いた。
おかげさまでアレスガルドの中でも希少な植物に関する知識さえ押さえておけば、これといって難しくはない。
その知識もジェーンさんに教わればいい、あの人の村での本職は薬師なのだから。
ただ問題は、歴史である。
これに関しては本で読んだ知識しかなかったが、それでは半分程度しか点数が取れそうにない。
分野としては歴史なのだが、最近起きた出来事……去年の入試問題だと最後に魔王を討伐した頃の戦争についての問題も載っているのだ。
何十年も前のことに関する話ならば村にある本にでも載っているが、アレスガルドには新聞やニュース報道なんて便利な情報入手ツールがない。
村にいても商人や冒険者、旅の吟遊詩人などが話してくれる噂話くらいしか情報を手に入れる手段がなく、それか村を出てどこか大きな街でひたすらに話を聞いて回るくらいしか思いつかない。
間違いなく、筆記試験の中では一番の強敵だ。
ただ意外なことに、筆記試験の中に魔法に関する問題は存在しなかった。
あったとしても歴史の問題の中に、○○の事件においてどんな魔法が活躍したか、○○年に発表された新魔法の名前は何か、という程度だった。
「これなら筆記は歴史を特に念入りに勉強すれば、あとはなんと、か…………くぅう~っ」
また1ページも読んでいないのに頭が痛み出す。
左の義眼を使えるようにしないといけないのに、そっちに集中すれば問題集に全然手がつけられない。このままだとどっちも中途半端になってしまいそうだ。
ひとまず、義眼の方に集中した方がいいかも知れない。
勉強に使える時間はまだ二年以上あるけど、ジェーンさんの試用期間は三ヶ月とないんだから。
「兄様? 大丈夫なのか?」
「うおっ!? ま、マオ……?」
いつの間に傍に近寄っていたのか、背後に立っていたマオは肩ごしに問題集を覗き込んでいた。
「何度も呼んだのだ、でも返事がなかったから入らせてもらったのだ」
「そ、そうだったのか。気がつかなくて悪かった。それで、なんの用事だい?」
「ご飯ができたのだ。父上も母上も待っているのだぞ」
「え! もうそんな時間だったのか、すぐに行こう」
いかん、かなり時間が経っていたにも関わらず全然問題集が進められなかった。
ただでさえアレスガルドは前世の頃と違って電気などないし、夜も更けてしまえば蝋燭の灯りくらいしか光源がなくなってしまう。
受験生だった頃と違って夜分遅くまでとか徹夜ができないのだ。
時間の使い方をもっとよく考えないといけないな……。
「兄様……左目で本を読んでいたのですか?」
「ああ、そのつもりだったんだけど全然進まなくてねえ……先が思いやられるよ」
「…………兄様」
「でも大丈夫、ちゃんと特待生で受かってみせるから。マオも父さんも母さんも心配いらないよ」
自信が揺らぎそうになっていたが、やるしかないんだ。
本音を言わせてもらえば、平民相手になんて無茶を言い出すんだと猛抗議したいところではある。
しかし、言う機会もなければ国のトップにそんな口を利いたら物理的に首を飛ばされかねない。
不満はあるが、なんとか飲み込んでご飯を食べに行こうとしたが。
「兄様……よければ、マオが魔力の使い方を教えてあげるのだ」
「マオ、が……?」
そういえばマオは精霊を召喚していたんだった。
あれが成功なのか失敗なのかはわからないが、少なくとも俺なんかより魔力の扱いは上手だろう。
「それとも、やっぱりマオなんかには教わりたくないのだ? し、仕方がないのだ、マオがあんな魔法を使ったばっかりに、兄様は大ケガしてしまったし」
「い、いやいやそんなことない! むしろ身近にいたマオになんで相談しなかったんだろうって自分に呆れてたんだ!」
「本当なのだ……?」
「もちろんだ! だからマオ、よければ兄ちゃんに魔力の使い方を教えてくれないか?」
「わかったのだ! でも、そのためには一つお願いがあるのだ」
「お願い……?」
◇
「そ、それじゃあ兄様、しつれいするのだ」
夕食を終えてひとっ風呂浴び、さああとは寝るだけだとなった時間帯になり、おずおずとマオが部屋にやってきた。
精神が成熟しているとはいえ、マオはまだ5歳だ。
俺は10歳になった頃に一人部屋を与えてもらったが、マオはまだ両親と一緒に眠っている。そのマオが今、スケスケのネグリジェ一枚の姿で俺の部屋に押しかけていた。
「あー……マオ、その格好はさすがに寒くないか?」
「すぐにベッドの中にはいるから大丈夫なのだ」
「んん、そう、か……でも入るまで寒いだろ。母さんに言って新しいパジャマを買ってもらったらどうだ?」
「その母上から買ってくれたネグリジェなのだ」
(母さん……貴方、自分の娘をどうしたいんだ……)
もちろんやましい気持ちなんてないし、するつもりもない。しかし年不相応なその格好はどうしたことだ。
はっきり言って、マオの顔立ちは美人だ。子供らしい可愛らしさの中に凛々しさがあり、将来はとてつもない美女になると予想できる。
体つきはまだまだ子供なのは当然としても、ネグリジェをまとったその雰囲気に妖艶さが醸し出ている。我が妹ながら、末恐ろしい少女である。
「……もしかして、にあってないのだ?」
「いや、似合ってるよ。似合ってるけど、この時期には寒そうだなあって思っただけだから」
「ならよかったのだ!」
しょぼくれたと思ったら、にこやかな笑顔を向けてくれる。本当に、マオは表情豊かになったと思う。
けれどいつまでもマオをそのままにはしておけない。
おいで、と手招きして彼女をベッドの中に引き入れた。
「……兄様、あったかいのだ」
「マオはさっきまで外にいたからか、少し冷たいね。もっと傍に寄っていいんだよ」
「じゃ、じゃあ……えんりょなく」
おずおずと手が伸ばされ、控えめな力で腕に抱きつかれた。
子供特有の柔らかな肌の感触から、徐々に自分以外の体温が伝わって来る。
いつもよりも暖かいせいで眠くなってしまうが、そういうわけにもいかない。
こうやって一緒に寝ることが、マオが魔力の使い方を教えてくれるための条件なんだから。
「それで、マオ? 一緒に寝てあげれば魔力の使い方を教えてくれるって話だったけど」
「言葉のとおりなのだ。このまま寝てくれれば、教えるのだ」
「それは明日から教えてくれるってことかい?」
「ちがうのだ。これからなのだ」
これから? それはどういう意味だ?
そう訪ねようとして、言葉にできなかった。
マオから漂ってくる芳しい香り……これは、花の香りだろうか。
それに意識を持っていった瞬間、凄まじい眠気が襲ってきた。
しかし、嫌な感じはしない。
睡眠薬で突然眠りに落ちいるようなものではなく、春の昼下がりに覚えるような微睡みがだんだん強くなってくのだ。
「これも魔法なのだ。でも安心してほしいのだ。朝までぐっすり眠るだけだから」
「朝、まで……?」
「約束は守るのだ、兄様。教えるのは……」
――――夢の中でなのだ。
マオの言葉を聞き届けるまでが、限界だった。
その言葉の意味を聞き返すことはできず、俺の意識は落ちていった。




