第14話「突然ですが、エルフと約束した」
アレスガルドには三つの種族が存在する。人族、魔族、そしてエルフである。
種族の特徴については、前世の知識がそのまま当てはまることが多かった。
エルフの特徴は、耳の先が鋭く尖ったいることが第一に目立つ特徴だ。
そして第二に、見目麗しく整ったプロポーションを持つということ。三つある種族の中で、一番美形の輩出率が多いのがエルフだ。
そのせいで、過去には人身売買や奴隷として捕獲するためにエルフ狩りが行われた歴史があり、ほとんどのエルフが秘境や魔境に閉じこもってしまった。
彼らは他の種族と異なり、当時のことを決して忘れない。
不老長寿……エルフの美貌の裏に隠された、第三の特徴のせいだ。
彼らの平均寿命は千年単位であり、エルフ狩りが行われたのは数百年前のこと。
未だに恨みを強く持つエルフの数は少なくはないはずだ。人前に現れるエルフもいないわけではないと父さんも言っていたが、直接見たことはないそうだ。
だっていうのに、俺の目の前にそのエルフがいる。
「お前さんが混乱するのはわかる。だが、ちょいと準備がいるんでね」
そう言ってエルフ……いや、ジェーン婆さん、
「ああそうそう。この姿を見てなお婆さんって呼んだら……わかるね?」
そう言ってジェーンお姉さんは、カウンターの奥の方に引っ込んでいった。
……なんでわかったんだ。
しばらくすると、ティーセット一式を持って現れた。
いつの間にお湯を沸かしていたのか、淹れられた紅茶は温かそうに湯気が出ていた。
「長い話になる。包み隠さず話してやるさ。その代わり……」
「他言無用、ってことですよね」
「話が早くて助かる。昔っから、それがお前さんの美徳の一つだねえ」
普通に考えればわかることだと思う。
長年この村に住んでいる父さんや村長が、ジェーンさんをエルフではなく婆さんと認識しているということは、ずっと正体を隠していたということだ。
なぜ俺に明かしてくれたのかはわからないが、ひた隠しにしていたことを知らないところで吹聴されたらたまったもんじゃないだろう。
「それじゃあ、飲みながら話すか。といっても、あたしは見ての通りエルフだ。エルフについて話した方がいいかい?」
「本に載っている程度には、知ってる」
「不老長寿だってことも? エルフ狩りのことも?」
「父さんから聞いた。だから隠したいんですよね」
「……それだけ、というわけじゃないんだ。これが」
なぜかバツが悪そうに、ジェーンさんは目を伏せた。
茶菓子のクッキーを口にくわえ、行儀は悪いがそのままで考え込むように唸った。
「……でもまあ、これを言わないことには先に進まない、か」
「ジェーンさん……?」
「いいかい? さっきは他言無用といったが、今度は遵守してもらう。あたしが許可を出した者以外に話をすることは禁じる。守れるかい?」
そういったジェーンさんの目は、真剣なんて生易しいものじゃなかった。
翡翠色の瞳が怪しく光り、まるで真剣を突きつけられているような心地だった。
思わず、ごくっと唾を嚥下する。
断れば、話はきっとこれで終わりだ。
だが話を聞いた上でもしも約束を破れば、この人は絶対に何らかの制裁を加える。そういう本気の目をしている。
「……わかった。約束するよ」
「迷わないんだね」
「エルフに対して、特別な感情を持っているわけじゃないから。隠しておいてほしいって言うんなら、誰にも言わない」
「……いい心がけだ。それじゃあまあ、約束の指切りといこうか」
ニタリと笑って小指を差し出してくる。
気のせいじゃなければ、小指がうっすらと光っているような……。
「だ、大丈夫? 触ってもバチってならない?」
「安心しなよ、こいつは『契約』の魔法さ。お前さんが約束を破らない限り、触っても何してもなんともないよ」
「……もし、破ったら?」
「バチッじゃすまないねえ」
ニタニタと笑いながら、差し出した小指を引き下げようとしない。
これは……約束しないとダメなんだろうなあ。
おっかなびっくり小指を突き出し、指切りを交わす。するとジェーンさんの指先にまとっていた怪しげな光が、小指を通じて俺の体の中に浸透していく。
「これで契約成立だ。なんともないだろう?」
「……約束を守ってる限りは、でしょ」
「その通りだ。これで安心して話ができる」
そう言って、カウンターの奥から椅子を持ち出してきて座るように促した。
「あたしが正体を隠している理由だけどね、言ってしまえばちょっとした有名人なんだからだよ。つまり当然、ジェーンっていう名前も偽名さ」
「有名人……? 実はエルフの国の王族とか」
「王族ではないが、魔法使いとしてはかなり有名なつもりだよ。だいたい五千年前のことだけどね」
「ごせ…………」
桁違いのスケールの話をされた。エルフの平均寿命の五倍以上を生きてるのか、この人……。
「世間では行方不明になってるけど、エルフだってことは知られている。そんなもんでね、その筋の輩にまだ生きてるってバレると面倒なんだよ。それがあたしが正体を隠す理由さ」
「エルフ狩りについては……?」
「直接あたしが被害にあったわけじゃないしねえ。もちろん、襲って来るバカ共は全員血祭りにしてやったけど。どんな種族にだって、いいヤツもいれば悪いヤツもいる。長く生きてりゃ、そのくらいの気持ちの整理はできるさ」
良かった。ジェーンさんは人間そのものを嫌っているわけじゃないみたいだ。
「というわけだ。この村では百年以上生きる魔女のような婆で通ってるからね、今後もそれで頼むよ」
「それってもうすぐ老衰でなくなるんじゃあ……」
「人間だって三百年くらい生きるだろ? あと百年くらいは大丈夫さ」
大雑把過ぎる……というか、それだけ生きてれば前世だったら有名になれる。別の意味で注目を集めることになるんじゃないだろうか。
「さて、あたしの話はこんなところだ。ここからは、お前さんにも関する重要な話をするよ」
俺に関する重要な話? そう言われても、とんと心当たりがない。
「あたしが正体を隠す上で、知られちゃならないことが三つある。
ひとつは、真の名前。
もう一つは、魔法を使えるということだ。魔法っていうのは個人個人のクセも結構出るんでね、達人が見ればあたしが使う魔法の異常さに気づいちまうんだ」
魔法に関してはわからないが、名前はさすがに理解できる。
「ジェーン」が偽名だと言っていたんだし、本名は全く別のものなんだろう。
「最後の一つが、エルフであるということ」
「それで全然違う名前と姿を……あれ? でも、俺が来た時はエルフの格好だったけど?」
「それが今日一番の問題さ。あたしは常に、自分の正体を隠すべく魔法で姿を隠している。これは気合入れて作った魔法でね、ある特定の条件を満たさない限りどんな魔法使いにも、見破るどころか感知することもできないのさ」
「特定の……条件?」
「魔力のでかさだ。あたしに匹敵……とまではいかなくても、脅威に感じる程度には魔力量がでかい相手には、隠蔽が通じないのさ」
だから俺はエルフの姿が見えた。
理屈としては納得できるが、いやしかし待ってほしい。
俺は今までジェーンさんの姿が、エルフではなく婆さんとして見えていた。
それは生まれてからの十年間で、ただの一度も変わらなかった。
彼女がエルフだと認識し始めたのは、大怪我をした後からだ。
死の淵から復活して魔力の量が増えた、とでも言うんだろうか。○イヤ人みたいに。
「納得いかないってツラだね。安心しな、理由はちゃんとあるんだ」
「秘めた力が覚醒した、とかそういうオチじゃないですよね」
「少し違う。秘めた力ってのは、当たらずとも遠からずだがね」
「お前さんが精霊相手に致命傷を負ったことで、可及的速やかに治療をしなければならなかった。当然、普通の応急処置や治療でどうにかなるはずがない。
お前さんに施した治療ってのはね、『回復魔法』と『生命力の増強』、そして『魔力の譲渡』なんだよ」
『回復魔法』はさすがにわかる。もっともメジャーな魔法の一つで、怪我を治す魔法だ。
病気は治せないが術者の力量と肉片さえあれば、失った体の部位をくっつけることもできるのだとか。左腕がきちんと動くようになったのは、この魔法のおかげだろう。
しかし、他の二つについては聞いたことがない。そんな魔法があるのか?
「……生命力の増強と、魔力の譲渡って、一体……?」
「生命力の増強は、言葉通りの意味さ。失った体力の回復、怪我の治癒力の強化、火傷や痛みに対する耐性……その他諸々あるが、一言で言えば「死なないように体調を整えてやった」と言えばわかるか?」
なるほど、言われてみれば納得できる。
大怪我をした時の手術でも、怪我の治療だけでなく患者のバイタルを診ながら処置しないと命に関わることがある。
治療中に死なないように措置するために、魔法を使ったのか。
「……なら、魔力の譲渡って? それが一番意味不明なんだけど、必要だったんですか?」
「むしろしてなきゃお前さん、おっ死んでたぞ」
マジかよ……。
「詳しい話は省くけどね、人間に限らず生き物って生きているだけで必要になるエネルギーってのがあるんだ。それが体の生み出す『生命力』と、魂が生む『魔力』だ。
お前さんが精霊から受けた怪我は肉体はもちろん、魂に大きな打撃を与えていた。はっきり言えば、体より先に魂が死ぬところだったんだよ」
「…………だから、魔力の譲渡なのか」
「その通り。傷ついた魂を修復するには、原則的に自然治癒しかない。自然治癒ってのは体の怪我なら生命力を使い、魂の場合は魔力を使う。お前さんの魔力だけじゃ足りなかった。だから第三者の魔力を使って修復しなくちゃならなかったのさ」
あの場にいたのは、俺とマオ……そして助けてくれたジェーンさんの三人だ。
誰が魔力を渡してくれたのかはわからないけど、順当に考えればジェーンさんのはず。それはつまり……。
「――――で、その結果、お前さんは膨大すぎる魔力を手に入れちまったってわけさ。詳しくはきちんと見てみないとわからんけどね」
魔法使いとして有名なジェーン(仮)さんの魔力を別けてもらったと考えれば、確かに桁外れだろう。
比べる対象がいないからわからないが、分不相応な貰い物なのは間違いない。
いや……これは考えようによっては、この上なく素晴らしい贈り物になるのでは?
「……あの、ジェーンさん。もし、俺が魔法を覚えようとしたら、増えすぎた魔力はどう影響する?」
「…………お前さん、魔法を覚える気かい」
ジェーンさんはゲンナリした表情になった。
これは、予想よりも悪い事態なのかもしれない。
だが、ここで折れるわけにもいかない。俺はここに来る前、何があったのかを話すことにした。
五年後に訪れる変化。マオは修道院に入ること。俺は王都のアカデミーに入学しなければいけないこと。そして、家計のためにも特待生として入学したいことを。
そのために必要なのは勉学と、飛び抜けた才能……俺が目をつけたのは、与えられた魔力というアドバンテージを利用することだった。
「アカデミーの特待生、か。なるほど、確かにあの制度がまだ生きてるんなら、その魔力を制御できれば魔法の実技試験じゃかなり有利になる。学力試験で八割くらい点が取れれば、魔法実技の試験結果次第で特待生枠なら簡単に狙えるだろうさ」
これまでの生い立ちを聞いて、かなりの引きこもりで世情には疎いんじゃないかって思ったんだが、全然そんなことはなかった。というか俺よりもアカデミーの内情に詳しそうである。
「にしても、マオのヤツが聖女候補生か。似合わんねえ」
「そう? なれるかどうかはともかくとして、合う合わないって実際に試してみないとわからないと思うけど」
「イメージの問題さ。ある意味で対極にいるだろ? アイツ」
精霊を召喚して、暴走させて、家族に怪我させた。
事実だけ見れば、確かに聖女とは言い難いかもしれないけど。
「別に俺は恨んではいないけど」
「……そういう意味じゃないんだよ。まあいい、今はお前さんの話だったね」
「知らない仲じゃないし、協力しないとは言わない。だが、魔法を教えるとなると話は別だ」
そう言っておもむろに立ち上がると、ジェーンさんは俺の顔を覗き込んだ。
瑠璃色の瞳が瞬き一つせず、食い入るようにジッと見つめてくる。
その色を綺麗だと、思う余裕はなかった。本物の宝石のように無機質な瞳からは、およそ人間らしい感情の起伏を感じさせなかった。
獲物を見る捕食者。あるいは観察対象のマウスを見る研究者。そういえば、ジェーンさんの瞳に宿る恐ろしさがわかるだろうか。
俺は蛇に睨まれたカエルの如く、身じろぎ一つできなかった。
「…………ふむ。今のところ、異常はなしか」
どれだけそうしていただろうか。
不意にジェーンさんは俺から身を離し、温くなった紅茶に口をつけた。
「春だ。お前さんを師事するかどうか、次の春までに見極める。そこで落ちるようなら、独学で頑張るんだね」
そう言って、ニカッと笑った。五千年以上生きている美女とは思えないほど朗らかで、まるでイタズラ好きな少年のような笑みだった。
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遅筆な作者のペースが上がる! ……かもしれません(汗




