第13話「突然ですが、秘密を知ってしまった」
王国からの使者が帰ったあと、我が家の空気はひどく重苦しいものだった。
五年後、俺は王都アイワーンにあるアカデミー、アイワーン学園に通わなくてはならないこと。
そしてマオは今回の一件を引き起こした強大すぎる魔力を危険視され、長旅にも耐えられるよう10歳になった頃に修道院へ入院しなければならない。
俺はまだ良い方だった。三年間という修業過程を終えれば、そこから先はある程度の展望や自由が見えてくる。
だがマオは聖女候補生にならない限り、修道院を出ることはできない。
一体どれだけ、家族との仲を引き裂かれるのだろう。
国からの決定である以上、逆らうことはできない。できないんだが……それはいくらなんでも、あんまりだと思った。きっと父さんと母さんも同じ気持ちだ。
そう……思ってたんだけどなあ……。
「うぅっ……いくらなんでも、あんまりだわ! 私たちからレオちゃんを遠ざけようだなんてっ」
「まったくなのだ! そんなおうぼう、許すわけにいかないのだ!」
湯呑が割れそうなほど強く握り締める、マオと母さん。
父さんはそんな二人を困ったように見つめて……いや、微妙に視線を逸らしてる。
というかだ、明らかに俺よりもマオの待遇の方が理不尽だろう。どうしてそっちはノータッチなんだ?
「レオちゃん、安心してね! 入学費は私たちが何とかしてみせるからっ」
「ああ、そうだな! 久々に冒険者稼業に戻るのもありかもしれねえ、腕が鳴るぜ!」
しかも入学費や学費の話をしたら、この盛り上がりようである。
明るく振舞っている様子はなく、心からそう言ってくれている。
それはとても嬉しい。嬉しいんだが……いくら五年という時間があっても、平民やただの冒険者が稼げるような金額ではないと思うんだ。
「気持ちは嬉しいけど、俺はなんとか特待生を狙ってみようと思う」
「特待生って……たくさんの貴族が受験する中、かなり好成績出さないといけないんだろ? 無理せんでいいんだぞ?」
気遣わしげに父さんは言ってくれるが、無茶もしたくなる。
もともとアカデミーには通わせるつもりだったと言ってくれたけど、アイワーン学園と普通のアカデミーでは学費に大きな開きがある。
家計を圧迫することがわかっていて、行きたいと切望しているわけでもないアカデミーの学費を捻出させるなんて、心苦しいなんてものじゃない。
だが、子供からそんなことを言われて喜ぶ親なんていない。
少なくともこの両親だったら、「水くさいこと言うな!」と怒られるだろう。
だからここはそれらしい事を言って誤魔化した。
「勉強することは無駄じゃないし、やるからには一番を狙っていきたいからさ。だったら、特待生狙って頑張った方が入学後も楽になるじゃない?」
「で、でもでも、本当に合格できるの? 不安じゃない?」
「騎士団長さんにお願いして、過去の入試問題を届けてくれるんだって。それを参考に、まずはやってみるよ」
あとはそのままなし崩し的に特待生で行く路線に固めてしまえばいい。
もし落ちたら……その時はばっくれるか。
王国が目をつけてるのは俺みたいだし、いなくなったとしても父さんと母さんを責めたりしないだろう。
無茶な入学を強いて、学費が払えないから逃げられた。この事実をそこかしこに流布していけば、ますます躍起になって俺を探すはずだろうし。
(おっと、後ろめたい考えはここまでにしておこう。今はそれより、マオだよマオ)
どうして父さんと母さんは、マオが修道院に行くことに大きく騒いでいないんだろう。そう不思議に思って聞いてみると。
「マオちゃんは、自分から行くと決めたのよ」
「マオが……自分から?」
「私のせいで、兄様や母様、父様にめいわくをかけたのだ。最初はいやだったのだが……今は、がんばろうと思っているのだ!」
俯いて元気がないように見えたが……どういうわけか、すぐさま握り拳を作って勇ましく立ち上がった。
何があったの、マオ……?
「聖女候補生など生ぬるいのだ! 目指すは兄様と同じく高みとなる聖女のみ! ぜったいに聖女になって帰ってくるのだっ」
「その意気よ、マオちゃん! 母さん、全力で応援しちゃうからね!」
なぜか我が家の女性二人は意気投合し、硬い握手を交わしていた。
……話を聞いた限りだと、いつ帰ってこられるかわからない、事実上の終身刑みたいなもんだと思ったのに。どうしてそんなに前向きなんだ。
「マオ……すっかり母さんそっくりになってっ! 父ちゃん、嬉しいやら悲しいやら、複雑な気分だぜ……!」
父さん? 母さんに似ることで、何があるって言うんだ。
そして何故、涙ぐみながら遠い目をしているんだ。
思ったよりも重い空気にならず、俺とマオのその後については受け入れられた。
別れの時までに残された猶予は五年。
その間に、アイワーン学園に特待生で入学するために、出来る限りのことをしなければならない。
そこで俺は怪我も癒えてきた秋の半ばを過ぎた頃、マイナ様の言葉を思い出してある人物を尋ねることにした。
それは大火傷を負い、生死の境を彷徨っていた俺を助けてくれたエルフの女性だ。
この村にあんな美人のエルフがいたか記憶にはなかったが、父さんに助けてくれた人にお礼を言いたいと相談してみたところ、「だったらジェーン婆さんの所に行って礼をしてくるといい」と教えてくれた。
どうやら俺たちの産婆をしてくれた、村一番の長寿と言われるあの婆さんが知っているらしかった。
会えるかはわからなかったが、なけなしのおこづかいを使ってお礼の品を用意した。
俺から直接渡せればいいんだが、そうでなかったらジェーン婆さんに渡せばいいだろう。
ジェーン婆さんのいる家は、廃牧場のあった場所とは正反対の位置にある広い森の手前にある。
近づいていくたびに、村はずれという言葉がよく似合う寂れた雰囲気が増していく。しかし、誰も立ち寄らないというわけではない。
村一番の長寿であるジェーン婆さんは様々な知識が豊富にあり、この村になくてはならない存在だ。
俺やマオを取り上げたことから産婆の経験もあるし、村で病気や怪我をしたらジェーン婆さんが処方してくれた薬のお世話になる。
この村で暮らしている以上、必ずどこかでジェーン婆さんの厄介になるはずだ。
だからみんな感謝しているし、お裾分けする機会があったら遠くてもジェーン婆さんのところへ持っていく人も多い。
「でもなあ……この雰囲気でマイナスだよなあ……」
俺は好んで近づきたいとは思わない。少なくとも夜にここに来たいとは思えない。
村の北側には、東西に向かって広く深い樹海が広がっている。
牧場はその一部を拓いて建てられたのだが、人の手がほとんど入っていない樹海は鬱蒼としており、まだ昼前だというのに薄暗い。
狩人である父さんに連れられて森に入ることは多いが、それでも陽が少しでも差し込む東か西側の森だけだ。
北の森はその位置からして、滅多に陽が差し込まない。
薬草やキノコを取りに行くには最適だが、それでも森の奥には入れない。地元民でさえ道に迷う危険があるからだ。
ジェーン婆さんの家は、そんな森に寄り添うように建てられている。
陽が差し込まないせいで壁面は苔むし、蔦が絡み、まるで絵本に出てくる山姥か魔女の家を彷彿とさせる佇まいだった。
夜に子供がこの家を見たら泣くんじゃないかと思うほど迫力があった。
玄関口に備えられている真鍮製のドアノッカーを鳴らすと、乾いてはいるが小気味よい音が響く。
そしてほとんど間を置かず、「用があるなら入りな」と若い女性の声が聞こえた。
見た目とは裏腹に整備はきちんとされているのか、古めかしい扉は余計な物音を立てずにスムーズに開いた。
この家は薬屋と自宅を兼任しているらしく、一階部分はすべて店舗となっている。二階へと続く階段の先がジェーン婆さんの居住スペースとなっているのだが、見たことはない。
そして声の主は、一番奥のカウンターで頬杖をつきながら本を読んでいた。
艶やかな翡翠色の髪をカウンターに垂らし、胡乱げに細められた瑠璃色の瞳が、本からこちらに移った。
「なんだ、お前さんか。珍しいじゃないか、一人でこんな所に来るなんて」
鬱陶しそうに髪をかきあげた際に、翡翠のカーテンから人よりも長い耳がぴょこんと顔を出した。間違いない、あの時のエルフの人だ。
「今日は助けてもらった時のお礼をしようと思って。まだ直接お礼を言ってなかったから」
「そうだったかい? でもねえ、感謝の気持ちならあんたの両親からもらってるよ」
「だとしても、俺はまだ何もしてないから」
「律儀だねえ……」
瑞々しい唇が苦笑に歪められたが、感謝の気持ちは受け取ってもらえた。
村の中でも結構お高めのジャムだが、気に入ってもらえたら幸いだ。
「……それで? まさか本当にこのためだけに来たんじゃないだろう」
「いえ、今日はそれだけのつもりだったよ。まさか会えるとは思ってなかったから」
「大袈裟だねえ。どうせ夜には戻ってるんだし、適当なタイミングでくりゃたいていは捕まるよ」
「そうだったのか……てっきり村の人じゃないと思ったから、ジェーン婆さんに頼もうと思ってたんだけど」
「待ちな」
指先でジャムの瓶をつついていたエルフだったが、急に眼差しの鋭さが増した。
「……お前さん。今、自分がかなりおかしなことを言ったって、自覚はあるかい?」
瓶越しに俺を見つめる、瑠璃色の双眸。
その瞳はまるで猫のように瞳孔が縦に割れ、美貌と相まって氷のような冷たい印象を受けた。
口を開こうとすれば、意識していないと震えてしまいそうなほどに。
「自覚……?」
「…………質問の意味を変えようか。お前さん――――」
「――――――アタシの姿が、どう見えている?」
奇妙な事を言うな。どういう意味だ。質問の意図がわからない。疑問は次々湧いてくるし、自然と首を傾げてしまった。
しかし目の前にいるエルフは、冷ややかどころか凍てつくような冷たい眼差しのままだった。
余計な口は挟まずに、質問に素直に答えろと、言外にそう言っている。
「俺には……貴方がエルフに見える。耳の長い、エメラルドみたいな髪をした……」
「年の頃はいくつだ? 外見だけでいいから判断しな」
「20代くらい?」
「――――――そうか……」
答えを聞いて、エルフは静かに目を閉じ腕組みした。
何かしらの解が出たのか、閉じられる前の瞳からは冷厳さが消えていた。
「……困ったことになったようだねぇ」
「困ったこと……?」
「それを説明する前に、まずは誤解を一つ解いておこう」
誤解? とさっきからオウム返ししかしていないが、エルフは疲れた様子で指をパチン、と軽やかに鳴らした。
するとみるみるうちにエルフの体が淡い乳白色の光に包まれ、繭のように覆われてしまった。
だがそれもほんの一瞬のことで、すぐに繭が解けるとその中から――――
「つまりは、こういうことさね」
年老いた人間の老婆が……ジェーン婆さんが現れた。
「ジェーン婆さん…………?」
「ああ、こいつがお前さんの誤解だよ」
そこに、エルフの女性はいなかった。
エメラルドカラーの長い髪の代わりに、くすんだボサボサの白髪頭。綺麗な瑠璃色の瞳とは打って変わって、どこにでもあるような焦げ茶色の瞳。スレンダーでありながら凸凹のクッキリとした抜群のプロポーションは見る影もなく、腰を痛めていそうなヨボヨボのご老体がそこにいた。
間違えようがない。父さんが子供の頃からずっと変わらないと言われている、ジェーン婆さんがそこにいる。
「若作りするにしても限度があるよ。種族まで変えるなんて」
「よーし、いい度胸だ。表でな坊主」
驚きから、ついそんな軽口がついて出てしまった。
いやだって、無理もないだろう?
絶世の美女と言っても過言ではないエルフの女性から、100歳越えた婆さんが姿を現したんだから。
結局、二、三発ゲンコツをもらってからようやく正気に戻った。
その腰の入った拳の威力は、間違っても老人には出せない破壊力を持っていた。
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遅筆な作者のペースが上がる! ……かもしれません(汗




