第10話「突然ですが、妹がデレた」
一ヶ月も意識を失う大怪我から回復して、既に半年が経とうとしていた。
アレスガルドには前世の日本と同じように四季が存在する。
季節も巡り一年がもうすぐ終わろうとし、村は見事な冬化粧を施すことになった。
深々と雪が降り積もる。村がある辺りは夏は暑く冬は冷え込む傾向にあり、春と秋は基本的に穏やかだった。
俺は父さんと一緒に雪かきをしている。
体は以前の体力を取り戻し、すっかり本調子だ。むしろリハビリのために始めた筋トレが日課になり、以前よりも肉付きがよくなった気がする。
ここまでの大怪我をしたことはなかったが、たった半年でここまで回復できるものなんだろうか?
もしかするとマイナ様が授けてくれた『ギフト』が関係しているのかもしれないが、それを確かめる術がない。
けど、もしそうだとすれば、普段のお祈りに感謝の念も加えねばなるまい。
しかし回復はしたものの、冬の寒さが火傷と傷跡に響くのは想定外だった。
激痛というほどではないがジクジクと痛み、ひどい時でも夜中になかなか寝付けなくなる程度だが、毎年こうなるかと思うと憂鬱である。
ちなみに左目だが、失明はしたものの日常生活に支障は来さなかった。
今は義眼が嵌めているが、眼帯にしなかったのは「ただでさえ火傷で極悪人面なのに眼帯もするつもりかい?」と、俺たちを助けてくれたエルフの人にからかわれたからだったりする。
なぜ支障がなかったのかというと、それを説明するには少し話が長くなる。
しかもこの半年間で大きな変化がいくつか起き、その中の一つに関わっているのだ。
そして、一番大きく変わったことといえば、妹のマオだ。
意識を失っている間の包帯の交換や、下や体の世話などを母さんと一緒に積極的に取り組んでくれた。おかげで元気はなかったものの、両親と自然と会話できる程度に態度は軟化していたらしい。
だが、決定的だったのは俺が目覚めてからのことだった。
正直に言おう。俺は目の前にいるのが、マオだと思えなかった。
「兄様……? 兄様ー!」
玄関の方から、誰かが呼ぶ声が聞こえる。
俺のことを「兄」ではなく、「兄様」と呼ぶ存在がいる。一年前の俺にそう伝えたら、きっと頭の病気を疑われるはずだ。
一緒に雪かきをしていた父さんが「呼んでるぞ。行ってやらなくていいのか?」とニヤニヤしながら視線を投げつけてきた。
最初のうちこそ僻んでいたが、今ではすっかりからかう側になってしまった。
放っておくといつまでも呼び続けるし、だんだん涙声になっていく。
さすがにそれは気が引けるので慎重に屋根の上から降りて、俺を「兄様」と呼ぶ少女の前に歩み出た。
「兄様! 体は冷えておりませんか? 温かいお茶をいれたのだから、少しきゅうけいするのだ」
炎のようなグラデーションの掛かった長い髪をふわりと靡かせ、満面の笑みを浮かべる少女。少し舌っ足らずな口調でこちらを気遣い、いつもキリッと釣り上げられたダークブルーの瞳は、今や優しげに目尻を垂らさせていた。
誰だと思うだろう。180度性格の違うこの少女こそ、我が妹マオである。
邪険に扱われていた頃の自分に聞いてみたい。こんな妹が現実に存在すると思うか? と。
信じがたいことに、答えはイエスなのだ。
彼女にどんな心境の変化があったのか、俺にはわからない。けれどマオは意識を取り戻した俺を甲斐甲斐しく、というより過剰なまでに世話をしようとした。
左半身の自由が利かなかった頃には、ご飯を食べさせるために「あーん」と迫って来るし、リハビリをしようとしたら「危ないのだ! 兄様の代わりに私がやるのだ」と言い出すし、風呂に入ろうとすれば当然のように「兄様の体は私が洗うのだ!」と全裸で突撃してくる。
(そりゃあさ、ありがたくなかったといえば、もちろん嘘だよ? でもなあ……治ってからもこの調子が続くとは思わなかったわ……)
腕が普段通りに使えるようになっても、あーんをしようとする妹を止めると「兄様は私がきらいなのだ?」と涙を浮かべる。
風呂だって一人で入れるようになったのだし、マオも一人で入ってみたらと宥めてみると「マオのことがうとましいのだ?」としょんぼりされてしまう。
結果として、折れに折れまくった。
実際マオに泣かれるのはしんどいし、甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも悪い気はしない。しないのだが……。
「兄様? どうかしたのか?」
「ああいや、なんでもないよ。休憩だったね、ちょっと父さんに確認してみる」
「休まず雪かきだと言ったら、兄様だけもどってきてほしいのだ。おいしいクッキーを作って待っているのだ」
「は、はは……それ伝えたら、父さんも喜んで休憩すると思うよ」
「クッキーは兄様の分しかないのだ」
にっこり。そう擬音がつきそうなほど、晴れやかな笑みを浮かべられた。
誤解を恐れずにはっきりと言うが、今のマオは半年前のマオと比べてかなり明るく、社交的になった。それは俺の前だけの特別、というわけじゃない。
俺の知らないところで父さんや母さんと話しているようだし、母さんなんて「女の子同士の秘密よねー」と、実に仲良さそうにしていた。
村の方でも「マオちゃんは明るくなった」「まるで別人みたい」「今の方が好き」「話しやすくなったよね」と、概ね評判が良くなった。
だがなんというか、俺に対してだけは違う。ひたすらに態度が甘いのだ。
俺を甘やかそうとするし、俺に甘えに来たりもする。そして優先順位も高いらしく、いわゆる特別扱いされているわけだ。
「マオや! お父さんの分のクッキーはないのかい!?」
俺たちの声が聞こえたのか、転げ落ちる勢いで父さんが屋根の上から降りてきた。
「私は父様の分を作っていないのだ」
「ひどいぞマオ! 父さん、悲しみのあまり雪像ならぬ氷像になる勢いで泣くよ!?」
「母様から父様の分は作りたいからゆずってほしい、とたのまれたから作らなかったのだ」
「レオ、今すぐ休憩だ! 体を温めてから雪かきを再開するぞ!」
清々しいまでに現金だな、父さん。でも休憩はありがたいし、大人しく後についていった。
家の中では暖炉が絶えず熱を生み出し、暖かな空気を保ってくれていた。リビングに入ればマオが言っていたとおり、温かそう紅茶と出来たてのクッキーが歓迎してくれていた。
「お帰りさない、疲れたでしょう? 少し休憩しましょうね」
「母さん! 俺のクッキーはあるんだよね!?」
「もうマオったら、またお父さんをからかったの?」
「私は父様の分のクッキーを作っていない、といっただけなのだ」
「嘘は言ってないけど、騙すような言い方もダメよー?」
「うむ。気をつけるのだ」
本人に悪気もないし、そのつもりもないんだろう。結果的にそうなってしまうことが多いだけで。
実際、このやりとりももう何度目になるんだ? 十回から先は数えていないぞ。
「さあ、兄様。私のとなりに座るのだ」
さりげなく二人分の席を確保し、座るように促すマオ。
ここで無理に別の場所に座ろうものなら、不機嫌を通り越して涙目にさせてしまう。俺に拒否という選択肢は与えられていない。
そして毎度のことではあるが、マオの隣にいると「あーん」と口撃が始まる。
最近では、お菓子の時間くらいなら急ぎでもないし、抵抗する必要もないだろうと甘んじて受け入れるようになっていた。
さすがに朝昼夕の三食は量も多いし時間も限られているので、最初の一口だけ食べるということで妥協してもらった。なに、お前も十分甘いって? 気のせいだ。
「うふふ……貴方たち、もうすっかり仲良しさんね」
テーブルの対面にいる母さんが、とても楽しそうに笑っている。
反面、父さんはどこか複雑そうだ。眉をひそめ、悩ましげに唸っている。
でもまあ、気持ちはわかる。以前、こんな会話があったからだ。
◇
「母様、私はもっと料理が上手くなりたいのだ! 私は兄様につくすと決めたのだから」
「その意気よ、マオちゃん! 最初に捕まえるのは胃袋よ。もう私のご飯しか食べられない! ってなるくらい、メロメロにしちゃうの」
「母様はそうやって父様をつかまえたのか?」
「いいえ、お母さんにはライバルがいたの。その子とどちらがより好みのご飯を作れるかって、常に競い合ってたわ」
「むぅ……私には相手がいないのだ。それだと、せいちょうが見込めない……」
「違うわ、マオちゃん! そのおかげで、むしろ他のことから攻められる余裕が生まれたのよ? ご飯だけじゃなく、日常生活でもマオちゃんがいないと満足できないように、攻めて攻めて攻めまくるのよ!」
「か、母様は、なんというさくしなのだ……!」
「だからマオちゃん、これからは厳しく行くわよ! 私の家事スキルをすべて、貴方に伝えるわ!」
「ありがとうございますなのだ、母様!!」
◇
――――という、ノリはスポコンだがやっていることは花嫁修業に近い。
というかだ、血の繋がった兄相手に花嫁修業を勧めるのは、母親としてどうなんだ?
「その調子で頑張るのよ、マオちゃん。きっと、もっと、仲良くなれるから」
「はいなのだ、母様!」
パッと花が咲いたような笑顔を見せるマオ。半年前からは考えられないほど、表情豊かになったと思う。
だがしかし、仲良くなる方向性が間違ってる気がするんだよなあ……。
「いや、何もそこまでしなくても。俺もひとりでできるようになりたいし」
「…………兄様は、マオにお世話されるのは、いやなのだ?」
一転して表情に影を落とすマオ。
くっ……! すぐに「そんなことはないよ!」と言いたいところだが、少しずつ耐性をつけていかないと本当にマオなしでは生活できなくなってしまう!
それに意地悪で言っているわけじゃない。将来的に必要なことなのだ。
「嫌じゃないよ、嫌じゃないけど俺も家事は覚えたいし」
「そんな必要ないのだ! マオが兄様の分もやるから、もんだいないのだ!」
「でも、五年後からはそうはいかないだろう?」
そう言った途端、マオだけでなく全員の表情が陰った。
俺としても、あまり言いたいことじゃなかったが、それが現実だ。
どれだけ逃げようとしても、時間からは逃げられない。
「そう、だな……確かに、寂しくなるな」
「いつかはと思っていたけど、急な話だったものね……」
五年――――それがマオと俺が共有できる時間。
五年後、俺は15歳となり『王都アイワーン』にある『アカデミー』と呼ばれる前世の学校のような教育施設の一つである、『アイワーン学園』に入学しなければならない。
期日は三年間。全寮制で剣や魔法や学問など様々なことを学べる、超一流のアカデミーだ。
そこに俺は、特待生として入学しなければいけない。
そしてマオは10歳となると、聖堂教会総本山の麓にある『セフィーラ修道院』に入院しなければならない。
こちらは俺と違い、明確な期日はない。『聖女候補生』として認可が下りるまで、修道院から出ることはできないのだ。
なぜならば修道院には本来の役柄の他に、故意ではない犯罪を犯した者を矯正するための施設という裏の顔がある。
そう……これは俺たちの意思ではなく、強制なのだ。
本来であれば我が家には王都にあるような、大きな『アカデミー』に入学する蓄えはない。王都ほど大きくなくても、どこかの街の『アカデミー』に入学させてもらえるはずだった。
そもそも『アイワーン学園』は貴族の子息子女を筆頭に上流階級や富豪の家柄ではないと、通うことはできない。なぜなら学費が法外で、平民では卒業までの費用を払うことなど到底できないからだ。
下級層の貴族でさえ、上流階級とのコネ作りという理由さえなければ避けて通りたいほど、学費という高い壁が立ち塞がっている。
その唯一の抜け穴というべき点が、特待生制度。
特待生として入試に合格できれば、入学費や学費をはじめ学園内で掛かる費用はすべて免除される。
その代わりに、実技と筆記の両方でトップ5入りしなければならない。
なぜ俺やマオが、そんな望んでもいない門を通らなければいけないのか。
それはまだ怪我が癒えていない頃に遡る。
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遅筆な作者のペースが上がる! ……かもしれません(汗




