act.18
「不幸中の幸いはウチの直臣に損害は無い事だな」
傭兵団の基地に逃げ帰った僕等にベルナドットはそう言った。
損耗はベルナドットが纏めている傭兵達の三次団体位の下っ端で、貨物を載せたトラックを運転していた奴等だ。
「それは良かった。
それで、上はなんて?」
「当たり前だが、奪還作戦を考えている。
明日にゃ大量の傭兵を寄越せと依頼を出すだろうね」
「成程」
「アンタはどうする?」
ベルナドットが前のめりに僕に向いた。
「僕はアリスの護衛だよ?」
隣で青い顔が治らないアリスを見た。
「戦場の洗礼さね。
どうすんだい?アンタの依頼は未達成。このまま帰っても良いが、それだとアンタのママにドヤサれるんじゃないのかい?」
アリスは僕を見た。僕を見てもしょうが無いのにね。
シガリロを咥えて、火を点ける。たっぷり余裕を持って息を吐き、アリスを見る。
「決めるのは君だよ。
僕は君の護衛だ。進むも戻るも君が決める。その場に止まるのなら僕は君の後ろを守ろう」
「っ!」
おんぶに抱っこは止めてほしい。
「先生」
マリーが僕の袖を引っ張る。
「何だい?」
「こういう時はどうするのが最善の策なのですか?」
ふむ。マリーの為に教えておくかな。
「僕なら帰る。
命あっての物種。戦争しに来たんじゃ無いしね」
「先生がアリスさんと同じ立場でもですか?」
「勿論。状況を見極めるのもまたミセスの指示の一つさ。
要は、ある程度の実力とそれを正当化出来る口弁さえあれば店は持てるよ。
僕みたいにね」
「先生の話はあんまり参考になりませんね」
なんじゃそりゃ?マリーにはまだ難しかったのか?
まぁ、今更ながら僕は僕の口弁のうまさを呪う。いや……もしかして、お師匠はこれが狙いだったのか?店を持ってみたが上手くいかず失敗して泣きついて来る。或いは苦しくなって謝罪に来る。……う~む、成程なぁ。若かりし僕はまだまだ若いのだ。成程なぁ。もう、遅いか。
ため息を鼻から吐き出す。
「帰るなら船の手配はしてやるよ?」
ベルナドットがニッとばかにするように笑う。
そこに天幕の入り口がバサリと開けられた。見れば同居人とその弟子がボロボロになって立っていた。
「死に損なったのかい?」
「如何にも。
敵が空港に攻めて来たから顔を出したら存外敵が強くてな」
同居人の言葉に天幕がざわつく。成程なぁ。
同居人でこんなボロボロなのだ。随分と激戦なのだろうな。そして、返って来たと言事は何とか突破撃退できたが、たぶん、次が来たらもう終わりだな。
「帰るに帰れなくなったね。
火星に墓でも掘るかい?」
「公社の宇宙港があるだろう!」
ベルナドットが縁起でもないと叫ぶ。
「彼処は辛うじて保っておるようだな。
今行けば帰れるな」
儂は帰るぞ、と同居人が告げる。外を見れば荷物も置いてある。
ふむ。
「伊周。
エマとマリーを連れて帰ってくれ。流石にこの状況で子守は無理だ」
「構わんぞ。
マリーはウチのが気に入っとるし、エマは何かと融通して貰っとるからな」
深くは聞くまい。
「私も残ります!」
マリーがボクを見た。
「足手まといだよ。
それに君が死ぬと僕は君のお父さんと交わした契約を破る事になる。
帰りなさい」
「い、嫌です!」
面倒臭いな。
エマを見ればもう荷造りも終わってると親指を立てていた。よし。
「じゃ、マリーを頼んだよエマ」
シガリロを咥えて火を付ける。整理のためだ。深呼吸するようにユックリと深くシガリロを吸い、紫煙を吐く。
焦ってる証拠だ。随分と渋い苦味が口の中に広がった。唾を吐き出す。
「先生!」
さて、どうするかな。
「じゃ、帰るよマリー。
アキもアリスもとっとと帰って来てね。一応、試作の対戦車ライフルも置いてくから必ず使って性能確かめてね」
じゃ、とエマはマリーを小脇に抱えると同居人と共に天幕から出て行った。
「お優しいこったな、先生」
ベルナドットが笑っているので嘆息を吐く。
「僕の実力と依頼を鑑みた結果だよ」
「お前ならあの二人を守ることすら出来るだろうが」
「買い被り過ぎだ。
それより、お前達はどうするのさ?」
「私等は傭兵さね。
それこそ今が稼ぎ時だよ」
逞しいねぇ。
「アリスはどうする?」
アリスを見る。アリスの瞳は震えていた。遠くで砲声や爆発音が聞こえてもビクリと震えている。顔は死体ですと言っても良いほどに青白い。
「シャンとしなよ。
必要以上にビビってもしょうが無いよ?」
「わ、分かってるわよ!
少し考えさせて!」
アリスはそう言うと天幕から出て行った。やれやれ。
ベルナドットを見ると馬鹿臭いという顔でこちらを見ていた。
「それで、アンタはどうしたいのさ?」
「家に帰って寝たいね。
フカフカのベッドに清潔なシーツ。暖かい部屋で温かいご飯を食べる」
「そりゃイイねぇ。長らくそんな生活しちゃないよ」
「それはご愁傷さま」
そんなやり取りをしているとバサリと天幕の入り口が開く。見れば煤けたコッホがやはり煤けたパワーアーマーを纏った部下を連れて現れた。
「ガンスリンガー、お前に依頼を持って来た」
「お断りだね」
シガリロを咥え、紫煙を吐く。今度は上手く吸える。甘いバニラが口に広がった。
「緊急案件だ」
「そうか、それはご苦労様。入り口はあそこだ」
「ふざけている場合か!!」
「僕はふざけていない。見ての通り、お仕事中だ」
両手を広げて見せる。サスペンダーを身に着け、ホルスターには銃達が勢ぞろい。
「お前にしか出来ない」
「そんな事は無い。
僕が出来るなら、誰でも出来る」
シガリロを吸い、紫煙を吐く。
「公社の宇宙港、最後のシャトルで脱出させる」
「火星を放棄する気か!!」
ベルナドットが叫ぶ。その言葉に天幕が張り詰めた。ギュッと裾を握られる。見ればアリスが完全に女の子のソレになっていた。もう、ダメだな此奴。だが、これでも雇い主だ。
意思決定はアリスがしなくてはいけない。
「僕は今、アリスの下で働いてるんだ。
悪いが、僕への依頼はアリスを通してくれ。それが流儀ってものだし、仁義って奴だろう?」
左腕を上げるとアリスが裾から手を放し、全員から向けられた視線に一歩たじろいだ。
僕は脇に避け、シガリロをゆっくりと吸う。そして、地面に落して火を揉み消す。
「アキ、コッホ君の話を聞いてみましょ?」
「話を聞こう、コッホ」
雇人の許可は得た。テーブルに座り、兵士の一人にコーヒーを頼む。僕はコーヒー派なんだ。
僕の右隣にはアリス、左隣にはベルナドットが座った。正面にはコッホ。そのすぐ後ろにはパワーアーマーの二人が立つ。何かの重要な交渉事みたいだ。
「依頼は一つ。ある人の護衛だ」
「成程」
「報酬は最後のシャトルに席を用意する」
「他には?」
「他に?」
「ああ、他に。
まさか護衛して報酬は地球行きのシャトル代だけってバカな話じゃないだろう?」
片道1万5千だぞ?この状況で命懸けの護衛を1万5千のはした金でやるのはド三流どころか奴隷の仕事だ。
「何が……欲しいんだ?」
「おいおいおい!
その言い方は止めてくれよ。それじゃあ、僕が君達を脅してるみたいじゃないか!僕は依頼に対して正当な価格を請求しているだけだぞ?」
シガリロを咥えて火を付ける。
「君じゃ、話にならないね。
上の人は?」
コッホが暫く考え、それからホログラムタイプの通信機を取り出した。
ホログラムは酷く焦った顔をした男を映し出した。
「初めまして、ミスタ」
《何の用だッ!!》
ご挨拶だ。
「ああ、そう」
ホログラムを投影している装置を手で遮ると通信終了。
シガリロを咥え、紫煙を吐き出す。コッホはまだ座っていた。呆然と此方を見ている。
「どうした?
出口はあっちだぞ?」
もう一度紫煙を吐き出し、出入り口を指差す。
「依頼を蹴るのか!?」
「蹴ったのはそっちだろ?
たかだかシャトル代だけ出してハイ終わりなんて虫のいい話があってたまるか。
他の誰かを頼みなよ。誰の護衛か知らないけどさ。君でも良いんじゃない?」
「アナステイシア、その名前を聴いたことは?」
コッホが苦虫を潰したように告げる。
「アナステイシア?」
どっかで聞いたな。
「確か、公社の関係者だったな」
「公社の総会議長、ギルバート・ステンの娘、アナステイシア・ステンの事か?」
ベルナドットが腕を組んでコッホを睨んでいた。
「……そうだ」
コッホは頷いた。ほーん。公社のおエライサンの娘さん。
「そんな人がこの星に居るのか」
「だから宇宙人共が攻勢を仕掛けてきたのだ」
「はぁ?疫病神じゃん。
金持ちの道楽に巻き込まれた訳か」
とんでもねぇな。
嘆息すると、コッホがバチンと机を叩き立ち上がる。それから何やら怒鳴り散らしていたがみっともないし聞く気もなかったので目を瞑って紫煙を吐くことにした。
「お止めなさい」
そして、コッホの怒りが最高潮に達した時に護衛の一人がコッホの肩を掴む。
護衛がヘルメットを脱ぐと美少女が現れた。
「アナステイシア・ステン!」
ベルナドットがあんぐりと口を開けていた。滑稽だな。短くなったシガリロを灰皿に押し付ける。コーヒーを一口。ブラックだ。ミルクと砂糖を頼む。
「お初にお目に掛かります、ガンスリンガー」
「お初にお目に掛かります、アナステイシア・ステン」
ニッコリ笑い、コッホと位置を変わった依頼人を見る。
「貴女の腕を買いたいのです。
私を無事に地球に返して下さい」
「帰れば良い。
宇宙船に乗り込んで出発してしまったら僕はもう籠の中の鳥だ。ミサイル一発、レーザー一発で君と同じで宇宙服無しの船外遊泳だ」
シガリロを咥える。
「煙草はお控え下さい」
「そうかい」
火を付ける。
「僕に命令出来る人間は2種類いる」
ゆっくり紫煙を吐く。
「一人は自分。これは当たり前だね」
誰だってそうだ。自分の事は自分で決めろ、そうママに教わったろう?と誰に言うでもなく告げる。アリスが口を堅く噤むし、ベルナドットは当然と言う顔で頷いた。
「そして、もう一人は雇人。
雇人は僕を雇用している。ある程度の命令権を持っている」
紫煙を吸い、吐き出す。
「そして、アンタは依頼人だ。
僕にウチの連中じゃ頼りなさ過ぎて信用ならないので守って下さいと頭を下げに来た方だ」
アンダスタン?と笑いかける。
「お前は何時も依頼人にそんな態度なのか?」
「まさか!
僕は紳士を心掛けている」
脇にいるコッホが僕を睨みつけていた。
「お前の何処が紳士だ」
「虫相手に敬語を使う馬鹿が何処に居る」
「貴方は私を虫と?」
アナステイシアが僕を睨んだ。
「君ではなく君達、だよ。
僕は私的な恨みから公社が嫌いなんだ。とくに相手が公社のトップの娘さんなんて聞いたら、この話は無かったことに成るほどに嫌いなんだ」
誠に残念ながら。
にっこり笑って出口は後ろですと告げる。
「ここで断るとお前は家に帰れなくなるかも知れんのだぞ!?」
「うん。でも、僕は公社が大嫌いなんだ。
と、いうか君等にはプライドが無いのかい?」
「プライド?
どういう事ですか?」
何だコイツ?
「どういう事もなにも、君等公社はコールドスリープしてる人間を起こし、使えないと見ると捨てる。
因みに、コッホは拾われた方で僕は捨てられた方」
ニッコリ笑い、紫煙を吐き出す。
「帰り給え。
無機質な宇宙人に殺されると良い。遅かれ早かれ僕は君等の後を追おう」
恐怖に怯えろ、そして、絶望しろ。そう、口には出さないが、ニッコリ笑って紫煙を吐き出してやった。
「ッツ……分かりました。
失礼します」
さよならと手を振る。
公社の連中が出て行ったのを確認してから携帯を取り出す。
「さて、愈々困った事になったね」
「どうすんだい?」
「困ったら師匠に電話するんだよ。
お師匠は困ったら電話を掛けてきなさいってね」
ボタンを押して暫く待つ。
《やぁ、久しぶりだね。元気かい?》
「ええ、元気ですよお師匠」
《どんな状況だい?》
「控えめに言って最悪ですね。
宇宙港全部が陥落しそうです。火星に取り残されそうです」
《成程。では、迎えに行くから暫く待って居なさい》
「はい、お願いします」
電話を切る。
「お師匠が迎えに来てくれるそうだ」
「は?」
「え?」
「さ、お昼にしようか」




