【08】別れと旅立ち
「一体どういう事ですかっ!! 父上」
アースフィアレストは自身の父親であるマクスミリアン公爵の執務室に入室するや、
語気鋭く迫った。
その剣幕に公爵はやれやれと息をつき、
報告書を書く手を止め、かけていた眼鏡をはずした。
うすうす言いたいことはわかっているが、とりあえず話を聞くことを決め、
従者にお茶を淹れた後下がるように命じる。
「なんのことだ?」
「マリアがここを出て、アルドラの学校に入学するということです」
「……エルフ族の口添えだ。悪い話じゃないだろう」
「なぜ、彼らはマリアを里へ連れて帰らないのです?」
「彼らにも事情があるのだろう」
「では、引き続きこちらで保護するしかないのでは。
不特定多数のいる場所は何が起きてもおかしくはありません。彼女が危険です」
「……それは、できん」
「……当家が襲撃されたからですか?」
ピクリ、と公爵の表情が動いた。無念とも悲痛ともとれる感情の発露に
アースフィアレストは、自分の言葉が肯定されたことを確信した。
――真理愛がセルラ家に保護されたその夜、何者かが忍び込んだ。
部屋の窓が開いていたことから、その者は窓から侵入したと思われるが、
警備隊の中で気づいた者はいなかった。
真理愛自身もそのことに気づかず眠っていたらしいので
無事だと知らされた時、アースフィアレストは心から安堵した。
ただ……真理愛の部屋を警備をしていた者だけが、
まるで見せしめのように目を抉られ舌を切られ、
両手の指がなくなった状態のまま、手のひらと足首を杭で打ち抜かれ、
まるで標本のように、
公爵の執務室の壁に張り付けられていた。
アースフィアレストはその惨状があったであろう壁から無意識に目をそらす。
その日のうちに内々に処理され、壁紙などは撤去し、
今は何もなかったかのようにそこには本棚が陳列されている。
このことは箝口令がしかれ、知っている者は自分と目の前の公爵を除き、
長男で嫡男であるバルナルバーシュ、そして家令と、
影の仕事もこなす、ごくわずかな使用人だけである。
「ああ、そうだ……警告だとしても、あれは惨すぎる。
屈したくはないが、私には家族を守る責任があるからな」
父として家族を思う、公爵の気持ちは理解できる。
家族を危険な目にあわせたくないのはアースフィアレストも同じだ。
しかし、だからといってマリアの身が危険だと知っていて見放すことはできない。
――彼女には命を救われたのだから。
「それにこれは陛下の意向でもある」
「陛下の……?
陛下から世話をまかされたのではないですか?兄上が、そう申してました」
「いいか、アースフィアレストこれはここだけの話だ。
この国に天使がとどまるのはいい。
エルフ族との交流、他国への誇示。陛下はそれを期待して、我が家に保護を命じた。
それだけの価値があるからだ。
しかし万が一、自国で天使の身に何か起きたら今度は全てが真逆に動く。
……セルラ家だけでは済まず、王族、もしくは人族すべての責任になるかもしれん」
「…………」
「今現在、天使が命を明確に狙われていると知った以上
保護は取り消す、と陛下はご決断なされた」
「そんな……」
「なので、エルフ族の族長にご足労願ったのだ……
まぁ、こうなることは私も予想外だったが。
こちらとしては、もう何も口は出せんのだ……」
「…………」
アースフィアレストは決意した。
「父上、お願いがあります」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――空は、見事なまでに青く
絶好の旅立ち日和だなと、真理愛は思った。
「それでは短い間でしたが、本当にお世話になりました」
そう言って丁寧に頭を下げる。
――本当に、このセルラ家にはお世話になった。
アースさんと出会ってなかったら、自分はどうなっていただろう。
感謝してもしきれない、この恩を返せるかどうかも
今の真理愛にはわからない。
アースフィアレストは今この場にはいない。
二日くらい前から、姿が見えなくなった。
聞いても家の事情だとしか教えてもらえず、
それ以上深く追求することもできなかった。
(最後にちゃんとお礼とさよならを言いたかったけど……しょうがないよね。
これが最後ってわけじゃないし、あとで手紙を書こう……スマホがあったらメル友になれたのになぁ)
アースフィアレストと写メのやり取りしてるところを想像し、
さみしかった心がちょっとなごんだ。
「気を付けて……といっても、またどこかで会うことがあるかもしれない。
それまでは元気で勉学に励んでくれたまえ」
「はい、ばるばるばーしゅさん」
「……バルナルバーシュだ。
……本当に、君は最後まで私の名前をちゃんと言えなかったね」
「ごめんなさい、 ばるばるばーしゅさん」
「……き、君さえよければ、今度会うときは『お兄様』と呼んでもらってもかまわない」
「じゃあ、今度会うときは『バル兄様』と呼びますね」
「あ、ああ」
バルナルバーシュはごまかすように、コホンと咳き込んだ。
「あぁら、じゃあ私のことは『シューお姉様』って呼んでね、うふふ」
「イエ、もったいないです、シュテファーニア様」
「……なんで私の名前は噛まないのよ」
「イエ、キノセイデス」
「……今度会ったら教育が必要かしら、うふふ」
「マリア残念だわ、せっかく可愛い娘ができたと思ったのに」
「ハリエットローズ様……本当に良くしてもらって、なんて感謝したらいいのか」
「気にしないで、とても楽しかったわ。また遊びにきて可愛いお洋服を作らせてね」
「ハイ」
「マリア……君は息子の命の恩人だ。私たちは心から感謝している。
それだけは忘れないでほしい」
「閣下……ハイ、私も皆様の優しさに感謝してます。
本当にありがとうございました」
馬車の窓から身を乗り出して、手を振る。
手を振り返してくれる人たちがどんどん小さくなっていった。
――いい人たちだったな、と真理愛は思った。
(……濃い一週間だったなぁ)
人見知りの自分が
こんなに、家族以外の人たちとふれあったのは、はじめてだった。
異世界という特殊な環境だったからかもしれない。
今でもちょっと思い出すと恥ずかしい、けど。
最初に知り合えた人たちが、あの人たちで良かった。
だから
また会えますように、と真理愛は唇だけを動かした。
「マリア様、砂ぼこりが入ります。閉めますね」
向かいに座るミーシェラが、そう言って窓の扉を閉めた。
「ミーシェラ、頼んでおいてなんだけど本当によかったの?」
「はい、私はマリア様付きの侍女ですから。ご一緒するのは当然です」
「でも……ううん、ありがとうミーシェラ。これきゃらもよろしくね」
「ふふ……はい」
ミーシェラは、大事なところで噛んでしまった自分の主人を微笑ましく見つめた。
(――アルドラ王国の寄宿舎学校かぁ……どんなところなんだろう
不安だけど、ちょっとワクワクする。
……こんなに心って環境で変わってしまうものなんだなぁ……)
引きこもりだったはずの真理愛は、
今はじめて未来を思い、心躍らせるのだった。




