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【04】居候になりました

「なんでぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」



突如屋敷に響き渡る悲鳴に、セルラ家の女中メイドミーシェラは足早に客間へと向かう。


先ほどアースフィアレストがお客様を連れてきたので茶を出すようにと家令から言い付けられていた彼女は、廊下でその悲鳴を聞いたのだ。


「お客様、どうかされましたか!」


扉を開けると、そこには鏡台の鏡にかぶりつき、

ワナワナと震えている少女の後ろ姿があった。


(なんでなんでなんでなんで?? え? なんで? なんで顔が変わってるの? アタシの顔じゃないよね、これ)


「あの、お客様」


(てか何? この超絶美少女はっ! 外人? え、外人なのアタシ外人になっちゃったの?? 日本人だよね、日本人だったはずだよね? ええええ~~!!)


「あの、」


(それにしても誰? 誰の顔なの? アタシの顔はどこいっちゃったの? 誰、誰、誰、あなたは誰? 誰なの? って、ヤバい鏡に向かって『お前は誰だ』と言い続けると精神が崩壊するんだっけ? ちゅうかもう崩壊しちゃったりしてる? おかしくなっちゃったのアタシ?)


「お客様!!!!」


はしたないと思いつつ、ミーシェラが大声をあげると、

その少女はギ・ギ・ギと音が聞こえるかのようにゆっくりと振り向いた。



「…………!!」


ミーシェラは息をのんだ。


彼女の目に映ったのは金の髪と紫の瞳を持つ少女。



――金の色と紫の色を持つ者は

天空に住み、天空を護り、祝福を我らが住む大地に与える者なり――


この世界に住む者なら誰でも知っている、この世界の常識。


「…………」


言葉が出てこなかった。


ただひたすら茫然と、目の前にいる美しい少女を見つめていた。


大きな瞳に紫の虹彩こうさい

腰の長さまである輝やくような金の髪。

透けるような白い肌。

感情が高ぶってるのだろうか、頬がうっすらと赤みを帯びている。


その神々しいほどに美しい紫の瞳にらわれてしまって動けない。


(女が女に見惚れるなんて……でもなんて美しいの……)


ミーシェラが感動に打ち震えていると、

やがてその少女の愛らしい唇から言葉がもれた。



「……ミミ」


「え?」


「……コミミ……」


少女は呆けたように近寄ってくる。

その不穏な空気に我に返ったミーシェラは、

目の前の少女はたしかに美しいが、何かおかしいと直感で気づく。


「お、客様?」


「ネコミミにゃ~~~~~~~~っ!!!!」


「ええええええええええ!!」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




ネコミミメイドのミーシェラに淹れてもらった、とてもいい香りがする紅茶を行儀よくすすりながら真理愛まりあはえらく機嫌がよかった。


先ほどまでの鏡に映し出された、自分とは似ても似つかない美少女は誰だという問題を棚上げにするくらい、真理愛は浮かれていた。


目の前にピクピクと小刻みに動く白い猫耳。

ゆらんゆらんと不安そうに揺れる白いしっぽ。

興奮しすぎてハァハァと息が荒くなるのを必死で抑える。


(……ヤバイヤバイかわいい、めっちゃかわいい! 獣人がいるって聞いた時にこのお約束な展開をどこかでひそかに期待してたけどいきなりとは、やるな異世界! さすが異世界! クールビューティ系なのにネコミミってギャップ萌えハンパない! しかも巨乳って! ベタだけどいい! すごくいい! メイド服もかわいい! エプロンはさほど華美じゃないけど清潔感あふれてて、その分ホワイトブリムがフリフリでめっちゃ可愛い! ワンピースは足首のしっかり見えるミモレ丈で、靴はブーツじゃなくバレーシューズなのはアースさんの趣味なんだろうか? だとしたら彼とは旨い酒が飲めそうだ、ああ~お話したいな話しかけていいかな? いいよね?)



「あの」


「ハイ」


真理愛の問いかけにミーシェラはスッと姿勢を正した。


「な、名前を教えてほしいにゃ」


なぜこの少女は変な語尾をつけるのだろう、とミーシェラは不思議に思った。


「……ミーシェラと申します」


「ミーシェラさんは猫族っていうのかにゃ?」


「私には『さん』付けは必要ありません。

ミーシェラとお呼びください……正確には獣人族の猫系亜人といわれてます」


「わかったにゃ。私は真理愛っていうにゃ。よろしくにゃ」


「かしこまりました。マリア様」


(いや、『様』はいらないんだけど……まぁいっか)


「他にもこのお屋敷には獣人族の人がいるのかにゃ?犬とかうさぎとか」


「……ハイ」


その答えを聞いた時、目の前の少女はものすごくいい笑顔で、グっと両手のこぶしを握り締めて何度もうなずいていた。


「ひとつ聞いていいかにゃ?」


「……なんでしょう?」


「なぜミーシェラは語尾に『にゃ』とつけないんにゃ?」


「……おっしゃってる意味がわかりかねますが」


「猫の獣人は大体みんな語尾に『にゃ』がつくのではないのかにゃ?」


「……つきません」


「にゃんと!!」



――異世界に来て、はじめて失望を味わった瞬間だった。




がっくりとしていたところにアースフィアレストが部屋を訪ねてきた。


「……申し訳ないのだが頼みがある」


その言葉に真理愛は『やっぱり……』と落胆した。

(やっぱり、タダってわけにはいかないよね)


居候させてもらっている身分である、多少の頼みは聞くつもりだ。

ある程度の願いなら魔法でなんとかできるだろう、と真理愛は覚悟を決めた。


(お金とか宝石とかって魔法で出せるのかな……てか貨幣偽造罪とかって異世界でも普通にありそうな気がするよね……うーーんそれがダメなら労働とか……労働かぁ……身体で支払うって……ハッ! そういう意味? ももももしかしてそれが狙い!? いいいいきなりR18な展開になっちゃうの? いや、そんな、でもアースさんイケメンだしな、ちょっとぐらい……っていやいやいや、そういう問題じゃない! そりゃあイケメンの方がいいに決まってるけどもっとこう、そうこういうのはお互いの気持ちが高まってから……でも身体からはじまる何かがあるかもしれないし、アースさんいい人そうだし責任とってくれそうだし、イケメンだし)


「……わかりました。何でも言ってください」


「そうか、助かる」


アースフィアレストはホッとしたように息をつき微笑んだ。


「実は」


「ハイ……」



「髪の色と瞳の色を変えてほしい」


「……へ?」


「……え?」


「……それだけ?」


「……それだけって、すごいことだと思うのだが?」


「ゴメンナサイ!!!!」


真理愛は心の中で土下座した。


「……なぜ謝られたのかよくわからないのだが、

君のその見た目はこの国では非常に珍しいんだ」


「そうなのですか?」


「ああ」


「なるほど、そういうことなら……」


真理愛は立ち上がり腕を振り上げ人差し指を立て、くるくると回って叫んだ。


「我が望むままに変化したまえピピルピルピル、ピピルピ~~~!」


あっけにとられているアースフィアレストとミーシェラの前で光に包まれた真理愛がその姿を現す。


「……これでいいかにゃ?」


そこに現れたのは……


金色の猫耳と金色のしっぽをつけた真理愛の姿だった。

しかもなぜか巨乳になっている。


「えっと……」


「かわいいかにゃ?」


真理愛は色んなポーズをとった。

まるで気分はネコミミアイドルだ。

金色の耳としっぽのせいで猫というよりはキツネっぽくなってしまっているが、真理愛は気が付かない。


アースフィアレストの頬がひきつっている。

ミーシェラはすごく嫌そうな表情をしている。


「……髪の色と瞳の色は変わってないよマリア。それにその変な語尾はどこかの方言なのか?」


「はぁうっ! もしかしてアースさんはこの萌えをわかってくれないんですかにゃ?」


「モエ?」


「そうですにゃ!」


ずいっとネコミミ真理愛に迫られて、アースフィアレストは目を泳がせながらあわてて身体をそらした。

その頬は少し赤い。



「マリア様……アースフィアレスト様のご友人としてあられるなら、猫亜人はふさわしくありません」


「ミ、ミーシェラ?」


アースフィアレストの焦ったような表情。

ミーシェラの能面のような表情。


真理愛は悟った。


ミーシェラを傷つけてしまった、と。


胸をつぶされるような後悔と自己嫌悪。


きっとこの国では獣人の地位はそれほど高くないのだろう。

人族がおさめている国と聞いていたのに、忘れていたとはいえ調子に乗ってうかれて……

多分、馬鹿にされたと思ったのに違いない。


「ごめんなさい……」


「私にあやまる必要はありません。事実を申し上げただけです」


「違うんです! ミーシェラが可愛かった、からっ! 猫、とか好きだったから、つい興奮して、あの、馬鹿にするとか、悪意とか偏見とかじゃなく、私、ただ純粋にすごいなって、私もああいうふうになりたいなって思ってそれでっ!」


(あああ、なんでいつもこうなんだろう、感情がたかぶると上手く言葉が出てこない、言いたいことが上手く言えない、いい年をした大人なのに、自分で自分が嫌になる、興奮すると後先考えずに暴走しちゃって、あきれられたり避けられたり揚げ足取られてイジられて馬鹿にされてわらわれて、周りが信じられなくなって、


――人が、怖くなって)


ミーシェラは小さく震えながら訴えてくる真理愛を見てとまどっていた。

なぜ、ただの女中メイドに対してこんなに必死に許しを乞うているのかわからなかった。


猫系亜人に限らず小動物系の亜人は一部の富裕層を除いて獣人族の中でも力が弱く、特にここカスタード王国では女性の亜人は単純労働に使役させられたり、召使いとして貴族に召し抱えられることが多く、人族と対等に扱われることはあまりないのだ。


なのに真理愛は『可愛い』と褒めてくれた、『すごい』と言ってくれた。


その言葉はたどたどしくはあったけれども心地よくミーシェラの耳に響き、心が温かくなった。


「……ありがとうございます」


「……え?」


「先ほども言いましたが謝罪は必要ございません。好意でおっしゃられたと理解しております」


「そうですか。よかった、です」


あきらかにホッとした様子になんて素直な方だろうと思う。


「ミーシェラ、マリアは記憶をなくして森をさまよっていたんだ。多分……このような外見だし世俗にも疎いんだと思う。しばらくここで預かることになった。身の回りもそうだが色々と力になってほしい」


「記憶を……そうだったんですか」


ミーシャは眉をひそめた。

金の髪と紫の瞳を持つ者が森で迷っていた、しかも記憶を失くして……

これがどれだけ異常な事態なのか、目の前の少女はわかっていない。


自分の価値に、そしてそれを欲しがる者の多さに。


「かしこまりましたアースフィアレスト様」


そう言ってミーシェラは真理愛に向かい、姿勢を正し恭しくお辞儀をした。


「マリア様、お仕えできますことを光栄に存じます」


真理愛はネコミミメイド……もといネコミミ侍女を手に入れた。




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