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【20】ダーヴィット・マステマ



話は少しさかのぼる――


ダーヴィットは、最後の魔力を振り絞り、転移術でこの森にきた。


(ああ……来れた、のか)


むせかえる草の匂いはどこか清冽で、ここがエルフの里の近くの森だと彼は確信し、安堵した。


愛する妻の故郷、ダーヴィットは何度もここに来たことがある。


魔術師として、エルフの智慧と創造力は憧れであり、渇望するものだった。

欲しくて欲しくて、ああなりたくて、彼は夢中で教えを乞うた。


それに応えてくれたのがラシルであり、二人はその後結婚し子を成した。

魔族の中で転移術の第一人者とまで呼ばれ、愛する妻と可愛い娘にかこまれて、彼は本当に幸せだった。


(俺、は……どこで間違ったんだ……)


なぜ、ちゃんと調べなかったんだろう。

なぜ、ちゃんと考えなかったんだろう。


言われるまま、ダーヴィットは罪を犯し続けた。


(ここで……せめてここで最後を……本当にすまない、ラシル、キャナ……)


彼が死を覚悟した時。


「おい、そこにいるのは誰だ」


声が聞こえた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「……どうして、その人がここにいるの?」


アースフィアレストに呼ばれ、連れてこられた部屋で真理愛まりあが見たものは、

ステファルノに治癒魔法を施されているダーヴィットの姿だった。

今にも死んでしまいそうに衰弱しきっていて、アースフィアレストに切られた腕の断面は黒く染まっていて禍々(まがまが)しい。


「マリア……僕じゃあ、この状態を維持するだけで精一杯なんだ。

力を貸してほしい」


ステファルノが、硬い声で真理愛の目を見ず告げる。


「なんで……? なんでその人を助けてるの? その人が何をしたかわかってるの?」


声が怒りで震える。逆上しないよう真理愛は必死で耐えた。


「天使様、事情はよく存じております。しかし、この者は多少我がエルフ族と縁のある者、今一度話を聞きたいので癒してはくれまいか?」


長老が頭を下げると、その場にいたエルフもならうように頭を下げた。


「い、嫌ですっ! こ、の人のせいでミーシェラは、ユノンちゃんは」


「真理愛、あんな風にしてしまった俺が言うのもなんだが、事情があるらしい。話だけでも聞いてみないか?」


「いや! アースさんたちが来なかったら、私たち殺されてた! また、助けたらこ、殺されるかもしれないっ! もうあんなのはいやっ!」


「真理愛っ!」


アースフィアレストの声に真理愛がびくりと震える。彼はしまった、というような顔をして口をつぐむ。

蒼白な顔色、おびえたような表情。


「すまない……無理強いするつもりじゃなかった」


周りの空気があきらめの感情に支配され、重く感じていたその時、

ダーヴィットの周りに半透明のエルフの女性と、同じく半透明の2歳位の小さな女の子が見えた。


『――助けて……』


「え?」


「どうしたの? マリア」


様子がおかしいのに気が付いたステファルノがあらぬ所をじっと見つめている真理愛に声をかけた。


「スーさん、見えない? エルフの親子がいるの」


「え? どこに」


ステファルノがきょろきょろと周りを見渡す。


『――この人を助けて……』


『――パァパ、パァパ、死ぬの、めっ!』


『――お願い……』


『パァパ、パァパ!』


ダーヴィットにすがり泣きじゃくる小さな子。それをなだめつつも、懸命にダーヴィットの身体をさするエルフの女性。

この人たちは家族だ、こんなにも心配している。


真理愛の目に涙が浮かぶ。


「ずるいよぉ……そんなふうに、されたら、ホントずるい……もうやだ」


「マリア?」


真理愛は、ぐいっと涙をぬぐうと、ダーヴィットの寝ている所まで近づき、ひざまつき顔を見た。


「……治ったら、ミーシェラにスライディング土下座して、ユノンちゃんにボコボコにしてもらいますからねっ」


そう言って、治癒魔法を放った。


周りの空気が安堵に満ちたそれに変わる。


「マリア……」


アースフィアレストが頭を撫で、ステファルノは背中をなだめるようにさすった。



『――ありがとう、感謝します。天使様』


『――パァパ、バイバーイ。てんちたま、ありあとー』


そう言って、二人の姿が消えた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「俺は……馬鹿だった。家族を殺されて、狂ってしまった」


傷の癒えたダーヴィットは全ての罪を告白し、長老の前にひざまずき頭を下げた。


「俺は、俺は多くのエルフも見殺しにしてきた。すまない……本当にすまなかった」


「ダーヴィット、おぬしのやってきたことは許されることではないし、許されるべきではないかもしれん。

しかしの、我ら一族は過去に過ちを犯している。

はるか昔、罪を憎むあまり、ひとりの天使を自分らの思うままに裁いた。ある者はそしり、ある者は打ち、ある者は無視した」


真理愛はきゅっと手を握り思った。

その話は、さっきザーレッヘから聞いた話と同じだろうと。


「その結果、わが一族は報いを受けた。天使族から見放された。たったひとりの天使様をのぞいて」


そう言って長老は真理愛を見た。


(え? 私はおいていかれたんじゃないの? 『堕天使』の妹だから天使族は私を連れて行かなかったんじゃ)


「マリア、違うよ。天使族はリリアナも連れていくつもりだった。でも彼女は自分の意志でここに残ってくれたんだ」


心の声をひろったステファルノが、真理愛にしか聞こえない声で囁いた。その声には少し、熱がこもっていて。

それを少し不快に感じるのはなぜなんだろうと自問し、彼に心を読まれないようその思いをそっと閉じた。


(スーさんにとってリリアナってどんな存在なんだろう)


その思いはステファルノにも悟られず、宙に浮いた。



「……じゃからの。我らはお前を裁かぬ。いずれ報いを受けるかもしれんが、その時はその時じゃ。理由があってのことならば、お前しだいで償うことが許される時もこよう。今はそれより聞きたいことがある。どうしてこうなったか話してくれるか」


長老の言葉に、ダーヴィットはうなずいた。


「ラシルとキャナが殺された時、現場にはエルフの死体も残っていた。

殺そうとした際、返り討ちにあったのだろう、という現場の調べや目撃者が証言した『秘法を魔族に渡したから報復した』という理由……それらを疑いもせず、信じてしまった」


「全てははかられていた、というわけか」


今まさにその最中にいるであろうアースフィアレストは、顔をしかめ、怒りをこらえていた。


「俺は絶望し、後を追うことしか考えられなかった。だが、そんな時あの男が来たんだ。

人族のバーベリアン伯爵と名乗るその男は、エルフ族に復讐したくはないかと……俺はその話にのってしまった」


「なるほどのう……ふむ、バーベリアン伯爵とは何者じゃ?」


長老の問いにアースフィアレストが答えた。


「バーベリアン伯爵は、カスタード王国の外交大臣を務める男です。確かロアール王太子殿下の異母弟ときいております。母方の身分が平民ゆえ、王位継承権はありませんが殿下は彼を重用していると聞いております」


「あの時、騎士団を引き連れて僕らを拘束しようとした、陰険片目眼鏡?」


ステファルノの毒のこもった言葉に頷くアースフィアレスト。


「バーベリアン伯爵は、俺にエルフの里から天使を転移させる魔方陣を作れと言われました。天使がいるからエルフ族には誰も手が出せない。

エルフ族はこの世界の全てを天使を使って牛耳ろうとしている。それは許されることではない、と」


「なんと、まぁ。その言葉そっくりそのまま返してやりたいものじゃな」


長老はあきれたように息を吐いた。


「むう、やはりそうなると裏で糸を引いていたのは、ロアール王太子殿下ということになるのう……しかし、なぜそのような大それたことを……短絡的にもほどがある」


「バーベリアン伯爵は言ってました。天使さえ手に入ればガルフォルノン王に科せられた、『ゼーラの封印』は完全にとかれ世に放たれると」


ダーヴィットの言葉に皆が息をのむ。


「ゼーラ、の封印じゃと?」



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