↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『王位なんていりません! 追放された元王子は、最強の聖女(笑)?と苦労人賢者と気ままな旅を満喫します!!』  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
140/172

第140話 急がない旅の行き先と、ハルミナで見つけた新しい選択


 ハルミナの旅人の休み家に、静かな夜が訪れていた。


 食堂からは夕食を終えた客たちの話し声がかすかに聞こえ、厨房ではマリナが食器を片づけているらしい。二階の小さな部屋には、窓の外から入り込む涼しい風と、遠くで鳴く虫の声が満ちていた。


 ルシルは寝台の端に腰掛け、膝の上に広げた紙を見つめていた。


 そこには、ハルミナから南へ続く道について、これまで三人が集めた情報が書かれている。最初に訪れた井戸でバルドから聞いた話、実際に馬車で進んだ範囲、丘の肩から先をシモンが歩いて確かめた結果、そして村の人々から追加で聞いたことが、それぞれ分けて記されていた。


 紙の上に並ぶ文字は、決して少なくなかった。


 それでも、次の集落へ安全にたどり着けると判断するには、足りないことが多すぎた。


「……やっぱり、分からないことが多いなあ」


 ルシルが小さく呟くと、窓際の寝台に座っていたモモが顔を上げた。


「南の道のこと?」


「うん。僕たちが確かめたところまでは分かるんだけど、その先がね。道幅も、水場も、次の集落までの距離も、まだはっきりしないんだ」


 モモは手にしていた旅帳面を閉じ、ルシルの隣へ移動した。


 桃金色の髪が肩の上で揺れ、緑色の瞳が紙の上をゆっくりと追っていく。


「でも、最初にハルミナへ来たときよりは、いっぱい分かったよね。あの丘のところまで行ってみたし、戻れる場所も見つけたし、村の人たちにも話を聞いたし」


「そうだね。何も分からないままじゃなくなったのは、すごく大きいと思う」


 ルシルが頷くと、モモは少し安心したように笑った。


 机に向かっていたシモンも、二人の会話を聞いて筆を置いた。


「ただ、情報が増えたことと、安全に進めることは別です。今回の調査では、むしろ慎重になるべき理由が明確になったとも言えます」


「うん。シモンの言うとおりだと思う」


 ルシルは紙を机へ置き、窓の外へ目を向けた。


 ハルミナの家々には、ところどころに小さな灯りがともっている。


 共同窯のある方角にはもう煙が見えず、昼間は賑やかだった広場も、今は静かになっているようだった。


「僕さ、少し考えてたんだ」


 ルシルが口を開くと、モモとシモンがこちらを見た。


「最初は、ハルミナに着いたら南へ進もうって、なんとなく思ってたんだよね。丘の向こうに何があるのか気になったし、知らない景色を見てみたかったから」


 ルシルはそこで一度言葉を切り、二人の表情を確かめた。


「でも、南へ行くこと自体が目的だったわけじゃないんだ。僕たちは、自由に旅をしたくてここまで来たんだから」


 シモンは静かに頷いた。


「ええ。特定の場所へ急いで向かわなければならない事情は、今の私たちにはありません」


「そうなんだよね。だから、南の道が難しいなら、別の道を選んでもいいんじゃないかなって」


 モモは少し考え込んだあと、ゆっくりと微笑んだ。


「わたしも、それでいいと思う。南の丘の向こうは気になるけど、そこだけが楽しい場所ってわけじゃないもんね」


「うん。僕もそう思う」


 ルシルは微笑み返した。


 ただ、別の道を選ぶと言っても、今すぐ行き先が決まるわけではない。


 ハルミナへ来た道を戻れば、以前通った大きな道へ出られる可能性がある。けれど、その先でどちらへ向かうかについては、改めて考える必要があった。


「明日の朝、もう一度相談しようか。今日はもう遅いし、疲れているときに急いで決める必要もないからね」


 ルシルがそう言うと、シモンは穏やかに頷いた。


「賛成です。明日は天候と馬たちの状態も確認したうえで、道の選択肢を整理しましょう」


「じゃあ、明日は旅の作戦会議だね!」


 モモが嬉しそうに言うと、ルシルは笑った。


「作戦会議っていうほど大げさなものじゃないと思うけど、そうだね」


「でも、三人で地図を広げて相談するのって、なんだか冒険者らしくない?」


 モモは楽しそうに旅帳面を抱え直した。


 シモンは眼鏡の奥で目を細め、少しだけ笑った。


「私たちはすでに旅をしておりますから、十分に冒険者らしいと思いますよ」


「そうかな? じゃあ、明日もいっぱい相談しようね!」


 三人は笑い合い、それぞれ寝る準備を始めた。


 ルシルは机の上の紙を丁寧に重ね、窓の隙間から入る風で飛ばされない場所へ置いた。


 今日までに得た情報は、すぐに次の道を決める答えにはならなかった。


 それでも、無駄になったとは思わなかった。


(進まなかった道も、僕たちが選んだ道の一つなんだろうな)


 ルシルはそう考えながら、部屋の灯りを落とした。


 窓の外では、ハルミナの夜が穏やかに更けていった。


     ◇


 翌朝、ルシルは窓の外から聞こえてくる鳥の声で目を覚ました。


 薄い朝日が部屋の中へ差し込み、木の床を柔らかく照らしている。


 昨夜は少し遅くまで話していたものの、身体には十分に休めた感覚があった。


 寝台から起き上がると、シモンがすでに身支度を整えていた。


「おはようございます、ルシル様」


「おはよう、シモン。今日も早いね」


「少し前に目が覚めましたので、窓から空の様子を確認しておりました」


 シモンはそう答え、窓の外へ視線を向けた。


「今のところ、雨が降りそうな様子はありません。ただ、昨日より少し風が強いようです」


 ルシルも窓へ近づき、外を眺めた。


 庭の木々はゆっくりと揺れ、葉の間から朝の光がこぼれている。


 雲は薄く、空の大部分には淡い青色が広がっていた。


「本当だ。いい天気になりそうだね」


「ええ。ただ、遠くの天候までは分かりませんから、出発する場合は引き続き注意が必要です」


 その言葉に、ルシルは頷いた。


 すると、背後の寝台から毛布の擦れる音が聞こえた。


「……おはよう……」


 モモが眠たげな声を出し、毛布の中から顔を覗かせた。


 桃金色の髪は少し乱れており、まだ完全には目が覚めていないようだった。


「おはよう、モモ。よく眠れた?」


「うん……いっぱい寝た気がする……」


 モモは小さく欠伸をしたあと、窓の外を見た。


「今日も晴れてるね」


「うん。風は少しあるけど、今のところいい天気だよ」


 ルシルが答えると、モモは嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあ、今日もいい一日になりそう!」


 シモンはその言葉を聞き、穏やかに頷いた。


「そうですね。まずは朝食をいただいて、それから馬たちの様子を確認しましょう」


「賛成!」


 モモは元気よく返事をし、寝台から降りた。


 三人は身支度を整え、朝の食堂へ向かった。


     ◇


 食堂には、温かな麦粥の香りが漂っていた。


 マリナは厨房で朝食の準備をしており、三人の姿に気づくと笑顔で迎えてくれた。


「あら、おはよう。今日は三人とも元気そうね」


「おはようございます。昨日もゆっくり休ませていただきました」


 ルシルが答えると、マリナは頷いた。


「それならよかったわ。今日はどうするの? また道を調べに行くのかしら」


 ルシルは少し考えてから答えた。


「今日は、進む方向を改めて相談しようと思っています。南の道だけじゃなくて、ほかの道も考えてみようかと」


 マリナは少し驚いたような顔をしたあと、穏やかに微笑んだ。


「そう。それなら、焦らず決めるといいわ。旅は道を選ぶところから始まるものね」


「はい。ありがとうございます」


 ルシルは丁寧に頭を下げた。


 朝食には麦粥と野菜、それから薄く切ったパンが用意された。


 三人は料金を確認してから席に着き、温かな食事をゆっくりと味わった。


 モモは一口食べると、満足そうに頬を緩めた。


「やっぱり、マリナさんのご飯はおいしいね」


「そうだね。毎日少しずつ味が違うのも楽しいよ」


 ルシルが答えると、シモンも頷いた。


「食材を無駄なく使いながら、味に変化をつけていらっしゃるのでしょう。こうした工夫も、旅先で学べることの一つですね」


 モモは少し考えてから、嬉しそうに笑った。


「じゃあ、わたしも今度、料理を手伝ってみたいな」


「いいね。僕も一緒にやってみたい」


 ルシルが答えると、シモンは穏やかに微笑んだ。


「その際は、私も参加させていただきましょう」


「三人で料理!」


 モモは嬉しそうに声を弾ませた。


「なんだか楽しそう!」


 ルシルは笑いながら頷いた。


 旅を続ける中で、料理をする機会はこれからもあるだろう。


 そのときに、三人で相談しながら食事を作ることができれば、きっと楽しい時間になる。


 そんな小さな楽しみを想像するだけで、今日という一日が少し明るく感じられた。


     ◇


 朝食を終えると、三人は馬小屋へ向かった。


 トルクとベルクは屋根の下で落ち着いており、朝の飼葉を食べているところだった。


 ルシルが近づくと、トルクはすぐに耳を立てた。


「おはよう、トルク。今日も元気そうだね」


 ルシルは首筋を撫で、身体の状態を確かめた。


 脚元に目立った異常はなく、歩き方にも違和感はない。


 ベルクも落ち着いており、シモンが蹄の周囲を確認している間、静かに立っていた。


「二頭とも、今のところ問題はなさそうですね」


 シモンが言うと、ルシルはほっと息をついた。


「よかった。昨日はゆっくり休めたみたいだね」


 モモはベルクのそばに立ち、優しく声をかけた。


「今日はどこへ行くか、まだ決まってないんだ。でも、決まったらまた一緒に旅してね」


 ベルクは静かに耳を動かした。


 その様子に、モモは嬉しそうに笑った。


「聞いてくれたみたい!」


 ルシルは笑いながら頷いた。


「きっと、モモの声は覚えてるんだろうね」


 そこへ、馬たちの世話をしている男性がやってきた。


「おはよう。二頭ともよく休んでるよ。今朝も飼葉はしっかり食べてる」


「ありがとうございます。今日はまだ出発するか決めていないんですが、もし出ることになったら、また確認させてください」


 ルシルが説明すると、男性は頷いた。


「もちろん。無理をさせないのが一番だからな」


 三人は礼を述べ、馬小屋をあとにした。


     ◇


 休み家の庭には、朝の風が心地よく通っていた。


 ルシルは木陰の腰掛けへ座り、昨日までに整理した道の記録を広げた。


 モモは隣に座って旅帳面を開き、シモンは向かい側から二人の記録を見比べている。


「じゃあ、今日の相談を始めようか」


 ルシルが言うと、モモは嬉しそうに頷いた。


「うん! 作戦会議だね!」


 シモンは少し笑った。


「では、まず現在の状況を整理しましょう」


 シモンは紙を指さした。


「南へ続く道については、丘の肩までしか馬車で確認できていません。その先は道幅が狭く、地面の状態も不明です。次の集落までの距離と、確実に利用できる水場も分かっていません」


 ルシルは頷いた。


「うん。だから、今のまま南へ進むのは避けた方がいいと思う」


「私も同意見です」


 シモンは静かに答えた。


 モモは少し考え込んだ。


「じゃあ、別の道を探す?」


「そうだね。ハルミナへ来た道を戻れば、以前通った大きな道へ出られるはずだし、そこから別の方向へ進むこともできると思う」


 ルシルが答えると、シモンは頷いた。


「ただし、大きな道へ戻ったあとにどちらへ向かうかについても、確認が必要です。以前通った道だからといって、その先まで安全だと分かっているわけではありませんから」


「うん。そこは慎重に考えよう」


 ルシルは紙の上へ視線を落とした。


 南へ進む道。


 ハルミナへ来た道を戻る選択。


 そして、まだ知らない別の道。


 どれも、今すぐ決めなければならないわけではない。


 けれど、選択肢を整理することで、少しずつ考えやすくなっていた。


「僕は、来た道を戻ることも考えていいと思うんだ」


 ルシルが言うと、モモは顔を上げた。


「戻るの?」


「うん。もちろん、今すぐ決めるわけじゃないけどね。知らない南の道へ無理に進むより、分かっている道へ戻って、そこから新しい場所を探す方が安心できるかもしれない」


 モモは少し考えてから頷いた。


「そっか。戻ることも、新しい旅につながるんだね」


「そういうことだと思う」


 ルシルは微笑んだ。


 シモンも穏やかに頷いた。


「私も、その考え方はよいと思います。大切なのは、戻ること自体ではなく、その先でどのような道を選ぶかですから」


 モモは嬉しそうに笑った。


「じゃあ、わたしも賛成!」


 ルシルは二人を見て、少し安心したように息をついた。


 南へ進むことを諦めるわけではない。


 ただ、今は別の道を選ぶ可能性も考える。


 それだけで、胸の中にあった小さな焦りが和らいでいくようだった。


     ◇


 相談を終えた三人は、午前のうちに村の広場へ向かった。


 井戸の周囲では、いつものように住民たちが水を汲んでいた。


 バルドの姿も見える。


 ルシルたちに気づくと、彼は軽く手を上げた。


「おう、今日も来たか」


「おはようございます。昨日はありがとうございました」


 ルシルが頭を下げると、バルドは笑った。


「気にするな。それで、今日はどうした?」


「南の道については、もう少し情報が必要だと思ったので、別の方向へ進むことも考え始めたんです」


 ルシルが説明すると、バルドは頷いた。


「そうか。それなら、来た道を戻るのが一番分かりやすいだろうな」


 シモンは丁寧に尋ねた。


「ハルミナへ来るときに通った道について、最近大きな変化があったという話はありますか?」


 バルドは少し考え込んだ。


「俺の知る限りでは、特に聞いてないな。ただ、道の先まで全部知ってるわけじゃないから、そこは気をつけてくれ」


「承知しました。ありがとうございます」


 シモンは頷いた。


 モモは旅帳面へ短く書き加えた。


「来た道は、今のところ大きな変化の話はなし……っと」


 バルドはその様子を見て、少し笑った。


「ずいぶん丁寧に記録してるんだな」


「はい! 忘れちゃうと困ることもあるので!」


 モモは嬉しそうに答えた。


 バルドは感心したように頷いた。


「いいことだ。旅の記録は、あとで役に立つことがあるからな」


 ルシルは礼を述べ、三人は井戸の邪魔にならない場所へ移動した。


 広場では、子どもたちが石を並べて遊んでいた。


 モモはその様子を眺め、少しだけ微笑んだ。


「ハルミナって、いつ来ても落ち着くね」


「うん。僕もそう思う」


 ルシルは広場を見回した。


 ここへ来たばかりの頃は、知らない村だった。


 しかし今は、井戸の場所も、共同窯の位置も、休み家までの道も分かる。


 村の人々の顔も、少しずつ覚えてきた。


 そのことが、ルシルには嬉しかった。


     ◇


 昼前、三人は共同窯の近くを通りかかった。


 窯の周囲には、焼いた穀物の香ばしい匂いが漂っている。


 エルナが作業台のそばに立っており、三人に気づくと笑顔で声をかけた。


「あら、旅人さんたち。まだハルミナにいたのね」


「はい。南の道を少し調べてみたんですが、馬車で進むには難しそうだったので、戻ってきたんです」


 ルシルが説明すると、エルナは少し驚いたような顔をした。


「そうだったの。無理をしなかったならよかったわ」


 モモは嬉しそうに前へ出た。


「エルナさん、昨日買ったパン、すっごくおいしかったです!」


 エルナは笑った。


「あら、もう食べたの?」


「少しだけです! 丘の途中で休憩したときに食べたんですけど、すごく香ばしくて!」


「ふふ、それならよかったわ。旅の途中で食べるパンは、家で食べるのとはまた違うでしょう?」


 モモは大きく頷いた。


「はい! 草の匂いもして、すごくおいしかったです!」


 ルシルは二人の会話を聞きながら、穏やかに微笑んだ。


 エルナは作業台の上の布を整えながら、三人へ尋ねた。


「それで、これからどうするの?」


「まだ決めていませんが、ハルミナへ来た道を戻って、別の方向へ進むことも考えています」


 ルシルが答えると、エルナは頷いた。


「そうね。旅は無理をしないのが一番よ。どこへ行くにしても、気をつけてね」


「ありがとうございます」


 三人は礼を述べ、共同窯をあとにした。


 モモは歩きながら、少し名残惜しそうに振り返った。


「またエルナさんのパン、食べたいな」


「うん。いつかまたハルミナへ来ることがあったら、買いに行こう」


 ルシルが答えると、モモは嬉しそうに笑った。


「約束だよ!」


「うん。約束」


 シモンも穏やかに微笑んだ。


     ◇


 休み家へ戻ると、マリナが昼食の準備をしていた。


 三人は食事をお願いし、温かな野菜の煮込みとパンをいただいた。


 食事を終えたあと、ルシルはマリナへ今日の相談について話した。


「南の道は、今のところ無理に進まない方がよさそうだと思いました。だから、来た道を戻ることも考えています」


 マリナは静かに頷いた。


「そう。それなら、焦らず決めるといいわ。ここへ戻ってきたことも、きっと無駄じゃなかったでしょう?」


「はい。たくさんのことを教えてもらいました」


 ルシルが答えると、マリナは嬉しそうに微笑んだ。


「それならよかったわ」


 モモも笑顔で頷いた。


「わたし、ハルミナが大好きになりました!」


「あら、嬉しいことを言ってくれるのね」


 マリナは少し照れたように笑った。


「また来ることがあったら、ぜひ寄ってちょうだい」


「はい!」


 モモは元気よく返事をした。


 シモンも丁寧に頭を下げた。


「大変お世話になりました。まだ出発日は決めておりませんが、改めてご相談させていただきます」


「もちろんよ」


 マリナは穏やかに答えた。


     ◇


 午後、三人は休み家の部屋で、もう一度旅の予定を整理していた。


 机の上には、これまでの記録が並べられている。


 南へ続く道については、まだ不明なことが多い。


 一方、ハルミナへ来た道は、少なくとも自分たちが実際に通った経験がある。


 ルシルはその違いを考えながら、ゆっくりと口を開いた。


「僕は、来た道を戻る方向で考えてみたいな」


 モモは顔を上げた。


「うん。わたしも、それでいいと思う」


 シモンも頷いた。


「私も賛成です。ただし、出発する前に、食料と水の残り、馬たちの状態をもう一度確認しましょう」


「もちろん」


 ルシルは微笑んだ。


「それから、戻った先でどちらへ進むかは、まだ決めなくてもいいよね」


「はい。まずは安全に大きな道へ戻ることを考え、その先は改めて判断するのがよいでしょう」


 シモンは落ち着いた声で答えた。


 モモは旅帳面を開き、今日の相談を記録した。


「じゃあ、『南の道は今は進まないことにした。来た道を戻る方向で相談中』って書いておこうかな」


「うん。それがいいと思う」


 ルシルは頷いた。


 まだ出発日は決めていない。


 それでも、三人の考えは少しずつまとまり始めていた。


     ◇


 夕方になると、ハルミナの空は柔らかな橙色に染まった。


 休み家の庭では、トルクとベルクが穏やかに休んでいる。


 ルシルは二頭のそばへ行き、首筋を撫でながら声をかけた。


「もう少ししたら、また旅に出ようと思うんだ。今度は、僕たちが通ってきた道を戻ることになるかもしれないけど、よろしくね」


 トルクは鼻を鳴らし、ベルクは静かに耳を動かした。


 モモはその様子を見て、嬉しそうに笑った。


「二頭とも、ちゃんと聞いてくれてるみたいだね」


「うん。そうだと嬉しいな」


 ルシルは微笑んだ。


 シモンは少し離れた場所から二頭の様子を確認し、穏やかに頷いた。


「今日は十分に休めたようですね。明日も状態がよければ、出発の準備を進められるかもしれません」


「うん。でも、明日の朝にもう一度確認しよう」


 ルシルが答えると、シモンは微笑んだ。


「承知しました」


 三人は馬小屋をあとにし、休み家へ戻った。


     ◇


 夜、部屋の窓からは、ハルミナの静かな灯りが見えていた。


 モモは寝台の上で旅帳面を開き、今日の出来事を書き留めている。


 シモンは机に向かい、明日の確認事項を整理していた。


 ルシルは窓際の椅子に座り、外の景色を眺めていた。


 南へ続く道は、まだ分からないことが多い。


 けれど、三人はその道へ無理に進む必要がないことを理解していた。


 来た道を戻ることも、別の方向へ進むことも、自分たちで選べる。


 その自由が、今のルシルには何より嬉しかった。


(王位なんて、やっぱりいらないな)


 ルシルは心の中で、静かにそう思った。


 誰かに決められた道を歩くのではなく、自分たちで考え、自分たちで選ぶ。


 それが、彼の望んだ旅だった。


 背後では、モモが旅帳面を閉じる音がした。


「ルシル君、今日はいっぱい相談したね」


「そうだね。でも、少しずつ決まってきた気がするよ」


 ルシルが答えると、モモは嬉しそうに笑った。


「うん! 次の旅も楽しみ!」


 シモンも机から顔を上げた。


「私も楽しみにしております。ただし、出発の準備は慎重に進めましょう」


「もちろん!」


 モモが元気よく返事をした。


 ルシルは二人を見つめ、穏やかに微笑んだ。


「明日も、三人で決めようね」


 モモは大きく頷き、シモンも静かに微笑んだ。


 ハルミナの夜は、今日も穏やかだった。


 そして三人は、急がない旅の中で、新しい道を選ぶための一歩を踏み出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。