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『王位なんていりません! 追放された元王子は、最強の聖女(笑)?と苦労人賢者と気ままな旅を満喫します!!』  作者: 伊佐波瑞樹


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第114話 丘の向こうに見つけた風の休み場と、三人で選んだ夕暮れ


 午前の休憩で立ち寄った大きな木が丘の向こうへ隠れると、街道の両側には再び背の低い草が広がり始めた。緩やかな下り坂を進む馬車の車輪は乾いた土を静かに踏み、トルクとベルクの蹄が刻む規則正しい音が、草原を渡る風に混じって聞こえてくる。太陽は朝よりも高く昇り、道の脇に落ちる影は短くなっていたが、丘の間を吹き抜ける風にはまだ心地よい涼しさが残っていた。


 ルシルは御者台で手綱を握り、二頭の歩調を確かめながら前方へ目を向けていた。街道は丘の斜面に沿って緩やかに曲がっており、少し先まで進まなければ、その向こうにどんな景色が広がっているのか分からない。今朝、井戸のある休み場を出発してから何度も経験した道の変化だったが、そのたびに新しい景色が現れることを、ルシルは密かに楽しみにしていた。


「ルシル君、さっきの木、もう見えなくなっちゃったね。あんなに大きかったのに、丘を一つ越えるだけで隠れちゃうなんて、なんだか不思議だなあ」


 馬車の窓際に座っていたモモが、後ろを振り返りながら声をかけてきた。膝の上にはいつもの旅帳面が置かれており、先ほど描いたばかりの木の絵が開かれている。横へ大きく枝を伸ばした姿と、その下で休む小さな馬車が描かれた頁を、モモは満足そうに眺めていた。


「本当だね。ここからだと、あそこに木があったことも分からないくらいだ。でも、モモの帳面にはちゃんと残っているから、あとで思い出せるね」


「うん! それに、通りかかった旅人さんが教えてくれたことも書いたよ。丘の陰では、思ったより早く暗く感じることがあるんだよね。今日はそのことも忘れないようにしなくちゃ」


 モモが少し得意そうに答えると、隣に座っていたシモンが穏やかに頷いた。彼の手帳にも、午前中に通過した石積みの目印や、道の曲がり方、休憩に利用した木陰の位置が簡潔に記されている。ただし、先ほどの旅人が知らないと話していた水場や集落については、確かな情報として書き加えていなかった。


「よく覚えていらっしゃいますね、モモ嬢。今朝の管理人の方から伺ったことと、先ほどの旅人の方から教えていただいたことを合わせると、今日は早めに野営場所を検討するのがよさそうです。もちろん、まだ昼前ですから、今すぐ場所を決める必要はありませんが」


「じゃあ、お昼を食べるときに相談しようよ。わたしも、午後は木陰とか平らな場所をちゃんと探すから!」


「うん。僕もそのつもりだよ。今日はどこまで進めるかよりも、みんなが無理なく休める場所を見つけることを大切にしたいな」


 ルシルはそう答え、トルクとベルクへ穏やかに声をかけた。二頭は午前の休憩で十分に体を休めたらしく、坂道でも落ち着いた歩調を保っている。とはいえ、馬車を引いている以上、見た目が元気だからといって疲れがないとは限らないため、ルシルは坂の傾きや路面の状態に合わせて、無理のない速度を選んでいた。


 やがて街道は低い丘の間を抜け、少しだけ開けた場所へ出た。右手には緩やかな斜面が広がり、その上に淡い黄色の花がまばらに咲いている。左手には草の短い平地が続き、遠くでは一羽の鳥が地面から飛び立って、低い木の向こうへ姿を消した。


 モモはその鳥を見つけると、嬉しそうに窓の外へ顔を向けた。


「今の鳥、見た? 羽のところが少し白かった気がするんだけど、ルシル君は分かった?」


「飛び立ったところは見えたけど、羽の色までは分からなかったな。モモはよく見ていたね」


「えへへ。でも、ほんの一瞬だったから、間違ってるかもしれないよ。帳面には『羽に白いところがあったように見えた』って書いておこうかな」


「それがよいでしょうね。実際に確認できたことと、そう見えたことを分けておけば、あとで別の鳥を見たときにも比べやすくなります」


 シモンの言葉に、モモは素直に頷いた。旅を始めたばかりの頃は、珍しいものを見つけると嬉しさのままに描き込んでいたが、最近は自分がどこまで確かめられたのかも気にするようになっている。絵を描く楽しさが薄れたわけではなく、むしろ、あとで見返したときに分かることが増えるのを喜んでいるようだった。


 ルシルは二人のやり取りを聞きながら、口元を緩めた。


(モモもシモンも、少しずつ旅の楽しみ方が変わってきたんだな。もちろん、僕だって同じだ。最初は遠くへ行けるだけで嬉しかったけど、今は途中で見つけたものを覚えておくことも楽しい)


 そう考えながら前方を見ていると、街道の右側に背の低い木が数本まとまって生えている場所が見えてきた。木々の周囲には草の短い平地があり、街道から少し離れたところには乾いた土が露出している。ただし、その手前には浅い窪みが横切っているようにも見えた。


「二人とも、あの右側の木のところはどうかな。そろそろ昼食にしたいし、休憩場所の候補にはなりそうだよ」


 ルシルが声をかけると、モモはすぐに窓から前方を確かめた。


「あっ、木が三本くらいあるね! あそこなら影もありそうだけど、手前の草が少し濃いところは地面が低いのかな?」


「そう見えますね。あの窪みをそのまま通るのは避けたいところですが、もう少し先に平らな入口があるかもしれません。近づきながら確認してみましょう」


 シモンの返事を受け、ルシルは二頭の歩調を少し落とした。道の左右を見比べながら進むと、木々の手前にあった窪みは街道に沿って続いているものの、少し先では浅くなり、草地へ入りやすい場所があることが分かった。そこには古い車輪の跡にも見える薄い筋が残っていたが、今も安全に通れるかどうかは、実際に地面を確かめる必要があった。


 ルシルは後方からほかの馬車が近づいていないことを確認し、街道の脇へゆっくりと馬車を寄せた。シモンが降りて入口付近の地面を確かめる間、モモは馬車の中で荷物が動かないように手を添えて待っていた。


「表面は乾いていますし、大きな段差もありません。木の根元へ近づきすぎなければ、あちらの平らな場所まで入れそうです」


「ありがとう、シモン。じゃあ、ゆっくり進めるよ」


 ルシルはトルクとベルクへ声をかけ、車輪の位置を確かめながら草地へ入った。馬車は大きく傾くこともなく、木陰から少し離れた平地で静かに停まった。


 シモンが車輪の周囲を確認し、ルシルも馬車の傾きに問題がないことを確かめると、モモが嬉しそうに扉を開けた。


「よかった! ここならお昼を食べられそうだね。木の葉っぱの音も聞こえるし、さっきの大きな木とはまた違った感じがするよ」


「そうだね。でも、まずはトルクたちの世話をしてからにしよう。二頭も午前中ずっと頑張ってくれたからね」


 ルシルがそう言うと、モモは笑顔で頷き、水の容器を取り出す準備を始めた。


 三人はいつものように役割を分け、馬たちの状態を確認した。ルシルは二頭の呼吸や様子を見ながら声をかけ、シモンは脚と蹄、馬具の当たり具合を確かめる。モモは飲み水の残量を確認し、二頭が必要な水を飲めるように準備を進めた。


 昨日、井戸のある休み場で補給した水は、まだ携行している。しかし、次に確実に補給できる場所は分かっていないため、シモンは現在の残量と、今後必要になる量を改めて考えていた。


「ねえ、シモン君。昨日お水を補給できたから、今すぐ困るわけじゃないんだよね。でも、次の町がどこにあるか分からないなら、やっぱり少し気になるな」


 モモが水の容器を見ながら言うと、シモンは頷いた。


「ええ。今の段階で過度に心配する必要はありませんが、余裕があるうちに次の補給先を見つけたいところです。馬たちに必要な水を減らすのではなく、調理や洗い物などで無駄を出さないようにしましょう」


「うん、分かった。トルク君とベルク君には、ちゃんと飲んでもらうよ。わたしたちも、必要な分は我慢しすぎないようにしようね」


「そのとおりです。水を大切に使うことと、必要な水を使わないことは違いますからね」


 モモは真剣な表情で頷き、二頭の様子を確かめた。


 トルクは桶へ鼻先を近づけ、少し匂いを確かめてから水を飲み始めた。ベルクも落ち着いて水を飲み、顔を上げると耳を動かした。二頭の様子に目立った異常はなく、午前の移動を終えた今も穏やかに休めているようだった。


 馬たちの世話を終えると、三人は木陰へ敷物を広げた。枝の間から差し込む日差しは地面に細かな模様を作り、風が吹くたび影の形を変えている。木々の周囲には小さな虫が飛んでいたが、食事の邪魔になるほど多くはなく、少し離れた草地では黄色い花が風に揺れていた。


「今日はここでお昼にしようか。日差しも避けられるし、馬車の様子も見えるからちょうどいいね」


 ルシルが敷物へ腰を下ろすと、モモも嬉しそうに隣へ座った。


「賛成! さっきからお腹が空いてたんだ。今日は何を食べようかなって、馬車の中でちょっと考えてたの」


「モモ嬢は、休憩場所を探すことと昼食のことを、同時に考えていらっしゃったのですね」


 シモンが穏やかに言うと、モモは当然という顔で頷いた。


「だって、どっちも大事でしょ? 安全に休める場所があっても、お腹が空いたままだったら元気が出ないもん」


「それは確かにそうですね。ですが、休憩場所を選ぶときには、食事への期待よりも安全を優先してくださいね」


「もう、ちゃんと分かってるよ! だから、さっきも地面の窪みを見つけたんじゃない」


 モモが少し頬を膨らませると、ルシルは思わず笑った。


「そうだね。モモが気づいてくれたおかげで、僕もあの窪みをよく確認できたよ。お昼を楽しみにしていても、周りをちゃんと見ていたんだから十分だと思うな」


 その言葉にモモは満足そうに笑い、シモンも小さく頷いた。


 三人は携行しているパンと保存の利く食べ物を取り出し、簡単な昼食を始めた。リーヴェルで買った乾燥豆はまだ使わず、今はほかの食料と一緒に収納されている。豆を調理するには水と時間が必要になるため、次の補給先が分からない状況で無理に使う必要はなかった。


「そういえば、あのお豆、まだ食べてないね。買ったときは早く料理してみたいって思ったけど、こうして旅をしてると、食べるものを選ぶのにも理由があるんだなあ」


 モモはパンを手に持ちながら、少し考えるように呟いた。


「そうだね。僕も、食べたいものをいつでも食べられるわけじゃないって、旅を始めてからよく分かったよ。でも、だからこそ、ゆっくり料理できるときが楽しみになる気もするな」


「うん! 次に水や時間に余裕ができたら、お豆を使った温かい料理を作ってみたいね。どんな味にするか、今から考えておこうかな」


 モモは嬉しそうに笑い、パンを一口食べた。


 シモンはその様子を見ながら、穏やかに頷いた。


「保存してある食料をどう使うか、先の楽しみにするのも悪くありませんね。ただし、残量と保存状態は引き続き確認しておきましょう」


「はーい。シモン君、そういうところは本当にしっかりしてるよね」


「誰かが確認しておかなければなりませんから」


 シモンがいつもの調子で答えると、モモはくすくすと笑った。


 ルシルも二人の会話を聞きながら、ゆっくりと食事を続けた。


 木陰から見える草原には、雲の影が大きく落ちていた。風に流される雲とともに影も移動し、先ほどまで明るかった丘の斜面がゆっくり暗くなっていく。しばらくすると、その影は反対側の草地へ移り、再び日差しを受けた丘が明るい緑色を取り戻した。


「モモ、あの雲の影を見てごらん。丘の上をゆっくり動いているよ」


 ルシルが指さすと、モモは食事の手を止めて顔を上げた。


「わあ、本当だ! なんだか、大きな生き物が草原の上を歩いてるみたい。雲そのものは空にあるのに、地面にも同じように動くものが見えるんだね」


「建物の多い場所では、これほど広く影が動く様子は見えにくいでしょうね。ここは遮るものが少ないので、雲の動きも分かりやすいのだと思います」


 シモンも空と地面を見比べながら答えた。


 モモはしばらく景色を眺めていたが、やがて旅帳面へ視線を落とした。


「これも描いておきたいな。でも、雲の影が動いてるところって、絵にするのが難しそう。止まってる絵になっちゃいそうだもん」


「だったら、絵の横にどっちへ動いていたか書いてみたらどうかな。モモの絵は、そのとき何を見ていたか思い出すためのものでもあるんでしょう?」


 ルシルが提案すると、モモはぱっと顔を明るくした。


「そっか! 全部を絵だけで表さなくてもいいんだね。じゃあ、お昼を食べ終わったら、雲の影と、動いてた方向も書いておこうっと」


 モモは嬉しそうに頷き、再び食事へ戻った。


 その姿を眺めながら、ルシルはふと、旅を始める前の自分を思い出していた。


 王宮では、食事をする場所も時間も、ほとんどが予定に従って決められていた。整えられた食卓には料理が運ばれ、誰がどこに座るかまで決まっていることも珍しくなかった。


 それがすべて嫌だったわけではない。


 けれど今は、道の途中で見つけた木陰に座り、簡単な食事を取りながら、雲の影を眺めている。


 誰かに命じられたわけでもなく、何かの役目を果たすためでもない。


 自分たちが休みたいと思ったから、ここで休んでいる。


(こういう時間を過ごしたかったんだろうな、僕は。特別なことをしていなくても、自分で選んだ一日だと思える。それだけで、こんなに気持ちが違うんだ)


 ルシルは胸の内に広がる穏やかな感覚を確かめながら、パンをもう一口食べた。


 すると、隣に座っていたモモが不思議そうに顔を覗き込んできた。


「ルシル君、なんだか嬉しそうだね。何かいいこと考えてた?」


「うん。こうして三人でお昼を食べられるのが嬉しいなって思ってたんだ。旅を始めてから何度も同じようなことをしてるけど、やっぱり飽きないね」


「わたしも飽きないよ! だって、同じお昼でも景色が違うし、食べるものもちょっとずつ違うし、話すことだって毎回違うもん」


 モモはそう答え、楽しそうに笑った。


「それに、今日はシモン君が雲の影をちゃんと見てたからね。前だったら、きっと道のことばっかり考えてたんじゃない?」


 突然話を向けられたシモンは、少しだけ目を瞬かせた。


「私も以前から景色を見ることはありましたよ。ただ、確かに今ほどゆっくり眺める余裕はなかったかもしれません」


「でしょ? 最近のシモン君、休憩のときにちゃんと休むようになってきたと思うんだ」


「モモ嬢、それでは以前の私が休憩を取っていなかったように聞こえますが」


 シモンは困ったように眼鏡の位置を直した。


 ルシルはその様子を見ながら笑った。


「でも、モモの言いたいことは分かるよ。前は休憩中でも、次の予定を何度も確かめていたでしょう? 今は必要なことを確認したら、一緒に景色を眺めたり、話したりする時間が増えたと思うんだ」


 シモンは少し考えてから、静かに頷いた。


「……そうですね。お二人が自分で周囲を見て、気づいたことを伝えてくださるようになったのも大きいのでしょう。私一人で何もかも確認しなければならないと思う必要は、以前より少なくなりました」


 その言葉に、モモは嬉しそうに笑った。


「じゃあ、これからも三人で頑張ろうね! わたしも、もっといろんなことに気づけるようになりたいな」


「もちろんです。ただし、気づいたことをすべて一人で判断する必要はありません。分からないことは、そのまま相談してください」


「うん。ちゃんと相談するよ。だって、三人で考えた方が安心だもん」


 モモの返事を聞き、ルシルも頷いた。


 昼食を終えると、三人は食器を片づけ、しばらく木陰で休むことにした。


 モモは旅帳面を開き、先ほど見た雲の影を描き始めた。シモンは水と食料の残量を確認し、午後の移動で必要になるものが取り出しやすい位置にあるか確かめている。ルシルは敷物の上に座り、木の枝越しに見える青空を眺めながら、トルクとベルクが落ち着いて休んでいることを確かめていた。


 やがて、モモが帳面を持って二人の近くへやって来た。


「見て見て! 雲の影、こんな感じに描いてみたよ。横に小さく矢印を入れて、どっちへ動いてたかも分かるようにしたの」


 帳面には、緩やかな丘と、その上に落ちる大きな影が描かれていた。絵の横には『雲の影が丘をゆっくり横切った』と書き添えられ、影の移動した方向が小さな矢印で示されている。


「いいね。これなら、あとで見返したときに、あの景色を思い出せそうだ」


 ルシルがそう言うと、モモは満足そうに頷いた。


「うん! さっきの木の絵もそうだけど、最近は何を残したいのか考えてから描くようになったんだ。前は見たものを全部描きたくなっちゃって、途中でごちゃごちゃになることもあったから」


「それも、旅を続けてきた成果でしょうね。何を覚えておきたいのか考えることは、記録を残すうえで大切だと思います」


 シモンがそう答えると、モモは嬉しそうに笑った。


 しばらくして、ルシルは太陽の位置を確かめ、そろそろ出発の準備を始めることにした。


「二人とも、十分休めたかな。今日は早めに野営場所を探したいし、明るいうちに少し先まで進んでみようと思うんだけど」


「わたしは大丈夫! お昼も食べたし、絵も描けたし、元気いっぱいだよ」


 モモはそう答え、帳面を閉じた。


「私も問題ありません。馬たちの様子を確認してから出発しましょう。午後は距離を稼ぐことよりも、条件のよい野営場所を見つけることを優先したいですね」


 シモンの言葉にルシルは頷き、三人は片づけを始めた。


 敷物をたたみ、食器を収納し、周囲に忘れ物がないことを確認する。ルシルはトルクとベルクの様子を確かめ、シモンは馬具と車輪の状態を見直した。


 二頭は落ち着いており、脚や蹄にも目立った異常はなかった。


「トルク、ベルク、もう少しだけ一緒に進もう。今日は早めに休む場所を探すからね」


 ルシルが声をかけると、トルクは鼻先を動かし、ベルクも穏やかに耳を揺らした。


 モモは二頭の様子を見て、嬉しそうに微笑んだ。


「二頭とも、午後もよろしくね。いい場所が見つかったら、今日はゆっくり休もうね」


 準備を終えた馬車は、再び街道へ戻っていった。


 午後の草原には明るい日差しが広がり、丘の斜面を渡る風が草の穂を同じ方向へ揺らしている。道はしばらく平坦だったが、やがて少しずつ上り坂になり、左右の丘が近づいてきた。


 ルシルは二頭の歩調を確かめながら、坂をゆっくり進んだ。


 上り坂の途中には小さな石が点々と転がっており、車輪が通る場所によっては揺れが大きくなりそうだった。ルシルは路面の状態を見ながら、できるだけ安定した場所を選んで進んでいく。


「ルシル君、この坂を越えたら、また景色が変わるかな」


 モモが窓から声をかけた。


「たぶんね。でも、向こうがどうなってるかはまだ分からないから、坂の上では少し気をつけて進むよ」


「うん。わたしも、休めそうな場所がないか探してみるね」


 モモはそう答え、窓の外へ目を向け直した。


 坂を上るにつれて、風が少し強くなってきた。


 丘の間を抜ける風が馬車の側面へ当たり、窓辺の青い風魚の布がいつもより大きく揺れる。ルシルはその様子を見ながら、馬車の揺れに注意を向けた。


「シモン、ここは風が少し強いね。坂の上はもっと吹いてるかもしれない」


「ええ。丘の間で風が集まっているのかもしれません。今のところ馬車の動きに問題はありませんが、上りきったところで周囲の様子を確認しましょう」


 シモンはそう答え、窓の外へ視線を向けた。


 馬車はゆっくり坂を上り、やがて丘の上へ近づいた。


 そこから見えたのは、これまでよりも少し広い草原だった。


 低い丘が左右へ続き、その間には緩やかな谷のような地形が広がっている。街道は谷の中央を通るのではなく、少し高い場所を選ぶように曲がりながら続いていた。


 遠くには小さな木々がまとまって生えている場所が見え、その手前には草の短い平地が広がっている。


 モモはその景色を見つけると、思わず声を上げた。


「わあ、ルシル君! 向こうに木がいっぱいあるよ! あそこなら、今夜休めるかもしれないね」


 ルシルも前方へ目を向けた。


 確かに、少し離れた場所には木々がまとまって生えている。


 ただし、そこまでの道がどうなっているのかは、まだはっきりしない。街道から木々の近くへ入れるかどうかも、今の位置では判断できなかった。


「候補にはなりそうだね。でも、まだ距離があるし、道から入れるかどうかも分からないから、近くまで行って確かめよう」


 シモンも頷いた。


「ええ。木がある場所は風を避けられる可能性がありますが、地面が湿っていたり、枝が低すぎたりすることもあります。まずは安全に近づけるか確認しましょう」


「分かった。じゃあ、あそこを目標にして、ゆっくり進もう!」


 モモは嬉しそうに答え、窓の外へ視線を戻した。


 ルシルは馬たちの歩調を確かめながら、坂を下り始めた。


 道は緩やかに曲がっており、左右の草地には浅い窪みがある。ルシルは車輪が深い轍へ入らないように注意し、必要以上に速度を上げないようにした。


 坂を下りきると、風は少し穏やかになった。


 丘の上では強く感じられた風も、谷に近い場所では草を揺らす程度になっている。ルシルはその変化を感じながら、周囲の地形へ目を向けた。


「不思議だね。さっきの坂の上では風が強かったのに、ここまで下りるとずいぶん違うよ」


「地形によって風の通り方が変わるのでしょうね。今夜の場所を選ぶときにも、実際にその場で風を確かめた方がよさそうです」


 シモンが答えると、モモも頷いた。


「じゃあ、木があるから安心って決めつけちゃ駄目なんだね。風が強い場所だったら、馬車も揺れちゃうかもしれないし」


「そのとおりです。もちろん、風が弱い場所でも、ほかの条件が悪ければ避ける必要があります」


 シモンはそう説明し、前方の木々へ目を向けた。


 近づくにつれて、木々の周囲の様子が少しずつ分かってきた。


 木は五、六本ほどまとまって生えており、枝はそれぞれ違う方向へ広がっている。根元には短い草が生え、少し離れた場所には土が見えている平地もあった。


 ただし、木々の手前には浅い溝があり、街道からそのまま馬車を入れることは難しそうだった。


「ルシル様、あの木々の手前に溝が見えます。今の位置から無理に入るのは避けた方がよいでしょう」


 シモンが声をかけると、ルシルも頷いた。


「うん。もう少し先に、道から入れる場所があるかもしれないから、そこを探してみよう」


 モモも窓から周囲を見渡した。


「ねえ、あの木の右側、少し草が短くなってるよ。もしかしたら、あそこから入れるんじゃないかな」


 ルシルはモモの示した方向へ目を向けた。


 確かに、木々の右側には草の短い場所が続いている。しかし、街道との間にはまだ浅い窪みがあり、馬車を進められるかどうかは分からなかった。


「そうかもしれないね。もう少し近づいて確認してみよう」


 ルシルはそう答え、馬車をゆっくり進めた。


 木々の近くまで来ると、街道の右手に少し広い場所が現れた。


 そこは周囲よりも草が短く、地面には車輪が通ったような薄い跡が残っている。道からの段差も小さく、馬車を寄せられそうな場所だった。


「ここなら、入れるかもしれないね」


 ルシルが言うと、シモンは周囲を確認した。


「ええ。ただし、まずは地面の状態を確かめましょう。車輪の跡があるからといって、今も安全とは限りませんから」


 ルシルは頷き、馬車を街道の脇へ安全に寄せた。


 シモンが降りて地面を確認すると、土は比較的乾いており、深く沈むような場所は見当たらなかった。浅い溝も、この入口付近ではほとんど目立たなくなっている。


 ただし、木々のすぐ近くには根が張り出している場所があったため、馬車を停めるなら少し離れた平地の方がよさそうだった。


「ルシル様、こちらの平らな場所なら、馬車を停められそうです。木々から少し距離がありますが、風も直接当たりすぎない位置ですね」


「分かった。じゃあ、ゆっくり入ってみるよ」


 ルシルはそう答え、トルクとベルクへ声をかけた。


 馬車は慎重に街道を離れ、草の短い平地へ進んでいく。


 車輪が大きく傾くこともなく、馬車は木々から少し離れた場所で静かに停まった。


 モモは窓から周囲を見渡し、嬉しそうに笑った。


「わあ、ここなら広いね! 馬車も停められたし、木もあるし、今夜はここで休めるかな」


「候補としてはよさそうだね。でも、まだ確認したいことがあるから、少し周りを見てみよう」


 ルシルはそう答え、御者台から降りた。


 地面へ足を下ろすと、草原の風が頬を撫でた。


 木々の近くでは葉が揺れる音が聞こえ、少し離れた街道には穏やかな静けさが広がっている。日差しはまだ十分に明るく、今から野営の準備を始めても、慌てる必要はなさそうだった。


 シモンは馬車の周囲を歩き、車輪の位置と地面の傾きを確認した。


 モモは木々の近くを見回し、低い枝や大きな石がないかを確かめている。


 ルシルはトルクとベルクの様子を見ながら、二頭が休める場所を考えた。


 木々の根元には草が生えているが、地面が少し傾いている場所もある。馬たちを休ませるなら、馬車の近くにある平らな場所の方がよさそうだった。


「シモン、トルクたちはこの辺りで休ませるのがいいかな。木の根からも離れているし、地面も平らに見えるんだけど」


 シモンはその場所を確認し、頷いた。


「ええ。今のところ問題はなさそうです。ただし、夜間に馬たちが動いても危険がないよう、周囲の石や枝をもう少し確認しておきましょう」


「うん。僕も一緒に見るよ」


 ルシルはそう答え、地面へ目を向けた。


 モモも二人の近くへ戻り、木々の方を指さした。


「こっちも見てきたよ。木の下には大きな枝が落ちてないし、根っこの近くを避ければ歩けそう。でも、あっちの少し低いところは草が濃いから、夜は近づかない方がいいかもしれないね」


「ありがとうございます、モモ嬢。低い場所は暗くなると地面の状態が分かりにくくなりますから、今のうちに避ける場所を確認しておくのは大切です」


 シモンの言葉に、モモは嬉しそうに頷いた。


 三人はさらに周囲を確認し、馬車の位置を少しだけ調整することにした。


 木々へ近づきすぎず、街道からも十分に離れた場所を選ぶ。風は穏やかで、馬車の側面へ強く吹きつけることもなかった。


 ルシルは御者台へ戻り、トルクとベルクをゆっくり進ませた。


 馬車が新しい位置で停まると、シモンが車輪を固定し、地面の状態をもう一度確かめた。


「これなら、今夜の場所として問題なさそうです。日が暮れるまでにも十分な時間がありますし、今日はここで移動を終えてよいと思います」


 その言葉を聞き、モモはぱっと顔を明るくした。


「やった! じゃあ、今日は早めに休めるんだね!」


 ルシルも安心したように微笑んだ。


「うん。まだ明るいけど、無理に先へ進む必要はないからね。今日はここで休もう」


 そう決めると、三人は野営の準備を始めた。


 まずはトルクとベルクの馬具を整え、落ち着いて休めるようにする。二頭は午後の移動でも大きく疲れた様子を見せていなかったが、坂道を通ってきたため、脚や蹄の状態は丁寧に確認した。


 ルシルはトルクの首筋を撫でながら、穏やかに声をかけた。


「今日もありがとう。少し早いけど、もう移動は終わりだよ。今夜はここでゆっくり休もうね」


 トルクは鼻先を寄せ、ベルクも落ち着いた様子で耳を動かした。


 モモはその姿を見て、嬉しそうに笑った。


「二頭とも、今日も頑張ってくれたね。明日も一緒に進むんだから、今日はいっぱい休んでね」


 シモンは二頭の様子を確認し、馬具に目立った傷みがないことを確かめた。


 予備の留め具を使う必要はなく、車輪や馬車の外側にも大きな問題は見られない。


「今のところ、馬たちも馬車も良好な状態です。今日は早めに停まれましたから、夕食までの間に道具の確認も済ませられそうですね」


「そうだね。でも、せっかく早く休めるんだから、確認が終わったら少しゆっくりしよう」


 ルシルがそう言うと、シモンは穏やかに頷いた。


「ええ。必要なことを済ませたら、私も休ませていただきます」


 その返事に、モモは嬉しそうに笑った。


「じゃあ、あとで三人でお茶でも飲もうよ! 今日はまだ明るいし、木の下で座ってお話しするのも楽しそう」


「いいね。僕もそうしたいな」


 ルシルが答えると、シモンも小さく微笑んだ。


「水の残量を確認してからになりますが、無理のない範囲ならよいでしょう」


 モモはその言葉に満足そうに頷いた。


 野営の準備が一段落すると、三人は木々の近くに敷物を広げた。


 太陽は少しずつ西へ傾き始めていたが、まだ夕方の早い時間だった。


 草原には柔らかな光が広がり、遠くの丘の斜面には長い影が生まれ始めている。木々の葉は風に揺れ、頭上からはさらさらとした音が聞こえてきた。


 モモは敷物へ腰を下ろし、旅帳面を開いた。


「ねえ、今日の野営場所も描いていいかな。木が何本かあって、馬車を少し離れたところに停めてるの。昨日の井戸のある休み場とは全然違うけど、ここも好きになりそう」


「もちろん。僕も、今日は早めに場所を見つけられてよかったと思ってるよ」


 ルシルはそう答え、モモの隣へ腰を下ろした。


 シモンも少し離れた場所へ座り、手帳を開いた。


 今日の移動を振り返ると、井戸のある休み場を出発してから、石積みの目印を通り、午前の木陰で休憩し、昼には別の木々の下で食事を取った。そして午後、丘を越えた先で今夜の野営場所を見つけている。


 どの出来事も、特別に大きなものではなかった。


 しかし、三人が相談しながら進んだ結果として、今日も無事に夜を迎えられそうだった。


「ルシル様、今日はよい判断ができたと思います」


 シモンが静かに言うと、ルシルは少し驚いたように顔を上げた。


「そうかな?」


「ええ。まだ明るいからといって無理に先へ進まず、条件のよい場所を見つけた段階で移動を終えることができました。馬たちの状態にも余裕がありますし、今夜の準備も落ち着いて進められます」


 ルシルはその言葉を聞き、少し照れくさそうに笑った。


「ありがとう。でも、僕一人で決めたわけじゃないよ。モモが木々を見つけてくれたし、シモンが地面や風のことを確認してくれたから」


「もちろんです。だからこそ、三人でよい判断ができたのだと思います」


 シモンはそう答え、穏やかに微笑んだ。


 モモも旅帳面から顔を上げ、嬉しそうに頷いた。


「うん! わたしもそう思う。誰か一人が全部決めるんじゃなくて、三人で考えるのっていいよね」


 ルシルは二人の顔を見ながら、静かに頷いた。


 王宮にいた頃は、何かを決めるときに、周囲の期待や立場を考えなければならなかった。


 今は違う。


 自分たちが安全に、そして楽しく旅を続けるために、必要なことを話し合って決められる。


 その自由が、ルシルには何よりも大切だった。


(王位を手放して、僕は本当にいろんなものを失ったのかもしれない。でも、こうして自分で選べる時間を手に入れたんだ。今の僕には、それが何より嬉しい)


 ルシルはそう考えながら、草原の向こうへ目を向けた。


 遠くの丘には夕方の光が差し込み、草の穂が黄金色に輝いている。


 モモは旅帳面へ木々と馬車の絵を描き、シモンは今日の移動を手帳へ書き留めていた。


 三人の間には、穏やかな時間が流れている。


 しばらくすると、モモが顔を上げた。


「ねえ、ルシル君。今日は早く休めたから、夕食まで少し時間があるよね。せっかくだし、あの丘の方を眺めてみない?」


 モモが指さしたのは、野営場所から少し離れた低い丘だった。


 ルシルはその方向へ目を向けた。


 丘はそれほど高くなく、斜面には短い草が生えている。ただし、馬車を停めた場所からは少し距離があり、地面の状態もまだ詳しくは分からなかった。


「景色を見るのは楽しそうだね。でも、馬車から離れすぎない方がいいと思うな。あの丘の途中までなら、ここからでも見えるところがあるかもしれないよ」


 シモンも頷いた。


「ええ。野営場所を決めたばかりですし、今は周囲の安全を優先しましょう。歩いて見に行くのであれば、馬車と馬たちの様子を確認できる範囲にしておくのがよいと思います」


 モモは少し考えてから、素直に頷いた。


「そっか。じゃあ、無理に遠くまで行かなくてもいいね。ここから見える景色もきれいだし、今日は三人でゆっくりする方が楽しそう」


 ルシルはその言葉を聞き、穏やかに微笑んだ。


「うん。僕もそう思うよ。せっかく早めに休めたんだから、今日はその時間を大切にしよう」


 三人は木陰へ戻り、夕食までの時間をゆっくり過ごすことにした。


 モモは旅帳面へ今日の野営場所を描き続け、シモンは必要な確認を終えると手帳を閉じた。ルシルは二人の様子を眺めながら、草原を渡る風の音に耳を傾けていた。


 やがて日差しが柔らかくなり、木々の影が少しずつ長く伸び始めた。


 モモは帳面を閉じ、満足そうに笑った。


「できた! 今日は木が何本もあるから、描くのがちょっと難しかったけど、ちゃんと馬車も入れられたよ」


 ルシルは隣から絵を覗き込み、嬉しそうに頷いた。


「いいね。木の形もそれぞれ違うし、馬車を停めた場所も分かりやすいよ。今日のことを思い出すには十分だと思うな」


 シモンも絵を見て、穏やかに微笑んだ。


「野営場所の特徴がよく分かりますね。特に、木々から少し離れた場所へ馬車を停めたことが伝わるのはよいと思います」


「えへへ。じゃあ、今日の絵も成功だね!」


 モモは嬉しそうに笑い、帳面を大切そうに閉じた。


 夕食の準備を始める頃には、空の色が少しずつ変わり始めていた。


 西の空は淡い橙色に染まり、東側の丘には青みがかった影が広がっている。風は昼間よりも少し冷たくなっていたが、木々の近くでは強く吹きつけることもなく、穏やかな夕暮れを迎えられそうだった。


 三人は携行している食料を使い、簡単な夕食を用意した。


 水の残量を考え、調理に多くの水を使わないものを選ぶ。モモは少し名残惜しそうに乾燥豆のことを思い出していたが、今夜は無理に使わず、次の楽しみに取っておくことにした。


「次にちゃんとお料理できる場所があったら、お豆を使った温かいものを食べたいな。できれば、パンと一緒に食べられるようなものがいいね」


 モモがそう言うと、ルシルは笑顔で頷いた。


「いいね。次の町で何か新しい食材が見つかったら、それと合わせてみるのも楽しそうだ」


「それなら、まずは次の町や水場を見つけることですね。食材を増やすかどうかは、そのときの残量を見て考えましょう」


 シモンが穏やかに答えると、モモは笑いながら頷いた。


「分かってるよ、シモン君。でも、楽しみにするくらいはいいでしょ?」


「もちろんです。楽しみがあることは、旅を続けるうえでも大切でしょうから」


 その返事に、モモは嬉しそうに笑った。


 三人は夕食を取りながら、今日の出来事を振り返った。


 午前中に出会った旅人のこと。


 丘の向こうで見つけた大きな木陰のこと。


 昼食のときに眺めた雲の影のこと。


 そして、午後の坂道を越えた先で、今夜の野営場所を見つけたこと。


 どれも大きな事件ではなかったが、三人にとっては確かな思い出になっていた。


「ねえ、ルシル君。今日って、なんだかすごく長い一日だった気がするね。朝からいろんな景色を見たし、旅人さんとも話したし、木陰も二つ見つけたもん」


 モモがそう言うと、ルシルは頷いた。


「そうだね。でも、忙しかったというより、いろんなことを楽しめた一日だった気がするな」


「私も同じように感じます。移動そのものは順調でしたし、必要な確認もできました。何より、明るいうちに野営場所を決められたことが大きいですね」


 シモンはそう答え、静かに微笑んだ。


 ルシルは二人の顔を見ながら、胸の内に穏やかな満足感が広がっていくのを感じた。


 王宮を離れたとき、彼が望んでいたのは、誰かに決められた道ではなく、自分で選べる毎日だった。


 今、その願いは少しずつ形になっている。


 もちろん、旅には分からないことも多い。


 次の町がどこにあるのかも、明日どんな景色が待っているのかも、まだ確かではない。


 それでも、三人で相談しながら進めばいい。


 急いで答えを見つける必要はなく、その日の自分たちにできることを、一つずつ選んでいけばよかった。


 夕食を終えると、三人は食器を片づけ、夜に備えて馬車の周囲をもう一度確認した。


 トルクとベルクは落ち着いており、馬具を外して休めるようにした場所にも問題は見られない。シモンは夜間に必要な道具を取り出しやすい位置へ整え、ルシルは馬車の扉と窓の状態を確かめた。


 モモは使ったものを収納し、最後に周囲へ忘れ物がないか見回した。


「これで大丈夫かな。今日は早く準備できたから、なんだか余裕があるね」


「そうだね。明るいうちに停まれたおかげで、慌てずに確認できたのがよかったと思うよ」


 ルシルが答えると、シモンも頷いた。


「ええ。明日も同じように進めるとは限りませんが、今日の経験は今後の判断にも役立つでしょう」


 モモはその言葉を聞き、嬉しそうに笑った。


「じゃあ、明日も三人で相談しながら進もうね。わたし、次の景色を見るのが楽しみだな」


「うん。僕も楽しみだよ」


 ルシルはそう答え、夕暮れの草原へ目を向けた。


 西の空には淡い橙色が残り、丘の向こうには夜の青さが少しずつ広がり始めている。木々の葉が風に揺れ、その音が静かな野営場所へ柔らかく響いていた。


 やがて三人は馬車へ戻り、それぞれの休む場所を整えた。


 モモは旅帳面を大切にしまい、シモンは手帳を閉じて荷物の中へ収めた。ルシルは窓辺に揺れる青い風魚の布を眺めながら、今日も無事に一日を終えられたことを静かに喜んでいた。


 外ではトルクとベルクが落ち着いて休んでいる。


 次の町も、次の水場も、まだ見つかってはいない。


 それでも、今夜はここで休むと三人で決めた。


 その選択ができたことこそ、今日の旅で得られた大切なものだった。


 ルシルは穏やかに息を吐き、窓の向こうに広がる夜空へ目を向けた。


(明日は、どんな道が待っているんだろう。まだ知らないことばかりだけど、きっと大丈夫だ。モモとシモン、それにトルクとベルクも一緒なんだから)


 草原を渡る風は、夜の訪れとともに少しずつ静かになっていった。


 三人を乗せた馬車は、丘の間に見つけた小さな休み場で、穏やかな夜を迎えようとしていた。

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