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『王位なんていりません! 追放された元王子は、最強の聖女(笑)?と苦労人賢者と気ままな旅を満喫します!!』  作者: 伊佐波瑞樹


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第105話 リーヴェルに別れを告げて、次の景色へ馬車を走らせます


リーヴェルで迎える最後の朝になるかもしれないと思うと、窓の外から聞こえる何気ない物音まで、昨日とは少し違って感じられた。


ルシルは寝台の上でゆっくりと目を開け、薄い朝日が差し込む部屋を見回した。三人で使った寝台、窓際の小さな机、旅帳面を広げて絵を描いた椅子。初めてこの部屋へ入ったときには見慣れなかったものが、今ではすっかり落ち着く景色になっている。


(たった数日なのに、ずいぶん長くいた気がするな)


窓の外では、町の人々がいつもの朝を始めていた。遠くから荷車の音が聞こえ、近くの建物では戸を開ける音が響く。昨日の市場のない朝と同じように、町は静かながらも確かに動き始めている。


ルシルが身体を起こすと、シモンはすでに身支度を終え、机の上で荷物を整理していた。昨日描いた水汲み場の屋根の絵は、ほかの紙と一緒に丁寧に重ねられ、折れないように薄い板の間へ挟まれている。


「おはよう、シモン。もう準備を始めてたんだな」


「おはようございます、ルシル様。昨日のうちに大部分は整えましたので、今朝は忘れ物がないか確認しているところです。朝食後に厩舎へ向かえば、慌てずに出発できるでしょう」


「そっか。昨日は町を歩いてたから、馬車に乗るのがちょっと久しぶりに感じるな」


シモンは小さく笑い、机の上の紙を一枚ずつ確かめた。


「二頭にはよい休息になったと思います。もっとも、今日も出発前に状態を確認してから判断します。問題があれば、予定を変えることも考えましょう」


「うん。無理して出る必要はないもんな」


二人が話していると、隣の寝台から毛布の擦れる音がした。


「……出発?」


モモが顔を上げ、まだ眠そうな目で二人を見つめていた。桃金色の髪が枕の上に広がり、頬には毛布の跡が少し残っている。


「おはよう、モモ。今日はリーヴェルを出る予定だよ。もちろん、馬たちの様子を見てからだけどな」


「おはよう……。そっか、今日なんだね」


モモはゆっくり身体を起こし、窓の向こうへ目を向けた。昨日は市場のない町を歩き、畑の葉や水汲み場の屋根を眺めた。その前の日には賑やかな市場で野菜や布を見て、ダリオとも再会した。


思い返せば、短い滞在の間にいろいろなことがあった。


「なんだか、もうちょっといたい気もするなあ。でも、次の町も気になるし……」


「両方思っていいんじゃないか? 俺もこの町は好きになったけど、また旅に出るのも楽しみなんだ」


ルシルがそう言うと、モモは少し考え、それから笑顔になった。


「うん! そうだよね。リーヴェルが楽しかったからって、次の景色を楽しみにしちゃいけないわけじゃないもんね」


シモンも穏やかに頷いた。


「旅を続けるというのは、そういうことなのかもしれませんね。気に入った場所を離れるのは惜しいですが、そこで過ごした時間までなくなるわけではありません」


モモはその言葉を聞き、旅帳面へ目を向けた。


机の上には、昨日までに描いた絵が重ねられている。市場の賑わい、畑と町の屋根、細い通り、水汲み場の屋根。どれも三人が実際に歩き、見て、話したことのある景色だった。


「じゃあ、ちゃんと持っていこうね。リーヴェルの思い出、忘れないように」


「もちろん。折れないようにしまっておこう」


ルシルは頷き、窓の外へもう一度目を向けた。


今日も空は明るい。


旅立つには、悪くない朝になりそうだった。


◇


朝食の前に、三人は厩舎へ向かった。


宿の裏手へ出ると、空気にはまだ涼しさが残っていた。木製の柵には朝露が付き、馬たちのいる建物からは飼葉の匂いが漂ってくる。


係の青年は、ちょうど水桶を交換しているところだった。


「おはようございます。今日は出発されるんでしたね」


「おはようございます。はい、二頭の様子に問題がなければ、朝食のあとに準備しようと思っています」


ルシルが答えると、青年は頷いた。


「今朝も落ち着いていますよ。昨日もよく食べていましたし、夜の間に変わった様子はありませんでした」


「ありがとうございます。少し歩かせて、脚の状態を確認してもいいですか?」


「もちろんです。こちらの空いている場所を使ってください」


シモンは係の青年と相談し、厩舎の外にある安全な場所で二頭を順番に歩かせることにした。


トルクはルシルに引かれてゆっくり歩き始めた。栗毛の身体には朝日が柔らかく当たり、歩調も安定している。続いてベルクも同じように歩かせたが、こちらも気になる動きは見られなかった。


「二頭とも大丈夫そうですね。長い距離を進む前には、途中でも様子を確認しましょう」


「うん。今日は最初から飛ばさず、ゆっくり行こう」


ルシルがそう答えると、モモはトルクの首を優しく撫でた。


「おはよう、トルク。今日からまた一緒に旅だよ。いっぱい休めた?」


トルクは鼻を鳴らし、モモのほうへ顔を向けた。


「ふふっ、元気そうだね。ベルクもよろしくね」


ベルクは静かに耳を動かした。


係の青年は二頭の様子を見ながら、少し感心したように笑った。


「旅の馬にしては、よく落ち着いていますね。休ませる日を作っているからでしょうか」


「それもあると思います。二頭にはずいぶん助けられていますから、無理をさせないようにしたいんです」


ルシルが答えると、青年は頷いた。


「それが一番ですよ。馬は元気そうに見えても疲れが残っていることがありますからね」


シモンはその言葉を聞き、丁寧に礼を述べた。


「滞在中は大変お世話になりました。二頭を安心して預けられたおかげで、私たちも町をゆっくり見て回れました」


「いえいえ。こちらこそ、きちんと様子を見に来てくださるので助かりました。またリーヴェルへ来ることがあれば、ぜひお立ち寄りください」


三人は礼を伝え、朝食のために宿へ戻った。


広間では、エッダが温かなスープとパンを用意してくれていた。


「おはようございます。今日はご出発ですね」


「おはようございます。はい。馬たちも元気そうなので、朝食のあとに出ようと思います」


ルシルが答えると、エッダは穏やかに微笑んだ。


「それはよかったです。南へ向かう道は、町を出てしばらくすると畑が少なくなります。途中には小さな休憩場所もありますが、水が使えるかどうかは、そのときの状態を確かめてくださいね」


「ありがとうございます。水は町を出る前に確認して、必要な分を用意していきます」


シモンはそう答え、手帳へ短く書き込んだ。


モモはパンを一口食べ、少し名残惜しそうに笑った。


「エッダさんのご飯、おいしかったです。昨日の豆の煮込みも、すごく好きでした」


「まあ、ありがとうございます。旅の途中でまた似た料理に出会うかもしれませんね。土地によって味付けも違いますから、楽しみにしていてください」


「はい! 今度はどんな料理があるのか、楽しみです!」


ルシルは二人の会話を聞きながら、スープをゆっくり味わった。


初めてこの宿へ入ったときには、部屋が空いているかどうかも分からなかった。それが今では、朝食を食べながら町の話をする時間まで、自然なものになっている。


(……ここに泊まれてよかったな)


食事を終えると、三人は部屋へ戻り、最後の荷物をまとめた。


モモは旅帳面を閉じ、昨日描いた絵が折れていないことを確かめた。シモンは机や棚を確認し、忘れ物がないか順番に見ていく。ルシルは窓を閉め、寝台の周りを見回した。


何も残していないことを確認してから、三人は部屋を出た。


受付で鍵を返すと、エッダが笑顔で見送ってくれた。


「どうぞ、お気をつけて。よい旅を」


「ありがとうございました。またこの町へ来ることがあったら、ぜひ泊まりたいです」


ルシルがそう言うと、エッダは嬉しそうに頷いた。


「そのときは、またお話を聞かせてくださいね」


モモも元気よく手を振り、シモンは丁寧に頭を下げた。


三人は宿をあとにし、馬車の待つ裏手へ向かった。


◇


出発の準備は、慌てずに進めた。


シモンは馬具の状態を確認し、昨日購入した予備の留め具が保管場所に収まっていることを確かめた。ルシルは馬車の車輪や荷台の固定を見直し、モモは車内の荷物が揺れないよう整理した。


旅帳面や絵は、以前描いた三人の絵と一緒に、折れない場所へ収めてある。青波で手に入れた青い風魚の布も、窓際で静かに揺れていた。


「準備はどう?」


モモが車内から顔を出すと、ルシルは頷いた。


「こっちは大丈夫そうだ。シモン、何か気になるところはある?」


「今のところありません。水と食料も確認できましたし、今日は無理のない距離を進めるつもりです。途中の休憩場所を見つけたら、二頭の状態を確かめましょう」


「分かった。じゃあ、そろそろ出ようか」


三人は係の青年へ最後の礼を伝え、馬車をゆっくり動かし始めた。


宿の裏手から通りへ出ると、朝のリーヴェルにはいつもの暮らしが広がっていた。


昨日歩いた細い道の入口では、家の前を掃く人の姿が見えた。市場の広場へ続く道には、少数の荷車と買い物客が行き交っている。


モモは窓から外を眺め、見覚えのある建物を見つけるたびに小さく声を上げた。


「あっ、あそこ、昨日通ったところだね。向こうの角を曲がると、広場へ行けるんだよね」


「そうだな。来たときは道が分からなかったのに、今は少し覚えてる」


ルシルは手綱を握りながら、周囲の様子を確かめた。


町の中では歩行者や荷車が多いため、急がず進む。角を曲がる前には速度を落とし、荷台が道の端へ寄りすぎないよう注意した。


シモンは隣で道を確認し、必要なときだけ声を掛ける。


「この先は少し狭くなります。向こうから荷車が来ていますので、手前の広い場所で待ちましょう」


「了解。トルク、ベルク、少し待とうな」


二頭は落ち着いて足を止め、反対側から来た荷車が通り過ぎるのを待った。


荷車を引いていた男性は軽く手を上げ、礼を示して通り過ぎていく。


ルシルも頷き返し、道が空いたことを確かめてから再び馬車を進めた。


広場の近くまで来ると、昨日の市場とは違い、中央の水盤の周囲には広い空間ができていた。


モモはその景色を見て、少し笑った。


「昨日、絵に描いた市場と全然違うね。でも、ちゃんと同じ場所なんだなあ」


「そうだな。昨日も今日も、リーヴェルなんだよな」


ルシルは穏やかに答えた。


町の中で過ごした時間は短かった。


それでも、最初に見た屋根の色だけでは分からなかったものが、今はたくさん思い浮かぶ。


市場の野菜。


布の色。


道具屋の金具。


水汲み場の屋根。


畑の葉。


そして、そこで暮らす人々の声。


馬車はゆっくり広場の外側を通り、町の出口へ向かった。


◇


町の南側へ続く道に差しかかると、家々の間隔が少しずつ広くなっていった。


石と土の混じった道の両側には、低い柵や畑が増えていく。遠くには牧草地らしい緑の広がりも見え、町の屋根は少しずつ背後へ遠ざかっていった。


モモは窓から振り返り、名残惜しそうに呟いた。


「……また来たいな、リーヴェル」


「うん。俺もそう思う」


ルシルは前方の道を見ながら答えた。


「今度来るときは、違う季節かもしれないな。市場に並ぶものも変わってるかもしれないし」


「それ、いいね! 春と夏と秋で、畑の景色も違うんだろうなあ」


シモンは二人の会話を聞きながら、静かに頷いた。


「同じ町でも、季節や天候によって見えるものは変わるでしょうね。再び訪れる機会があれば、今回とは違う発見があるかもしれません」


モモは嬉しそうに笑い、旅帳面を膝の上へ置いた。


「じゃあ、リーヴェルの頁には、また来たいって書いておこうかな」


「いいと思う。いつか本当に戻ってきたら、その下に続きを書けるしな」


ルシルがそう答えると、モモは頷き、鉛筆を走らせた。


町の出口を過ぎると、道は緩やかな下り坂になった。


背後にはリーヴェルの屋根が見え、前方には畑と草地が広がっている。街道の先はまだ見通せないが、少なくとも今のところ大きな障害物はなさそうだった。


ルシルは二頭の歩調を確かめ、手綱を軽く整えた。


「よし。じゃあ、また旅の続きだな」


「うん!」


「ええ。今日も安全第一で進みましょう」


三人は顔を見合わせ、自然に笑った。


馬車はゆっくりと町を離れ、南へ続く街道を進み始めた。


◇


リーヴェルを出てしばらくすると、道の両側に広がっていた畑が少しずつ減り、草地の割合が増えてきた。


町の近くでは頻繁に見かけた荷車も、今はときどきすれ違う程度になっている。風が草を揺らし、遠くから鳥の声が聞こえてくる。


ルシルは久しぶりに感じる街道の空気を吸い込み、ゆっくり息を吐いた。


「やっぱり、馬車で走るのもいいな。町を歩くのも楽しかったけど、こうして景色が変わっていくのを見るのも好きだ」


「私も! 今日はどんなものが見つかるかな」


モモは窓の外へ目を向け、草地の向こうを眺めた。


道端には小さな白い花が咲いており、ところどころに低い灌木が見える。風渡りの草地で見た花とは違う形だが、モモは勝手に摘まず、目で追いながら形を覚えようとしていた。


「ねえ、ルシル君。あの白い花、ちょっと丸い形してるね。前に見た紫の花とは全然違う」


「本当だ。小さいから、近くを通らないと気づかないな」


シモンも窓の外を眺め、穏やかに口を開いた。


「街道沿いでも、土地が変われば植物の種類が違ってきますね。あまり近づけない場所でも、こうして眺めるだけなら楽しめそうです」


「うん。あとで覚えてるところだけ描いてみようかな」


モモはそう答え、旅帳面を開いた。


馬車が揺れるため、細かな絵を描くのは難しい。それでも、花の形を忘れないように簡単な線を引き、色の印象を書き添えた。


ルシルはその様子を見て微笑んだ。


「今日はまた新しい頁が増えそうだな」


「うん。リーヴェルの思い出もいっぱいだけど、次の景色もちゃんと残したいから」


馬車は穏やかな速度で進み続けた。


途中、道の端に小さな石標が立っているのを見つけたが、文字は風雨で薄れており、すぐには読み取れなかった。


ルシルは無理に馬車を止めず、道の広い場所まで進んでからシモンと相談した。


「さっきの石標、何て書いてあったんだろうな」


「距離か方角を示している可能性はありますが、確認できませんでした。今のところ街道は一本ですし、次の分岐があれば改めて確かめましょう」


「そうだな。分からないことは、分からないままでいいか」


モモも頷いた。


「うん。あとで道を知ってる人に会えたら、聞いてみてもいいしね」


三人は無理に答えを出さず、再び景色を楽しみながら進んだ。


◇


昼が近づく頃、街道の脇に小さな休憩場所が見えてきた。


低い木が数本立ち、道から少し離れた場所に平らな地面が広がっている。木の下には古い長椅子が置かれていたが、水場らしいものは見当たらなかった。


シモンは周囲を確かめ、馬車を停めても通行の邪魔にならないことを確認した。


「ここなら、少し休めそうですね。二頭の様子を見てから昼食にしましょう」


「うん。ちょうどお腹も空いてきたしな」


ルシルは馬車をゆっくり道の端へ寄せ、二頭を落ち着かせた。


トルクとベルクの脚や呼吸を確かめ、水を与える。町を出てから無理な速度では進んでいないため、二頭とも落ち着いていた。


モモは持参した食料を取り出し、昼食の準備を手伝った。


今日は火を使わず、保存していたパンと簡単な食材を組み合わせて食べることにした。


「リーヴェルで買った豆は、まだ使わないんだね」


「そうですね。水で戻して十分に煮る必要がありますから、今日は向いていません。野営地で水と燃料に余裕があるときに使いましょう」


シモンが答えると、モモは納得したように頷いた。


「そっか。じゃあ、楽しみはあとに取っておこうっと」


ルシルはパンを手に取り、木陰へ腰を下ろした。


目の前には、草地と緩やかな丘が広がっている。


リーヴェルの町並みは、もう見えなかった。


それでも、朝まであの町にいたことが不思議なくらい、今は街道の景色が自然に感じられる。


「……こうしてると、また旅に戻ってきたって感じがするな」


ルシルが呟くと、モモは隣へ座り、嬉しそうに頷いた。


「うん。町でゆっくりするのも好きだけど、こういう場所でお昼を食べるのもいいよね」


シモンも少し離れたところへ腰を下ろし、周囲を見回した。


「どちらにもよさがありますね。町では人々の暮らしを知ることができますし、街道では景色の変化を楽しめます。私たちの旅には、両方の時間が必要なのでしょう」


ルシルはその言葉を聞き、静かに頷いた。


王城にいた頃は、移動には必ず目的があった。


誰かに会うため。


何かを決めるため。


与えられた役割を果たすため。


けれど今は、次の町へ急いで到着する必要もなければ、誰かに成果を報告する必要もない。


ただ、自分たちが見たい景色を探しながら進んでいる。


(……やっぱり、俺はこの旅が好きだな)


ルシルはそんなことを考えながら、パンを一口食べた。


◇


昼食を終えたあと、三人はしばらく木陰で休んだ。


モモは旅帳面を開き、午前中に見た白い花の形を描き直している。シモンは地図を広げ、今後の道筋を確認していたが、細かな予定を決めすぎることはしなかった。


「この先もしばらく南へ続く街道のようですね。ただ、途中に小さな分岐がある可能性はあります。見落とさないようにしましょう」


「分かった。次の町までは、どのくらい掛かりそうなんだ?」


「正確な距離は、今ある情報だけでは判断できません。道の状態によっても変わりますし、今日は無理に進みすぎないほうがよいでしょう」


ルシルは頷き、遠くの丘へ目を向けた。


道は緩やかに曲がりながら、その向こうへ続いている。


まだ知らない景色がある。


まだ会ったことのない人々がいる。


そして、まだ名前も知らない町があるかもしれない。


「じゃあ、今日は行けるところまでだな。安全に休める場所があれば、そこで一晩過ごそう」


「ええ。それがよいと思います」


モモは二人の会話を聞きながら、旅帳面を閉じた。


「次はどんな町かな。リーヴェルみたいに市場があるところかもしれないし、海の近くかもしれないね」


「まだ分からないな。でも、どんな場所でも、三人で楽しめたらいいと思う」


ルシルがそう答えると、モモは笑顔になった。


「うん! 私もそう思う!」


シモンも穏やかに頷いた。


休憩を終えた三人は、二頭の状態をもう一度確かめ、馬車へ戻った。


ルシルが手綱を握り、シモンが道を確認する。モモは窓際へ座り、外の景色を楽しむ準備を整えた。


「よし。トルク、ベルク、また頼むな」


二頭は落ち着いた歩調で進み始めた。


車輪が土の道を静かに鳴らし、馬車は木陰の休憩場所を離れていく。


◇


午後になると、空には薄い雲が広がり始めた。


日差しは少し柔らかくなり、草地を渡る風にも涼しさが混じっている。道の両側には低い丘が続き、ときどき小さな林が見えた。


ルシルは馬車を進めながら、前方の景色を眺めた。


「この辺りは、リーヴェルの近くとは少し違うな。畑が減って、草地が増えてきた」


「そうですね。町の周辺では人の手が入った土地が多かったですが、ここから先は自然の地形が目立ちます」


シモンはそう答え、道の状態を確かめた。


今のところ大きな轍や泥は見当たらず、馬車は安定して進んでいる。ただ、曲がり角の先が見えにくい場所では速度を落とし、対向する荷車が来ても対応できるようにした。


モモは窓から見える草の色を眺め、ふと呟いた。


「……ねえ、ルシル君。あの丘の向こう、ちょっと明るく見えない?」


ルシルは前方へ目を向けた。


緩やかな丘の向こうに、少し開けた空が見えている。


「本当だ。向こうは草地が広がってるのかな」


「まだ分かりませんね。丘を越えるまでは、景色を決めつけないほうがよいでしょう」


シモンはそう答えたが、その声には少し期待が混じっていた。


ルシルは微笑み、二頭へ声を掛けた。


「じゃあ、行ってみようか。何が見えるか楽しみだな」


馬車はゆっくりと坂を上り始めた。


道の両側には背の低い草が揺れ、風が穏やかに吹き抜けていく。


丘の上へ近づくにつれて、前方の景色が少しずつ開けてきた。


そして、坂を上りきったところで、三人は思わず目を見開いた。


そこには、これまでよりも広い草地が広がっていた。


遠くには低い丘がいくつも連なり、その間を細い道が曲がりながら続いている。空は大きく開け、雲の影が草地の上をゆっくり移動していた。


「……わあ!」


モモが嬉しそうに声を上げた。


「すごい! また広いところに出たね!」


ルシルも思わず笑顔になった。


「本当だな。リーヴェルの町から、こんな景色につながってるなんて思わなかった」


シモンは地図と前方の道を見比べ、静かに頷いた。


「街道はこの草地を抜けるようですね。見通しはよいですが、風が強くなる可能性もあります。今日は無理をせず、休める場所を探しながら進みましょう」


「うん。分かった」


ルシルは手綱を握り直し、ゆっくりと馬車を進めた。


草地の向こうには、まだ名前も知らない景色が続いている。


モモは旅帳面を開き、新しい頁へ今日の日付と短い言葉を書き込んだ。


『リーヴェルを出発。次の景色へ』


その文字を見たルシルは、静かに微笑んだ。


王位なんて、もういらない。


今の自分には、こうして大切な仲間たちと旅を続ける時間がある。


それだけで十分だった。


馬車は広い草地の中へ進み、三人の旅はまた新しい景色へと続いていった。


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