第9話 好きな人いるんだってさ
俺と山田は購買でパンと飲み物を買って、中庭のベンチに移動した。
缶コーヒーをひと口飲んで、冷静を装って山田に聞く。
「また向井さんの話が出たのか?」
「あ、うん。うちのクラスの男子が告白して、それで盛り上がってたよ」
「告白だと?」
ミレイが言っていた『告白しないままライバルに取られてもいいの?』がフラッシュバックした。
「まあ、その男子は振られたんだけどね」
「なんだよ……」
俺はその場にへたり込んでしまいそうになった。
「うしろの席でみんなその男子を慰めてた」
「……で、それで、向井さんに好きな人が居るってどういうことなんだ」
山田を見ると、不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「……なんだ?」
「いや、別に」
多分、他人の色恋沙汰に食いついているの俺が珍しいとか、らしくないとか、そんなことを思っているのかもしれない
「……えっとね、向井さんがその男子のこと振るときに言ってたんだって。好きな人が居るのでって」
「へえ」
「それでね、皆それは七沢君じゃないかって言ってた」
「七沢……?」
「うん。七沢君も向井さんのこと狙ってるって言ってたよ」
七沢樹。この学年でもっとも有名な男子と言っても過言ではないだろう。成績学内トップ、高身長のイケメンで芸能事務所にスカウトされたこと数知れず。
日陰しか歩いていないこの俺ですら、彼のフルネームは言えるほどだ。
そんな七沢のことを彼女が好きになったとしても、違和感は何もない。逆も然り。
――告白しないままライバルに取られてもいいの?
ライバル……?
まさか……誰が七沢のライバルになれるって言うんだ。
手を繋いで一緒に帰る、七沢と委員を思い浮かべていた。
胸が張り裂けるように痛いのは、なす術もなく二人がお似合いだからなんだろう。
ぶちのめされた気分だった。
俺が思いを寄せていたクラスメイトは、“それぐらいの位置”にいる女子だったんだ。
「き、北山?」
「……はっ」
「大丈夫か? どこか行っちゃってたよ」
「だ、大丈夫だ」
辛うじて冷静を装っているけど、自分でも情けないほど動揺してしまっている自分が居た。
*********
山田と別れて教室に戻ると、まだ委員を中心に円陣が組まれていた。何故かミレイもその輪に入って、下手くそな相槌を打っている。
俺はふらふらと自分の席に戻って、机に突っ伏す。男と女の浮き立った声が耳に入ってくる。うるさいうるさいうるさい。
『やっぱりこの時代好き』
予鈴とともに戻ってきたミレイが言った。
俺は突っ伏したまま呟く。
「何してたんだ」
『青春ごっこ。混ざってるフリしてみた』うんしょ、とミレイが俺の椅子に無理やり座ってくる。
「おいおい……無理矢理入んなって」
仕方なく体を起こす。ぼやけた視界の中、ミレイが楽しそうに笑っていることは分かった。
俺は密着状態になったミレイに、ギリギリ届くぐらいの掠れた声で囁く。
「てか……好きな人いるんだってよ」
『ん?』
「委員に」
『うぇ?』
「君も見れば納得するさ。お相手は学年イチのイケメン、成績も学年トップの優等生だ」
『ちょ、ちょ、ちょ、待ってよ。いきなり何? 何何?』
俺より動揺してんじゃねえか。
「山田から聞いた。クラスのやつがそう言ってたって」
『むむむ……? それ、信用できる話?』
「……多分」
隣りの席の女子が、また気味の悪いものを見るような目でこちらを見ている。俺はどうでも良くなってミレイの質問に返し続ける。
『そいつ、同じ学校なんだっけ?』
「ああ、たしか6組だった気がする」
『見に行ってくる。名前は?』
「七沢……七沢樹」
ミレイは立ち上がって教室を出て行く。右足とおしりが一気に涼しくなった。
……距離が近いんだよ。
授業中に戻ってきたミレイは、開口一番こう言った。
『あれはヤバい。本物』
「……だろ?」
『あれで成績もトップ? やばーい反則だって超カッコイイ』
「……なんでちょっと楽しそうなんだよ」
『あっちのほうがヤッパリしっくりくるね。うん』
「あのなあ! だから俺は最初から信じてなか――」
「オイ北山」
はっとして前を見ると、教室じゅうの視線がこちらに集まっていた。
しまった……声が大きかった。
「お前は一体誰と喋ってるんだ?」
「……寝ぼけてました」
どっと教室が湧く。
机まで叩いて笑い転げる生徒がいるなか、授業の邪魔をするなと教師は吐き捨てて、板書の続きをはじめた。
砕けた表情でこちらを見る委員と目が合う。
でも俺は咄嗟に視線を外してしまった。朝はあんなにカラフルだった委員を見る視界が、いつの間にかひどく淀んでしまっていた。




