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第10話 失恋の危機




 作戦会議をしようとミレイが言って、俺たちは授業を抜け出してトイレに来た。教室だとまたさっきみたいなことになるからだ。


 声の大きい男の先生の声だけが、廊下に反響していた。


『あたし思ったんだけどさぁ、それただの噂話でしょ』

「山田と同じクラスのやつらが言ってたって」

『だから噂じゃん。委員ちゃんに確かめた訳じゃないでしょ?』


 俺は首を振る。確かめる訳がないだろう。


『じゃあ分かんないじゃん。そんな又聞きの又聞きみたいな話信じてクヨクヨして馬鹿みたいじゃん』

「でもミレイだってカッコいいと思ったろ? あの男のことを好きになる気持ちが分かるんじゃないか?」

『うん分かる』


 ほらやっぱり。そうじゃないか。


『でもあたしは委員ちゃんじゃない』


 それから至近距離でミレイは俺の顔を指さす。力強い口調で彼女は続ける。


『そしてあんたも委員ちゃんじゃない!』

「な、なんだよ」

『委員ちゃんの気持ちは委員ちゃんにしか分からないんだよ』

「そ、それは……そうだけど……」

『だから、まずは確認するよ』

「確認? どうやって」

 

 ミレイは呆れたようにため息をついて言う。


『そんなの本人に直接聞いてに決まってるじゃん』

 

 むりむりむりむりむり。


「絶対に無理」

『甘えてんじゃないよ』

「それだけは絶対絶対に無理だ」

『それだけならできるでしょ!』

「簡単に言うなよ無責任! 無理に決まってんだろ!」

『はあー……まったくもう……』


 二進も三進もいかないと思ったのか、ミレイは床に向かって大きくため息を吐きだして項垂れた。


 もう、いい加減授業に戻ろうと思った。


「もう行くぞ」

『……じゃあ、あたしが確かめるからいい』

「は?」

『あたしが自分で委員ちゃんに確かめるからいいって言ってんだ』

「いやいや、口もきけないくせに何言ってるんだよ」


 ミレイはうな垂れた顔を上げ、不敵に笑った。


『方法はいくらでもあるんだよ。だってあたし未来人だもん。少々手荒い方法でもね』


 俺は言葉に詰まる。

 手荒い方法……とやらに頭が引っかかっている。


『あたしの人生だって懸かってんだ。あんたがやらないならあたしがやる』

「手荒い方法ってなんなんだよ」

『それはちょっと申し上げられないな。とにかくあんたが確認できない以上あたしがやるしかない。その代わりどうなっても文句は言わないで』


 ミレイの自信に満ちた顔を見るからに、どうやらハッタリではない。 



 何をするんだろう。姿かたちさえ見えないのに。委員の好きな人が七沢かどうかを確かめるための手荒い方法……。


『あんたが自分で確認するっつうならあたしは手出ししないよ。もうどっちがいいか選びなよ』

「……俺が、俺が確認する」

『よろしい』


 何がよろしいだよ。ちくしょう。

 はあ――腹の底からため息が出た。

 なんだかもう、今日は疲れた……。


『……ちょ! あ、あんた何してんの』

「小便だ。俺はもう疲れた」


 俺は今、ファスナーを下げて、小便器の前で今まさにソレを出そうとしているところだ。


『ふ、ふざけないで! あたし行くから!』

「……あ、そうか。悪かった」


 俺が謝罪の言葉を口にした時、もうミレイはトイレを飛び出していた。

 忘れていた。いくら未来人つっても、あいつは年頃の女の子だったんだ。


「はあ……」


 それにしても……。

 確認、どうしようかな……。

 ちょろちょろと小便が出はじめていた。





**********





 俺は最上階のさらに上の、屋上の扉の前で委員を待っていた。

 ミレイの助言に従って、こっそり彼女の机にメモ紙を忍ばせて、この場所に呼び出しておいたのだ。


 だんだん近づいてきていた足音が、とうとう間近になって、俺の頭のなかは真っ白になった。


「……北山くん?」

「い、委員……悪かったな」


 ミレイが耳元で言う。『確認すればいいだけだぞ』


「話って、なに?」


 困惑、というよりは不思議そうな顔をしている委員。そんな彼女に俺は、ひと思いで尋ねた。


「す……好きな人、いるのか?」

「えっ?」


 委員の瞳孔が開く。


「ごめん、なんて……?」

 

 あー、もう何回も言わせないでくれ。


「す、好きな人……いるのか、聞いたんだ」


 委員はまたもや瞳孔を開き、それから瞬きを数回繰り返し……耐え切れなくなって俺が先に視線を外す。


 つむじの向こう側で委員はぽつりと呟いた。


「の……ノーコメントで」


 弱弱しいその声に顔を上げると、委員は見たこともない恥ずかしそうな表情を浮かべて、俺のおなかのあたりを見ていた。


 明らかに普通じゃない反応だった。


 焦った俺は口が滑ってしまう。


「それってもしかして……この学校……?」

「の、ノーコメントだよ」


 多分俺はこのまま不安に押し潰されそうな日々を送ることが耐えられなかったんだと思う。

 出来るならば一瞬で、すべてを終わらせたかった。


 だから、俺ははっきりと聞いてしまった。


「な、七沢……なの?」


 そして彼女は壊れた玩具のように、同じ言葉を繰り返すばかりだった。


「だ、だから、ノーコメント……」


 火照った顔で、俺の顔も見ないでそう言っている。

 明確に否定をしないその彼女の姿は、俺に噂話を信じさせるには十分だった。


 ミレイはぽつりと呟いた。


『これは……まじかもな』




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