第8話 朝っぱらからご褒美
果たして俺と委員は、本当にしっくり来ているのだろうか。
昨晩、襖を隔ててミレイと交わした会話が頭から離れない。
無感情に人ごみを避け、いつもの改札を抜ける。
『起きてからずっとぼうっとしてんな』
「ああ、寝不足かもな」
駅舎を出てバス通りに出ると、同じ制服を着た個性のない人だかりが、一斉に同じ方向へ向かって歩いていた。
なんだか辟易して、1本裏の通りに行こうかと思ったところ、誰かが颯爽と俺を追い越してこちらを向いた。
「おはよっ」
委員が、笑顔でこちらに手を振っていた。
咄嗟のことで俺は中途半端に右手を上げることしかできない。
『朝からご褒美だな』
「……あ、え?」
我に返った時、もう委員はずいぶん先を歩いていた。
心臓が桃色の甘酸っぱい血液を送り出している。視界がいつの間にかカラフルに染まっている。
やばい、胸がどきどきしてる……。
ドーパミンってこういう時に出ているんだろうか。
だめだこれじゃ。誰か……俺を止めてくれ。
「ミレイ」
『外であたしに話しかけないほうがいいよ』
「俺、恋したくない」
『もう無理だよ』
*********
休み時間。今日も委員の周りは生きのいい男女が集っていた。
盛り上がりを見るからにコミュ力は高いし、きっと頭も良いんだろう。そして女子も男子も、それなりの容姿をしている。
これぐらいの能力が無ければ委員とは仲良くできないんだぞ、と周りに見せつけているかのように、奴らは教室の中央を占拠して委員を囲んでいた。
『なに物憂げな顔して見てんだよ』
俺は呟くように小声で返す。
「そんなんじゃない」
『スクールカーストはいつの時代も存在してんだな』
「ここはまだ無いほうだよ。小中は酷かった」
ミレイが奴らを遮るように、正面に立った。
『そもそもさ、委員ちゃんのことなんで好きになったの?』
俺は周りを見渡して誰もいないことを確認してから、小声で返す。
「……知ってるんじゃなかったのか?」
『あたしが知ってるのはキッカケだけ。心情までは分からないよ』
「うーん」
なんで、か……。
なんでなんだろうな。
子どものときも、そして今再会してからも、俺はいつの間にか彼女のことが気になって仕方なくなっている。
「……よく分からない。ひとつだけ言えることは、スキー旅行が全てのきっかけになったってことだけだ」
『男は一瞬で恋するって本当なんだな』
「ひとりなんて慣れてたんだ。でも何故かあの時、みんなが好きな人とグループを組む中で、ひとりぼっちになることが耐えられなくなった」
言いようのない孤独感に襲われて、自分はなんて恥ずかしい存在なんだって思った。
「体が動かなくて、どうしたらいいのか思考停止に陥っていた。そんな時に委員は一緒に食べようと言ってくれたんだ」
俺はそれからの委員との関係を確認するように思い返してみる。
「それで終わりじゃなかった。彼女はそれを皮切りに、事あるごと俺の前に姿を現した。ミレイも知ってる通り、これは自惚れじゃなく事実だ」
『あんたがピンチの時に限ってな』
俺はもう一度辺りを見渡してみる。相変わらず教室の中央に人が集っていて、自分の近くには誰もいない。
俺は小声でミレイとの会話を続ける。
「その過程で、彼女は、俺にとってかけがえのない存在になった。俺にとっていつでも駆けつけてくれる彼女はヒーローだったんだ」
ミレイは首を傾げながら呟いた。『委員ちゃんがヒーローねえ……』難癖をつけられるのかと思ったが違った。
『あんたにとっちゃヒーローかもしれないけど、彼女は普通のことをしてただけなんじゃないの?』
「どういうことだ」
『単に、あんたのことをよく見てただけってこと。だからピンチにも気が付くし、気が付いた以上助けに行くだろ?』
「そんなこと――」
肩に誰かが触って俺は咄嗟に振り返る。
「やっ、山田か」
「何をぶつぶつ喋ってるんだい?」
「い、いや……なんでもないよ」
「じゃあパン、買いに行こ」
山田が背中を向け、俺は追うように席を立った。
だが、気になってうしろを振り返る。
『……』
ミレイは、あごで“行ってこいや”と吐き捨てるようにいっていた。
そして食堂まで行く途中、俺は山田から衝撃的なことを聞く。
「向井さん、好きな人いるらしいね」




