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第7話 ふすまを隔てた恋話



 家に帰ってきた時には、もう陽が完全に落ち切って夜になっていた。

 リビングで休んでいるとミレイが言った。


『もう告ろ』

「は?」

『今日見てて思った。もうあんたは委員ちゃんと付き合える段階まで来てるよ』

 

 おいおい。いくらなんでも無理があるだろ。


「たかだか委員会が一緒になっただけだ」

『じゃあなんで委員ちゃんはあんたのあとに挙手をしたんだ? それはあんたと一緒に委員会をやろうと思ったからだよ』

「……そんな訳ないだろ」

『それと、大事なのはあんたの気持ち。ぶっちゃけどうなの? 好きなんでしょ?』


 そんなこと聞かれても、好きか嫌いかでいったら、割と結構かなり頭から離れないくらいには好きなほうだけれども……。


「どっちかって言えば嫌いではない」

『素直になれよ馬鹿』

「うるせー黙ってろ」

『告白しないままライバルに取られてもいいの?』

「取るとか取られるとかそういう問題じゃない。とにかくまだ早すぎるよ。今日たまたま一緒に帰っただけじゃないか」

『恋ってタイミングじゃん? あんたそんなにタイミング計れるほど恋愛上手なわけ?』

「煽ってくんなよ面倒くさいな。もう黙ってろ」

『言われなくても黙るもん。もういいよ弱虫野郎』

「うるせー黙ってろ居候!」


 ふんだ、とミレイは吐き捨てるように言って2階に上がった。

 全く、似ているのは外見だけかよ。


 学級委員か……。

 ひとりになった静かなリビングで、ふと委員のことを思い浮かべた。


 確かに考えてみれば何故、委員は俺のあとに手を上げたのだろう。

 最初から学級委員をやるつもりならば、俺よりも先に、先生が言い出した時点で挙手をするはずだ


 まさか本当に一緒にやるつもりで……?

 首をぶんぶん振った。まさか、なんで俺となんかやりたくなるんだ。そんなの都合の良い解釈だ。


 彼女には彼女なりの理由がちゃんとあって立候補してるのだ。実際に小学生の頃から、彼女の行動にはしっかりと根拠があるじゃないか。


 何十分か、はたまた1時間か、しばらく考え事をしているとミレイが静かに階段を下りてきて、気まずそうに言った。


『ごはん……これから?』

「ああ……忘れてたわ」


 時刻はもう20時を回りそうだった。





*********





 夕飯を適当に作って食べ、風呂にふたりとも入り終えたころには、もう寝るのにちょうどいい時間になっていた。

 俺は先に布団に入って、真っ白い天井を見つめながら今日という日を振り返っていた。


 忙しかった。

 学級委員に立候補して(させられて)、委員とふたり委員会に出て、それから一緒に帰って、あの頃の思い出話をして公園に行って……。


 すごろくならば、今日だけで6マスぐらいは進んだんじゃないかって思えるほど、大きく動きのある1日だった。


「なんなんだろう……」


 だんだん顔に熱が集まってくる感覚がある。

 でも、委員は俺のことどう思ってるんだろうなんて期待しちゃうぐらいには、俺はおかしくなっていた。


『怖い顔してどうしたの』


 歯磨きが終わって部屋に戻ってきたミレイが、笑いながら言った。


「怖い顔なんてしてたか?」

『うん。変な顔だった』

「考え事をしてたんだ」


 ふうん、と興味がなさそうに反応をして、ミレイは押し入れに上がる。それから『じゃあ、また明日』と言って襖が閉まった。


 電気、消してくれればいいのに。俺は重い腰を上げて部屋の電気を消し、布団に入りなおす。

 居心地が悪くて寝返りを打つと、布団がやたらと冷たくて、まだ夜は冷えることを改めて知る。


 不意に『告白しないままライバルに取られてもいいの?』を思い出す。

 確かに、ミレイのいう通りだ。委員のような学校の人気者は、いつ手練れが口説き落としてしまうか分からない。


 何故か分からないけど、胸の奥がぎゅうっと痛くなった。


「……ミレイ」


 寝てしまったか? と思うぐらいの間があって、ミレイはぼそぼそと返してきた。


『……なんだよ。寝かけてたのに』

「悪い」

『なに。用がないなら呼ばないで』

 

 実際のところ、俺はなんでミレイを呼び止めたのか分からなかった。ただこのまま寝ることが、なんだかとっても嫌だった。


「ミレイは……恋とか、してたのか?」

『してない』

 

 想像よりずっと即答だった。

 暗闇に浮かぶ襖の向こう側から、ミレイの眠たそうな弱々しい声が続く。


『恋なんて、つまんないもん』

「てっきり好きなのかと」

『この時代は好き。未来の恋模様がつまんない。だから私、誰かを好きになったりとか殆どしてない』


 百戦錬磨の恋愛マスター、といった俺のなかのミレイ像が一気に蒸発する。

 俺は横向きになって、襖に向かって話しを続ける。


「なんで未来はつまらないんだ?」

『物の売り買いに似てるんだよ』

「売春ってこと?」

『ば、馬鹿。ちがうよそういう意味じゃない』

 

 押し入れの中で、ミレイがどんな表情をしているのかなんとなく想像できた。


『物の価値ってあるじゃん。カッコいい1000円の靴下が売ってるとして、500円しかなかったら買えない』

「うん?」

『靴下とお金の関係を男女で置き換えてみて』

「どっちが靴下だ?」


 ミレイは笑い混じりの声で返した。


『別にそれはどっちでもいい』


 ……つまり、1000円の女子を手に入れようと思ったら500円の男子じゃ不可能だということか?


「別に俺たちの世界だって、釣り合わなければ両想いにはならないぞ」

『基本はね。未来とは違う。学力、コミュ力、財力とか、基礎能力が完全に数値化されていて、それで自分に最も見合った相手を見つけるの』

「未来ってすげーな」


 風が窓を揺らしていた。雨音はしないけれど天候が悪くなってきたのかもしれない。


『駆け引きなんて必要ない。盲目になる危険もない。恋の魔法がないから確実に自分に最大限の価値をもたらしてくれる相手を見つけられる。それが未来の恋愛』

「理に適ってる感じがするけどな」

『そう? でも恋に効率なんて求めたらおしまいだよ。ああでもない、こうでもない、そう言いながら自分だけの恋を見つけるから、だから大事にできる』

「……たしかにそう言われて見れば」

 

 でも、この世界も数値化されていたのならば、俺は委員に余計な期待をしなくて済んだんじゃないかって、未来を羨ましく思った。


『あたしは、なんでもかんでも効率化した未来が嫌。だから正直ね、この時代で恋ができてるあんたのことも羨ましいって思ってるんだよ』 

「……もし未来なら、俺と委員は当然釣り合わないよな?」

『当然。委員のほうが全然ハイスペック。選択肢にすら入らないよ』

「やっぱりな」


 でも……、と呟くようにミレイは声を漏らす。


「でも?」

『でも……こうやってあんたと委員ちゃんを見てると……どうしてかしっくり来てるじゃん。たとえ理屈上釣り合っていなくとも』

「はあ? 俺たちがか?」

『だから目に見える理屈が全てじゃないんだよ。あんたたちはデータじゃなくて人間同士で恋してるんだからさ』

「人間同士……」


 ミレイの話が身体の中に浸透していく感触を覚えていた。俺たちは確かにコンピューターに恋をしてるわけじゃない。

 恋をする相手は、生身の女の子(男の子)なんだ。


『あーあ……喋り過ぎた。もう寝るから起こすなよ。おやすみ』 

「……ああ、おやすみ。悪かったな」


 風の音だけが響く暗闇のなかで、俺はしばらくの間ミレイの言ったことを反芻していた。

 何度も何度も、ミレイの声を頭のなかで繰り返した。


「明日、委員とまた話せるかな……」




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