第5話 家事ができる男
『あーあ、あんたが結婚相手だなんて、何年かかるか分かんねえな。一緒に帰ろうとか言ってみろよ』
「うるせーな無茶言うなよ」
帰り道、バス通りを一本外れた小川沿いの道を、ミレイと二人で歩く。
空は雲ひとつなく、陽の光が注がれた川は銀色に輝いていた。
『あのさ、あんたいつも帰ったら何してんの』
ミレイは楽しそうに笑みを浮かべていた。
「何もしてないよ。時間になったら買い物行って、メシ作って、風呂入って、寝る」
『メシ作れんのか?』
「ひとり暮らしみたいなもんだからそりゃ」
なんで彼女はちょっと楽しそうなんだろう。
この世界の全てが初体験だから、彼女にとってはえらく新鮮なんだろうか。
朝はあんなに不機嫌だったくせに。
『あ、買い物で思い出した。ねえ服屋寄って』
「服?」
『あたしこれしか服ないんだ』
そういえば、彼女は昨日から同じ服を着ている。
「……やだよ面倒くさい」
『ブラも下着もこれだけなんだよ』
「なっ……」
ミレイは胸を強調するかのような、腕組みをした。
「わかったよ……」
俺たちは帰りに服を買って帰った。ちなみに未来人の彼女が現代の通貨を持っているはずもなく、お会計は俺持ちだった。
余計な出費だちくしょう。
*********
家に帰って適当にテレビを点けて過ごすと、あっという間に夕方が訪れた。
俺は夕食の支度を始める。
『手際良いんだな』
すげー、とミレイが人参をカットしている俺の手元を覗き込む。
因みに今夜のメニューは肉じゃがだ。理由は特になし。俺が食べたかっただけだ。
「あんま顔近いと危ないぞ」
『だって見てんの面白いんだもん』
……近いな。
手元の野菜よりも、ミレイの匂いのほうが鼻に香ってきた。
それでもほとんど無視するように、俺は料理を進めていく。
それなのにミレイときたら、電子レンジを使う時や調味料を取りだす時まで、幼い子のようにあとを付いてくる。
どうやら未来では手の込んだ料理なんて殆どしないらしい。エキスを機械に入れておけば、ボタン一つで注文した食事が出てくるのだとか。
一見便利そうに見えるかもしれないが、こうやって興味津々なミレイを見ると、果たして便利って何なんだろうって思ってしまう。
『ごちそうさまでしたぁ……』
ミレイはご飯を2回もおかわりして、あっという間に肉じゃがを平らげてしまった。『おいしい、おいしい』なんて繰り返し言われると、正直悪い気はしない。
椅子にだらしなく背中を預けるミレイはとろんとした目で天井をぼんやり眺めている。
『手料理って、こんなにいいものなのかあ』
「俺にとってはいつものことだよ」
俺は皿を重ねて台所に向かった。
そんな俺の背中に向かってミレイは言った。
『料理上手いんだな。知らなかったよ』
「……上手いなんてもんじゃないさ」
そう。料理は俺にとってただの家事だ。好き好んでやっている訳じゃない。
シンクに皿を置いて、勢いよく水を出す。
ミレイが何か喋っている。水の音のせいで何も聞こえない。
だから俺は聞こえないふり――本当に聞こえないのだが――をして洗い物をしていた。
肩を叩かれる。
振り返るといつの間にかミレイがそこまで来ていた。なんだ今日はやけに絡んでくるな。
「なんだ?」
水を止める。
『どうしてそんなに自信ないんだよ?』
「……何が」
『帰ってから洗濯して買い物行って料理して片づけて、そこまで完璧にできるヤツ、いないんじゃないか?』
ミレイは首を傾げながらそう言う。
「……家事ができたところで何にもならないさ」
『顔だってよく見りゃ悪くないじゃん』
「っ……」
ミレイのひんやりした手が俺の両頬を優しくつねった。女の子の指の柔らかい感触が頬から脳に伝わっていく。
「は、はなせよ」
俺は彼女の両手を振り払って、それから彼女に背を向けて水をさっきよりも強く出した。洗い物の続きだ。
「風呂……入るか? そしたら沸かすけど」
『うーん、まだいいかな』
「シャワー浴びてくれば」
『うーん、まだいいかな』
はやくどっかに行ってほしいのに。
『家事、好きなのか?』
「全然」
『じゃあなんでやるんだ?』
「生活の為さ」
『ふうん……』
なんだか腑に落ちなさそうだ。
すべての食器を洗い終えて、水を止める。振り返ると、ミレイが俺を見上げていた。まだ居るのかこいつは……。
こうやって見ると、なんだか子どもみたいだな。
『ねえ、親は?』
「……俺のことは何も知らないんだな」
頷くミレイ。
「俺には父親が居ない。母親も再婚して中学卒業と同時に出て行った」
『だから自分でできるようになったのか』
「いや……」
『いや……?』
「別に母親がいるときも、仕事で殆ど家にはいなかったから変わらない」
『きょーだいはいないのか?』
「姉ならいるが」
『が?』
「小学生になった頃、結婚して出て行ったよ」
保育園のころは送り迎えをしてくれていた。
俺が小学に上がると役目を終えたかのように、一瞬でどこかへ行ってしまった。
今思えば、大変だったと思う。まだまだ周りは青春している頃に弟の面倒を見ていたんだ。感謝してる。
「ま、そういうことで、家事は自分の為にやっただけ。誇れるものは何もないさ。さて……風呂沸かしとくから入りな」
ちょっと喋り過ぎた。俺はミレイに背を向けて浴室に向かった。
同情されても仕方ないからな。
『あんたさ』
「……ん?」
振り返ると、ミレイはあごに手を添えて名探偵みたいなポーズをしていた。
『やっぱり委員ちゃんが惚れるのも無理ないね』
「……何言ってんだ?」
『恋は釣り合いが重要。あんたは自分で思ってるよりずっと大人だよ』
「……風呂洗ってくる」
『お、おい無視かよ』
「気を遣ってるならそういうのいらないから」
『ああもう、そーゆーとこは欠点だからな!』




