第4話 俺の名を呼ぶ優しい声
「北山くん、大きくなったね」
「いや……そう、かな」
「昨日、私、びっくりしちゃったよ。まさか北山くんが同じ学校だって思ってもいなかったから」
「……俺もだ。びっくりした」
委員……。
やっぱり昨日の微笑みは俺に向けられたものだったのか……。
『いくら好きだからっておどおどしすぎだろ』
ミレイが茶々を入れて、ザァーッと血の気が引く。
「あー何言ってんだお前ぇ! いっ委員、違うからこれは!」
首を傾げて、きょとんとする委員。
「と、とにかく、気のせいだ。好きとか、そういうことじゃないから」
『だから動揺すんなって』
「だーお前は黙ってろ」
委員は表情を強張らせて、ははは……と笑う。
そしてミレイのほうは一切見ず、手を振って言った。
「じゃあ、私いくね。またあとでね」
「ああ……うん」
『じゃーね委員ちゃん』
委員の背中が遠くなってから俺はミレイに文句を言った。
「まっじで、余計なこと言うな!」
『いっとくけど、あたしは、あんた以外の人間からは見えてないことになってるから大丈夫だよ』
ミレイは口に手をあてて、悪戯っぽい笑顔で言った。
「は?」
『見えないし聞こえない』
電車のなかの怪訝そうなサラリーマンがフラッシュバックする。
「つまり、委員にも見えてなかった?」
『見えてないし、あたしの声は聞こえてない。だから気にすんな』
「さ……先に言ってよぉ……」
俺は天を仰ぐ。
通行人は必死にこちらから目を逸らして、何事もなかったかのように通り過ぎていく。ひとりで喋っている俺は完全に変人だった。
ミレイは、見えないことをいいことに、そんな俺を指差しケタケタと笑っていた。
*********
髪を耳にかけてノートに字を書いている委員。窓から漏れる光は、美しい彼女をライトアップするためだけに降り注いでいる気がした。
『見とれてないで授業に集中したらどうだ』
「うるせーよ」
今朝の委員とのやり取りを思い出していた。
彼女はあの頃のように「北山くん」って優しい声で言ってくれた。俺のことをしっかりと覚えていてくれているのだ。
整った横顔だな……。
たとえ神様がどれか一つパーツをいじっても良いと言ったとして、どれ一つとして逆にいじることができない。
それぐらい、ここから見る彼女の横顔は完成していた。
「……」
椅子の右側に無理やり座っているミレイを見る。思っていたよりもずっと近くてのけ反ってしまうけれど。
ちなみに何故椅子を半分こにしているのかというと、ミレイが座らせろとうるさかったからだ。
『なんだよ』
「いや……」
あまり褒めたくはないけど、うり二つなだけあって、やっぱりミレイも顔だけは可愛いんだよな。
接しているミレイの左半身の感触が急にいやらしく感じてきて、俺は座りなおして彼女に言った。
『まったく顔だけはいいんだよな』
隣りの席の女子がぎょっとした顔でこちらを見る。
ミスった……。
俺は慌てて机上に視線を戻すが、もう手遅れだっただろう。少ししてひそひそ話が隣りの席から聞こえてきた。
これじゃあ気が触れた人じゃないか……。
*********
休み時間が訪れ、俺のもとに珍しく来客がきた。
「やあ」
「……山田か」
隣りのクラスの山田。昨年まで同じクラスだった、坊主頭に嘘みたいにでかい眼鏡をかけた、俺と同じ日陰タイプの男子だ。
素直で裏表がなくて、遠すぎないし近すぎない絶妙な距離感を保ってくれる。そんなこの男が、俺は好きなのである。
「今日さあ、珍しく北山の話題が教室で出てたんだ」
「俺?」
「うん」
山田は何かを確認するように教室を見渡して、それから耳打ちをするように小声で言った。
「今朝、向井さんと会ってたの?」
「……あーうん」
「それ、こっちのクラスのやつらが騒いでた。なんで仲良いんだとかなんとか、みんなして言ってたよ」
ため息が漏れる。
「面倒くさいな」
「まあ、人気のある人だから」
「なあ、山田」
俺はちらりと、談笑している委員を見てから、山田に聞く。
「委……いや、向井さんは……やっぱりモテるのか?」
我ながらなんてことを聞いてるんだろうって思う。
しかし山田は突拍子のない質問にも淡々と答える。こういう余計な詮索を入れようとしない、彼の淡白さが好きだ。
「多分、学年のアイドルとかじゃない? 相当告白されてきてると思うよ」
「……そっか」
「僕たちからしたら、雲の上の存在って感じかなあ?」
『あたしに似てて美人だからな』
隣りでミレイが悪戯っぽく笑っていた。
学年のアイドル、雲の上の存在……。やっぱり“委員との結婚”なんてただの幻想なんじゃないか。
ミレイは、鼻高々といった顔で笑ってる。
そういえば……委員とうり二つのこの少女と、このあと同じ家に帰るのか……。ふと、それはとてつもなく変なことのように思えた。
「あたしに似て、じゃないだろ……」




