第13話 ふたりきりで雨宿り
「北山くん。結構濡れちゃってるね」
「でも……委員だって濡れてる」
委員は自分の髪を触って、それから力が抜けたように笑った。
「本当だ。自分のこと忘れてたよ」
「お互いびしょびしょだ」
「ふふふ……本当だね」
目の前にいるこの女の子は、こうして天使のような笑みを俺に向けている一方で、七沢というイケメン男子に恋をしているのだ。
何故こんなことを一生懸命考えているかというと、既に俺の心臓は、彼女の笑顔によってしっかりときめいてしまっているからだ。
委員が突拍子もなく、とある方向を指差す。
その指の先には駅のホームがあるが、彼女がその向こうにある学校を指差したことはすぐに分かった。
「なんだかこの景色懐かしいなあ」
委員がおどけたように言う
「俺も思ったよ。委員が私立の中学に行くって教えてくれた日、だよね」
「覚えててくれたんだ。はは」
「そりゃ、覚えてるさ」
彼女は学校で1位2位を争う優等生だった。だから私立の中学校に行くなんて可笑しいことではないしむしろ当然だと思った。
でも実際は……そう思い込もうと頑張っていただけだった。
彼女が私立に行くと聞いた時、俺は暗闇の底に突き落とされたような気分になった。だから必死になっていつもの顔を貫いていたんだ。
「……でも、何をしゃべってたのかは、あまり覚えてないな」
「うん、私も」
「……寒かったよな」
「ね。だって家帰ってから雪降ったもんね」
俺はふとうしろを振り返ってみる。一緒に自販機であったかいお茶を買ったことを思いだしたから。
「もしかして……自販?」
委員が上目遣いで、俺の答えを待った。
「ああ、一緒に買ったよな」
「あははは。嬉しい。わかるー私も思い出したもん」
「ふたりとも……お茶買ったんだよね」
我慢できなくなって表情が砕けてしまう。それを見た委員が、さらに声を出して笑ってくれた。
「ねえ、北山くん、喉渇いてない? もし良かったら一緒に飲み物買って飲もうよ」
「あ、うん。何ならあったかい飲み物飲みたいと思ってた」
「いこいこ」
俺たちは東屋を出て、雨粒が降りそそぐなか自販機であたたかい飲み物を買った。俺は缶コーヒーで彼女はホットレモン。
戻って、早速開けて飲む。温かい液体が喉から食道を伝って胃に落ちていく。心地よさに思わずため息が漏れ、呼吸が僅かに白いことを知った。
「くうぅ、染みるなぁ」
「委員、おじさんみたいだ」
「なんだってぇ?」
俺はこの時、七沢という存在を忘れて純粋に委員との時間を楽しんでいた。
まさか小学生だったあの日、4年と少し経ってからまた委員と同じ場所で飲み物を飲みながら笑ってるなんて思いもしなかっただろう。
そう考えると、ふたりで向こうに小学校を望みながら笑い合えていることが奇跡のように感じた。
しかし。
委員だってきっと同じように思ってる――。
弾ける笑顔を見ると、俺はそうやって勘違いを犯してしまうんだ。
だから、この後、きっと俺は委員と別れてから一人で反省会をするんだろう。
やや経って雨脚が弱まってきて、俺たちは帰路に就くことにした。どうせなら1日じゅう振り続いてくれればいいのに。
名残惜しい気持ちでベンチを離れ、委員と肩を並べて歩きはじめる。
その時、突然雷鳴が轟いた。
「きゃっ」
「だ、大丈夫か?」
遠くで雷が鳴っていて、雲の隙間が点きかけの電灯のように光っていた。
「雷、ちょっとだけ苦手なの」
「大丈夫、なのか?」
「うん、ごめん足止めちゃって」
再び歩き出す委員。
ところが遠くに見えた雷は序章に過ぎず、それからも空は点滅を繰り返し、雷鳴を伴った。
委員は都度小さな声を上げ、体を強張らせる。申し訳ないと思っているのか足は中々止めないが、表情は石のように固い。
そして……いつの間にか、俺の袖を握っている。
もうすぐで俺たちの分岐点の、三角公園だった。
「俺、家まで送っていくよ」
「えっ、いいの……?」
委員は嬉しさに頬を緩ませ、俺を見上げた。
また心臓が高鳴った。俺の身体は、彼女の笑顔を見たら反応をしなければならないと学習させられているようで、彼女の不意の笑顔にとことん忠実だった。
でも、それが“好き”ということなんだろうと、俺はなんとなく理解していた。
三角公園から5分ほど歩くと委員の家に着く。
特別大きい訳ではないが、白を基調とした上品なたたずまいの家で、委員が住んでいることが納得できるような家だった。
カギを回して扉を開ける委員に、俺は背中を向けていった。
「それじゃあまたな」
彼女は耳を疑うようなことを言った。
「上がってよ」
「……え?」
「お礼にお茶入れるから。ほら、雷怖いから入って」




