第12話 初めての休日
ミレイが家に来てから初めての休日が訪れた。
本来は寝ぼすけなんだろうか、俺が起きてしばらく経ってもミレイは押し入れから出てくる気配がない。
快晴だったから布団を干して、洗濯機も回す。
それから軽く朝食を済ませて、上がった洗濯物を干して、コーヒーメーカーでコーヒーを作って飲む。
そんな、いつも通りの休日を過ごしていた。
昼ごろになって、ようやくミレイが2階から下りてきた。まだ寝たりなさそうな寝ぼけ顔のミレイに言う。
「もう12時になるよ」
『うんー……』
「朝飯、フライパンのなかにあるやつ適当に食って」
『はーい……』
歯を磨いてきて、真向かいでのろのろと遅めの朝食をとりはじめるミレイ。時折「あ、おいしい」などと呟きながら咀嚼する。
「ミレイ、コーヒー飲むか?」
『飲みたい』
俺はサーバーのなかのコーヒーをマグカップに注いで、彼女の食卓に置いた。早速ひと口飲んで「はああ……」綻んでいる彼女。
なんだか俺も飲みたくなってきて余ったコーヒーを入れる。
ふと、目の前で朝食を食べるミレイを見て、委員のことが頭に浮かんだ。
もしも結婚したら……こんな感じで他愛もない朝を過ごしたりするんだろうか……。
いかんいかん――俺はすぐに妄想を振り払う。
『やっぱり私もこういう旦那と結婚したいね』
朝食を終えたミレイは、デジャブなのかなんなのかそう言ってきた。
ようやくエンジンが掛ってきたんだろうけど、言ってる意味が分からなかった。
「ツッコミどころがあり過ぎて、何が言いたいのか分からないんだが」
『料理が上手くて面倒見がよくて家事ができる旦那ってことよ』
「なんだよ急にどうした」
『だって朝起きたらおいしいご飯できてるなんてサイコーじゃん』
「……それは単純に自分が何もやりたくないからじゃないか」
ミレイは胸に針を刺されたような顔をした。
『ち、ちがうから。なんでそういうひねくれた考え方しかできないの?』
「ひねくれてないよ。図星なんじゃないか?」
『図星じゃないわ馬鹿。そうやって全部被害妄想してるから委員ちゃんにも好かれないんじゃないの?』
「なっ……」
今のは結構イラっときたかもしれない。
『あら、図星ですかあ?』
「うるせー居候。そもそもお前がへましなけりゃこんなことになってねえんだよ」
『うるさいな。あんたがぐずぐずしてなければ今ごろ委員ちゃんとデートしてるんだよ』
「そんな単純な話じゃないだろ。なんで他人が思い通りになると思ってるんだ」
『思いどおりも何も元々そういう未来って何度も言ってんだろ』
「だから俺はそんな未来知らないしそもそも信じてねえんだよ」
ミレイは怒って椅子から立ち上がって、食器を下げに行く。
『この分からずや』
「食器を下げるようになっただけ偉いぞただの居候」
『たまには素直に受け取れよこの一生童貞!』
ミレイは吐き捨てるようにそう言って、地団駄を踏むように階段を上がっていった。
「はあ」
ひとりになったリビングでため息が響く。
一生童貞か。そうだ、その通りかもしれないな。
いっつも被害妄想ばかり、もミレイのいう通り。
でも改めて言われるとこんなに腹が立つのは何でだろう。
「……ちょっと出るか」
天気も良いし散歩に行こう。
このまま家で悶々としていたら気が滅入りそうな気がした。
俺はミレイには声を掛けずに、サンダルをつっかけて外に出た。
思っていたよりもひんやりとした空気だった。空を見ると、朝は快晴だった空に厚い雲がかかっている。
まあ……ちょっと出るだけだし大丈夫だろう。俺は目的なく取りあえず駅のほうへ向かって歩きはじめた。
そうして俺はいつもよりも遠回りをして駅に行った。だが、遠回りをしたところで最寄り駅なんだからた辿り着くのは一瞬だ。
結局何をする訳でもなく、駅をぐるりと回って帰路へ就く。ずいぶん短い散歩で終わりそうな自分に苦笑した。
何かやろうとしても、いつも中途半端で何も成しえない。
まったく、散歩までいつもの俺かよ……。なんだか自分が情けなくなった。
そして帰り途中、罰が当たったかのように突然強い雨が降り出した。
住宅地のど真ん中、辺りは光を失ったかのように灰色に染められた。
家まではまだまだ距離があって、このまま歩いたら全身ぐっしょり濡れることは間違いない。
俺は、咄嗟に駅のほうへ戻り、高台に上ったところにある公園に向かった。そこに行けば、東屋があって雨を凌ぐことができるから。
だが……。
「遅かったか……」
運悪くそこには既に先客がいて、同じように雨宿りをしにきたであろう女性のうしろ姿が、雨空を見上げていた。
なるべく他人と会いたくはなかったが、もはやそんなことも言ってられない。雨が勢いを増していて、肩は既にぐっしょり濡れていた。
俺は何気ない感じで東屋の下に入り、その先客と目が合わないよう俯いたまま腰を掛ける。木でできた腰掛がひんやりと冷たかった。
……寒いな。
雨は暖気もすべて掻っ攫ってしまったようで、家を出たときよりもずいぶんと肌寒くなっていた。
俺が座ってすぐ、先客は立ち上がる。
せっかく雨宿りをしているのに俺が邪魔をしたからだと思った。申し訳ない。
しかし先客の足はこちらに近付いてきて、あろうことか、俺の横隣りに座った。
心臓が口から飛び出そうになって、慌ててその人を見る。
「もう、気付くの遅いなあ」
「……い、委員」
なんで――。
やっと気づいた、というように彼女は笑っていた。




