第二話
●
夢のような再会とお祭りは、幕を閉じた。
レオは別れ際にも「二度と会わないことを祈ってる」と言っていたけれど、私は少しも諦めていない。
これからもレオに会うために、わたしは市井での職探しを始めた。けれど……。
「フォックス家のお嬢様!? うちでは面倒見切れないなあ……」
家の名前を隠すようにしても。
「今まで家事をしたことがないの……うちは即戦力を求めてるから、ごめんなさいね」
王都には、わたし以上にできる人がたくさんいるらしい。就活は難航していた。
……
…………
………………
今日も今日とて、面談からお祈りをされてしまった。
お父様に家を出ると宣言して、外出の許可をもらってから二週間が経とうとしている。
帰って早々、屋敷の図書室に閉じこもり、私は国の歴史書と、最近の政治事情が分かる書類に対してにらめっこを繰り広げていた。
わたしのできることと言えば、屋敷の図書室の知識くらい。けれど、これを働き口にするとなると、さっぱり見当がつかないのだ。
我が国、ファナストレン王国において、貴族令嬢の自由はほとんどないに等しい。
大抵は嫁入りして、主人の留守を守り、妻としての責務を果たすことが定番だ。
そのために、十歳のプレ・デビュタント前から礼儀作法を磨いたり、他の令嬢と交流したりする。それが将来、自分の主人の助けとなるために。
近年においては、能力が認められて女性文官になった者や、国立施設の職員になった者。女主人といった、いわゆる、働く貴族女性が現れてはいるが、母数としてはまだ少ないだろう。
それに、この国の貴族は平民との直接的な関りが薄い。領地運営に積極的かつ親交を好む貴族はそうではないのだろうが、王都在住の貴族となれば顕著になっている。レオが最初、私に対して警戒していたのもそれが理由だと思う。
国から平民へ支援するような政策があれば……なんて考えるが、私にはそれを知る手段を持っていない。
手詰まりによる無力感を体に感じながら、私は机に倒れこんだ。
すると、がちゃりと扉が開いて、その人と目が合った。
よく知る顔のはずなのに、少しもわからない。わたしを見ていないのも、いつものことだ。
「お兄様。ごきげんよう」
「……ああ」
私の兄――テオドールは、歴史ある伯爵家の嫡男だ。
私たち兄妹は、お父様の容姿をすっかり引き継いでいる。ハニーブロンドの髪に、灰青の瞳は、父の面影を引き寄せるから、わたしはあまり好きじゃなかった。
望まれた役割に相応しい能力を身に付けた、素晴らしいお兄様。 今はお父様の右腕として、王城の文官として働いている。
けれど、お兄様について質問されたとして、私は何も答えられない。それは、相手も同じことだ。
お兄様は、わたしを一瞥すると、すぐに目的の本棚へと向かった。
あの辺りは、福祉や人事運営について書かれた書物がまとめられていたはず……。
福祉であれば平民と関わることかもしれないと思い、わたしはすがる思いで、お兄様に話しかけた。
「今日はお休みではないのですか? こちらへはお仕事のためでしょうか」
「お前には関係のないことだ」
きっぱりと跳ねのけられてしまうが、わたしは諦めなかった。
「医療福祉に関する本であれば二段上。民事調査のための資料は一段下です」
そう言うとお兄様は、少し目を見開いてから、わたしを見てくれた。
手元の紙に書いてあった言葉から予想して言ってみたのだが、どうやら合っていたらしい。もし外れていたら、さらに冷たい声でわたしを追い出していただろう。
「何が目的だ」
「なにもありませんよ。ただ、お兄様の仕事に興味があるだけです。いまだに縁談話の来ない箱入り娘ですから」
皮肉を込めてそう言うと、お兄様は少しだけ考え込んだ。
お兄様は、わたしが家を出ようとしていることを聞き及んでいるのだろうか。
そうではないとしたら、突然近づいてきて、驚いていることだろう。
お兄様は顔を挙げると、目的の資料を取って、さっさと移動しまう。
そう簡単に教えてくれないか、と内心、わたしは肩を落とした。
けれど、お兄様は無言で手招いて、わたしを机の反対の椅子に座らせた。……なんだか、その表情が柔らかく思えたのは気のせいだろうか。
「歴史の勉強をしていればわかることだが、この王都には平民に向けた支援施設があることは知っているな」
「はい。約二十年前の流行病をきっかけに造られたものですね。名称は役所。平民の身近に作ることで情勢をいち早く知り、税を使って支援することで城下の平民の生活を守っていると、そう教わりました」
「特異な経営により貴族と平民が入り混じって、施設は成り立っている。それに、業務内容は何でも屋に近しい。体のいい雑務。それゆえ、配属を渋る貴族は多い」
何でも屋、という言葉に、ぴくりと反応しそうになるが、ぐっとこらえる。それと同時に、与えられた情報を整理して、お兄様がわたしに、なにを伝えたいかを考えた。
「……つまり、人手が足りていないと?」
お兄様は悩ましげに頷いた。
確かに、身分を重んじる人間には苦い宣告といえる。けれど、わたしにとっては天からの啓示を受けたような心地だった。
――もし、わたしがそこに行けたら、できることがあるかもしれないと。
浮き立つ心地のまま、わたしは衝動的に動いていた。
「でしたらわたしが。微力ながらでもお手伝いしたいです!」
乗り出してそう言うと、お兄様は目を見開いて、わかりやすく驚いていた。
「……本気か」
それは、初めて聞く調子の声だった。
「働くというのは遊び半分でできることではない。それに人手が足りていないと言っただろう。不自由になる覚悟はあるのか」
訝しんでお兄様は言った。
その言葉に、お兄様はなにも聞き及んでいないのだと確信する。
不自由になりたいのか、というけれど。お兄様は、わたしのことを何もわかっていない。
今この時、この屋敷にいるときのわたしこそが、最も不自由であることを。
身分などいらないと思うほどに、わたしは外に焦がれているというのに。
「先日、外出した際に平民に助けてもらったのです」
「! ……そうなのか。……無事でよかった」
付け足したようにも思える「無事でよかった」に、何とも言えない心地になる。
お兄様は、何も知らないし、知ろうとしてくれないのだと、冷たい感情が胸にしみを作った。
「……ご心配をおかけしました。ですがその時から、貴族以外の……平民について考えるようになりました。わたしたちのように恵まれているわけではない。いえ、彼らの働きがあって、わたしたちは不自由なくいられているのだ、と」
お兄様は目を見開いた。それでいて、しっかりとわたしを見てくれていると感じられる。対話できていると、そう思えた。
「平民を支えることが、いずれ我々を助けることにつながるでしょう。それを、わたしはしたいのです」
姿勢を正し、お兄様を見据えたまま、わたしは気持ちを伝えた。
すぐにでも代替わりできるほど、模範的な思考のお兄様。貴族として責任をはらんだこの言葉たちは、あなたの胸を振るわせられるはず。
そんな打算があったとしても、この言葉に嘘はない。ただ、その中にあるものまでは明かしていないだけ。
だからか、話しているときは少しも声が震えなかった。
しばしの静寂があたりを包み込む。その間も、わたしとお兄様の視線が切れることはなかった。
そうしてようやく、お兄様がふいっと顔を背けた。
「……わかった。すぐに紹介状を書こう」
咄嗟に口元が緩むほど、歓喜に胸が震えた。
初めて家族に、自分で選んだことを受け入れてもらえた。
「ありがとう、ございます……っ」
堪えきれずに、感謝の言葉が震えてしまう。
すると、ぽんとお兄様の手が頭に乗せられた。そして少しした後、その手はそっと離れていく。
意図の読めない行動に、わたしはポカンとしてしまう。だが、お兄様の微笑みは、本当の家族から向けられたみたいで、少しだけ苦しかった。
●
わたしが職員になるまでは、驚くほどトントン拍子に進んでいった。
早過ぎないかと、イリヤに泣き付かれてしまったけれど、正直なところ、わたしは嬉しかった。
イリヤには、寂しくならないように沢山手紙を書こうと思う。どれくらいがいいかと聞いたら、週に一度と、言われてしまった。
改めてお父様に伝えたとき、そして今日、職場近くの家へ移動するとき。どちらもお父様は冷めた眼で私を見ていた。
就職先が決まった時も、報告しろと言ってきたくせに「そうか」と、一言限り。何の感情もなかったと思う。
……いや、少しだけ喜びが含まれていたかもしれない。『やっと出ていってくれる』という感情が。
あくまでも孝行娘の姿で、わたしはそれに対応した。
わたしが生まれた理由がお父様――父に非があろうと、健康に育ててくれたことは事実。これからの未来は一切頼らないことを誓って、わたしは生まれ育った屋敷に振り返ることなく出て行った。
……
…………
………………
役所に就職してから大変だったこと。
それは書類整理でも、人との会話でもなく……食事だった。
忙しいとは聞いていたものの、昼食をまともに取れないほどとは思っていなかった。いや、単に私が仕事に慣れていないせいかもしれない。一緒に休憩を取ることになった、イザベルというわたしの五歳上の先輩職員は、目が回りそうな午前中をものともせず、けろっとした顔でサンドイッチを頬張ろうとしていた。
「オリヴィアさん。入りたてなのに、もう窓口対応できるなんてすごいね!」
「ありがとうございます……でも、今日は結構忙しかったですよね……」
「ああ、週末だからね。明日はここ休みだし、駆け込む人が多いんだよ。月末はもっと忙しいよ」
「もっと……!?」
今日もかなりの人がやってきて列を形成していたのに。
役所に人が溢れかえるのを想像して、わたしは苦笑いするしかなかった。
「午後に向けてちゃんと栄養補給しないと……って、オリヴィアさん、お昼ご飯は?」
「えっと、今から買いに行くところで……」
言葉の途中で、きゅうっと間の抜けた音が通り過ぎる。わたしのお腹が鳴ったのだ。赤くなった頬を隠そうと、思わずイザベルから背を向けた。
「あははっ、頑張った証拠だね。お疲れの状態で行くのは大変だし、わたしのサンドイッチ分けてあげる」
気前よく差し出されて、困惑のまま、彼女とサンドイッチを交互に見る。
これでは、彼女のお昼御飯が減ってしまうのに……。
「大丈夫ですよ……! 申し訳ないです」
「もう、いい子になっちゃって。……オリヴィアさん、今日朝ごはん食べてないでしょ。顔色悪いよ」
言われたことを上手く呑み込めなくて固まってしまう。……確かに、今日はすぐに起きられなくて朝食を食べ損ねた。それもあって、午前中から疲れたように感じていたのかもしれない。
「オリヴィアさんって、入った時から一生懸命だしお昼は屋台ご飯だし、お嬢様なのになんでかなーって思ってたんだけど、一人暮らししてるんだよね。どうしてなのかはわからないけど、慣れない中で頑張ってるのは、見てれば分かるから」
イザベルは、にかっと快活に笑ってみせる。その言葉と笑顔に、胸がじんわりとあたたかくなる。優しくされること、見守ってもらえていること。わたしが誰かの心に存在している事実が、とても嬉しかった。
「えっと、ではいただきます。……イザベルさんは、お料理が得意なのですか?」
「できる方だと思う! あたしの実家がパン屋でね、そのサンドイッチも、うちのパンを使ってるよ」
促されて口にすると、小麦の味がじんわりと広がる。具材のバランスが良く、形もきれいだ。特にオムレツが美味しい。卵料理は腕が試されるというし、イザベルは確かに料理上手なのだろう。
前々から考えていたことが頭の片隅に現れる。それを話すか、少し迷って何度か口を開閉した。
けれど、彼女の真っ直ぐな心根を信じて、わたしはお願いを思い切って言ってみることにした。
「……その実は、いつかは自分で料理をしたいと思ってるんです。よければ、わたしの先生に……なってもらえないでしょうか……?」
少し視線を下げて伝える。誰かにお願いをするのは、まだ慣れない。自分から差し出せるものがないときは、特に不安になる。
ドキドキと返答を待っていると、私の顔を上げさせて、イザベルは微笑んだ。
「もちろん! うれしいなー! 妹ができたみたい、うち弟ばっかだから」
「イザベルさんは、お姉様なんですか?」
「うわ、お姉様ってお嬢様っぽい。そう、下にふたりいてね……」
そうしてイザベルとの会話は花を咲かせていく。明るい彼女の姿は、一緒にいると元気が貰えるみたいで、とても心地が良かった。こんなふうに、誰かと笑い合える日が来るなんて。わたしは少しずつ、わたしらしくなれるのかもしれない。
……
…………
………………
働くようになって、一生懸命、生活に慣れようと努力した。箱入りとなっていた日々とは大違いで、けれど、この生活の方が満たされていると実感している。
だって、街の人たちは見ていて飽きない。駆け込んでくる人たちはそれぞれに違う事情を抱えていて、それが日々コロコロと変化するのだから、毎日が新鮮な感情に揉まれて楽しかった。
新しいと感じることは人だけではない。場所も食べ物も、わたしに日々、知らないことを教えてくれる。わたしは街のことが大好きになった。
ある日のこと。わたしは行きつけの屋台に顔を出していた。この店はマフィンやクッキーを、その時期で採れる果物と合わせて焼き上げている。そのこだわりと美味しさに、わたしは虜になっていた。
「こんにちは、ドットさん。季節のジャムクッキーを……ざっと十人分いただけるかしら」
「今日は早いね、オリヴィアちゃん。それに、こんなにたくさん買ってくれて……おじさん、嬉しいよ……!」
「今日はこの後、養護園に行くんです。そのお土産に、と思って」
厳つい体格とは対照的な朗らかな表情で、店主であるドットは話しかけてくれた。
ドットは面倒見がいい。働き始めの頃、ついお菓子だけで昼食を済ませていたら、「それだけじゃ身体がもたないよ」と、野菜入りのクッキーを差し出してくれたのだ。知り合いだという肉屋も紹介してくれて、栄養についても教えてくれて……わたしの健康は、ドットがつくったと言っても過言ではない。
「養護園かあ。だったら、このマフィンも持っていきな」
「いいの? お店の商品では……?」
「ガキどもの腹がいっぱいなればいいのよ! 宣伝にもなって一石二鳥だわ!」
「ドットがまーた適当なこと言ってる! ああ、オリヴィアちゃん、養護園に行くならこれも持って行って。食べきれなければ、園の職員さんに渡していいから」
隣の屋台から威勢のいい声を飛ばしてきたのは、青果を売っているマリーナだ。彼女の目利きは素晴らしく、野菜や果物はいつ見ても輝くように青々としている。差し出してきたりんごも、色が深くて艶めいていた。
「養護園には助かってるんだよ。働いてると、子どものことをずっとは見れないからさ、心配で。けど、アーサーさまが作ってくれたおかげで、子どもは安全だし、あたしらは安心できるしさ」
心配そうにため息をつくマリーナに続いて、ドットがぼやいた。
「……最近は、路地の治安がまた悪くなってきてるよなあ。子どもだけでほっとくのも、なんかそわそわしちまうよ」
役所の方にも、同じような相談が来ている。さらに、身近な人が不安げにしていたら、すぐにでも動き出したかった。
「治安のことは役所の方にも報告するわね。ふたりともありがとう、しっかり届けるわ!」
二人に手を振って、わたしは市場を後にする。たまに、すれ違う人と自然に挨拶を交わしながら、ゆっくりと養護園へ歩を進めた。
いつのまにか、このざわめきも耳に馴染んでいる。この街を守りたいと、そんな責任感を覚えるくらい、心を弾ませる景色は当たり前になっていた。
……
…………
………………
養護園は、この国の王太子であるアーサーさまが始めた事業だ。共働きの夫婦が安心して働きに出られるように、格安で援助するというもの。養護園は図書室があったり、走り回れる広い庭園があったりと、子どもがのびのびと過ごせるようになっている。
「あっ! オリヴィアさん、こんにちはー!」
「こんにちは。今日はお菓子を持ってきたから、おやつに食べてね」
「おねえさんが来たってことは、明日は日曜日だ!」
「あら、すごいわね。日にちのこと、もうすっかり覚えられたの」
子供たちは屈託のない笑顔で駆け寄ってきて、わたしもつられて顔が緩む。
支援活動と言っても、実際は見守りだ。子どもと交流したり、簡単な読み書きを教えたり。あとは、園が正常に機能しているか視察しているという面もある。
「一昨日、お城の騎士様がやってきて剣をおしえてくれたんだー! オレ、すごいってほめられた!」
「あぁ、騎士団の……すごいわね。未来の騎士さまになるのかしら」
わたしが褒めると、その子はふふんと鼻を鳴らして嬉しそうにした。すると、別方向から大きな声があがる。
「おれだってほめられたし! ねえ、オリヴィア。今日は鬼ごっこしようよ!」
「えー!? 今日はあたしたちと花壇のお手入れするんだよ! 教えてもらった通りにしたらきれいに咲いたの、見に来てよー!」
あちこちから呼ばれ、ついにはぐいぐいと引っ張り合いになりそうなところで、わたしは申し訳なくなりながら、子どもたちに伝えた。
「みんな、お誘いありがとう。でも、最初はもう先約があるから……順番に、遊びましょうか」
そうしてわたしは、後ろの方にいた女の子に目を向ける。にこりと微笑むと、その子は抱えていた本をぎゅっとして、頬を染めながら嬉しそうに頷いた。
彼女はクレア。ちょっぴり人見知りで、本が大好きな女の子だ。前回、養護園を訪れた時に、彼女に読み聞かせをすると約束していて、抱えている本がそうなのだろう。わたしたちは、庭園の端っこにある木陰に座って、ひっそりとした読書会を始めた。
「――……お姫様は幸せになったのでした。おしまい」
「……読んでくれてありがとう……オリヴィアさんの読み聞かせ、とっても楽しい。オリヴィアさんは王子様にも、魔法使いにもなって……色んな人になれるね」
クレアは、たどたどしいながらも一生懸命、わたしの朗読を褒めてくれる。
わたしが初めて養護園に訪れたのは、役所の職員で演劇をしようという企画のとき。
忙しい勤務の中でのそれは、なかなか職員の間では不評だったが、わたしは初めて経験する演劇を楽しんでいた。
発表はそれなりの結果だった。他の人たちはこりごりという様子だったけれど、わたしはそれ以降も、こども達のところに訪れて読み聞かせをするようになった。自分自身が楽しかったというのもあるが、目の前のクレアのように、きらきらと目を輝かせる子どもたちが可愛かったから、という理由がある。
「読み聞かせを頑張りたいと思えるのは、あなた達が沢山褒めてくれるからよ」
お礼を言ってクレアの頭を撫でると、彼女はぽつりとつぶやいた。
「……わたしも、読み聞かせしたいなあ……」
「あら、やってみたらいいじゃない。クレアはいつも本を読んでいるから、きっとスラスラ語れるわ」
けれど、クレアは口をすぼめてしまう。
「……しゃべるの緊張する……それに、みんなの前に立つのも……」
クレアは想像したのか、目に涙をうっすら浮かべてしまう。
やりたいと思っているのに進めない……そんな不安を感じ取る。
無理はさせたくないけれど、わたしはクレアを応援したいと思った。
「なら、わたしと一緒にやってみましょう? さっきの絵本を分担するの!」
クレアは驚いて目をぱっちりさせてしまうけれど、その瞳の奥は期待でキラキラして見えた。
「『ならばいっしょに出かけましょう! この魔法使いが、あなたを助けて差し上げます』。……さあ、次はクレアよ」
「う、うん。『お城を飛び出して、空にある大きな船に行きたいの。助けて、魔法使いさん!』」
「あれー? オリヴィアたち、絵本読んでるの? ぼくたちにも聞かせてー!」
わたしたちの声を聞きつけたのか、鬼ごっこをしていた子たちが集まってくる。
囲まれてしまい、クレアは不安そうな顔になった。そんな彼女を勇気付けるように、わたしは彼女の手を握ると、ぎゅっと握り返してくれた。
クレアは深呼吸をして、
「『お姫様は、魔法によって空を飛び回ります。びゅーんと、くるくると、自由に泳いでいきます!』」
はっきりと、大きな声で絵本を語った。
子どもたちは一瞬、目を見開いてびっくりしたけれど、次の瞬間には笑顔になっていて、次のセリフを今か今かと待っていた。不安は杞憂だったとクレアは気付いて、また大きな声で読み聞かせは続いていく。
クレアの笑顔で、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
誰かの一歩に、こんなにも胸が温かくなるのは、きっとわたしが、ずっとその一歩を待っていたからだと思う。レオと出会ったあの日を思い出して、ちょっとだけ口元が緩んだ。
●
就職してひと月が経ったころの休日。初めての給料を握りしめて、わたしは走っていた。
向かう先はファミン区域の公園。仕事によって、王都のおおまかな地図は覚えてしまった。だから、迷うことなく辿り着ける自信がある。
奥まった場所にある、小さな噴水とベンチだけの公園。近づくと、きゃっきゃと子どもたちの楽しそうな声が大きくなった。
入口の壁に手を突きながら、息を整える。公園に目を向ければ、子どもが十人ほどいて――煤色の髪の青年を囲んで遊んでいた。
爽やかな風が吹き抜けて、彼の髪の毛が浮き上がる。
ちらりと見えた笑顔に、じわり、と胸に熱が宿った。
声を掛けようと一歩踏み出すが、二歩目がどうしても出なかった。拒絶されてしまったし、別れ際の言葉も頭に焼き付いている。それでも、レオを見つめずにはいられなかった。
「――あっ! オリヴィア、やっと来たんだ!」
子どもの中から、アニスが顔を出して、わたしを呼んだ。
他の子どもたちもこちらを向いて、そして、レオも振り返る。彼は、目を大きく見開いた。
「――……なんで」
「オレが誘ったの! この前偶然、うちの店に来てくれたから。よくここで遊んでるって教えた!」
アニスが、ぐいぐいとわたしの背中を押して、遊びの輪に入れてくれた。子どもたちは「レオ兄ちゃんと一緒にいたお姉ちゃんだ」と、覚えてくれている子がいたから安心できるけれど、レオに対しては、気後れしてしまう自分がいた。
きっとレオも気まずいものがあって、わたしたちはお互い目が合わずにいる。
「……よおーっし! おまえらかくれんぼするぞ! レオとオリヴィアが鬼ね!」
「えっ」
「はっ?」
「にげろ~!」
突然アニスが声を挙げて、そのまま遊びが始まってしまった。子どもたちは一目散で逃げていく。去り際、アニスが舌をベェッと出して挑発してきたのが、わたしに対してなのかレオに対してなのかはわからなかった。
「…………」
「…………はぁ」
沈黙が長く続いて、レオがため息をついてしゃがんでしまう。
どうすればいいかわからないまま、わたしも同じようにしゃがんだ。
隣のレオを見ても、頭を抱えていて顔が見えない。視線を迷わせて、わたしは自分のブーツを見ることにした。
街に出るために用意したブーツは今ではすっかり履き慣れて、爪先には傷ができている。忙しさにかまけて手入れがろくにできていないから、少しだけ可哀そうになっていた。トリトン通りの靴屋がドットの知り合いらしいから行ってみようかな、なんて考えていると、
「――役所に……いるんだって?」
レオから話しかけてきてくれた。
わたしは嬉しさのまま、勢いで返事をする。
「ええ! とっても充実しているわ!」
「……ふーん……そっか」
レオは、ぽつりとつぶやいたけれど、顔は伏せたまま。
……会話が終わってしまった。
レオから話しかけてくれたのだし、わたしがつなげなくては。
そこでふと、あの日レオに言われたことを思い出す。父の代わりにしている、という指摘を。
あの日から何度か考えたし、レオの顔が見えない今なら、ずっと冷静に答えが出せる気がした。
「あなたが言ってくれた、父の代わりにしてる、って話。ちゃんと考えてみたの」
わたしが切り出すと、レオの肩がぴくりと動いた。けれど、顔を上げる気配はなくて、少しだけ安心する。そのまま言葉を続けた。
「わたし、兄がいるのだけど、役所勤めになるのに助けてもらったの。兄は父にそっくりなのよ。そんな人と、初めてちゃんと会話ができて、頭を撫でてもらったわ。それなのに、嬉しさよりも悲しさが勝った。なんで今更、って」
撫でられたことをおぼろげに思い出して、じわりと胸が痛んだ。
「ほんとうに父の代わりを探していたなら、わたしは兄に執着したはずなの。この家にもわたしのことを考えてくれる家族がいたんだって」
けれど、そうはならなかった。
働き始めてからも、頭の片隅ではレオのことを考えている。
「危険から助けてくれたから、あなたを追いかけまわしたのはその通りよ。鬱陶しいと思わせたなら、ごめんなさい。……でも」
わたしは息を吸い込んで、顔の見えないままのレオに伝える。
「あなたを父と重ねてなんかいないわ。わたしは……、レオの笑顔が好きだから、一緒にいたいと思っているの」
レオの身体が大きく震えた。
彼がどんな感情を抱いたとしても、わたしの気持ちが伝わったことに、笑顔がこぼれる。
口にしてから気付いた。溶けていくように馴染むこの感情は、きっと最初からあったもの。ようやく名前がついて、わたしの心が喜んでいるみたいに、胸がドキドキと高鳴った。
「――……わたし、レオが好きみたい」
また口にすると、くすぐったくて笑ってしまう。
いつからだろう。きっと最初からだ。暴漢から助けてもらった、あの瞬間から。
わたしが、ひとりでくすくすと笑っていると、ぱちん、と目が合った。伏せていた顔を少しだけ上げて、レオの目元だけ見えている。
「……あんた、正気?」
「ええ。わたし、あなたに一目惚れをしていたみたい」
「…………まじかぁ」
「恨むなら、あの日わたしを助けた自分を恨んでちょうだい」
わたしがいたずらに笑うと、レオは「だああぁ!」と叫んで、勢いよく立ち上がった。
見上げているから、彼の表情はよくわからない。けれど、その頬が少しだけ赤い気がするのは、気のせいじゃないと思った。
「友達依頼……だめかしら。もう、あの日で終わり?」
「……今のあんたじゃ、依頼じゃなくたって付きまとうだろ」
呆れるように、レオは苦笑した。その通りだ、と、わたしは頷く。
「そうね。子どもたちにも協力してほしいとお願いするわ。遊びに混ぜて、って」
子どもたちの遊びすら、レオに近づく手段にしようとしているなんて、自分でも意地の悪い考えをしていると思う。
けれど、わたしは知ってしまった。自分から行動しないと、望むものは手に入らない、と。
「役所勤めって給料がいいみたい。ちょっとしたアルバイトとして、どうかしら、友達依頼」
「……まあ、小金稼ぎにさせてもらうよ」
ニヤリと笑うレオに、わたしの胸は高鳴った。
これは、いいよ、ってことだと思う。そうに違いない!
浮かれ切った心地のまま、わたしはさっそく依頼をする。
「じゃあ来週のオールバザール! 案内して頂戴! あと、ペーナ通りのスープ屋台が絶品だって聞いたの。行きましょうね!」
「はい、はい」
レオは、やれやれといった様子だ。けれど、それでも嬉しかった。依頼でもなんでも、一緒にいられる口実ができたから。
●
約束の日まで、わたしはすごく頑張ったと思う。
いつもよりも早く書類整理はできたし、行動ひとつひとつが素早くなった心地だった。
「なんだか、オリヴィア嬉しそうだね?」
養護園の子からそんな指摘をされるくらい、わたしはわかりやすかったらしい。
心がずっと浮き立っていたし、早く週末になれと思っていた。
……
…………
………………
そしてついにオールバザールの日はやって来た。
ペーナ通りの噴水前で、水面を覗き込みながら、わたしは最終確認をしている。
いつもは動きやすさを重視するけれど、袖がふんわりとしているワンピースは今日のためにおろしたものだ。トリトン通りの靴屋に行ったからブーツもピカピカで、赤いリボンで結んだポニーテールは綺麗にできていると思う。準備は万全だ。
(いや、前髪が少し崩れているような……)
気になって水面をじぃっと見つめると、
「――噴水になんか入ってんの?」
頭の後ろから声を掛けられた。
突然のことに肩が飛び跳ねるけれど、すぐにわたしの心臓は落ち着いた。その声が、待ち望んだ人のものだったから。
「レオ! 今日はよろしくね!」
自然な笑顔でいたいのに、勝手に頬が緩んでしまう。だらしなくなっていないことだけを祈るばかりだ。
「…………おう」
なんだか、ぎこちない返事だったように感じたけれど、気のせいだろう。
そうしていると、レオはこちらに手を伸ばした。
「じゃ、まず前金ね」
「ええ。本当に小銀貨でいいの? 前みたいに銀貨でもいいのに」
そう言ってわたしは小銀貨二枚を渡した。レオは受け取ったお金を握りこんで、申し訳なさそうに眉を下げる。
「今回からはそれでいい。ていうか、貰いすぎたって反省してんの。労働とかじゃなくて、話相手になるだけなのに銀貨十枚とか、そんなのぼったくりじゃん」
「わたしは、レオの時間を買えるならいくらでも出せるけれど……あなたがいいなら、それに合わせるわ」
ニコリと笑うと、レオはわかりやすく顔を歪める。どうしてだろう。
「……あんたのそういうところ、あんま好きじゃない」
「わたしは、レオの素直にものを言えるところが好きよ。理由を聞いても?」
「……重いっていう自覚ねぇの?」
「おもい?」
言われた言葉がピンと来なくて首を傾げてしまう。すると、レオはため息をついてしまった。
「……まあ、ちゃんと見合った金がいいってこと。ほら行くぞ。スープ売りの屋台だっけ?」
「ええ! 行きましょう!」
ペーナ通りはアトレ通りほどではないけれど、多くの人が往来している。その中を進むのは結構な勇気がいるけれど、今日はレオが壁になって先導してくれるから、人に押されて窮屈になることがなかった。
「ちゃんと着いてこれてるかー?」
「大丈夫よ! 心配ありがとう!」
お願いしたわけではないのに。
そのさりげない優しさと逞しさに、胸がきゅっと締め付けられた。
「あっ、あそこよ。黄色の立て看板が目印の!」
人の流れから抜け出して、わたしたちは目的のスープ屋にたどり着いた。屋台の中に大きな寸胴鍋が五つ並んでいるのが見える。メニューの説明も魅力的で、どれも美味しそうだ。
悩んだ末に、わたしはミルクスープを、レオはトマトスープを選んだ。
ペーナ通り噴水前に戻ってきて、ベンチに腰を落ち着けてから、わたしたちは食べ始めた。
「ミルクスープも迷ったんだよな。どんな味?」
「とっても濃厚よ! チーズが入っているんですって。コーンの甘さが優しくて、プチプチとした触感が楽しいわ!」
思いのままにわたしが美味しさを伝えると、レオは、ふっと小さく笑いだした。
「飴掛け串のときもだけど、あんたって感想が独特だよなあ」
「えっ、そうなの? 変かしら……」
「変かはわかんないけど、面白いから、おれはいいと思う」
感想に面白いとはどういうことなのだろう。いまいち理解できなかったが、レオが楽しそうだったので、まあいいかと気にしないことにした。
そうして、ぽつぽつと何気ない会話をしながら、スープを食べ進めて。
食べ終わったから、次はどこへ行こうかと立ち上がった瞬間――唐突に、子どもの泣き喚く声が耳に飛び込んできた。
あたりを見渡すと子どもが地面に座り込んで泣いている。その視線の先には、落としてしまったであろうイチゴの飴掛け串が、土まみれになって悲惨なことになっていた。
「大変……っ!」
瞳が涙でいっぱいになっているのを見て、わたしは駆けだしていた。
「ねえ、あなた怪我はない?」
「おまえ、オルロじゃねえか」
「……レオぉ……? ぼく、せっかく買ったのに……」
両目に涙をいっぱい溜めた子供はオルロというらしい。五歳くらいだろうか。きっとこの子も、レオとよく遊んでいるのだろうと察した。
「いたいよぉ……!」
「そうか、そうかぁ。けど、我慢しないとな」
レオはオルロの頭をゆっくり撫でて落ち着かせている。
その表情は柔らかくて、優しさが滲んでいた。
「こいつはオルロ。ここらに住んでる子ども。歳は確か五か六になったんだっけ」
「六歳だよ、レオ。忘れるなんてさ、ひどいよぉ」
レオは「わるい、わるい」と言って軽い調子で謝った。
じっと様子を見ていると、ふいに、オルロのくりっとした目が私に向いた。
「……この人、だれ?」
「はじめまして。わたしはオリヴィアよ」
「レオの友達?」
「いや……まあ……今はそうかな……」
歯切れの悪い否定に、わたしは「まあ、そうね」と相槌を打つ。
実際、依頼の通りではあるし、仕事の線引きができているということにしておこう。けれど、さすがにちょっと寂しい気持ちにもなる。
オルロは首を傾げながらも、それ以上は何も聞いてこなかった。
切り替えるようにレオがひとつ咳をしてから、話し始める。
「家のこと手伝って、駄賃を貰ったって言ってたよな。あーあ、こんなの食べたら腹壊すから、また今度にしないとな」
「……うん」
「もう一度買うことはできないの?」
わたしがそう言うと、レオは怪訝な顔を向けてきた。
「子供の小遣いなんてたかが知れてる。ひとつが精いっぱいなんだよ」
「そう……なのね……」
オルロはじっと地面に落ちた飴掛けを見つめていた。
その表情が切なく思えて、わたしはまったく同じものを買って来て、オルロに差し出した。
「はい、あげるわ」
「えっ、えっ?」
ニコリと笑って勧めると――レオの手が横から現れて、わたしの腕を掴んだ。
思い切り掴まれて、顔が歪む。レオの表情を見ると、彼は苛立つように眉を顰めていた。
「――あんた、どういうつもりだよ」
低い声に、一瞬、息が止まる。けれどわたしはしっかりと自分の考えを伝える。
「オルロが買えないならわたしが買えばいい。そういうつもりだけど」
「……そういう、一時の施しが後々どうなるか、考えられねえのかよ」
わたしは目を瞬いた。
後々どうなるか、なんて考えていなかった。今、目の前のオルロが笑顔になればいいと、そのことしか考えられていなかったから。
「……わからないわ。もしかして、よくないこと……?」
わたしはレオを見つめた。するとレオは、ため息をついた。
「……変な期待を持つようになるだろ。怪我をしても、物を落としても、きっと誰かが助けてくれるって思うようになったら? 裏切られて傷つくのはコイツなんだ」
平坦な声色のはずなのに、その言葉には実際に受けたような、実感が含まれているように思えた。……もしかして、レオはあるのだろうか。優しくされて、けれど見捨てられたような経験が。そう思うと、胸の内がじくりと痛んだ。
「……確かに。期待したところで、叶わないかもしれない」
それは、あの屋敷にいたわたしがよく理解していることだ。いつかは、と期待して、それでも振り向いてもらえなかった。……すごく悲しいこと。
わたしは、ちらりとオルロの様子を見た。少し重たい空気を感じて、不安げに眉を下げている。けれど、チラチラとわたしの持つイチゴ飴を見ていた。期待に満ちた、きらめく瞳で。
その眼を見て、思い直す。ああ、やっぱり、わたしは――。
胸の奥から、答えが溢れ出した。
「それでもあげたいわ」
「! おまえ……」
「あなたの考えもわかる気がするの。でも……わたしはこの子を見捨てられない。なにかしてあげたいって、思ってしまうわ」
今になって考えがまとまっていく。なぜわたしが、子どもたちを助けたいと思うのか。
「わたしが子どもたちを笑顔にすることは、昔の……幼いわたしを笑顔にすることなのよ」
あんなにつらくて悲しい思いを、この子たちにはしてほしくない。ずっと心が満たされていて欲しいと、わたしは思っていたんだ。
「――……それって、ただの自己満足じゃねえの」
レオは、ぽつりとつぶやいた。その表情は、先程までの蔑むようなものではなく、どこか困惑したように目元を歪ませていた。
「……そうね。純粋な慈愛じゃなくて、自分のためだったみたい。きっと褒められることじゃないわ」
けれど、と言葉を続けてから、わたしは少しだけ笑ってレオの方を向いた。
「笑顔になってほしいと思いながら動いていると、わたしの心が満たされるの。そういう生き方をしていたいって、そう思うわ」
レオの目が見開く。
また、軽蔑されてしまっただろうか。自分勝手な女だと思われてしまったかもしれない。けれど、これは曲げられない。わたしの心からの思いだと実感できる。
「結局のところ。レオは、オルロが裏切られて傷つくことがないように、施しをしない方がいいっていうことよね。……やっぱり、優しいわね」
わたしがクスリと笑うと、レオは、バツが悪そうにした。
「はい、オルロ。今度は転ばないように気をつけるのよ」
「うん。オリヴィア、ありがとう! 今度こそ、転ばないから!」
受け取ったオルロは、顔をほころばせて、飴を一口舐めた。きらりと瞳が輝いたように見える。その表情が見れて、わたしの心はじいんとあたたかくなる思いだった。
「……いいか、オルロ。今度からは貰うなよ。知らない人からは、普通、物を貰ってはいけないんだ」
レオは言い聞かせるように、オルロに伝えた。
心配そうに眉を下げているその表情は、オルロを思ってのこと。彼の優しさが滲んでいると思った。
「うん、わかってるよ。オリヴィア、いい人だねっ」
「……初対面の人間が全員いい人とは限らないから、言い聞かせてるんだよなあ……」
「確かにそうだわ! 気をつけましょうね、オルロ」
暴漢に襲われたことを思い出しながら、わたしは強く同意した。レオが「お前が言うな」というように、じいっと目線を向けてくるけれど、気付かないふりをしよう。
そのあとオルロの両親がやってきて、ひとしきり礼をされながら、わたしは手を振って見送った。
両親の間で手を繋いで歩くオルロを、よかった、としみじみしながら見つめる。
「……やっぱり、あんた変な奴だな」
するとレオが、ぽつりとつぶやいた。言われた言葉に、わたしは首を傾げる。
「なあに、変って。もう少し詳しくできない?」
「…………お節介」
そう言われて、わたしは目をぱちくりさせた。
面倒見がいいとは言われたことがあるけれど、お節介は初めてだ。しかも、いい意味として使われていない気がする。やっぱり、軽蔑されてしまったのだろうか。
「……うっとうしい女は苦手? だめかしら……?」
思わず、おずおずとした声で聞いてしまう。けれどレオは、はっ、と小さく笑った。
「あんたがそういう奴なのは、もうわかってるよ。……ただ、思っていたよりずっと、芯がある奴なんだなって、そう思っただけ」
「……褒められて……いるってこと……?」
真の掴めない言葉に悩んでしまう。わたしが眉間にしわを寄せていると、
「褒めてるよ。……オルロを笑顔にしてくれて、ありがとな」
レオはまた小さく笑った。
わたしの胸の奥が小さく動いて、熱を帯びていく。
その言葉は悩むことなく、真っ直ぐな言葉だとすぐに理解できた。けれど、同時に考える。どうして、レオは施しを嫌うのだろう。
言葉と表情の裏側には、彼の思いがあるはずなのに、わたしはそれをなにも知らない。……いつかは、彼から教えてくれるだろうか。
小さな期待が、心の隅っこに生まれた出来事だった。
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