表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤松天翔物語 ~転生したら最弱の戦国大名だった!?~  作者: 姫笠
第一章 示された道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/133

第二話 治癒の念術②

その日を境に、桜は毎日のように長屋へと足を運ぶようになった。

 朝露の残る小道を踏みしめ、木戸の軋む音を立てながら、病に伏せる男性のもとへと向かう。

 男はまだ衰えたままで、寝たきりの状態が続いていた。

 それでも桜は変わらず、微笑みを絶やさずに声をかける。

「絶対に良くなるから、大丈夫だよ。」

 そのたびに男は、力ないながらも目を細め、小さくうなずいて両手を合わせた。

 念術の光が彼を包むたびに、ほんの少しだけ呼吸が楽になったように見えた。

 しかし、その変化は本当にわずかで、一進一退の状態が続いた。

 それでも、桜は決して諦めなかった。どんなに微細な変化であっても、それは確かな前進なのだと信じていた。

「おかゆ、ちゃんと食べられた?」

「はい……少しですが……」

 毎日、念術を施すたびに、桜はそっと話しかけ、親子の不安な心を和らげるよう努めた。

 日が経つごとに、桜と親子の距離は少しずつ縮まり、治療の合間には自然と雑談が増えていった。

 お互い硬かった表情が、少しずつやわらぎ、笑顔が生まれるようになっていった。

 男の名は八郎。

 娘の名は那智。

 桜は、二人の名を自然に呼べるようになっていた。



 ある日のこと。

 その日も桜は念術を終え、額の汗を袖で拭った。


桜「……ふぅ。今日はここまで、かな。」

 光が消え、部屋に静寂が戻る。

 八郎はゆっくりと体を横に向け、深々と頭を下げた。

 だが――その目には、どこか影があった。

「……私は、もうだめかもしれんません……」

 声が、弱い。

 那智がはっと顔を上げる。

「ちょっと! おとっつぁん!」

 布団の脇に膝をつき、強い口調で言った。

「そんな事いうもんじゃないよ! 桜様も毎日来てくれているのに!」

 八郎は視線を伏せる。

 桜は黙ってその様子を見ていた。

(八郎さん……体だけじゃなくて、心も弱ってきてる。)

 病は、体力だけでなく気力も削っていく。

 希望が見えなければ、前を向く力も失われてしまう。

(……そうだ!)

 桜はぱっと顔を上げた。

「ねぇ、八郎さん!」

 八郎がゆっくりと目を向ける。

「病気が治ったらさ、何かしたい事って、ない?」

八郎「え……?」

「ほら、夢とか、目標とか!」

 明るく、わざと大げさに言う。

 八郎は一瞬きょとんとし、それから小さく笑った。

「ははっ……夢ですか」

 しばらく沈黙が流れる。

 那智が不安そうに父を見る。

 やがて八郎は、かすれた声で続けた。

「この老いぼれに、そんな大層なものはございません。ただ……」

 その時だった。

 よどんでいた瞳に、ほんのわずか、光が宿る。

「ただ?」

 桜は思わず身を乗り出した。

「なに? 言ってみて」

 八郎はゆっくりと娘を見た。

「娘の……那智に、まだいい人を見つけてやれていない……」

那智「え……?」

八郎「それだけが、心残りなのです。」

 部屋の空気が、しんと静まる。

 桜と那智は、顔を見合わせた。



 夕暮れ。

 川の土手は、茜色に染まっていた。

 水面がゆらゆらと揺れ、風が草を揺らす。

 桜と那智は並んで歩いていた。

 那智が、ぽつりと口を開く。

「おとっつぁんは――」

 しばらく言葉を探すように視線を落とす。

「事あるごとに、私の事を心配していました。」

 草を踏む音だけが続く。

「いい人はいないのか、とか。自分が元気なら捜してあげられるのに、と。」

 桜は静かにうなずいた。

「娘想いな、お父さんなんだね。」

 那智は苦笑する。

「ほんとに。私は、おとっつぁんが生きていてくれれば、それでいいのに。」

 夕陽が彼女の横顔を照らしていた。

 その目の奥には、涙をこらえる光があった。

 那智は立ち止まり、桜に向き直る。

「桜様――お願いがあります。」

 真剣な声音。

 桜も足を止める。

「なに? 私にできる事なら――」

 那智は一度、深く息を吸った。

「私の恋人――殿方の、ふりをしていただけませんか?」

「……へ?」

 一瞬、風の音だけが響く。

「こんな事、桜様以外に頼めません。」

 那智は真剣な目で、胸に当てた手を握りしめる。

「たとえおとっつぁんを騙すことになっても――私は、おとっつぁんが元気を取り戻して、病気を克服してほしい。」

 那智は頭を深々と下げ、続ける。

「だからどうか……お願いします、桜様。」


 沈黙。


(いやいやいや! さすがにバレるでしょ!)

 心の中で全力でつっこむ桜。

 だが――

 顔を上げた那智の目は、揺らいでいなかった。

 真剣そのものだった。

 桜はぎゅっと拳を握る。

 胸の奥が、熱くなる。

「よし……私に任せておいて。」

 那智が顔を上げる。

 桜は力強く言った。

「私が、那智さんの恋人役を、探してきてあげる!」

 夕暮れの空に、二人の影が長く伸びていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ