第二話 東播磨の領主―別所家⑦
その時、周囲を警戒していた善助が、険しい声でささやいた。
「殿……あれを」
善助の指が路地裏の向こうを差す。
桜が顔を上げると、薄暗い通りに長い列が見えた。
やせ衰えた領民たちが、互いに寄り添うようにして一団となり、重い足を引きずりながら歩かされている。
その列の横を、織田兵たちが歩き、無慈悲に棒で小突き、あるいは槍の石突を背中に押しつけて追い立てていた。
「おらっ、さっさと歩け!」
「めしがないなら、長治様に助けてもらうんだな!」
罵声が飛ぶたび、領民たちは身をすくませ、涙で濡れた顔をさらに歪める。すすり泣きがあちこちから漏れ、幼子の泣き声が列の中に混じる。
「ひぃぃ……」
「長治様……お助けを……」
老いた農民が膝をつきかけると、隣の若者が支えて、必死に前へと進ませた。
まるで死へ追い込まれる獣の群れのように、人々は一団となり三木城を目指す。
その様子を見た善助が、声を潜めて桜に囁く。
「……殿、あの集団に紛れましょう。織田兵も、一人ひとりまでは見ていません。」
桜はうなずき、きゅっと布の端を握りしめた。
「うん……わかった」
二人は目を合わせ、息をひそめながら織田兵の視線をやりすごす。
足早に領民の群れへと身を寄せ、そのまま流れに身を任せて歩き始めた。
城下の石畳を踏む音が、不気味に揃った行進のように夜空に響く。
三木城、大広場。
「なに! そこにも米がなかっただと!」
長治の声が、広場に重く響き渡った。
家臣が地に額をこすりつけるようにして答える。
「はっ……織田軍は、周辺の町や村々まで徹底的に米を略奪しているようで……」
「ぬう……っ!」
長治は拳を握りしめ、奥歯を噛みしめた。
「どこからでもいい! 米でなくても構わん! 草でも芋でも……とにかく食べられるものを探し出せ! すぐに偵察隊を出すのだ!」
「ははっ!」
家臣が慌ただしく立ち上がり、走り去る。
長治は肩で息をつき、ふと広場を見渡した。
そこには、食事の配給を受けてなんとか口にしている兵や民がいる。
しかし一方では、衰弱しきって座り込む者、すでに冷たくなって横たわる者の姿もあった。
頬はこけ、目は落ち窪み、肋骨が浮かび上がる。
兵も民も、かつての活気や力強さは見る影もなく、ただ飢えに蝕まれた影のようであった。
その時、城門が重々しく開く音が響いた。
軋む木の音と共に、新たな領民の群れが城内へ押し込まれてくる。
長治の顔が蒼白になる。
「これ以上城内に人が増えれば……もはや食料の配給は持たん……!」
そこへ――。
ぼろ布をまとった二人の女が、燃え残りの灯に照らされながらゆっくりと広場へ歩み出てきた。
すすけた布に覆われて顔も定かではないその姿に、周囲の兵も民も息をのむ。
ざわめきが広がる中、二人は長治の前に進み出ると、一気にまとった布を脱ぎ払った。
「お前たちは……!」
長治の目が見開かれる。
布の下から現れたのは、赤松家当主―桜と、腰に刀を帯びた家臣―善助だった。




