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赤松天翔物語①  作者: 姫笠
第二章 西国の覇者

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第一話 同盟の契り②

囲炉裏の火がゆらゆらと揺れ、直家の顔の半分を赤く照らし出す。

 直家は盃をゆるりと回し、赤い酒面に自らの影を映しながら低く言葉を紡ぐ。

「この世はまさしく戦国乱世――生き残るのは食らう者か、あるいは食われぬ者のみ。

 昨日の友は、今日には敵。今日の盟友も、明日には刃を交えるやもしれぬ。」

 盃を唇に寄せると、赤い滴がきらりと灯の光を受けた。

「主家をも裏切ったこの直家だからこそ、あえて言わせていただこう。同盟とて所詮は移ろう縁。そこで――」

 直家は盃を卓に置き、声を強めた。

「わが嫡男の秀家を、赤松家へ人質として差し出したい」

 官兵衛の瞳が細められる。胸の内では即座に答えを組み立てていた。

(なるほど……同盟をより強固とするため、人質交換を提案しに来られたというわけか。だが……困ったな)

 官兵衛は静かに口を開く。

「直家殿……人質交換の提案、誠に嬉しく思います。されど、わが主君は見ての通りまだ若年のため、子息もおらず……」

 すると直家は、薄く笑みを浮かべて遮った。

「よい。当家は人質は求めない」

 官兵衛の眉がぴくりと動き、思わず声が低くなる。

「なんですと……」

 直家は指先で盃を軽く叩き、さらに踏み込むように言い放った。

「そのかわり……」

 直家の目がぎらりと光る。

「いずれ桜殿が天下をとった暁には、わしを管領かんりょうに任じていただきたい」

 その場の空気が一瞬で凍りつく。

 官兵衛の胸に衝撃が走り、言葉が遅れて喉から漏れた。

「な……」

 彼の脳裏には、直家の言葉の意味が鮮明に浮かび上がる。

(天下をとるとは……言うにおよばず日ノ本を統治し、武家の最高位―征夷大将軍に任じられるということ。

 管領とは、その征夷大将軍が任命できる最高位……されど――)

「直家殿……さすがに気が早すぎませんか」

 官兵衛は呼吸を整え、努めて静かに応じた。

「我らは、つい先日あなた方の助力を得て、なんとか隣国からの侵攻を退けたばかり。まだまだ弱小勢力に他なりません。天下をとるなど夢のまた夢……」

 直家は微動だにせず、真っすぐ官兵衛の瞳を射抜く。

「だが、官兵衛はとらせるつもりなのだろう?桜殿に天下を。」

 その鋭い問いかけに、官兵衛は言葉を失った。

 桜は横で息をのむ。囲炉裏の火がぱちりと弾ける音だけが、静かな室内に響いた。

 しばしの沈黙の後……官兵衛は大きく息を吐き、口元に苦笑を浮かべた。

 肩をすくめて桜に視線を送ると、ささやくように告げる。

「殿。お好きなようにお答えなされ。それで彼の気が済むのであれば――」

 桜は小さく頷き、正面に座す直家へと向き直った。

 盃を傾けたまま、直家はその黒い眼で彼女の一挙一動を見据えている。

「直家さん。」

 呼びかける声は震えてはいなかった。

 その澄んだ響きに、直家の眼光がさらに鋭さを増す。

「まず、人質は受け入れられません。……なんか、響きが嫌。」

 その一言に、官兵衛は思わず目をしばたたかせた。

(響きが嫌……)

「でも、管領に任命するというのは、喜んで受け入れます」

 桜は臆することなく続けた。

「直家さんは先の戦いで、私たち赤松家を救ってくださいました。理由がなんであれ、もし味方してもらえなかったら、きっと城下は戦場になって……もっと多くの領民たちが亡くなっていたはずです」

 胸に手を当て、直家を真っすぐ見つめる。

「これで御恩が返せたとは思いません。でも――せめて、お礼を言わせてください」

 桜は深々と、床に額がつくほど頭を下げた。

 その背を見て、広間にしばし重苦しい沈黙が落ちる。

 直家はしばらく無言で桜を凝視していたが、やがてふっと目を細めた。

(……なるほど。ただのお人好しではなく、芯も通っておる。なにより、人を惹きつける素直さよ)

 次の瞬間、直家の口から低い笑いが漏れ、やがて大きな笑い声へと変わった。

「ふふふっ……ははははは!」

 急な大笑いに桜は驚き、つい瞬きを繰り返す。

「よろしい、よろしい! 約束ですぞ、桜殿!」

 盃を掲げ、にやりと唇を歪める。

「もし破ったなら――わし自ら調合した特製の毒薬を呑んでもらうことになりますからな!」

「うっ……はい。(こわ……)」

 桜が小さく肩をすくめると、直家は愉快そうに膝を打ち、場を切り替えるように声を張り上げた。

「ささっ! 要件は済みましたゆえ、今日は心ゆくまで飲み明かしましょうぞ!」

「はいっ!」

 桜の顔にようやく笑みが戻り、周囲の将たちも杯を掲げる。


挿絵(By みてみん)


 場には笑い声が絶えず、料理の香ばしい匂いと、注がれる酒の音が重なり合い、宴席はますます賑やかさを増していった。


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