第九話 偵察・・・?③
城下の茶屋でのひとときが過ぎ、再び町の通りを歩くふたりの背中が陽に照らされていた。陽は傾き始め、石畳に影を優しく落としている。
行長は団子の串を口にくわえたまま、のんびりとした足取りで歩いていた。羽織る上衣が揺れ、どこか上機嫌な様子だ。
「宇喜多はんに“赤松桜がどんなやつか、よう見てこい”言われた時は、正直、なんやそれって思ったんやけどな」
串を噛みながら、彼は笑い混じりに振り返る。
「まさか向こうから来てくれるとはなぁ! いやぁ、手間がはぶけて助かった助かった」
彼の口調にはどこか得意げな響きがあった。まるで一仕事終えた職人のような軽さだ。
全登はその横で、無言のまま歩いていたが、少し遅れてぽつりと呟いた。
「……そうですね」
それだけの言葉に、どこか含みがあるような響きがあった。
ふたりの足音だけが続いたのも束の間、全登がふいに立ち止まり、ちらりと行長を見上げた。
「団子代、あとでちゃんと返してくださいね」
「……え?」
思わず足を止めた行長が目を丸くする。
「お、おごりちゃうの?」
「違います。」
即答で返す全登の言葉に、行長は観念したように頭を掻いた。
ふたりは再び歩き出し、通りの向こうへと姿を消していく。
虫の声が、夕暮れの気配を知らせるように響いていた。
宇喜多家本拠――岡山城。
当主の間、障子越しに夜の風が吹き込む広間で、宇喜多直家は床几に腰かけていた。
灯明の炎が小さく揺らぎ、彼の細い目元を照らす。直家は指先で髭を撫でながら、低くつぶやいた。
「ふむ……。稀代の軍師、黒田官兵衛が見出した主君――赤松桜。その正体は、ただ領民を思う優しき領主であった、と。」
その声音は淡々としていながら、奥底には猜疑の色が滲んでいた。
手前に座る行長が、軽く肩をすくめて笑う。
「そんな所や。宇喜多はんも話せば、きっと気に入ると思うで。」
だが、その空気を切り裂くように、全登が一歩、膝をすすめた。
彼女の表情はいつもより真剣で、首元の十字架にそっと触れながら口を開いた。
「……少し、気になる事がございます。」
直家の目が細くなり、声を低く落とす。
「申してみよ。」
全登は深く息を吸い込み、言葉を選ぶように続けた。
「私は神を信じ、祈りを欠かすことはありません。そのせいか、神秘の気配に敏感なところがございます。」
直家は静かにうなずく。
「知っておる。」
全登の眼差しは、先日の桜の姿を思い浮かべるように遠くを見つめていた。
「人を思い、慈しむ言葉を口にしていたあの時……ほんのわずかですが、目の奥底に、人ならざる気配を感じました。」
広間に張り詰めた沈黙が落ちる。行長が思わず息を呑む。
「あくまで、可能性の話ですが――」
全登は言葉を絞り出すように告げた。
「……あれは、人ではないかもしれません。」
直家の細い目がさらに鋭くなり、やがて口元に薄い笑みが浮かんだ。
「ほう……」
その笑みは、得体の知れぬものに出会った時の、恐れと興味が入り混じったものだった。




