第一話 同盟の契り①
ある日――姫路城・当主の間。
伝令が畏まって頭を下げる。
「申し上げます。宇喜多家当主――直家殿が、桜様へ面会を求めております。」
官兵衛が首をかしげる。
「直家殿みずからお越しとは……めずらしいこと。普段は必ず使者を立てられる方なのですがな。」
その声音には意外さと同時に、わずかな警戒が混じっていた。
「いずれにしても、同盟家の当主が来られるのであれば、盛大にもてなさねばなりますまい。」
桜はこくりと頷き、少し緊張した面持ちで答える。
「うん!」
――その夜。
宴の場には篝火と灯明がともされ、赤松家の将たちと直家が車座になり、談笑していた。
大皿には川魚の塩焼きや山菜、猪肉の鍋が並び、湯気が立ちのぼっている。
香ばしい匂いに包まれながら、盃の酒が次々と酌み交わされていた。
桜は緊張を押し隠しながら、直家の席へと歩み寄り、両手で徳利を持ってそっと盃へ注いだ。
「どうぞ……」
直家はにっこり笑い、わざとらしいほど大げさに両手を広げた。
「これはこれは! 当主の桜殿みずからお酌いただけるとは……この直家、感激いたしましたぞ。」
その目は細く笑んでいるのに、瞳の奥には冷徹な光が潜み、ぞくりと背筋を冷やす。
桜の指先がわずかに震え、盃の中で酒が揺れた。
直家は視線を桜に向けたまま、柔らかな声で語りかける。
「桜殿。先の戦の後は、息災でございましたかな?」
「は、はい……なんとか。直家さんは?」
桜が口調に「さん」とつけた瞬間、官兵衛が慌てて口を開いた。
「殿……“さん”はさすがに……」
しかし直家は豪快に笑い飛ばした。
「はっはっはっ! よいよい! “さん”でよい!。なんなら、“直家おじさん”でもよいですぞ、桜殿。」
桜はきょとんとした後、くすりと笑みをこぼす。
「ははは……ありがとうございます。」
緊張の糸が、ほんの少しゆるんだ。
直家は盃をくるりと回しながら、さりげなく問いかける。
「そういえば、先の妖怪討伐のおり、かなり苦戦されたとか。」
桜は思わず声を弾ませる。
「そうなんです! 又兵衛と友信が洞窟に沸いてた変な水を飲んじゃって――」
直家は目を細め、声をあげて笑った。
「はっはっは! それはいけませんな!」
「友信殿と又兵衛殿の武勇は、わが国にも聞こえております。よもや、そのような迂闊な一面もおありとは。」
桜はむくれたように眉をひそめ、早口で続ける。
「そうなんですよ! この前も、普段からやめてって言ってるのに池の水飲んで、二人ともお腹をこわすし……」
直家は腹を抱えて笑い声をあげる。
「はっはっはっはっ!!」
場の空気は和やかに盛り上がり、将たちの顔にも笑みが広がっていった。
だが直家の目尻には笑みによる皺が寄っているのに、瞳の奥には冷たい光が宿っていた。
まるで桜の心の奥底を一枚一枚はがし取るかのように、鋭く、深く射抜いてくる。
やがて―。
直家の眼差しがふいに鋭さを帯び、声を低く落とした。
「それでは、そろそろ本題の話をしてもよいですかな?」
桜と官兵衛は、思わず居住まいを正し、正面に座す直家へと視線を向ける。




