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赤松天翔物語①  作者: 姫笠
第一章 示された道

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第七話 天神山城攻略戦④

――そのころ、天神山城天守。

分厚い障子を通しても、遠くで燃える西櫓の光と、兵たちの叫びが微かに感じられる。城内の空気は重苦しく、宗景は額に皺を寄せて焦れたように火の手の方を見やる。

「……まだ消火はできぬのか」

低く、苛立ちを隠しきれぬ声。返答を待たずとも、その表情はすでに状況の悪化を物語っていた。すると、突然――


「曲者ーッ! 曲者だーッ!」


廊下の向こうから、兵たちの切羽詰まった叫び声が響く。それに続く鋭い金属音、そして――

「ぐわっ!」

誰かが斬られる音が、鈍く空気を揺らした。

「何事だ!」

叫びながら立ち上がる宗景。するとその直後、天守の障子が音を立ててはじけ飛び、黒ずくめの影が室内へと雪崩れ込んできた。

「殿! 敵襲にございます!」

家臣の声が震える。次の瞬間、忍びの一団が宗景の側近たちに斬りかかり、鋭い刃が次々と命を奪っていく。血が障子を赤く染め、床板を滴らせた。

宗景は後退しながら部屋の隅に身を寄せた。刀に手をかけ、必死に呼吸を整えようとする。

周囲に助けを求めようと声を上げかけたが、その言葉は忍びの素早い動きに遮られた。

静かに、しかし確実に――包囲が完成していた。

見れば、三方から刃を構えた忍びたちが宗景を取り囲み、一歩も動けぬよう睨みを利かせている。動けば即座に命を奪われることは、宗景自身にも分かっていた。

「……う、うう……!」

刀の柄を握りしめる宗景の手が震える。眼光を鋭く光らせて睨み返すが、相手は微動だにしない。

やがて、宗景は静かに息を吐いた。自身の立場、兵力、状況――全てを脳裏で何度も計算し、結論を導き出す。

「……はあ、わしの負けじゃ。降伏する……」

その言葉は、まるで魂を絞り出すように低く重かった。

沈黙が降りた。

忍びたちはしばし動きを止め、互いに目を見交わした。そして、無言で頷く。

この瞬間――浦上宗景の敗北が、確定した。


場所は変わり、宇喜多本陣。

草をかき分け、ひとりの伝令が駆け込んできた。息は荒く、衣は泥と汗にまみれている。だがその顔には確かに、明るい色が差していた。

「直家様――! 宗景殿、降伏されました!」

伝令は勢いのまま膝をつき、声を張り上げた。

その瞬間、宇喜多直家はゆっくりと目を閉じた。ほんの一拍、長くも短くもない沈黙の後、瞼を開き、確かな声で言い放つ。

「……よし!」

直家は、天を仰ぐように深く息を吸い、戦場全体に響き渡るような声で叫んだ。

「皆の者――! 浦上宗景は降伏した! 我らの勝利だ! 勝鬨を上げよ!!」

その言葉が風に乗った瞬間、宇喜多軍は歓声に包まれた。


「えいえい――おーッ!!」

「おおおおおっ!!」


兵たちの鬨の声が次々と上がり、まるで波が広がるように陣地全体を揺らしていく。

兜を掲げて叫ぶ者、槍を天に突き上げる者、互いに肩を叩き合って笑う者。

疲弊と不安が続いた戦の果てに、ようやく訪れた勝利の瞬間。

空に響いた鬨の声は太陽の下で、しばらくの間、どこまでも高く響いていた。

その声は、なおも戦いを続けていた前線にも届いた。


――久盛の元。

行長と全登との交戦が続く中、突如として前方より勝鬨が届いた。

拳を握ったまま構えていた久盛は、その瞬間、動きを止めた。眉間に深いしわを寄せ、耳を澄ます。

「……なにごとだ?」

声に混じるのは、歓喜と興奮、そして勝者特有の高揚感。戦の流れが大きく変わったことを、直感で悟るには十分だった。

そのとき、背後から誰かが土を蹴る音がした。振り返ると、甲冑に泥と煤をまとった伝令が息も絶え絶えに駆け寄ってきた。頬には血のような汗が流れ、声を絞り出す。

「宗景様が……天守にて、降伏されました!」

その報せは、戦場の喧噪をもかき消すほど、久盛の胸に雷鳴のように轟いた。

「……なんだと……?」

握りしめていた拳の力が、指先から音もなく抜け落ちていく。

力強く構えていた肩も、ずしりと重みを増したかのように沈み込む。

久盛は膝を支えにしながら、呆然とした目で空を仰いだ。


思い浮かぶのは道場に残した子供たちの顔――。


竹刀を振るいながら「先生、見てください!」と笑っていたあの声。

泥だらけになって薪を抱えてきた小さな腕。

囲炉裏を囲んで粗末な飯を食べるときの、あの無邪気な笑み――。

(……あやつらは、どうなる……? わしがここで倒れ、捕らわれたなら……誰があの子らを……)

胸を裂くような不安が押し寄せる。だが、現実は冷酷だった。

黒々と広がる雲の切れ間から、わずかに青空が覗いている。まるで天が、戦の終焉を告げているかのように。

そんな久盛の姿を見ていた行長は、肩を軽くすくめて口を開いた。

「……おたくらの負けみたいやな」

静かな、しかし抗いようのない現実の宣告。

久盛はゆっくりとうつむき、かすれた声でつぶやいた。

「……わしには、まだやり残したことがある。このまま捕まるわけにはいかない……!」

久盛は確かな意思とともに再び拳を握りしめる。その目にはこの状況でもまだ闘志が宿っている。

言葉に込められたのは、執念ではなかった。ただ、ひとりの男として、なにかを守り通そうとする意志――


行長はしばし黙したまま、血に濡れた久盛の姿を見つめていた。

その眼差しには敗者を見下す冷たさではなく、戦場に立つ者だけが抱く静かな共感が宿っていた。やがて、ふっと目を細め、口を開く。

「……お前みたいなやつ、誰にも捕まえられんわ。行くなら行き」

その言葉は刃ではなく、赦しだった。敵としての処断ではなく、同じ戦場を駆け抜けた者への敬意からにじむ声音。

続けて、全登もゆるやかに剣を引き、静かに鞘へと納めた。

カチリ、と金属が収まる澄んだ音が辺りに響き渡る。それは戦いの終わりを告げる鐘の音のようで、緊張に満ちた空気が解けていく。

久盛は目を見開き、思わず声を震わせた。

「……よ、よいのか?」

問いかけに答えることなく、行長はただ背を向けた。両手を頭の後ろで組み、ゆっくりと歩き出す。その背は、敗者を追うでもなく、ただ一人の武人を見送ることを選んだ誇り高き戦士のそれだった。

全登もまた、軽く頭を下げると無言でその後に続く。去りゆく二人の背が遠ざかるにつれ、戦場に吹く風が少しずつ柔らぎ、静寂が戻ってきた。

久盛はその後ろ姿をしばし凝視し、やがて俯く。血に濡れた拳を膝の上に置き、低く絞り出すように言った。

「……かたじけない……」

その声は誰に向けたものでもなく、ただ空に溶け、戦場に残された久盛の胸の奥に深く刻まれていった。


勝利の旗がはためく天神山城に、宇喜多直家が入城した。左右には行長と全登が馬を並べ、威風堂々と進む。

城内の兵や町民、降伏した浦上方の者たちまでもが、その行進を固唾を飲んで見守っていた。

行長がにやりと笑いながら言う。

「これで浦上家の領地はまるまる宇喜多家のもの。宇喜多はんも名実ともに戦国大名の仲間入りっちゅーわけや。これからどないしますの?」

どこか軽口めいた言い回しだが、その声には興奮がにじんでいた。

直家はしばし黙し、天守を仰ぐ。そしてふと、官兵衛の隣に立っていたあの少女――桜の姿が脳裏に蘇った。

(あの官兵衛が、未だ赤松家に仕えておるとはな。あのような小娘に、何を見出したというのか……)

口元にかすかな笑みを浮かべながら、直家は言った。

「ふふっ。ちと分の良い賭けに出たいと思っていてな」

「……?」

「?」

行長と全登は首を傾げるが、直家の笑みは消えないまま、未来を見据えるように前を見つめていた。


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