第八話 天神山城攻略戦②
城の正門前では、すでに激しい戦闘が始まっていた。宇喜多軍の旗がはためき、土煙の中で刃と刃がぶつかり合う音が響き渡る。
小西行長は馬から降り、軽やかな動きで短銃を抜き放つと、間髪入れず敵兵の眉間を撃ち抜いた。間もなく、サーベルを振るい、迫る兵士の首筋を一閃で断ち切る。
その横で明石全登は、大盾で次々と槍や刀を受け止めながら、敵兵の隙を突いて鋭く剣を振るっていた。流れるような動き、華麗な剣さばきに、浦上兵たちは次第に圧されていく。
しかし――
「ぐはっ!」
突如、前方から宇喜多兵の悲鳴が上がった。
「うわー!ばけものだー!」
宇喜多兵たちが右へ左へ吹き飛ばされていく。まるで爆風に巻き込まれたかのように。
現れたのは、ひときわ大きな男だった。全身が岩のような筋肉に包まれ、粗末だが重厚な道着をまとい、手甲と脛当を装備している。その体躯は人とは思えぬ迫力を放っていた。
刀を腰に差していながら、それを使うことはない。ただその拳一つで、宇喜多兵を次々と地に沈めていく。
小西行長が狙いを定め、短銃を撃った。乾いた発砲音とともに銃弾が飛ぶが――
殺気に気づいた大男は行長を一瞥した瞬間、左の手甲で、何の苦もなく銃弾を弾き落とした。
その隙を突き、行長がサーベルを振りかざして突進する。しかしそれすらも、男は右手甲で受け止める。
「……やるな自分。」
が、その間にも大男の背後に全登が距離をつめ、剣を振りかざす。
「ぬうん!!」
大男――竹内久盛が声を上げ、足元の地面を力強く踏み鳴らす。その瞬間、大地がうなりを上げ、周囲の大地が震える。
「くっ!」
地面が大きく揺れたことで体勢を崩された全登は、体勢を立て直すため距離を取った。
行長が肩で息をしながら、口を開く。
「……こいつは、ほっとくとやっかいやで」
全登も静かに頷いた。
「そのようですね」
ふたりの間に、戦場の喧騒とは別の緊張が走る。
―宇喜多軍本陣―
天神山城での攻防が激しさを増す中、本陣にいた宇喜多直家が静かに呟いた。
「そろそろじゃな」
その視線は遠く、敵城の西側へと向けられている。
「工作部隊へ伝えよ。手筈通り、敵城の西櫓に火をかけよ、とな」
直家の命を受け、伝令が駆け出した。
「ははっ!」
間もなく、草むらに紛れた一団が姿を現し、天神山城の西櫓を目がけて火矢を次々と放った。
空を裂くように飛んだ炎の矢は櫓の屋根や柱に突き刺さり、瞬く間に火が上がる。
炎は風に煽られ、櫓の側面を舐めるように広がっていく。
「申し上げます! 宇喜多軍の攻撃により、西櫓に火の手が上がっております!」
報せを受けた浦上宗景の顔が歪む。
「なにっ……直家め、こざかしい手を……。空いている兵たちに消火へ行かせよ!」
だが家臣の声は焦りを孕んでいた。
「正門からの攻撃が激しく、お味方は正門の防衛に手いっぱいでございます!」
「ぬぬ……では本丸の兵を使い、消火に向かわせよ!」
別の家臣が躊躇いがちに進み出る。
「それでは、この本陣の守りが手薄になってしまいますが……」
「だったらさっさと消火して、戻ってこぬか!!」
宗景の怒声が響く。焦燥がその声ににじみ出ていた。
昼下がりの陽光が降りそそぐ中、天神山城の西櫓は火と怒号に包まれる。
一方その頃、城門近くの戦場では、鉄の火花が幾重にも舞っていた。
行長と全登が、浦上軍の巨大な猛将・久盛と激しい攻防を繰り広げていた。
「行きます!」
合図とともに、全登が右側から、行長が左側から同時に久盛へと肉薄する。二人の脚は迷いなく地を蹴り、まっすぐに標的を捉えていた。
行長は身を低くしながら、腰の鞘から投げナイフを二本抜くと、的確な動作でそれらを同時に放つ。次の瞬間、彼は懐から小型の短銃を抜き、久盛の眉間を狙い撃った。
だが、久盛は顔色一つ変えず、両手の手甲でナイフを弾き、首をひねって弾丸を紙一重で避ける。
「なっ……!」
驚く暇もなく、行長が距離を詰め、サーベルを振るう。久盛はその動きを見切ったように、すかさず足刀を繰り出し、行長の胸元を蹴り上げる。
「ぐっ――!」
間一髪でサーベルを盾にした行長だったが、衝撃の凄まじさに身体ごと吹き飛ばされ、土煙を上げて地面を転がった。
そこへ、右から全登が鋭く切り込む。だがその剣も、久盛の左手甲で軽く受け止められた。
「ふんっ!」
剣を止めた瞬間、久盛は懐に踏み込み、全登の左足を素早く払った。
「うっ……!」
体勢を崩した全登は無防備に背中から地面へ倒れ込み、鈍い音を立てて土を打つ。
すかさず久盛の拳が全登へ振り下ろされる。それは岩すら砕くであろう重量と速度だった。
「ぬうんっ!!」
「っ……!」
とっさに全登は背中で地面を蹴り、身体を後方に跳ね上げる。拳は全登の髪をかすめ、地面に叩きつけられた。
ズドオオオンッ!
その瞬間、地が裂けるような衝撃が走った。久盛の拳がめり込んだ地面には、亀裂が放射状に広がり、砂埃が舞い上がる。
(もしあれをまともに食らっていたら……)
全登は冷や汗を背中に感じながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「全登よ、あれもろてたらおだぶつやったで」
後方から息を切らしながら戻ってきた行長が、苦笑混じりに言う。
「……うるさいですね、わかってますよ」
全登は頬を少し膨らませながら、立ち上がり再び剣を構えた。目の奥には、決して消えぬ闘志の光が宿っていた。




