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赤松天翔物語①  作者: 姫笠
第一章 示された道

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第四話 妖怪スシイヌ②

カンッ カンッ カンッ――。

 

乾いた音が、城の石畳に小気味よく響き渡る。

政秀はしっかりと構えた木刀を振るい、桜は先ほど市場で手に入れた細剣の刃を布でくるみ、安全に配慮した形で向き合っていた。

「ほう……!」

政秀が感心したように頷く。

「殿、なかなか様になっておりますな!さぞかし、練習を積まれたのでしょう!」

「ま、まあね!」

桜は得意げに笑いながらも、心の中では少しバツが悪かった。

(サボってた時期もあったけど……)

「が……しかし」

その言葉と同時に、政秀の身体がぐっと前へ踏み込んできた。

「っ……!」

木刀が一直線に桜の胸元へと突き出される。

動きはそこまで速くはなかったが、威圧感があった。

桜はとっさに布で覆った細剣を横へ流すように動かし、木刀の軌道を逸らそうとした――つもりだった。

だが――。

政秀の顔には、さっきまでの朗らかさはもうない。

獣のような鋭い眼光が、真っ直ぐに桜を射抜いていた。

その目は、まるで“狩り”に集中する猛禽のようで、桜は一瞬にして身体がこわばった。

「うっ……!」

刹那、木刀の勢いに押され、私は受け止める力を失う。

わずかな距離を残して、その刃先は桜の胸元でぴたりと止まった。

触れてはいないのに、冷たい金属がそこにあるかのような錯覚に、背筋をぞわりと冷たい汗が伝った。

政秀は木刀を引き、深く息を吐きながら、穏やかな声音で語り出す。

「殿の剣には、いささか“覚悟”が足りぬようにお見受けします。」

その言葉に、桜は思わず目を瞬かせ、小さくつぶやいた。

「覚悟……」

政秀は木刀を引き、穏やかな声で諭すように続けた。

「はい。基本の動作は、よくできておられます。ですが――これを扱うのは、命をやり取りする合戦の場にございます」

 そう言って政秀はゆっくりと木刀を構え、刃筋を確かめるように振り下ろした。空を裂く音が静かな稽古場に響く。

「突けば勝ち。切られれば負け……そう単純なものではありませぬ」

彼は視線を桜に戻し、表情を和らげた。

「相手の振る刀は命を懸けて受け、自身の剣は命を懸けて突くのです。さすれば合戦の場でも、敵と渡り合えましょう」

桜は剣を見つめた。

 細く、美しく、それでいて冷たく鋭い細剣の刃。

これを手に取ったとき、自分はどこか“武器”としてではなく“アクセサリー”のように見ていたのかもしれない。

「……そっか」

 桜はまっすぐに政秀を見て、強くうなずいた。

「わかった、やってみるよ!」


今日も桜は、日課のように城下へ足を運んでいた。町の人々の声、行き交う香ばしい香り、瓦屋根の間を抜ける風……戦国の世に生きていることを忘れそうになるくらい、のどかな光景だった。

 そんなときだった。

 ふと、道の脇に見覚えのある小さな白い影を見つけた。

「あ……まだ、ここにいたんだ」

 あの日、市場で出会った、卵焼きを頭に乗せた白い妖怪――まるで子犬のようなその姿が、じっとこちらを見ていた。

 私が手を差し伸べると、嬉しそうに尻尾を振りながら、ぴょこぴょこと駆け寄ってきた。

「……ほんと、犬みたい」

 私は思わず微笑みながら、そのふわふわの背を撫でた。

「おーい! 遅いぞ、桜!」

 遠くから聞き覚えのある声が響く。顔を上げると、貞吉が息を弾ませながらこちらへ走ってきていた。

「うわっ! 妖怪じゃねえか!」

 妖怪を見て、貞吉がぎょっと目を見開く。私は笑いながら答えた。

「うん、でもかわいいんだよ」

「かわいい……ねえ?」

 いぶかしげにその妖怪を見つめながらも、貞吉は否定しきれない様子だった。

「ねえ……この子、なんだか寂しそうだし、一緒に遊んであげようよ」

 私の言葉に、貞吉は一瞬言葉を詰まらせたが――

「桜がそういうなら……まあ、いいか」

 と、しぶしぶながらも了承してくれた。


貞吉と梅の家がある集落――

 山裾にひらけた小さな集落は、のどかな空気に包まれていた。

藁屋根の小屋が点々と並び、土の道には鶏が自由に歩き回っている。

遠くでは牛の鳴き声が聞こえ、日の光がきらきらと田畑を染めていた。

「おじさん、こんにちは!」

 桜は道端の小屋で作業をしている農家のおじさんに、ぱっと手を振って声をかけた。

 おじさんは手を止め、にっこりと微笑みながらおじぎをし、大きく片手を振り返す。

「桜ちゃん、今日も来たの?」

 向いの家から顔を出したのは、おばあさんだ。腰を少し曲げながらも、声には温かみがあった。

「えへへ、こんにちは!」

 桜は少し照れ笑いをしながら駆け寄る。

「ちょっと待ってねー」

 おばあさんは家の中へ入っていき、しばらくごそごそと音を立てていた。

やがて手にして戻ってきたのは、一本の新鮮なきゅうりだった。

「はい、これ」

「わっ、ありがとう」

 桜は両手で受け取り、にっこりと笑う。

 このおばあさんはなぜか、いつも桜にきゅうりを一本だけくれるのだ。

どうしてだろう、と桜は思いつつも、すっかりそのやり取りが習慣になっていて、今日もまた苦笑いが漏れた。

 その時、腰にぶら下げた細剣の鞘に妙な感覚を覚えた。

「あ、だめだよ!これ危ないんだから!」

 見下ろすと、小さな男の子が剣の鍔に手を伸ばしていた。桜の細剣が気に入っているらしく、集落を訪れるたびに触りに来る。

「すっかり桜も、この集落のなじみの顔だな」

 横で見ていた貞吉が、にやりと笑いながら声をかけてくる。

「はは、そうみたいだね」

 桜は肩をすくめ、男の子の頭を軽く撫でてから剣をそっと押し戻した。


 やがて、彼らは集落の中央にある広場へと歩いていった。そこは人が集まりやすい開けた場所で、干し草が積まれ、子供たちが時折遊んでいる。

 その広場には、貞吉の妹・梅が待っていた。まだ幼さが残る顔つきで、好奇心いっぱいの目をこちらに向けている。

「梅ちゃん!紹介するね、この子は町にいた妖怪で――」

「うわっ!犬だ!」

 梅は言葉を遮るように駆け寄り、勢いよく白い妖怪の頭をなでた。

「ワン! ワン!」

 白い妖怪は尻尾を千切れそうなほど振り回し、嬉しそうに吠える。

「これ、なーに?」

 梅は目を丸くしながら、妖怪の頭にちょこんと乗っている卵焼きのようなものをひっぱった。

「ウウンッ ウウンッ!」

 小さな妖怪は首を振り、尻尾をばたばたさせながらも、少し痛そうに目を細めた。

「これから仲良くしてあげてね、梅ちゃん」

「うんっ!」

 

梅は道端に落ちていた細い枝を拾い上げ、楽しそうに振りかぶって投げる。

「それっ!」

「ワウン!」

 白い妖怪は飛び跳ねるように走り出し、枝をくわえてすぐさま戻ってきた。全身を弾ませながら駆けるその姿は、まるで人間に飼われている本物の犬のようだ。

「すげえ!ほんとに犬みてえだな!」

 後ろで見ていた貞吉が、感心したように声を上げて笑った。

 桜はその言葉を聞き、胸の内で小さくつぶやいた。

(……みんな同じ感想、言ってる。)


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