第三話 友信の恋③
ある日、桜は念術治療院にて、若い念術師たちを前に講義を行っていた。
昼下がりの柔らかな日差しが障子越しに差し込み、部屋の中を白く照らす。
桜は立て掛けられた大きな紙に筆を走らせながら、明るい声で説明を続けた。
「でね、『ばいきん』ってのがいて、これが傷を悪くするの」
紙の上には丸い図と、小さな線の束がいくつも描かれていく。
「だから、怪我は毎日洗って清潔にして、『ばいきん』を洗い流すこと!」
若い念術師たちは一斉に筆を取り、真剣な表情で紙に書き写す。
「なるほど……『ばいきん』なるものが傷を……」
そんなつぶやきがあちこちから漏れ、桜は満足気に頷く。
ふと視線を横に向けると、扉の隙間からこちらをのぞく影があった。
「ん……?」
扉の向こうには、顔の半分だけを覗かせた友信。
大きな体を小さく縮こませ、まるで子どもがこっそり菓子を盗みに来たような様子である。
桜と目が合うと、友信は気まずそうに扉を閉めた。
――講義が終わった後。
桜と友信は、治療院の奥の部屋で向かい合い腰を下ろしていた。
湯呑みから立ちのぼる湯気が、ほのかに間をつなぐ。
友信はしばらく言葉を探してから、頭を下げた。
「殿様……相談があるだぁ」
桜は湯呑みを置き、にやりと唇をゆがめた。
「どうしたら女の子が喜んでくれるか、知りたいんでしょ?」
「えっ! 殿様、どうしてわかっただか!?」
友信の目がまんまるになり、慌てて背筋を伸ばす。
桜は得意げに胸を張って答えた。
「当主だからね、私。なんでもわかるんだよ」
その言葉に、友信は思わず尊敬の目を向ける。
「さ……さすが当主様だなぁ……」
その素直さに、桜は思わず吹き出しそうになる。
「うーん、そうだな……贈り物をするのがいいんじゃないかな?」
「おくりもの……?」
友信が首をかしげる。頬をかく指先が、どこか不安げだった。
「おらぁ、おなごがどんな贈り物で喜ぶのか、わからないだ……嫌なものを贈ったら、嫌われてしまうかも」
桜はふっと笑みを浮かべて首を振った。
「友信。女の子ってね、贈り物そのものが欲しいんじゃないの」
桜は指先をそっと胸に当てる。
「“自分のことを思って選んでくれた”――その気持ちが、うれしいの」
友信は目を瞬かせ、しばし言葉を失った。
そんな彼を見て、桜は少し考えるように腕を組む。
ふと、紫苑の髪に揺れていた白い花飾りが脳裏に浮かんだ。
あの花を摘んで笑っていた、あたたかい夕暮れの情景。
「……花のアクセサリーとか、いいんじゃないかな」
「アクセサリー?」
桜は勢いよく立ち上がり、笑顔を見せた。
「よし、一緒に買いに行こう!」
驚いたように目を見開く友信の表情を見て、桜の笑顔はいっそう輝いた。
その頬には、恋を応援する友の優しいぬくもりが宿っていた。
――昼下がりの陽が、やわらかく石畳を照らしていた。
人々のざわめき、香ばしい焼き団子の匂い、遠くで響く太鼓の音。
穏やかな風が桜の髪をそっと揺らし、袖がふわりと舞った。
桜は小さく息をつき、隣を歩く友信をちらりと見やる。
「でも、あの友信がねぇ……」
じっとりとした目線を向ける桜に、友信はたじたじとなりながら言い訳する。
「お、おらだって、やるときはやる男だぁ!」
桜はくすっと笑い、口元に手を当てた。
「ふふ、そう。でもね――お酒を飲みすぎたら、嫌われちゃうかもよ?」
「……気をつけるだぁ」
友信はしょんぼりと肩を落とし、頬をかく。
そんなやり取りをしていると、城下町の通りの向こうから威勢のいい声が響いた。
「よってらっしゃい!みてらっしゃい!南蛮から取り寄せためずらしい品ばかりやでぇ!」
桜はその声にぴくりと反応する。
「あ……行長君だ」
露店の中央で、派手な衣をまとった行長が手を振っていた。
「桜ちゃんやん! 今日は友信と一緒かいな!」
「行長君、こんな所で何してるの?」
「何って、商売……いや、同盟家の様子を見に来ただけや!」
桜は目を細め、疑わしげに首をかしげた。
「へぇ〜、そうなんだぁ」
(まずい……仕事サボって他国で商売してるのがバレたら、宇喜多はんに怒られてまうっ!)
行長は内心冷や汗をかきながら、必死に笑顔をつくる。
「そ、そんなことより! 二人もぜひ見てってーな! 珍しい品ばっかりやで!」
「どれどれ……」
桜が露店に歩み寄ると、そこには西洋の香り漂う小物や飾り物がずらりと並んでいた。
金糸で編まれた襟飾り、宝石をあしらった櫛、真珠のように輝くブローチ――どれも、まるで光を吸い込んで放つような美しさだった。
「わぁ……どれも綺麗……」
桜は目を輝かせ、髪飾りや襟留などのアクセサリーが集められた一角を見つめる。
隣で友信も身を乗り出し、困ったように首をかしげた。
「綺麗だけど……どれがいいのか、よくわからないだぁ」
行長がにやにやと笑い、肩をすくめる。
「はっはっは!友信。この辺は女っけのないあんさんには関係のない代物やて」
桜はふっと口角を上げ、やや意地悪そうに微笑んだ。
「そんなことないよねぇ? 友信?」
「ん……んだぁ」
友信は顔を赤く染め、照れくさそうに頬をかく。
「え、えぇ?」
目をまるくする行長をしり目に、桜と友信は顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。
その笑い声が、昼下がりの穏やかな風に乗って、城下町にやさしく溶けていった。




