第三話 友信の恋②
昼下がりの城下。
陽光が家々の白壁に反射してまぶしく光る。
商人の呼び声、子どもたちの笑い声、どこかの家からは焼き団子の香ばしい匂いが漂ってくる。
その雑踏の中を、桜と善助の二人は人混みに紛れ、そっと足を運んでいた。
瓦屋根の影に身を潜めながら、一定の距離を保って前を行く友信を見失わぬように。
友信は軽い足取りで歩きながら、どこかご機嫌な調子で鼻歌を口ずさんでいた。
善助が低くつぶやく。
「……やけに楽しそうですな」
桜は物陰からそっと顔をのぞかせ、瞬きをする。
「……そうだね」
善助は真面目な顔で顎に手を添えた。
「ですが、友信は人が良すぎる。悪徳商人にでも取り込まれていてはいけません。このまま尾行を続けましょう」
「そ、そうだよね!」
桜は少し罪悪感を覚えていたが、善助の言葉に背を押されるように頷いた。
胸のもやもやが、ほんの少し軽くなった気がする。
しばらく進むと、通りの角にある小さな茶屋の前で、友信の足がふと止まった。
店の暖簾が風に揺れ、香ばしい茶の香りが漂ってくる。
友信の視線の先には、腰掛けている一人の女性がいた。
女性が顔を上げ、ぱっと笑顔をみせた。
「あ、友信!」
その声を聞いた途端、友信の顔がぱっとほころぶ。
「んだぁ!」
彼は子どものように手を振り返し、嬉しそうに駆け寄った。
物陰から覗いていた桜は、思わず小声でつぶやく。
「……ビンゴだね」
善助が眉を寄せて首をかしげた。
「……ビンゴ? いや、それよりあの方は……」
紫色の髪に白い花の髪飾り。身なりも品もよく、楚々とした佇まいながらも、その瞳はどこか明るい。
桜はつい口を手で押さえる。
(えっ……紫苑ちゃん!?)
よく見ると、その女性は念術治療院の門下生―そして小寺家の姫君であった。
友信は紫苑の隣に腰を下ろし、店の主人に笑顔で注文を告げた。
やがて湯気の立つ茶が二人の前に置かれ、静かに談笑が始まる。
友信が身振り手振りで何かを語るたび、紫苑は口元を押さえて楽しそうに笑った。
その笑い声が風に溶け、陽の光と一緒にきらめく。
二人の姿は、まるで長く連れ添った恋人同士のように見えた。
やがて茶が冷める頃、紫苑は名残惜しそうに立ち上がった。
「またね」と言わんばかりに手を振り、歩き出す。
が、数歩進んでは振り返り、もう一度笑って手を振った。
友信もまた、何度も何度も大きく手を振り返す。
そのやり取りが、いつまでも終わらない。
まるで二人の間にだけ、時間がゆるやかに流れているかのようだった。
「……帰りましょうか」
善助が静かに言う。
桜は胸の奥が少し温かくなるのを感じながら、小さく頷いた。
「そうだね」
――当主の間。
夕暮れの光が障子越しに差し込み、部屋を金色に染めていた。
官兵衛が報告を聞き終え、扇を閉じながら口を開く。
「……なるほど。頻繁に出かけていたのは、女性と会うためであったと。そしてその女性は――小寺氏の姫君であったか」
善助が深く頷く。
桜は驚きを隠しきれない様子でありながら、その表情にはどこか弾んだ色も混じっている。
「……私の教え子と、友信がそんな仲だったなんて……ッ」
想像もしなかった事実に戸惑いながらも、声は少し興奮ぎみであった。
その様子を横目で見ながら、政秀がゆっくりと腕を組む。
口の端をわずかに持ち上げ、含みのある笑みを浮かべた。
「……手堅いな、友信」
官兵衛も静かに頷き、穏やかに言葉を重ねる。
「当家の家臣と領主の間に縁ができれば、両家の関係もいっそう深まるでしょう。ここは友信を応援すべきかと」
桜はぱっと顔を輝かせ、満面の笑みでうなずいた。
「うん! 応援しよう!」
その声には、まるで友の幸せを心から喜ぶ無邪気な温かさがあった。
――数日後。評定の場。
いつもどおり重苦しい空気が漂う中、官兵衛が帳面を閉じ、静かに言葉を発した。
「……さて、本日の重要な議題は以上です。友信、そなたはもう席を外してよい」
「んだ?」
少し間の抜けた声で返す友信に、政秀がにやりと笑いかける。
「どうせ今日も用事があるのだろう? 友信」
「うっ……んだ。お言葉に甘えるだぁ……」
首をかしげながら友信はぺこりと頭を下げ、そそくさと立ち上がっていった。
去り際の背中を見送りながら、桜たちの間に小さな笑いが広がる。
――ある日。
友信は兵を指揮して、城下を流れる水路の改修にあたっていた。
「そいつはもう少し右だぁ。……ああ、そのへんだぁ」
泥にまみれた顔に汗が光る。働く姿はいつも誠実で、領民たちにも慕われていた。
そんな友信の背後から、又兵衛がにやりとした笑みを浮かべて近づいてきた。
「おい、友信。今日くらいはかわってやるよ」
「え……いいだかぁ?」
「へっ、いいってことよ!」
返事をする間もなく、又兵衛は友信の背をばしんと叩いた。
「がんばれよっ、友信!」
その言葉に友信はぽかんと目を瞬かせ、頭を掻いた。
――また別の日。
「今日はおらが殿の護衛当番だな」
支度を整えていた友信のもとへ、腕を組んだ善助がゆっくりと近づいてくる。
「友信。今日の当番、変わってやろう」
「え……えぇ……?」
善助がにやりと口角を上げる。その目が何もかも知っているように光っていた。
(……こりゃあ、みんなにばれてるだな……)
友信は頬をかきながら、苦笑した。
――そんな仲間たちのさりげない後押しもあり、友信と紫苑は、静かに距離を縮めていった。
ある日。桜と善助が川沿いの土手を歩いていると、穏やかな風の向こうに、花を摘む二人の姿が見えた。
土手の下、友信が笑いながら身振り手振りで話している。
「そんで、官兵衛が『なりません!』って言うと、政秀が『なんじゃと、貴様ぁ!』って言うだぁ!」
紫苑は腹を抱えて笑い、頬を紅潮させている。
「あははははっ! おかしー!」
その楽しげな声が風に乗って届く。
桜はそっと足を止め、微笑んだ。
(あの二人……本当に仲良しだなぁ)
そう思いながら、桜はそっと目を閉じ、帰路に就く。
川面に映る二人の姿が、まるで陽光に溶けていくように、やさしく揺れていた。




