表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤松天翔物語  作者: 姫笠
第三章 巨影

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

115/123

第二話 槍の妖怪―槍幻⑤

(小僧……思ったより手練れだな)

 槍幻は片手を上げ、又兵衛に向ける。その腕は血管のようにぼこぼこと隆起したと思えば、虫のように蠢き始める。

「又兵衛殿!後ろだ!」

 長治の声が庭に響く。背後に迫る危険を告げる刹那、又兵衛は反射的に身体をよじる。

 背後から突き出た槍を紙一重でかわした。しかし、さらに間髪を入れずに四方から槍が伸び、彼を襲う。


 ブシュッ!


 かわしきれなかった一閃が肩を貫き、血が舞った。衝撃が体を揺らし、目の前が一瞬霞む。


「又兵衛っ!」


 桜はとっさに手を伸ばし、又兵衛の痛む肩を光で包んだ。彼女の掌の光が、重く鈍い疼きを吸い上げるように宿る。

「治癒の念術か……やっかいな」

 槍幻は舌打ちのような唸りを漏らし、両手を合わせて低く唸り始める。声が空気を振動させ、辺りの景色がまた歪む。

 すると、周囲の空気がさらに濃く揺らぎ、人の背丈ほどもある人型の妖怪が、次々と霧の裂け目から這い出してきた。

 彼らの手には皆、細身の槍が握られている。数は瞬く間に十を超え、桜と長治を取り囲んだかと思えば、一斉に槍を振り上げ切りかかった。

「くっ……こいつの手下か」

 長治は歯を食いしばり、刀を振るって手下を受け止める。刃が槍を弾き、寸の差で命を繋ぐ音が続く。

 桜もすかさず細剣を構え、間合いを詰めて突進する。

「はあっ!」

 短い踏み込み、体重移動、細剣の先端が喉元を狙い、鋭く刺し込む。手下の一体が呻き声を上げて崩れ落ちる。

 だが、倒れた手下の影の後ろから、別の手下がゆがんだ空間を裂いて湧き出してくる。

 数は減らず、むしろ増殖していくかのようだ。


 その様子を一瞥した又兵衛は、奥歯をぎり、と噛みしめた。

 無数に湧き出る手下たち。次々と桜と長治へ迫る影。

 このままでは――時間をかければ、二人の体力が確実に尽きる。

「仲間の心配か? 小僧」

 冷ややかな声が響いた。槍幻の唇が、にやりと不気味に歪む。

 次の瞬間、槍幻は槍を両手で掴み、天井を叩くように振り下ろした。

「っち……!」

 又兵衛は地面を蹴り、後方へ飛ぶ。

 直後、彼のいる場所の地面と空から槍が現れ、同時に襲い掛かる。

「ぐっ……」

 又兵衛はとっさに槍を回転させ、2本の槍をはじいた。


 ギギイィンッ!!


 槍幻の手から、あるいは空間の裂け目から次々と伸びる槍。

 又兵衛の槍がそれらを弾き返すたび、火花が飛び散り、焦げた木の匂いが立ちこめる。

 四方八方から迫る槍を、かわし、弾き、潜り抜けながら、又兵衛は必死に反撃の間合いを探る。

(俺が……仇を取る。見ててくれ……父ちゃん、母ちゃん、志乃……!)

 息を荒げながらも、胸の奥で強く念じた。


 その瞬間――ふと、視界の端に、柔らかな光が揺れた。

 光はゆらりと形を変え、みるみるうちに人の姿を取っていく。

「……あ」

 思わず又兵衛の喉から声が漏れた。

 目の前に立っていたのは、懐かしい二人――

 父と母だった。

 かつて家の前で見送ってくれた時のままの顔、優しい笑み。

 血と戦いの匂いに満ちたこの空間で、その笑みだけが異様に温かく感じられた。

「父ちゃん……母ちゃん……!」

 又兵衛の手から、力が抜けていく。槍が地に落ち、乾いた音を立てた。

 一歩、また一歩と、彼は光の中の二人に近づく。

「二人とも……俺だけ、逃げてごめん」

 頬を伝う涙は止まらなかった。

 その時――

 もう一つ、小さな光の粒が二人の足元から現れ、ゆっくりと形を成した。

「……志乃」

 幼い妹。あの日、血だまりの中に置いてきたはずの妹が、そこにいた。

 志乃は小さな手で口元を隠し、くすりと笑った。

 無邪気な、あの頃と同じ笑顔。

 又兵衛は膝をつき、彼女の頭に手を置く。

「志乃……あの時、遊んでやらなくて、ごめんな」

 震える声でそう言うと、志乃は目を細めて嬉しそうに頷いた。

 その微笑みに、又兵衛の表情もようやく緩む――。


『――又兵衛ッ!! しっかりしてッ!!』


 突然、耳を切り裂くような桜の叫び声が響いた。

 はっと顔を上げたその瞬間――視界が揺らぐ。


「え……?」


 ――トスッ。


 腹の奥に、じわりと温かい感覚が広がる。

 見下ろすと、志乃の手に握られた短刀が、彼の腹へ深々と突き刺さっていた。


「し、志乃……?」


 信じられないという声がかすれた刹那――


 ドスッ ブシュッ――。


 両脇に寄り添った父と母の幻影が、無言で刀を突き立てた。

 鮮血がほとばしり、又兵衛の体がぐらりと傾く。


「……。」


 何かを言おうとした唇は、血に濡れて動かない。


 ドサッ――。


 その音を聞いた瞬間、桜は目を見開いた。

「又兵衛ッ!!」

 叫びと同時に、細剣を構えたまま妖怪の手下に飛び込む。

 頭部を貫き、動きを止めたその瞬間、剣を引き抜かぬまま両手を又兵衛に向けた。

「お願い……間に合って……!」


 ポウッ――。


 桜の掌から淡い光が溢れ、又兵衛の身体を包み込む。

 光が流れる血の勢いを必死に抑え込む。

 だが、彼の背中がわずかに上下するたび、光は弱まり、地面に赤が広がっていく。

「だめ……! お願い、しなないで……!」

 桜の声は震え、涙が頬を伝う。

 その背後で、槍幻の低い笑い声がこだまする。

「ハハッ。愚かよの、人間。幻すら見抜けぬとは――。」

 槍幻の脇には、又兵衛を襲った三体の妖怪。

 桜たちの目には、又兵衛がただよろよろと手下の妖怪へ歩み寄り、

 そのまま無残に刀で貫かれる姿しか映っていなかった。

「さて……次はお前たちだ」

 槍幻の口角がゆっくりと吊り上がる。

「特に女の肉は美味い……お前は逃がさぬぞ」

 桜を指さした槍幻のぬらりとした皮膚が月光を弾き、巨大な影が芝生を呑み込むように覆う。

 歩み寄るたびに地面が震え、草がしなる。

 夜の静けさを切り裂くように、重く湿った足音が響いた。

「ぐっ……」

 長治は拳を握りしめ、悔しげに歯を噛み締める。

「……又兵衛殿が討たれた以上、我らに勝算はない。我が殿しんがりをする故、桜殿は引かれよ!」

 だが桜はそこに立ち尽くし、微動だにしない。

「よくも……よくも、又兵衛を……!!」

 桜の瞳がかすかに赤く光る。

 怒りで握った手が大きく震える。

 頬を伝う涙が、泥と血にまじりながら地面に落ちた。

 桜は妖怪の手下の頭部から細剣を引き抜くと、そのまま槍幻へと剣先を向けた。

「桜殿!冷静になられよ!」

 長治の怒声が夜気を裂く。

 やがて桜と長治を取り囲むように、空間がゆがみ、無数の槍が現れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ