第二話 槍の妖怪―槍幻④
長治は歯を食いしばり、額から汗を伝わせながら低く吐き捨てた。
「細心の注意を払っていたというのに……討伐計画がばれていた。よもや、妖怪に奇襲をかけられようとは……!」
その言葉をあざ笑うように、槍幻が両手をゆっくりと前に突き出した。
脈打つ両腕。皮膚の下で何かが蠢き、血管のような黒い線が光を帯びる。
「これなら、防げまい――」
その低く響く声と同時に、部屋全体が生き物のようにうねりはじめた。
ギシギシと木の軋む音。
天井が盛り上がり、壁が波打ち、床板の隙間から鋭い光が走る。
次の瞬間、四方八方から無数の槍が生え出し、隙間なく二人に穂先を向ける。
「こっ……これは……!防ぎようがない……!」
長治の声が震えた。
死が、確実にそこまで迫っていた――。
ドゴオオオオォンッ!!
轟音が夜空を裂き、襖が爆ぜ飛ぶ。
続いてオレンジ色の閃光が一直線に槍幻の胸を貫いた。
爆風が部屋を揺らし、砂埃が舞う。
槍幻は反射的に槍を構え、その刃で閃光を受け止めた。
ギイイイイイイィンッ!!
金属が悲鳴を上げる。
凄まじい衝撃により、槍幻の身体が屋敷の庭へ引きずり落とされた。
土煙の中に、一人の影がゆっくりと立ち上がる。
その瞳孔は開ききり、白目に血がにじむ。
全身の筋肉が怒りで膨張し、握る槍が軋んだ。
彼の表情は、憤怒に燃え、まさに阿修羅そのものだった。
槍幻がにやりと笑みを浮かべる。
「……もう一人おったか」
又兵衛は槍を担ぎ、一歩、また一歩と前へ。
「……おい」
低く、押し殺した声が響く。
「八年前、ここで殺した家族のことを……覚えているか?」
槍幻の目が一瞬、意図がわからないというようにきょとんとゆるむ。
「いちいち殺した人間の事を、覚えているわけがなかろう――」
そう言いかけた槍幻は、ふと又兵衛の髪に視線を移す。特徴的な色が、否が応でも記憶を遡らせた。
「……まてよ」
しばらく沈黙した槍幻の口が、やがてゆっくりと吊り上がる。
次第に顔中に笑い皺が刻まれた。
「お前、あのとき――一人で逃げたガキか」
その言葉に、又兵衛の槍を握る手がみしりと鳴った。
骨が軋む音が、静寂の中で響く。
血が滲むほど握り締め、全身が震えていた。
槍幻は愉悦に満ちた声で続けた。
「覚えているぞ。あの家族……なにせ“美味”であったからな」
そして、わざと舌なめずりをしてから、声を張り上げた。
「特に――女の子供の肉はなァッ!」
ビキイッ――。
槍幻が嗜虐じみた言葉を吐き捨てるや否や、宙を舞った又兵衛の槍先が、顔面をかすめた。
刹那の速さ――風が唸り、槍先の軌跡が夜気を切り裂く。槍幻は咄嗟に首を振り、刃を軽く逸らす。
「ふうんっ!!」
だが反撃も素早かった。槍幻の異形な槍が、軌道を変えずに又兵衛の脇腹をめがけて振り払われる。
その一撃はあまりにも速く、重みを帯びていた。
又兵衛は瞬時に武器を持ち替え、異形の槍の柄を受け止める。
槍と槍がぶつかる音が胸に響く。
受けた衝撃を利用して身体に回転を加えると、彼は勢いのまま反転し、槍幻の顔面へと槍を振り払った。
「ぬおっ」
空気が裂け、次の瞬間――プシュッ、と小さな破裂音がして、勢いのついた槍が槍幻の首筋に亀裂を走らせた。
血がにじみ、紫黒の肌に細い線が入る。
「こいつ……」
槍幻の額に青筋が立ち、その目つきが鋭くなる。刃と刃が幾重にも交差し、火花と唸りが空間を震わせる。




