エピローグ
英雄ライナス・フェルディアの名は、建国の英雄ライナス・ルーフェの再来として後世に広まっている。
女神ルーフェリアの加護を持って生まれ、その特異な体質が故に【不死身のライナス】と渾名をされた彼は、5人の美しい乙女達と共に、復活した魔王を倒す旅に出た。
魔物に侵略された精霊の国を救い、ドラゴンに囚われた乙女を助けだし、魔族によって呪われて操り人形化された領主の呪いを解いたりと、旅の道中での彼らの様々な偉業は今もなお各地で語られている。
最終的にライナスは目的通り、魔王を打倒すことに成功した。しかし彼は深い慈悲を持ってして魔王を許し、ただその闇の力だけを奪いとって、悪に染まった心を浄化した。
彼の英雄の優しさに感銘を受けた魔王は、ライナスを主と仰ぎ、永久の忠誠を誓ったという。
国に戻ったライナスは、慎ましくも王から与えられた王位を辞退し、親から受け継いだ領土にて一生を過ごした。
彼はその信念故に、生涯独身を貫いたが、彼の屋敷には彼を愛した女人達が頻繁に足を運び、寿命を全うして亡くなるその日まで、彼が孤独に苛まれることは無かったという。
建国史上、最も人々に愛された、偉大な英雄である。
「……というのが、後世の主に対する評価じゃが、どう思う?」
「……不本意過ぎる名の残し方だな……」
愛された?
一方的な愛を押し付けられた、の間違いだろ。
「死ぬまで女難に満ちた人生だったぞ……ふざけんな」
旅の道中では案の定アイエの人助け精神に振り回された結果、精霊王女だの、ドラゴンの生贄になっていた女だの、呪われた女領主だのに次々惚れられ。
まさかの魔王も女で、望まない限り殺すことはないチート能力の結果、全力で剣を振ってたらなんか闇の能力だけ切り取ってみたいで、「これ程力の差を見せつけながら、私の命を奪わないなんて…なんて強く高潔なお人なんだ……どうか、貴方を主と呼ばせて下さい!!」と膝をつかれ。
国に帰ったら帰ったで、その後も……駄目だ。もう思い出したくない。
とにかく、老衰で死ぬまで女共に迫られる碌でもない人生だったことは間違いない。
そして、何より俺が許せないことは。
「女共が俺に付き纏って邪魔するせいで、碌に小説も書けねぇ人生だったじゃねぇか……!!」
小説を書く為に、ルーフェリアの契約に乗った。思う存分、満足が行くまで、小説を書く為に。
それなのに、蓋を開けてみれば、俺は人生のほとんどが女に振り回されてばかりで、満足に執筆に集中できた時間なんて、数える程しかないじゃねぇか!!ふざけんな!!
「ろくな『ひっと作』も出せてないしのう……主は本当に小説の才能があるのか? 90年小説を書き続けて、ちゃんと出版もしてたのいうのに、この結果じゃあわらわも手を貸した甲斐がないというものじゃ」
「違う!! 俺の才能がないんじゃない‼ 時間だ、もっと時間さえあれば、俺はちゃんとヒット作を産みだせたんだ!! 多くの人の心を揺さぶるような、そんな大作を‼」
断じて、俺の才能がないわけじゃない‼ 毎日のように、誰かしらが家の中に乱入し、邪魔してくるような最悪過ぎる執筆環境が悪いんだ!!
時間が……構成や執筆に集中する時間さえあれば、俺は確実にヒット作を産みだせる才能はある筈なんだ!! 絶対に‼
「わらわが幾度もぺんねぇむなんぞやめて、主の名前で出版してみろ、って言ってやっても聞かぬしの。世界を救った英雄の著作だったら、皆喜んで買ったじゃろうに」
「そんなもので本が有名になっても意味がないと、何度も言っただろう!! 俺は俺の力で……」
「自分の力で認められたいのじゃと、そういうのじゃろ? もう耳にたこじゃ。……わらわには、例えどんな環境じゃろうと主が人気が出る小説を書けるようになると思えぬがの。何故主がかように自信満々なのか、理解に苦しむわ」
呆れたように溜息を吐くルーフェリアが、とても腹立たしい。
……お前に小説のことが分かって溜まるかよ!!
「……何にせよ、ルーフェリア。俺はこんな人生じゃ、契約が果たされたとは認めないぞ。俺はまだ、お前に魂なんかやれない」
ルーフェリアとの契約の内容は、俺が「飽きるまで小説を書き続けること」が出来たら、魂を渡すというもの。
だが俺は、寿命を全うし老衰で死を迎えてもなお、小説を書くことの飽きていない。
アイディアは、いくらでもある。……なんせ女共に邪魔されて、使うことができたアイディアも限られたからな。
俺はまだ、小説が書きたい。
まだまだ書き続けたい。
これじゃ、契約が果たされたことにはならない。魂を、まだくれてやるわけにはいかないのだ。
「……まぁ、確かにこの結果じゃ契約が果たされたとは言えぬの。それじゃあ、またもう一巡新しい人生を生きてみるか? 時間さえあれば、主は満足できるのじゃろう?」
さして躊躇いもなく、あっさりと返された言葉に耳を疑う。
……あの魂狂いが、やけに簡単に引き下がるな。
あれほど、俺の魂を手に入れて、研究する日を待ち望んでいた女が。
「……何を企んでやがる」
疑惑の目を向ける俺に、ルーフェリアは嗤った。
悪魔のように、禍々しく、天使のように、美しい、いつものあの笑みで。
「ただわらわは、主のような稀有な魂を、今ここで回収するのは勿体ないと思っただけじゃ。……もっともっと、わらわの世界を変え、魂を変質させる主を見ていたいのじゃ」
……明らかに、ルーフェリアは何か良からぬことを企んでいる。90年来の付き合いだ、それくらい分かる。間違いない。
だが、それでも俺が、ルーフェリアに逆らうことなぞできないのも、また自明なことで。
俺はただ、次の生を与えてくれるというルーフェリアの言葉に頷くことしか出来なかった。
「……転生の際の特典は、外すことは出来ないのか?」
「前にも言ったじゃろ? 祝福は既に、主の魂に染みこんでいると。今さらわらわでも、それを取り除くことは出来ぬわ」
「じゃあせめて女難の呪いだけ何とかしてくれ……」
「それは、主が勝手に女を誑かしてるだけで、わらわの預かり知らぬ所じゃ。呪いでも何でもないわ。……まぁ、じゃが顔だけは、元の主のように平凡な顔立ちにしてやるかの。もう金髪碧眼の美形も、いい加減見飽きた所じゃからな」
……美形でさえなれば、まぁ大丈夫か。
来世こそは、どうか女共に振り回されて執筆を邪魔されることがありませんように。
祈る先にいる神の正体は、目の前の悪魔だと知っていてもなお、俺はそう祈らずにはいられなかった。
「さぁ、転生の輪の中へ入るがいい。……次に目を醒ました時には、また新しい生が始まるぞ」
覚えがある懐かしい光が、俺を包み込む。
……そうだ、次書く小説は、かつての俺である「ライナス・フェルディア」英雄物語なんていうのはどうだろうか。
過度に美化され、装飾された従来の物語ではなく、現実通りの女に振り回される滑稽で哀れな、新たな英雄像をコミカルに描くんだ。今までにはない、新たな解釈の英雄の姿……きっと受ける筈。
そんなことを考えながら、俺の魂は次なる生が宿る体に向かっていった。
この時俺は、知らなかった。
俺を追い掛け回していた女の中で、「次の生こそは、ライナスと結ばれたい」と、魂を引き換えにルーフェリアと契約を結ぶものがいたことを。
しかも、一人ではなく、複数名いたことを。
全ての女との契約が、次の生だけで叶う筈もないのに、ルーフェリアが望む全ての女と契約を結んだことを、俺は知らなかった。
「契約? ちゃんと果たしてやるわ。幾度目か分からぬ、生の果てに、な。――あぁ、面白い面白い。主は面白いくらいに、わらわが作った魂を歪めて変質させてくれおる。わらわはそれが、実に愉快で堪らないのじゃ‼! もっともっともっと、わらわの世界を、わらわが創り出した魂達を狂わせてくれ‼」
果たしてつ俺が、女達に邪魔されることがなく、飽きるまで小説を書くことは出来るの日は来るのだろうか。
神のみぞ知る……と言いたいところだが、その神が敵になった今、その可能性は限りなく低い。
「チーレムとか本当要らないんで俺に執筆に集中させてくれ……いや、させて下さい!!」
俺はその後、幾度もの生で、この言葉を繰り返し吼えることになることを、この時の俺はまだ、知らなかった。
……知りたくなかったです。切実に。




