ライナス17歳 勇者の称号⑤
「「「「夫⁉」」」」
その場にいる、四人の声が揃った。……お前ら仲良いな。俺も思ったが、口には出さなかったぞ。
「ど、どういうことなんだ【不死身】‼ お前がアイエ姫と婚約していたなんて、私は一切聞いていないぞ‼」
……奇遇だな。ディアナ。俺も初耳だよ。
俺が何故お前に婚約報告をしなけらばならないのか、ということは置いといたとしても、だ。
「……ライナス様が、アイエ姫と結婚なさるなんて…え、エルフの代表として、私は認めません!!」
……セリエ。そこにエルフの代表は一切関係ないと思うぞ。
個人的に、反対してくれるのはとてもありがたいけれども。
「王子様は、ミーシャの王子様にゃんだにゃ‼ 今までろくに面識がにゃかった癖に、突然何を言いだすにゃ‼ 王子様に婚約者がいにゃいことにゃんて、とっくに調べ済みにゃ‼ お姫様だからって、でたらめ言わにゃいでにゃ‼」
うん、ミーシャ……お前、調べたって、どうやったんだ?
ろくに面識がないとか、何をどうやって調べたら分かるんだ?
……深く考えない方が精神衛生上良さそうだな。
「お兄様と結婚?婚約?ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
……ライラ。お前は、少し落ち着け。ミーシャと違って、お前は家族なんだから、アイエの言っていることが事実無根なことくらいわかるだろ。
頼むから、呪術道具を出すのはやめてくれ。王族暗殺未遂まで発展したら、俺もお前を庇いきれんぞ。
「……あのアイエ姫。俺と貴方は、ほぼ初対面の筈です。それなのに、将来の夫とは一体どういうことでしょうか?」
俺は憤る女4人を手と簡易魔法で制し(今にも呪いださんばかりのライラには、間違いが起こらないように、多少手荒かもしれないが拘束魔法を使わせてもらった。……確かに詠唱要らずで簡単だ。この点はレックスに感謝せねばなるまい)静かに、アイエに向き直った。
相手は、俺の視線をどう勘違いしたのか、さらに頬を紅潮させながら視線を逸らし、もじもじと体をくねらせた。
「確かに私はライナス様と、今までお話したことはありませんが、ご高名はかねがね聞いておりました。……女神ルーフェリア様の祝福を与えられた、特別な力を持つ美しい方だと。……お噂通りの、いえ、お噂以上のその御尊顔に、先ほどから胸の高鳴りが止まらないのです……」
……つまり、ルーフェリアが自分の好みで選んだこの顔が、お気に召したと。好みドンピシャだったと、そういうことか。
何ともまぁ、嬉しくない言葉だな。
結局、男は顔なのか。……いや、顔以外が原因で惚れられても、それはそれで嬉しくはないのも事実なんだが。
「……かように麗しいアイエ姫に、褒めて頂いて光栄です」
「う、麗しいだなんて、そんな…」
照れるな。頬をさらに赤くするな。身を捩るな。
……王族に対する礼儀としての褒め言葉だって、気付いてくれよ!!
「……ライナス様も私の顔立ちを気に入って下さったなら、それじゃあ、やっぱり私達は両想…」
「っですが、で!す!が!……一体それでどうして、未来の夫だなんだという話に繋がるのですか!?」
再び暴走しそうになっていたアイエの言葉を、言葉を割り込ませることによって封じる。
頼むから、変な風に話を捻じ曲げて暴走するのを、やめてくれ…!!
……これはなにもアイエだけに限った話じゃないがな‼
「え?……だって、ライナス様は勇者様なのでしょう?」
アイエは俺の言葉に、心底不思議そうに首を傾げた。
「勇者様は、魔王を倒された暁には、褒美としてお姫様が与えられるのでしょう? 私、知ってますわ。だって、今まで読んだどんな勇者様の物語でも、最後はそう決まってましたもの。英雄になって戻ってきた勇者様は、それぞれの国のお姫様と結ばれて王様になって、平和になった地でいつまでもいつまでも幸せに暮らすのでしょう?」
好きでもない相手と結婚するのは嫌でしたが、ライナス様のように美しい方でしたら……と頬に手を当てるアイエに、くらりと眩暈がする。
……どうやって育てたら、こんな脳内お花畑な女ができあがるんだ?
取りあえず、何とかして、こいつの目を醒まさせねば……。
「……王様。一つ質問があります」
「な、なんじゃ? ライナス殿」
「王様は……俺が魔王を倒して帰国した暁には、アイエ姫を俺と結婚させようと思っていらっしゃいましたか?」
「い、いやそんなことは‼……全く思ってなかったと言えば、嘘になるが……それでも、私はアイエの結婚は、本人の意思を尊重させるつもりじゃった。当然、ライナス殿。お主の意志もな。当人たちが望んでおらぬのに、無理に結婚させようとなぞ思っておらぬよ」
……やっぱりアイエ一人の暴走だったか。
そりゃそうだな。まだ魔王退治が成功するかどうかわからないうえ、既に俺が自分から旅に出る意志を表明している状態で、わざわざアイエとの結婚をちらつかせる意味がないものな。
ならば、話は簡単だ。
「だ、そうです。アイエ姫。貴女のお父上には、貴女と私の結婚を無理に推し進めるつもりはないようですよ」
「え、え、どういうことですの?」
「貴女が、俺との結婚なんて考えなくてもいいということですよ。……俺は、魔王退治が成功したとしても、貴女と結婚する意志はないのですから」
王様の命令でもあれば、また事情が変わるかもしれないが、そうでなければ悩む必要はない。
変に暴走しないように、先に結婚の意志がないと釘を刺しておけばいいだけだ。
「……え……」
アイエは俺の言葉に暫し呆然と目を見開いた後に
「……私は、……私は、そんなに、ライナス様にとって魅力がないのですか…⁉……」
そのバイオレットの瞳から、ぼろぼろと涙を零し始めた。
……なんで、そういう解釈になるんだ。
あぁ、もう面倒臭ぇな‼ びぃびぃ泣くな、こんなことで‼
「魅力がないなんて……そういうわけではなく、俺は元々誰とも結婚する気がないだけです」
「嘘です…嘘……私に物語のお姫様のような魅力がないから、ライナス様は結婚を望んで下さらないのでしょう…?」
「……貴女は麗しく、心も清らかな、とても魅力的な女性だ。……だからこそ、俺は思うのです」
俺は、気を抜けば怒鳴りつけてしまいそうになる衝動を堪えながら、そっとアイエの肩を掴んで微笑むように口端を上げた。……多少引きつっているのは、見逃してくれ。王族相手には、できる限り穏便に済ましたいんだ。
「貴女は魅力的な女性だからこそ……貴女が心から好きだと思った相手と結ばれるべきだ。魔王退治の褒美だなんていう、貴女の意志を無視した婚姻ではなく」
俺の言葉に、アイエは涙を止めて、戸惑いを露わに目を丸くした。
「好きな相手って……私は、ライナス様のことを好きですわ。一目見て、好きだと思いましたわ」
「それはあくまで俺の外見が好みだった、それだけです。恋愛は、そんな単純なものではありません……その相手のことを深く知り、嫌な部分もきちんと把握したうえで、それでも好きだと言えるような相手ではなくては、真実な愛にはなりえません。……貴女は、恋に憧れるだけで、恋を知らないのです」
恋愛物語では定番の、それらしい言葉はいくらでも紡ぐことができる。……例え、俺が自身の言葉に一ミクロンの感銘を受けていないとしても。
前世も今世も恋を知らない、知る必要もないと思っている癖によう言うと自分でも思うが、まあそれがアイエに悟られなければ問題はない。
大事なのは、それがアイエに対してどう響くかだ。本物の言葉も、聞き手が耳を塞げば意味がないのと同じで、偽物の薄っぺらの言葉も、聞き手の受け止め方次第では本物になる。
きっと脳内お花畑女には、こんな言葉でもそれなりに響くだろうよ。
……ほら、実際なんか目元とろんとして感銘受けてるっぽいし。…単純だな。楽でいい。
「貴方は本物の恋を与えてくれる男性と結婚すべきだ……だからこそ、俺との結婚だなんて馬鹿げた考えは捨て……」
「……ならば、ライナス様が教えて下さい」
………うん?
アイエは陶酔したような目で俺を見上げながら、俺の手を両手で挟み込んだ。
「ならば、ライナス様が私に本当の恋を教えて下さい……いえ、本当の恋は、私が自分で見つけるものですね……ライナス様のことを、もっと教えて下さい。この想いが、本当の恋になるのか、私は知りたいのです。どうか、私を旅に同行させて下さいませ、ライナス様。けしてご迷惑はお掛けしませんので……!!」
……どうやら俺はまた、墓穴を掘ってしまったらしい。
神様。悪魔。ルーフェリア。
……10歳くらいまで時を戻して、人生をやり直すことって出来ないのか?
…………無理?……まぁ、そうだよな。
どうして、俺の今世の人生こんな展開ばっかなんだ……。
最終的に魔王退治の旅のメンバーが、5人から6人に増えてしまったことはいうまでもない。
そして俺を除く5人の関係が、けして良好とは言えない状態が旅中続くことになることも。
――そんな奴らに囲まれた俺が、旅の間中ろくに小説のことを考える暇すらないことも、な‼




