第8話 才女の末路
ミストの目の前に広がる広大な敷地に建つ建物は、日本が世界に誇る研究所『西村研究所』で、ウェストリア家とは長い繋がりがあり、転生後のミストの転入届に必要な推薦状などの面倒を見てくれたのも西村研究所で、それ以来の訪問にはなるミストがここへ来たのには理由があった。
「おや?ミスト君じゃないか」
「どうも、お邪魔します所長」
「どうしたんだい突然?」
「自分の同級生がここで研究をしているとの事でしたので、一度見せて頂きたいと思いまして」
「同級生?と言う事は、篠目さんちの娘さんかい?」
現在の西村研究所所長である西村 俊二は幼い頃からミストを知る人物で、ミストを知る西村が即座に篠目の名前を上げると、それに頷くミストと共に篠目の居る研究室へ案内する。
世界的に有名な研究所と言う事もあり、学生が行う研究室でも最先端の設備が揃う部屋で一人試験管を見つめる少女にミストは声を掛けると、突然の訪問者に少女は驚く。
「どうも。・・・と言うか、貴方とは始めまして、ですかね?ケイコの親友である篠目 綾乃さん。アヤでいいですか?」
「何!なんで、あんたが此処にいるのよ!?」
「自分は元々この研究所と知り合いだったので、朱鷺宮への推薦状も西村教授に書いてもらいました」
「最近、景子が構ってくれないから、今度は私にちょっかいでも出しに来たの?何せ彼女は今や科学研究部のエースだからね」
先の発表会で知名度を一気に上げた時崎に多少のジェラシーを感じているのか、ミストに話す篠目の口調は少し尖りを感じ、その言葉にミストは彼女の考える目的とは違う事を示すかのように表情を崩さず話す。
「正直に君の研究に興味があっただけだよ。研究発表会で披露した『δ細胞』の可能性は、新嶋さんと違い新たな可能性の証明には十分だった」
「だけど、実際は今でも再現出来ないし、結局は先輩の『δ細胞』の開発待ちだからねー。私の理論だけじゃ『δ細胞』を作る事は出来ないのよ」
「だが、君の方法であれば『δ細胞』のコンパクト化と危険性の軽減は間違いなく可能だ。僕は君の才能に無限の可能性を感じているんだ」
「・・・なによ、それって新手の口説き文句かなんかなの?」
篠目は自身の研究の進捗は結局才女である新嶋次第だと呆れ顔で話すが、それでも称賛するミストに篠目は呆れた表情のままミストへ返事をすると、その悪態にも態度を変えないミストは話を続ける。
「別にそう言った解釈で見られていても構わない。だけど、自分は才能ある研究者に開花する可能性を与えたいだけなんだ。自分自身もまだ偉そうに言える立場じゃないけど、同じ世代だから話せる事だってあると自分は思うんだ」
「景子も確か、『γ細胞』はあなたと共同開発したって聞いていたけど・・・」
「あれはケイコ自身が説いたものであって、自分はその切っ掛けを与えたに過ぎない。アヤの研究だって、火器類に反応し細胞を収縮するオジギソウを使ったアイデアは画期的だったが、オジギソウは酸性寄りの植物だから新嶋さんの中和が必要だ。なら、アルカリ寄りの植物を再度選別すれば可能性は残っている筈だ。・・・例えばツゲとかであれば、葉柄は短く縮小はしないけどオジギソウ同様にコンパクトにする事は可能でないだろうか」
「確かに、私も同じ方法を試してみたけど・・・、ツゲをそこまでは気にした事なんてなかった。・・・あなたって、一体何者?」
「正真正銘、留学生にして貴方と同じ高校生、ですよ」
篠目も事前に調べてはいるだろうとは思っていたミストが、選別した植物の選定理由を聞くと、その知識の幅に同じ年齢を思わせない深みを感じた篠目は驚きを隠せないでいると、ミストは初めて表情を崩し少し口元を緩め篠目の質問に答える。
後日、篠目はミストの事を西村から聞き、彼は世界的に有名なウェストリア家の末裔だと知らされ、あの時の彼の的確なアドバイスに納得が行く。
その後二人は、篠目が研究所へ赴く時はミストも同行し『δ細胞』の研究を進め、新嶋とは違うアプローチで『δ細胞』を発見する。
『δ細胞』は新嶋の手により既に証明され発表済みの細胞であったが、酸性の強い『α細胞』を中和する作業の手間と危険性を考えると、篠目の発見した植物を利用して行う再現方法は遥かに危険性が少ない為、篠目の『δ細胞』の製造方法は他の研究所でも多く利用されるようになり、その細胞は主に漢方薬などの調合剤として使用されるようになる。
そこからほぼ時を同じくして、時崎が発見した『γ細胞』を差見研究所の協力もあり完全再現が成功し、新嶋が抜けた朱鷺宮高校はこの二人の研究者によって再び注目を浴びる事になった。
4月になり卒業した新嶋に代わり生物研究部の部長を務める事になった時崎は、突然の大役に戸惑いながらも新嶋の助けもありなんとか部長役を務め挙げる事ができ、『亜種』に関しても卒業し大学に籍を置いている新嶋と共に他の研究所で『亜種』が現れた対処を一緒に行いながら実戦での訓練も行っていたが、僅か1ヶ月で新嶋に近い動きが出来るようになった時崎に驚きを隠せないでいた新嶋は、免許皆伝の名目で時崎の護身用の銃を渡した。
「・・・先輩、これって」
「結局、時崎さんには『亜種』討伐を手伝って頂く形になってしまいましたので、やはり自身で使える銃が必要だと思い、私の判断ですが選ばせて頂きましたわ。これは3点者射ですが連射も可能な銃『ベレッタ93R』になります。私の『グロック』と比べ重さはありますが、時崎さんは私より力もあり動きは機敏ですので、より制圧力が高い銃をチョイスさせて頂きましたわ」
「わ、わ、私が先輩よりなんて・・・。あ、あ、でもありがとうございます」
「時崎さんの覚悟を受けての、私なりのお礼ですわ。これで貴方も私と同様に、立派な討伐部隊の一員ですわ」
「あ、はい!」
今まで新嶋の脇でサポートして動いていた時崎の能力と覚悟を感じた新嶋は、彼女の力があれば『亜種』撲滅は可能だと考え、銃を渡す事で自身と同格だと時崎へ話すと時崎は決意を感じる真剣な表情でそこ言葉に返事をした。
時崎 景子と篠目 綾乃。
それまで才女と呼ばれていた新嶋が抜けた事で不安視されていた朱鷺宮高校に、彗星の如く現れた二人が開発した『γ細胞』と『δ細胞』のお陰で、『微生物シリーズ』は急速な発展を進む事になる。
だが、その二人の影にはミストの存在があったが、一躍有名となり多忙になった二人と会う機会は減り、時崎もミストとはあの発表会以来、会っていなかった。
「景子、久しぶりー!」
「綾!」
「お互い研究で忙しいから、なかなか会えないよねー」
「綾のレポート見せて貰ったよ。ついに『δ細胞』の具現化に成功したんだね」
「まぁ、景子と違って完全オリジナルって訳じゃないけどね・・・。新嶋先輩の作った基礎を別角度からアプローチした程度なもんだよ」
「でも、先輩の『δ細胞』は強酸が関わるから危険が生じるけど、綾の製法なら殆んど危険が無いから研究員は皆、綾の製法を使ってるって、お母さんから良く話を聞くよ」
「まぁ・・・そう言われると照れるわね~」
互いの研究が佳境に入っていた為、この1ヶ月程は学校へ行く事が殆んど無かった二人は久々の再開に話が盛り上がる。
完全オリジナルでは無かった『δ細胞』に関して控えめな篠目に対し、時崎はその発明は研究者にとって危険性の少ない製法だと褒めると、少しムズかゆそうにその言葉に答えた篠目は、突然何かを思い出したかのように表情を固め、その表情に気付いた時崎は心配する表情で篠目を見る。
「・・・綾?どうしたの?」
「・・・あのさ、私の作った『δ細胞』さ、実はミストと協力して作った物なんだ」
「え!ミストが!?」
「ミストの的確なアドバイスを貰ったお陰で、これは出来たのと同然なんだよね・・・。だから私は正直、満足は行っていない感触は残っているんだ」
「そう・・・ミストが。でも、確かにミストの力は凄いと感じる時があるの。私も結局は『γ細胞』もミストの助言で出来たようなものだし・・・」
「アイツって一体何者なんだ、て思って調べたんだけど、ミストは世界的有名な研究一家ウェストリア家の末裔らしいんだよね」
「私達ってあまり世界の研究界って知らないけど、それ程の家系ならあの実力も納得かも」
「細胞を発明した私達が、歴史の基礎を知らないのもなんだけどさ~。だけど、あのアドバイスって、まるで結果を知っているかのように的確なんだよね~。・・・つまり未来を知っている、そんな感じがするんだよね」
「ははは、・・・まさかね」
真剣な表情であったが冗談にも聞こえた篠目の推理に半笑いの表情で答える時崎は、『γ細胞』にしてもミストのアドバイスがあったからと話すが、篠目が話すミストの素性を聞くと、ミストはなぜ自身でそれを研究しなかったのかの疑問は、篠目同様に考えさせられる部分であった。
暫くし、再び現れた『亜種』討伐の依頼を受けた新嶋と時崎は、二人で力を合わせ『亜種』の討伐に成功し、その後は解析担当である時崎がキメラのサンプルを採取する流れであるが、そのキメラのサンプルを回収した際に時崎は即座にキメラから流れる液体の成分を己の記憶の中から呼び出すと、その答えに震えながら新嶋へ話す。
「せ、先輩・・・。この『亜種』の体内で融合されていた細胞ですが、まだ発表したばかりの『δ細胞』が混ざっています」
「なんですって!確かこの研究所では、まだ『δ細胞』は作っていない筈です。それに、まだ発表されたばかりの細胞ですから、作るには日が浅すぎますし。・・・どうして、こんな所で」
二人が驚く理由はキメラが体内に持っていた細胞で、それはまだ発表されたばかりの『δ細胞』であり、新嶋の事前の情報でもこの研究所では『δ細胞』を使わない事は知っていたが、それ以前に発見されたばかりの細胞である『δ細胞』は未だどの研究所も培養段階である筈で、それがキメラに組まれていた辻褄が合わない事実を感じ困惑の表情を見せる新嶋は、今回『亜種』が発生した研究所での研究内容などを見直す為に自身の大学の研究所へ戻る事にする。
「今回の研究所は西村研究所の系列だったから、もしかしたら、そちらからのルートで細胞が混ざった可能性はないのかしら・・・。研究員の話だと、細胞が混ざる可能性は無いと言っていましたが・・・」
薄暗い研究室で呟きながら資料を見る新嶋は、以前に時崎が『γ細胞』の完成はミストのアドバイス無くして出来なかったと話した言葉を、なぜか突然思い出す。
朱鷺宮高校へ来たミストと言う男が、世界的有名な研究一家のウェストリア家の末裔だと言う事は新嶋も既に調査済みであったが、彼に朱鷺宮高校への推薦状を出した西村研究所とウェストリア家の繋がりを考えた新嶋は携帯電話を取り出し連絡を入れると、暫くして鳴り出した折り返しであろう着信に出た新嶋は驚くべき事実を耳にする。
それは、ミスト=ウェストリアには日本への渡航履歴が無いとの事だった。
だが確かに日本の朱鷺宮高校にミスト=ウェストリアは存在し、彼の推薦先である西村研究所も彼の顔を知っている事と、ウェストリア家からの直々の連絡を受けての事で転入の推薦許可証を出している事は新嶋も知る事実である。
なら、なぜ彼の渡航履歴が無いのか。
それ程の有名な一家であれば、密入国で潜入するリスクを負う必要性が思いつかず、そこまでして日本へ来る理由が新嶋には理解出来ないでいる。
では、彼の目的は一体・・・。
額に汗を浮かべ困惑な表情を見せ考え込む新嶋の脳裏には、一つの仮説が浮かぶ。
「時崎さんと篠目さんが発見した『γ細胞』と『δ細胞』。これは『微生物シリーズ』の基盤となる細胞で、これが培養されれば『微生物シリーズ』の研究は一気に加速する。・・・そして、彼はそれを目的に彼女達を巻き込ませた。彼は・・・、ミストは一体、何をしようとしているの。まるで未来を知る使者のような・・・彼は、一体何者?」
その時、誰もいない筈の日が暮れた暗い研究室に人の気配を感じた新嶋は、隙を突かれ驚くような仕草で後ろを振り向き人影が無い事を確認したが、次の瞬間、自身のこめかみに冷たい鉄の感触を感じる。
それは新嶋が良く知る鉄の感触が自身持つ銃の銃口である事を即座に理解した新嶋は、己の懐にある銃の重さを感じる事で所持している事を確認したが、自身と同じ銃を持つ偶然にしては出来過ぎているその事実に身が凍る思いを感じると、見えない自身の頭上から男性の冷たく低い声が聞こえる。
「・・・貴方には、これ以上『微生物シリーズ』に関わって貰うのは迷惑ですので」
「・・・貴方その銃を何処で!?・・・でも、その弾丸では私を殺す事は出来ませんのよ。それは対『亜種』用に開発された生物弾で、いくら直接頭へ打ち込んでも、ペイント弾程度では今の私にはその程度の攻撃は効きませんのよ」
「・・・貴方に話しているのはお願いではありません、警告です。『微生物シリーズ』は新嶋家が関与せずともいずれ完成します」
「まるで未来を見て来たような言い回しですわね・・・」
新嶋は自身のこめかみへ銃口を向ける人物に、細胞活性化で身体能力が著しく向上している今の状態ではペイント弾でも自分を殺す事は出来ないと話すが、それも全て知っているような返答を聞いた新嶋は、再び相手を動揺させる為に脅しに近い冗談めかした言葉を投げかけると、その人物は動揺する仕草を一切見せずにいる。
「ええ・・・未来とはそう言ったものでしょ?例え貴方が死んでも、誰かが代わりに達成してくれるものですよ。そうやって『微生物シリーズ』も多くの犠牲の下で作り上げられて行っているのです。・・・・もちろん、『亜種』もです」
「貴方は・・・まさか!」
「これ以上、貴方と話しても無駄なようですね。貴方は多分忠告を守らない。ならば次の人が、『微生物シリーズ』を完成へ進めさせればいい事ですので・・・」
後ろに居た人物が話し終えた瞬間、その人物は何の躊躇もなく新嶋のこめかみに向けていた銃のトリガーを引くと、新嶋の頭は深紅の血で染まり、その血は対生物用の弾丸では現れない色の液体は彼女自身の血の色で、それは放たれた弾丸が実弾である事を証明し、頭を貫通された新嶋は即死状態で無抵抗に床へ倒れる。
翌朝、新嶋 美幸は、実弾で頭を貫かれた事での即死の状態で大学の研究室で発見される。




