第9話 三人目の救世主
『微生物シリーズ』の裏の顔を知り過ぎた新嶋 美幸は、翌朝大学の研究室で死体となって発見され、生物研究界の将来を背負う才女の突然の死にマスコミや研究界はパニックに陥り、彼女の死が自殺か他殺なのかの討論が連日繰り広げられていた。
即日に行われた警察の鑑識の結果は、新嶋の頭を貫いた弾丸が新嶋の使っていたグロックに装弾された物と一致し、その銃の使用許可を出していた政府は新嶋の死に関しては『亜種』の関係もあると考えていたが、自身達への関与を最小限に抑える為に原因の真相を追求する事なく彼女の死を自殺の線で決着を着けた事で、その真相は闇の中へ葬り去られる。
彼女の死を知り最もショックを受けていた時崎だったが、新嶋の死後も途絶える事無く現れる『亜種』討伐依頼を彼女に代わり進めなくてはならず、悲しみに浸る暇も与えられない程の激務をこなしていたが、憧れであり自身の才能を見出してくれた彼女の存在を失った今、もしそれに意識する時間があれば自分は壊れてしまうと感じていた時崎は、新嶋のよって与えられた、まるで自身の死を顧みる余裕を与えないような今の環境を感謝するかのように、目の前に現れる『亜種』へ必死に向かっていった。
新嶋の件も一応の決着が着き数日が経ったある日、『亜種』討伐任務と研究に明け暮れていた時崎が久々に登校し、その姿を心配するように友人の篠目がゆっくりと席へ着いた時崎の所へ駆け寄る。
「景子・・・、あんた大丈夫なの?」
「う、うん・・・。未発表の研究とかもあって、なかなか学校へ来る事が無かったけど、先生は公欠扱いしてくれるって」
「そうじゃなくて!あんたの事だって。新嶋先輩がああいう事になってから、あんた学校来なかったからさ・・・」
「・・・綾ちゃん、ちょっと、いいかな?」
「え?今から?」
「う、うん・・・。綾ちゃんに話があるんだ」
1時限目の授業が始まる寸前だったが居ても立ってもいられなくなった時崎は、篠目を誘い授業を抜け、校舎の最上階にある生物研究部の自身の部屋へ移動する。
「へぇ・・・さっすが、部長となると素晴らしい部屋になるのねぇ」
「うん・・・。けど、別に綾ちゃんにこの部屋を見せる為に授業を抜けて連れて来たわけじゃないんだ」
「・・・まっ、それは私も分かってるよ。真面目なあんたが授業を抜け出すくらいなんだからね」
「・・・なんか、ごめんね」
「はぁ?授業を抜ける事なんて私にとっちゃ何時もの事だし、全然大丈夫だって」
謝る時崎に対して何時もの事だと話す篠目は、思い悩んでいる時崎のその表情で彼女が話したい事がある程度把握出来た為、伝統ある生物研究部部長の部屋の珍しさを話しのネタにしながら、話を切り出しづらそうだった時崎をフォローするかのように自ら先に話し出す。
「・・・新嶋先輩の事、でしょう?」
「うん・・・」
「私も先輩の死について疑問を抱いているし、警察は実弾で殺されている先輩をまるで自殺の線で解決しようと必死だったしねー。それに、まるで事件の真相を闇に葬り去るようなあの迅速な進め方を見れば、そりゃ鈍感な私だって分かる事よ。・・・それに、例の細胞の件もあったしね」
ある程度察しの付いていた篠目の言葉に、説明する手間が省けた事に少しの負担軽減による安心感を抱いていた時崎は、以前は新嶋が座っていた部長の椅子の背もたれを手で摩りながら口を開く。
「表向きは、私が生物研究部へ入れたのは前回の発表愛の評価と言う事になってるけど、実は別の理由に私が了承した事で、先輩がその対価として推薦してくれていたの。それは、『微生物シリーズ』によって発生した『亜種』を討伐するプロジェクトへの参加だったの」
「『亜種』の討伐?」
「研究の融合過程で失敗し現れた凶悪なキメラは『亜種』と呼ばれてて、それを悪意で作っている事を知った国の命令で、銃の使用と『亜種』の討伐許可を私と先輩は得ているの。私達の使命は、『亜種』の討伐とそれを悪意で制作する者を探し出す事。・・・そして、先輩が亡くなったあの日、私達はまだ作られていない筈の『δ細胞』の一部を討伐したキメラの中から発見して、その真相を突き止める為に研究所へ戻った先輩は次の日、自分の銃で撃たれた死体となっていたの・・・」
「ちょい待って!『δ細胞』は新嶋先輩が発表してから、まだ3か月も経っていないから具現化なんて無理な細胞の筈だよ。私の作った『δ細胞』だって先輩よりも早いと言っても、具現化するのはあと2か月は掛かる筈だよ」
「でも、どちらの精製方法で作ったかはまだ結果が出ていないけど、私がキメラから採取した細胞は、間違いなく『δ細胞』だったの・・・」
「そんな・・・。と言う事は、他の誰かが新発見の細胞をわざわざ発表せずに隠してたって事?それに何の得があるって言うのよ。現私達が発見した二つの細胞のお陰で、『微生物シリーズ』の研究速度は飛躍的に進んだくらいの世紀の発見なのに・・・」
「先輩もそれが気になって研究所へ戻ったと思うの。世紀の発見である細胞を、なぜ世間に公表せず『亜種』を作る為だけに使ったのか。・・・でも、唯一分かる事は、その人物が間違いなく、私達討伐部隊の探している『微生物シリーズ』を悪用する人間である事なの」
「それで、景子はここ数日学校へも来ないで、原因を探る為にずっと『亜種』と戦っていたって訳ね」
「・・・うん」
「でも、これって国家機密に近い事なんじゃないの?そんな事簡単に私にしゃべってもいいの?」
時崎は、新嶋と共に『微生物シリーズ』によって現れた『亜種』と戦っていた事と、新嶋の死体が発見された前日に、二人が討伐したキメラから『δ細胞』を検出した事を話すと、その細胞を発見した篠目は培養され具現化するには早すぎると即座に理解し驚くと、時崎はその時何かを感じた新嶋は、自身の研究所へ戻った所で何者かの手により殺されたと続けた話しに、新嶋の死が国家ぐるみで葬り去られた事に感づいていた篠目は、時崎の語る話は間違いなく国家機密であろう内容に心配そうな様子をする篠目に、時崎は言いづらそうな口調のまま話を続ける。
「・・・これは、綾ちゃんの返答次第、なんだけどね・・・。先輩の後手だったとは言え、綾ちゃんが発表した『δ細胞』の培養速度と危険性の低下の功績は、『δ細胞』の汎用性を広げたと思うの」
「何?その他人行儀的なセリフは?そんな話し、散々聞き飽きたけどね。そうは言っても、結局は先輩の二番煎じ、次は完全オリジナルを目指したい所だけどね」
「・・・その、・・・わ、私と一緒に、その討伐を手伝って貰えないかなって、思っているの」
「えっ!私が!?」
「べ!別に、無理にとは言わないの。さっきの話だって口外しなければ問題ない事だし・・・」
「口外って・・・、国家機密をそんなに簡単な・・・」
時崎の他人行儀な言葉に不思議そうな表情で答えた篠目に、時崎は自身と一緒に『亜種』の討伐を頼みたくて機密を話した事を告白するが、もし断っても話さなければいいと慌てる時崎にあきれ顔で答える篠目だったが、自身の話している内容に気付き焦りを覚え黙ってしまった時崎の姿を見に笑みを見せ篠目は口を開く。
「まっ、いいんじゃないの?私も秘密を知っちゃった事だし、私も先輩の死の真実を知りたい。それに、そんな危険へ向かう友達を見捨てる訳には行かないじゃん」
「・・・綾ちゃん、ありがとう・・・」
時崎の必死の嘆願に、篠目は少し照れくさそうに鼻を指でこすりながら了承すると、その言葉を聞いた時崎は感極まりない嬉しさと、新嶋のような無残な死を経験させてしまうかも知れない不安が混ざり合う戸惑いの両方の感情から出た涙を浮かべ篠目に感謝をする。
時崎から『亜種』討伐隊として推薦を受け、それが正式に政府から認可された事で、篠目は3人目の『救世主』として、以前の時崎同様に銃の扱いなどのトレーニングを積み始め、元々運動神経は悪い方では無かった篠目は1ヶ月が過ぎた頃には予定よりも早く細胞活性化の作用に耐えうる体を手にし、時崎は新嶋が作った生物研究部の秘密倉庫に残した武器庫から一丁のリボルバーを選択し篠目へ手渡す。
「綾ちゃん、私も新嶋先輩から銃を譲り受けた時は、あくまで研究員としての護身用で貰ったの。・・・でも、先輩の居ない今、私は綾ちゃんを頼るしかないの。・・・お願い、私と戦って貰える?」
「何をいまさら~。私にも薬に耐えられる力は付いたし、実際に服用もしちゃったしね。景子や先輩なみに役に立てるかは分からないけど、景子が私を頼りにしてくれているように、私も景子を頼りにする。だから、一緒に頑張ろうよ」
「・・・ありがとう、綾ちゃん」
冷たい銃口を持つ実銃を時崎から手渡された篠目は、初めて感じるその感触に己が選択した事の重さを改めて実感すると共に、これまで彼女達はこの重圧感を背負い戦っていた事を感じると篠目のその体の震えが止まらなかったが、それ以上に震えていた時崎を見た篠目は互いに助け合い頑張ろうと励ます様に時崎へ話すと、時崎は目に大量の涙を見せ感謝する。
『微生物シリーズ』の研究速度を比較的に引き上げた朱鷺宮高校の天才二人は、『亜種』討伐と新嶋を殺めた人物を特定する為、討伐隊として見えない未知の敵へ挑む事を誓い合った。
だが、『微生物シリーズ』の全てを知る人物が、新嶋を殺した人物以外にこの朱鷺宮高校に居る事を、時崎達は知る由も無かった。




