第6話 生物研究部の才女
時崎が『研究発表会』で発表した『γ細胞』と言う世紀の発見に会場が驚きと歓喜に包まれた発表会4日目の影響もあり、4日目が終わったのは予定よりも大幅に遅れる時間となった。
そして最終日である5日目。
この日だけは異様な様相を見せる日になる。
それは卒業を翌月に控える最上級生5年生の発表会であり、各就職が決まった研究所から採用した生徒の成長ぶりを確認する為に大勢の研究員が朱鷺宮高校を訪れ、会場にはスーツ姿の人間が多く集まる青田買いの展示会場のような異様な空気に包まれる。
卒業を控える5年生のほぼ全員は進路が決まっているこの時期に行われる発表会はあまり意味を持たないと思われがちであるが、この発表次第では直前での内定取り消しやトレードと言う形で就職先が突如変わる可能性もあり、卒業を控えた5年生もこの研究発表会は一切気の抜けない場になっている。
そして、この日は会場中が注目する生徒が壇上へ上がる。
美しく巻かれたロングの栗毛を緩やかに揺らしながら現れた女性は、昨年の発表会で4年生でありながら大賞を受賞した、今年の生物界で最も話題になっている才女『新嶋 美幸』で、朱鷺宮高校史上初の研究発表会の連覇が掛かる今回は、各研究所からも彼女への注目が集まっている。
新嶋の卒業後の進路は研究所へ行かず大学の研究室に編入する予定の為トレードなどの動きは無いが、編入後卒業となる2年後の進路先として受け入れる為に今から贔屓にしてもらおうと各研究所は躍起になっていて、前日の時崎の世紀の発表がかき消されているかのように会場は彼女に注目している。
凛とした表情で壇上に立つ新嶋は、ゆっくりと口をマイクに近付け流暢に話し始める。
「私の研究発表は『α細胞とβ細胞の進化』です。植物起源であります『β細胞』の進化を既存の細胞と合わせる事で、新種『δ細胞』の開発に近付けさせる提案です」
2日目で篠目が発表した植物の細胞を使って『δ細胞』を開発する提案とは違い、既存の細胞を組み合わせる事で『δ細胞』を作り出す新嶋の考える理論は、確かに既存の微生物細胞との組み合わせは新種の細胞を開発しやすいが、その研究は既に出し尽くされていて今更感があるのが正直な所で、朱鷺宮高校切っての才女の発表にしてはお粗末ではないかと、場内は多少のざわめきが起きる。
だが、その事も含め新嶋は計算済みであり、提案と話したのもそれと同様で会場内を驚きと裏切られ感を演出する為の新嶋の作戦であり、ざわめく会場の中心に居るにも関わらず先程同様の姿勢を崩さず話を続ける。
「消化器系と言われる『α細胞』に『β細胞』を組み合わせるとどうなるかは会場の皆さまは既に知っておられると思います。・・・ですが、もし強力な酸を発生する『α細胞』を中和出来る事が出来ればどうでしょうか?」
『α細胞』は別名消化器系細胞と言われ、強力な酸で物質を溶かす力を持つ細胞で、反対に『β細胞』は粘度のあるアルカリ性である為、互いの細胞同士の融合は有毒ガスを発生させる危険がある事は、研究者以前に中学校の理科で習うレベルである。
だが新嶋は『α細胞』の消化器系機能である強力な酸性を中和する事で新しい要素が出来る事を提案し、中和された『α細胞』を『β細胞』に加える事で『β細胞』を進化させ『δ細胞』を作る事を発表しようとしていた。
「『α細胞』の中和は動物性ではありますが、『β細胞』と違い小動物や昆虫系に近いので、蚊の持つ分泌液を加える事で『α細胞』の中和に成功しました」
新嶋の言葉にざわついていた会場は一気に静まり返り、次に出る発言を今かと待つかのように会場はいつの間にか静寂を取り戻していた。
「・・・私は、中和した『α細胞』と『β細胞』を掛け合わせる事で、『δ細胞』の発見に近付けた事をここで発表致します」
時崎同様に新嶋の『δ細胞』は新種として発表できるレベルではないか、『微生物シリーズ』が始まって『α細胞』と『β細胞』が発見された以来、暫く発見されなかった新種の細胞が僅か5日間で少女二人によって『γ細胞』『δ細胞』の二つが追加された事は、生物研究界としては重大な5日間となった。
「あー惜しいな!まさか新嶋さんも新細胞で来るとはー!」
「そう言っても、綾だって『δ細胞』で勝負したじゃない」
「・・・まぁね。でも、新嶋さんの研究に比べれば全然比べ物にならないよ。さっすが、生物研究部部長ってところよね」
朱鷺宮の生物研究部は全国的に有名で、その部長を務める新嶋は全校生徒の憧れで、生物研究部は生徒の使う研究室とは別に研究所並みの設備が揃う施設を使用出来るが、入部には推薦が必要で、時崎のようなコネの無い生徒は入部出来ない敷居の高い部でもある。
数日後に発表された研究発表会の結果は、大方の予想通り2年連続と言う前人未踏の記録を作った新嶋の大賞受賞で幕を閉じたが、次点で選ばれた時崎の予想外の大健闘が今回の波乱として話題となり、今年卒業となる新嶋に代わり、来年は時崎がこの朱鷺宮高校の頂点として『研究発表会』を迎える事となった。
時崎はミストと共に引き続き『γ細胞』の開発に向け研究を続け、発表会での評判のお陰もあり母親の勤める差見研究所からの共同開発の話が入った事で、時崎は本格的な研究を進める事になった。
朱鷺宮高校史の歴史に残る世紀の研究発表会も終わり今年度も残す所僅かとなった3月の末、通常へ戻った授業を受け終わり窓から見える景色が茜色から薄暗い闇へと変わろうとしている時間に、時崎は研究を行うため一人自身の研究室へ向かっていた。
時崎の教室から自身の研究室へ行くにはバイパスように分かれた教室から中央の広い廊下から別のバイパスへ行く事で辿り着く為、全ての生徒が利用する中央廊下は授業を終えた多くの学生で溢れていて、前回の発表会で一躍有名になった時崎を見つけ噂話をする上級生や憧れの視線を送る下級生などの視線を痛い程感じながら、それを苦にするかのように下を向きひたすらに時崎は研究室へ向かう。
中央廊下から研究室へ行くバイパスへ向かう途中、時崎の前に気品高き一人の女性が道を塞ぐように立っていて、避けてもらおうと時崎はその生徒を見上げると、その見覚えのある姿に驚きの表情をする。
時崎の目の前に居る美しいカールの掛かった金髪をふわりと揺らす優雅な姿は、先日『研究発表会』で大賞を争った朱鷺宮高校の才女と言われる新嶋で、その髪型同様に柔らかな表情を見せながら不意を突かれ共同不審な時崎に話しかける。
「時崎さん、よね?」
「・・・え、え、え、あ、はい!」
「そんなに驚かないでね。私こそ急に現れて申し訳ございません」
気品の高さそのままの流暢な口調で時崎に話す新嶋突然の登場に驚く時崎に軽く謝罪をした後、カールの掛かる蜜色の美しい髪をふわりと揺らし上品な笑顔で話を続ける。
「先日の発表会、貴方の『γ細胞』の発表にとても関心がありまして、是非、私に協力して欲しい事がありますの」
「・・・協力、ですか?」
「ここではなんですので、こちらへ」
新嶋の細く艶やかな手で時崎の手を握り、その美しい手に同じ女性でも動揺を隠せない程に慌てる時崎を連れて新嶋が訪れた先は、朱鷺宮高校の部活で最も人気が高く同時に格式の高い『生物研究部』の部室の前であった。
目の前の扉は歴史が感じられる古さを感じる木製の扉であったが、その扉の木の質は見た目からでも感じられる重厚感が感じられ、扉の前で躊躇する時崎を横目に新嶋はその扉のノブにためらう事なく手を伸ばすと、その扉は見た目よりも軽快な音を立て開かれる。
時崎は『生物研究部』の部室に入るのはこれが初めてで、格式高い『生物研究部』も新入生説明会での部活紹介で特別に一般公開される時があり、通常では見られない『生物研究部』を見ようと大勢の新入生が訪れ、朱鷺宮高校へ入学する殆どの学生はその時に部室を見ているが、時崎はその格式の威圧感に負け、説明会では部室を見学していなかった為、今回が初めての訪問となる。
校舎最上階の一フロアを使用している『生物研究部』は、とても一高校とは思えない程の研究設備が揃う広大な施設になっていて、この部室があれば研究所へ行かなくても研究が進められる程の部室では今も多くの生徒がこの研究所に滞在している。
部員に挨拶される新嶋と共に広大な研究室を抜けた先には再び廊下が現れ、廊下に設置される複数のドアは各部員が使える個々の研究室があり、その長い廊下の一番奥にある一際重圧感の感じる扉こそ部長のみが使える伝統的な部長室であり、部長である新嶋はその扉を躊躇なく開けると、生徒でも限られた者でしか入る事が出来ない伝説の部屋へ時崎は一歩を踏み出す。
「ここが、生物研究部部長の部屋・・・。」
「でも、ほかの部屋とは対して変わらないですし、少し日当たりが良いだけですわ」
憧れの表情で周りを見渡し興奮気味に話す時崎に少し笑みを見せた新嶋は、時崎を目の前の応接用の椅子へ案内すると、近くにあった鮮やかな黄色の陶器から紅茶を注ぎ、自身の分と二つのティーカップを置いた新嶋は、時崎の対面の椅子に腰を降ろしたのを確認すると話を始める。
「私は今回の発表会での貴方の才能を拝見して、貴方にある事を協力して欲しいと思っていますの」
「私に・・・ですか?」
「ええ、先日の発表会での貴方の研究成果を見て確信を得ました。貴方であれば『微生物シリーズ』の裏の顔を止められる人物だと」
「『微生物シリーズ』の裏の顔、ですか・・・?」
『微生物シリーズ』は世間では万能薬を開発する為の研究だと認識していた時崎は、新嶋から発せられた突然の一言に戸惑いと衝撃を受け、自身の言葉によって驚きの表情をさせてしまった時崎に、新嶋は時崎が冷静さを取り戻すのを待つかのようにゆっくりと席を立ち、自身の背中にある窓から外の様子を見ながら暫く間を置いた後に話を続ける。
「時崎さんは、私の家系をご存じですよね?」
「え?え、え、はい。確かお父さんは環境大臣だと・・・」
「そう、私の父は現環境大臣の新嶋 友幸ですが、元研究者でもあります。父は『微生物シリーズ』の研究に携わっていたので、環境大臣になった今でも分野が違うこの『微生物シリーズ』の進捗を常に気にかけていました。・・・そして、数年前から起きている奇妙な現象に気付いた父は、自身が主導のプロジェクトを極秘で立ち上げて真相究明を進めていましたが、最近は公務との両立が厳しい状況になった父に代り、私がその国家プロジェクトへ参加しております」
「え!せ、先輩がですが!?」
新嶋の家族は母親が国会議員であり父親は研究者であったが、公務をする母親の推薦で環境大臣へ任命され今に至っていると話す新嶋は、最近起き始めている『微生物シリーズ』の奇妙な現象に気付いた父親は、その謎を解明する為にプロジェクトを極秘で立ち上げていたが、公務が忙しくなった現在は父親に変わり新嶋が一部の官僚に交じり国家プロジェクトへ参加していると話す。
「私の参加するプロジェクトは、『微生物シリーズ』の奇妙な現象の解明と、それを起こした人物を特定し排除する事で秩序を守る事。・・・そして、その奇妙な生物の排除です」
「奇妙な生物・・・」
時崎に背中を見せたままの新嶋が語った言葉がまだ理解出来ていない時崎に振り向いた新嶋は、気品溢れる優しい表情で話す。
「今お話しした生物排除に関しては、私が政府から密命を受けている仕事ですが、時崎さんにはその能力を使って『微生物シリーズ』の悪用を防ぐ方法を思案して頂きたいのです。・・・ですが、このプロジェクトに関わる事には違いはありませんので命の危険は常に付きまといますので、一応護身的な意味で簡単な訓練はお願いしたいと思っております」
「く、訓練、ですか・・・」
「・・・時崎さん、貴方の答えをまだ聞いていませんが、貴方にお願いした事がどういう事なのかは百聞より一見ですので、『微生物シリーズ』の裏の顔と言われている部分へご案内致しますわ」
その優しい表情から語られる言葉以上に重みを感じて緊張気味の時崎を見て、新嶋は優しく微笑みを見せながら自身の机から離れ部屋のから校内のエレベーターへ案内すると、エレベーター中で突然新嶋が取った行動に時崎は驚きの表情を見せる。
新嶋はエレベーターの非常用ボタンを何の躊躇もなく何回も押しだす。
通常、その行為は故障時などの緊急手段として使われるが、特に何も起きていない場面で新嶋が起こした奇行に時崎は慌てるが、新嶋が押した非常用ボタンはその後特に何も起こらず、やがて落ち着いた時崎は彼女の行動に疑問を感じた瞬間、エレベーターは校内ではありえない地下へと進み降下して行き、やがて移動が終わったエレベーターの扉が開いた先は、時崎が今までこの学校で見た事のない光景が広がる。
それは聞いた事のない鳴き声で無く動物など、不気味な生物が存在する広大な地下庭園だった。




