第5話 才能開花の瞬間
朱鷺宮高校の恒例行事となっている『研究発表会』まで1週間を切った。
時崎は『部生物シリーズ』の新種となる『γ細胞』の仕組みを発見し、来年に控える就職活動に向けスカウトされる為にも今回の発見で高順位を取りたいと考えている。
研究一家ではない時崎の家族の母親は日本有数な差見研究所の研究員ではあるが、父親は一般人であった為、派遣社員である母親の力では時崎を母親と同じ研究所へ就職させる事は困難であった。
時崎自身もそれを知りながらも朱鷺宮高校を選択した理由は幼馴染の篠目と一緒に通いたかった為だけで、特殊な学校である朱鷺宮であってもコネが無い状態では就職先は無く、大学進学を考えていない時崎にとって来年に控える就職活動に焦りを覚えているのが現状で、『研究発表会』での成績は各研究所へも知られる為、その順位と研究テーマ次第では時崎のようなコネの無い生徒でも有名な研究所からのスカウトで一発逆転も可能なのだ。
「お姉ぇ、遅いよぉ~。」
小振りだがデザインセンスの光るグレーの扉を開く時崎の先に待っていたのは妹の奈緒で、玄関で靴を脱ぐ時崎をせかす様に、奈緒はその先から漂う甘い香りのするリビングへ時崎の手を引きながらつれて行く。
「あなた、また失敗したの?」
「えへへ・・・。だって私だとどうしても上手く行かないんだもん」
「あなたは湯せんが粗すぎるから上手くチョコが固まらずにダマになるのよ」
「分かってるけどさぁ~。でも、私ってせっかちじゃない?こうゆうのって向いてないのよ」
「まったく・・・、貸してみなさい」
季節も2月に入りバレンタインデーへ向け奈緒が手作りチョコを作っていたが、毎年失敗作になる妹の料理の腕前を懸念する景子は、「どうしてチョコも溶かす事が出来ないんだろう」と呆れながら奈緒が失敗し散らかるキッチンへ向かい、湯を溜めたボールに再び板チョコを入れ湯せんを始める。
「ここでキチンと板チョコを細かくしないとムラが出来るのよ。いつも言ってるじゃない」
「いや~、そうだっけ?」
時崎の家族は両親と4つ下の妹奈緒を合わせた4人家族で、時崎は長女らしくしっかりした性格であったが、それが故にお気楽になってしまう奈緒にいつも手を焼いていて、 昔から共働きで帰りの遅い両親であった為、普段の食事や家事などは二人で分担していたが、一向に女子力の上がらない妹に時崎は少し心配している。
「もう、あなたも来年は高校生なんだからしっかりしてよね」
「そうだよね!久々にお姉ぇと一緒に学校行けるんだよね!」
「・・・って、あなた朱鷺宮を受けるの!?」
「そうだよ」
艶のある黒髪を靡かせ驚いた表情で奈緒を見た時崎は、あっけらかんと答える奈緒にため息をついて口を開く。
「・・・あなたね、私がどれだけ苦労して朱鷺宮に通っていると思っているの?あそこは研究一家じゃないと就職先が無いんだから、普通の高校へ行って進学した方が学費も安いし親孝行になるわよ」
「でも、それはお姉ぇが道を開いてくれてるんでしょ?私あの制服に憧れているし、お姉ぇが居れば絶対大丈夫だって」
「・・・その根拠はどこから来るんだろうね」
昔から助けられているからこその信頼を感じている奈緒は、姉が開拓する新しい道があれば心配ないと話し、その話を聞いた時崎は少しこそばゆい気持ちになりながら、ゆっくり溶けて行くチョコのように二人は他愛のない会話を続けた。
それから数日後、朱鷺宮高校最大のイベントである『研究発表会』が開催される。
専攻科の為5年まである学年の1年から一日毎に発表が行われ、校内にある全校が治まる広大なホールで発表を行う。
日程は全部で5日間あり、終了後即座に審査に入り結果は翌週に発表される仕組みで、まず初日の新入生から発表が始まる。
全校生徒参加が絶対条件であるホールには大勢の生徒と教授や来賓者が集まり、それは一介の研究発表会とは違う緊張感漂う場所となり、一人一人の生徒が約千人を越える前で発表を行う時の緊張感は、将来世界各国の発表会などで怖気づかないようにとの校長の配慮でもあった。
新入正である1年生のテーマはまだ中学の延長線に近いテーマであり、あくまで場の雰囲気に慣れて貰う事が大切になっているが、2年生以降は本格的なテーマを求められ、下級生でも上級生を超えるテーマや成果発表は良くある事で、他の学校と違い既に実力主義が芽生える場所でもある。
そして研究発表会4日目、ついに時崎達4年生の発表が始まる。
留学生として途中入学したミストは今回免除されている為、他の生徒と違い発表する控え室ではなく客席であるホールで時崎の発表を待つ。
「ねぇ景子、どんな感じ?」
「う、うん。今回は結構自身があるんだよね。後は私次第、かな?」
「控えめな景子にしては大胆な言葉だなー。私は次世代細胞なんてカッコイイ事書いちゃったけど、結局は組み合わせで苦戦して結果は出なかったんだよね」
「・・・あ、私も綾と同じテーマに近いんだけどね」
「そうなの!?で、上手くいったの?」
「私の行っている施設じゃ証明するのは難しいから、とりあえずは仕組みの説明をする予定」
「スゴイじゃん!普通に新発見じゃない!」
「で、でも証明が出来ていないから・・・。それに、ミストが手伝ってくれたから出来たのであって私一人では辿り着く事は出来なかった」
「ミストって、去年来たあの留学生!?」
篠目も同様なテーマで研究をしていた事を知った時崎が『γ細胞』の仕組みを発見した事を話すと、篠目は驚きの表情で時崎に話す。
世界的に有名な『西村研究所』へのコネがある篠目であれば『微生物シリーズ』の細胞を利用し新種の要素を見つける程度であれば朱鷺宮高校へ通う高校生であれば驚く程の事実ではなかったが、時崎の発見した新しい元素として成り立つ新種の細胞の仕組みを発見する事はまた別で、それは高校性が編み出す範疇を凌駕している為、篠目が驚くのも不思議な事では無かった。
時崎は『γ細胞』を発見出来たのはミストのお陰だと続けて話すと、篠目はクラスの違うミストの存在は最近来た留学生程度にしか認識しておらず、ボヤケタ表情で時崎の話を聞く。
暫くすると発表の順番が時崎のクラスへ回って来て、名前の順で先の篠目が先陣を切ってホール中央にある壇上へ歩む。
篠目のテーマは『次期新種細胞δ(デルタ)細胞の可能性』で、『微生物シリーズ』は現在『α細胞』と『β細胞』が正式に発表されていて、時崎が発見した新種の『γ細胞』と違い『δ細胞』は生物由来の細胞で、その存在はある程度解明はされつつある細胞であったが、まだ正式には証明されていない細胞である。
篠目は『δ細胞』を完成させる為に必要な要素として『オジギソウ』を使い、その刺激によって細胞を失った際に起こる細胞の圧縮を利用する事で『δ細胞』をコンパクトにする事を提案するが、その失われる細胞を採取する方法が確立されていない為証明が出来ず、あくまで理論の提唱で今回の発表を終える。
篠目の話を聞いたミストは、彼女の考える独創性はまさしく『δ細胞』を作るには不可欠だと知っている為、『δ細胞』を作る為に彼女も利用するのも悪くは無いと考えながら彼女の発表を見つめている。
ついに時崎の出番になり、上がり症の時崎は昨年の緊張のあまり自身の意見を殆んど言えず終わった発表会を思い出し己の体に鞭を打つように頬を強く両手で叩く。
「よし!」
「景子、頑張って!」
小声で小さく気合いを入れる時崎へ壇上から戻る篠目が声を掛け、その言葉を聞き表情を引き締めた時崎は壇上の前に立つ。
壇上から見える景色は円を描くように360度全てが人で埋め尽くされ、その人間の熱気や吐息が聞こえそうな張りつめた空間に時崎は吐き気を覚えるような眩暈に襲われそうになる。
家族ではしっかり者で通っている時崎は内弁慶的な性格であり、外へ出ると控えめで大人しい性格になってしまう為、こう言った大勢の前での発表は不得意であった。
だがここで失敗すればせっかくにチャンスを不意にしてしまう可能性もあり、既に提出してしまった論文を来年も使う事は出来ない為、これ程の発見をした今年は自身にとっても最後のチャンスかも知れないと考えた時、覚悟を決めた時崎は乱れる脈と眩暈を抑えつけるかのように大きく深呼吸し震える口調で話し始める。
「え、えと・・・私の発表は、『微生物の可能性』に関する発表になります・・・」
乱れる脈のせいでせっかく吸い込んだ息は動きの速い心臓により全て持って行かれ、僅か1行の文章を読むのに時崎の呼吸は大きく乱れるが、時崎は再び深呼吸し、体へ大量の空気を送り込んだ後、再び話し始める。
「こ、今回私が提唱するのは、『微生物シリーズ』での新種となります『γ細胞』です・・・。『β細胞』の次に位置するγと名付けた訳は、『β細胞』同様に動物の細胞を取り出したからで、・・・えー、『γ細胞』は四足歩行動物の細胞にわざと酸素を欠乏気味にする事で細胞自身が危険を感じ、細胞自身が独立して生きる力を持つ事を確認しました」
時崎の提出したレポートである程度の説明は会場に居る全員は分かっていたが、それは篠目のようにあくまで提案に過ぎない空絵事としか理解してなかったが、それを時崎が説明した事により会場内は一転どよめきと化し収集の着かない様相と化している。
細胞自身が生きる力を持つ、それは新たなる生物の誕生を意味している事で、先程までのどよめきが一気に治まると、会場全体は時崎の次の発言に意識を集中するかのように静まり返ると、その雰囲気をまんざらではない様子で見ていた時崎は、先程までの緊張した姿とは違い凛とした姿で壇上に立ち話始める。
「わ、私は酸素欠乏による抗体を持とうとした細胞から『γ細胞』を取り出せる事を証明しました」
時崎の口から発せられた『γ細胞』を証明する発表が終わると、静まり返っていた会場中から驚きと盛大な拍手が送られる。
その瞬間、まだ発表レベルであるが『微生物シリーズ』に新たなる細胞『γ細胞』が加えられた瞬間であった。
「ふーん・・・。時崎 景子か、なかなかやるな」
クラスが違う為、次に出番を待つ控室のモニタでその状況を見ていた司馬は、今回の時崎の発表を聞いた事で、今まであまり知らなかった彼女の存在を知る事となる。
そしてもう一人、最終日に控える5年生の一人の女子が時崎の発表を見て司馬と同様に彼女の名前を覚える事になり、それが『微生物シリーズ』の結末を大きく変える事となる切っ掛けとなる。




