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第4話 ミストを知る人物

 ミストが時崎へヒントを与えた『微生物シリーズ』の次なる細菌である『γ細胞』の構造を証明する為、二人は時崎の母親が勤める差見さみ研究所へ赴いている。


 差見研究所は世界的に有名な『西村研究所』に次ぐ知名度を誇る研究所で、国の援助を受けているその建物は近代的なデザインのガラス張りの清潔案のある建屋で、入り口も外部からの菌などが混入しないように重厚な二重扉と監視カメラで監視されており、その厳重なセキュリティーの中に紺のブレザーを来た場違いな恰好の二人組が映ると、警備員は即座に二人に身分提示を求めたが、時崎の証明書を見せる事で先ほどまで警戒していた守衛は表情を戻し二人を先へ進ませる。


「やはりニッポンのセキュリティーは万全だね。一度入出した人間でも怪しければ警戒を怠らない」

「あはは、こんな研究所に制服で入るのは私達くらいだしね・・・」


 警戒心を常に持つ日本の守衛に感銘するミストに戸惑いながらも笑顔で答え廊下を進む時崎達の前に重厚な構造をした扉が現れ、時崎はその扉に自身の持つ証明書をかざすとその扉を引きずるように重くゆっくりと開いて行く。


「あら、景子来たの?」


 厳重なセキュリティーが続いた先で緊張感を忘れさせるような陽気な声で時崎を呼ぶ人物は時崎の母親で、その様子からして時崎の母親はこの研究室ではトップの人間だとミストは理解し、なぜ時崎は研究員として恵まれていなかったのか疑問に思ったが、その答えは即座に分かる事になる。


 母親と軽く挨拶を終えた時崎は、その先にある研修室へ向かい目の前に現れた扉を開けた先の光景は学校の研究室と変わらぬ広さ程度で、唯一の違いは遠心分離機などの機器が揃っている程度であった。


「ケイコ、君の母上はあの研究室では高位の人ではないのか?」

「ええ・・・、まぁ・・・」

「なら、なぜその娘が使える研究室としてはあまりにも質素ではないか?」


 研究室の周りを見渡しながら質問するミストの表情は納得の行かない様子であったが、その表情を見た時崎は視線を落とし話す。


「確かに私の母はあの研究室に責任者でもありますが、あくまで雇われの身なので待遇はあまり良くありません・・・」

「雇われの身?」

「俗に言う派遣社員的な立ち位置です。責任だけ重くなって待遇は変わらない・・・。けど、私が施設を使えるようにする為に、母はその事に文句も言わずに仕事を続けています・・・。母の行った研究成果は全て上司の物になり、失敗した際の責任は全て母が背負う・・・そんな綱渡り的な立場でしかありません」

「なるほどな、研究員としては認められてはいるが・・・と言う訳か」


 少し悲しげな声で語る時崎を見たミストは以前に彼女が話した家庭環境を思い出し、父親が一般人であるが故に権力が無い事の劣等感を時崎は感じていて、その反動こそが彼女の生物研究のみに発揮される驚異的な能力を生み出している起源ではないかと感じる。

 そして、やはり彼女こそ自身に必要な人間だと改めて感じたミストは、設備こそ不十分だが、自身の助言があれば『γ細胞』の完成は可能だと考え、研究を進めた二人はその日のうちにこの時代ではまだ発見されていない『γ細胞』を導き出す為の一つである元素を発見し、数日後には『γ細胞』を発見する。


 『γ細胞』完成までの道のりはミストの助言もあったが、その殆どは時崎自身で導き出した答えであり、若干19歳の少女が起こしたその奇跡に、ミストも『微生物シリーズ』に関しての知識は持っていても実現させるにはまだ時間が掛かると感じていたそれを予想以上に早く実現出来た事で、時崎の力と自身の経験が合わされば『全知全能の神』と『レイラ菌』の起源を解明する事が出来るのではないかと、ミストは密かな期待を抱いていた。


 学校ではクラスが違うので普段は顔を合わせる機会が少ない二人は、日中は別々で行動し放課後に二人で研究を続ける日々を送っていた。

 ミストのクラスは30人程で、やはり研究所の跡取りや両親ともに研究者などの生徒が多数を占めるが、その中でも時崎のようなコネクションの弱い生徒も存在する。


 ミストのクラスに居る一番の秀才は『司馬しば 龍馬りょうま』で、彼は今後の日本の生物学界を背負って行くとまで言われる存在だが、彼も時崎同様に研究一家ではない異例な家族構成で、母親は病気で早くに死別していたが、父親はこの朱鷺宮地域を牛耳る人物で、その影響と司馬自体の驚異的な才能が研究一家でない筈の司馬がこの学校で有名人である理由である。


 司馬に興味を持ったミストは、彼の今回の研究発表会のテーマも知る為に周辺で情報収集を行うと、彼のテーマが『α細胞の消化器系粘液を使い細胞を活性化させる研究』だと言う事を知り、その内容が時崎同様に高校生離れした内容だった事にミストは驚く。


 『α細胞』は消化器系の細胞で、主に老化による体内での消化器系の衰えに対し効果的な細胞として脚光を浴びた細胞で『微生物シリーズ』としては一番初めに発見された細胞であり、その研究は殆んどし尽くされたと言われている。

 だが司馬は『α細胞』を他の細胞活性化に使う事を提案し、もしそれが実現出来ない事だとしてもその奇抜な発想は、30年後でも『α細胞』がなぜ『微生物シリーズ』の中で一番研究時間を掛けられている理由を知ると共に、『α細胞』は消化器系の促進剤であるとしか理解出来ていなかったミストには到底発想出来る事では無いその彼の想像力に、自身が研究一家ウェストリア家の名前にどれだけ甘えていたかを痛感させられる。


「・・やあ、君はリョウマ君だね。自分は先日から留学生としてこの学校に来ているミスト=ウェストリアだ、よろしく」

「・・・あ、どうも。別に、龍馬でいいよ」


 教室の机で本を読む司馬へ近寄り丁寧に挨拶をするミストに対し、今時の高校生らしい世の中に冷めた表情と口調でそれに応える司馬は、話を終えると手に持っていた本に再び目を通し始める。


「リョウマの研究発表のテーマを見させてもらったよ。同じ高校生とは思えない斬新なテーマだったが、進捗具合はどうなんだ?」


 研究発表はテーマが被らないように事前に発表しているが、研究内容や進捗は基本他人に話さないのが常だったが、今回の発表会には参加しないミストは自身にはそれには触れていないと感じ興味があった司馬の研究テーマの進捗を聞くと、本に視線を送ったままに司馬は呟くように口を開く。


「テーマなんて基本自由な発想でいいと俺は思っている。今は最初に掲げたテーマからは多少ズレは生じているから、まだ他人に話せる程の内容はないんだ・・・」


 司馬から放たれた言葉にミストは驚きを見せているのは、発表会まで既に二カ月を切ろうとしているこの時期にまだ話せる程の進捗が無いと言う事で、それが司馬の狂言である可能性もあったが、冷静な司馬の様子を見たミストはその言葉に偽りの無い事を理解し、彼が秀才なのか無謀なだけなのか困惑した表情のミストに今度は司馬から話しかける。


「ミストこそウェストリア家の有名な研究一家じゃないか。君の方こそ、こう言った発想は豊かだと思うけどな・・・」

「自分は、ウェストリア家では落ちこぼれの部類の人間さ。だから、君のような豊かな発想は思い付きそうにもないよ」

「ふーん・・・。まぁ、その真意は来年の研究発表会で分かると思うけどね」


 司馬もミストに関して調べているかのような口調で話すと、それをミストは軽く受け流すかのように返すが、司馬のセリフから出たウェストリア家の言葉に一瞬戸惑いを見せる。

 ウェストリア家は確かに世界的有名な研究一家ではあったが、日本ではそれ程精力的に活動はしていない為知名度は低く、己の正体が知られるのはまだ先だと思っていた事が司馬の口から突如出た事で少し動揺するミストを横目に再び手に持つ本を読み出す司馬の姿にミストは微かではあるが違和感を覚えた。


 研究発表会まで残り1カ月となった2月。


 ミストの助言により時崎が発見した『γ細胞』の元素の組み合わせを発見してから2ヶ月が経ち、ついに時崎は『γ細胞』の仕組みを証明する事に成功した。


「ミストやりましたよ!これが新しい『γ細胞』になる微生物です」

「・・・間違いない。ケイコ、これは世紀の大発見だよ」


 二人は世紀の大発見に驚きの表情を見せながら、今回の研究発表会は優勝を狙える位置にいるのは間違いないと感じている時崎は、普段見せない無邪気な笑顔を見せ喜びに浸る。


 だが、その世紀の発見は今後この世界の危機をもたらす発見となる事を、まだ時崎は気付いていなかった。


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