第3話 朱鷺宮高校 研究発表会
朱鷺宮高校の生物専攻科は12月になると翌年の3月に控える研究発表会の為、授業は午前中で切り上げられる。
生物学を専攻する朱鷺宮高校にとって、研究発表会は通常の教育科目よりも重きを置き、その発表会の成績は進級にも響く程重要なイベントである為、午前中で授業が終わった朱鷺宮高校の校内は即座に人が居なくなり、生徒は皆自身の持つ研究室へ行き研究を行なう。
一応校内にも研究室は用意されているが、専門的な書類や実験道具などが乏しく研究には不向きな為、ここを利用するのは自身の伝のある研究室を持たないか既に研究をまとめに入っている者しかおらず、この時期はまだその段階ではない為人気はまったくないが、その一室には唯一明かりがあるその部屋には、時崎が自身の研究資料に目を通していた。
その人気の無い廊下から均等にリズムを取る足音が聞こえると、その音は時崎の研究室の前で止まり暫く無言の間が開いたあと時崎の研究室の扉をノックするが、時崎は既にミストと名乗る留学生がこの研究室に訪れていた事で突然のノックにも驚きを見せず、座っていた椅子を扉側に回転し扉を見つめる。
「・・・ミストさん・・・ですか?」
ノックの音に躊躇せずにいた時崎だったが、午前で授業が終わり人気の無い校内での突然の来客には流石に警戒心を完全に断ち切る事が出来ず、扉越しの人物に心当たりはあったが名前を確認するように時崎は口を開くと、扉越しの人物は時崎を知っているかのように警戒心のない声で返答する。
「はい、ケイコはここで研究をしているみたいだけど、他の生徒と同じ研究所へは行かないのかなと思って」
「ああ・・・、私は研究所に伝がなくて・・・。母の研究所は今日使えないので、それで・・・」
「なるほど、そう言う事でしたか」
窓越しのミストが話す質問に、時崎は生物専攻科に属する生徒としては研究所の伝が自身には無い事を話し、唯一の伝であった母の研究所が今日使えない為、学校の研究室を利用している事を説明し、その話を聞きミストは時崎に向かい窓越しから話しかける。
「自分は今日来たばっかりだったので、校長からは今年の研究発表会は出なくて良いと言われております。研究発表ですから各自の機密があるのは承知しておりますが、日本の研究を見たい好奇心もあるのでケイコが問題無ければ是非見せて頂けないでしょうか。もちろん、機密は守ります」
「わ、私の研究、・・・ですか?別に構いませんが大したものではありませんけど・・・」
ミストの突然の話しに時崎は一瞬戸惑いを見せるが、自身の研究テーマなど大した事がないと考えた時崎は了承し研究室の扉を開ける。
「狭い所ですが・・・、どうぞ」
「ありがとう。研究室は狭い方が自分は落ち着く性分でね、ここは自分にとっては最高の環境だよ」
時崎の研究室に入るミストに狭い部屋に恐縮する時崎に対し、自身も狭い部屋の方が研究は捗ると話しながら時崎の研究室を見渡すミストがそれ以上に驚きを見せているのは、研究に必要であろう試験管などの実験用具が一切見当たらず、視界に入るのは一式の小ぶりなデスクとそれを囲むようにある巨大な本棚のみのとても研究を行う部屋とは思えない風景だった。
「ケイコはこの部屋で一体何をしているのか?生物の細菌や微生物の研究であれば培養をしたりするのではないのか?だが、この屋には資料はおろかケイコが作ったノートしか無いではないか」
「ええ、確かに私の研究は新種の細菌の研究ですが、それは現在ある物の掛け合わせでは無く、存在しない元素を掛け合わせて作る事を考えていますので」
「存在しない元素?だからそれは、現存する元素を掛け合わせ新しい細菌を作る事ではないのか?」
「そうですね。ですが、それでは現存する元素から作る細菌ですから、その掛け合わせは既に研究尽くされている筈ですので、私は過去の資料と自分の記憶を頼りに新しい元素と法則を作ろうと思っているんです。それならば例え現存する元素が相手であっても、掛け合わせる元素が全く違う分野の物であれば新しい可能性を持つ細菌が生まれて来る筈ですし」
「己の記憶と掛け合わせて作る新しい元素と法則?しかし、それは膨大な情報量になるし、それをまとめるのは一筋縄では行かない。それは一介の高校生では無謀ではないのか?」
「私・・・記憶力だけはいいんです。現存する菌の培養速度は既に私は記憶していますので、今まで見た資料を記憶から呼び出し、その視点を変えたりして新しい元素を導き出しノートに記載する。その実験を繰り返しているんです」
「記憶だけでそれを・・・」
「あ、でも、完全に覚えておく事も難しいので今まで頭に入れた内容をノートに書き込んでたまに見るようにしていたら、こんな数になってしまって・・・」
「だとしても、人間の脳にこれだけの記憶が入っていて、しかもそれを何時でも取り出せるなんて、信じられない・・・」
時崎が話す研究方法を聞いたミストは、周りの棚にある膨大なノートの存在の意味に初めて気付き、その途方もない情報量を記憶し何時でも取り出せる時崎の能力に驚きの表情で、改めて研究室にある襲い掛かる巨大な本棚を見渡しながら、その時ミストは彼女の驚異的な能力は自身の叶える夢の為に必要な人間ではないかと考える。
ミスト自身が未来の記憶を使い『微生物シリーズ』を発表しても問題ないが、それはミストの存在を余計に早く世間に教えてしまうだけであり、そのせいで『全知全能の神』がミストの存在に気付くかも知れないが、他の人間に知恵を貸し『微生物シリーズ』を開発する基礎を築く事が出来れば、『全知全能の神』に己の存在を気付かれず研究を進められるのではないかと考えたミストは、美しい白髪の長い髪を靡かせながら時崎を見つめる。
「ケイコ、その研究を自分にも協力させて貰えないだろうか」
「え!あ、あ、私の研究を、ですか・・・?」
「自分は今回の研究発表会に参加する事は出来ません。けど、同じ生物研究を志す者としてはケイコの研究に大興味を持ちました。陰ながらでもいいのでケイコの研究の力添えをさせて貰えないか」
「まぁ・・・、確かに協力してはいけないルールはありませんし・・・」
ミストの突然の申し出に戸惑いの様子の時崎だったが、ミストは今回の研究発表会に参加出来ない為、共同作業をしても他人はおろか自身の成績にも影響が無く、逆に言えばこんな面倒な作業を行なわなくても今年度は問題無い筈なのに進んで研究を行なおうとするミストの真摯な態度に時崎は心打たれ、首を横に傾けながら黒く艶やかなショートヘアを揺らしながら優しい笑顔を見せ答える。
「・・・いいですよ。私の研究でよろしければご協力願えますか?」
こうしてミストは時崎の研究発表の手伝いを行なう事になり、時崎は一応学校に許可を得る事でそれは正式に了承され、翌日ミストは時崎の母親が勤める差見研究所へ赴き本格的な研究を開始する。
研究と言っても、時崎の研究は自身の頭の中で理論を組み立てる方法では研究室を使用する必要はなく、主に行なう事は研究所内にある資料室で細胞研究の内容を覚える事で、時崎とミストは資料室の一角にある机に大量の本を積み上げそれを黙々と読み続ける。
ミストにとってその行為はとても新鮮で、今まで現物を使いながら研究を行なう事で変化を確認する事が常識だと考えていたが、頭の中で行なうシミュレーションは常に新しい知識が必要になるので違う分野からの知識も常に取り入れる事が必要になり、それは自身の知識の引き出しを増やす事に一躍買っていた。
互いに読んだ研究資料はノートに簡素へまとめ、自身の考える研究資料との見解の相違が無いかを互いに意見を出し合い、研究所が使えない日は校内にある研究室で時崎の書いたノートを読み漁り、時崎は研究テーマのまとめを行なっている。
そんな日々が続いて2ヶ月。
研究発表会まで1ヶ月を切った時、ミストと時崎は研究発表に向け最後のまとめを行なっている。
時崎のテーマである『微生物の可能性』のテーマに合わせ新種の元素を見つけ出し新しい細菌を作る事を目標に置いていた時崎は、新種の元素を見つけ出す難しさを改めて実感していて、新種の元素を発見する事は研究者の間でも難しく日本でも数人しか存在しない程の発見だが、あえてそれに挑戦する事で研究一族では無い自身の劣等感を払拭したいと考えていた時崎は、自身の書いたノートを必死に何度も見つめ直しては悩む時崎の姿を見て、後ろで資料を読んでいたミストがおもむろに話し出す。
「ケイコ、やはり攻めるアプローチを変えた方がいいのではないか?いくら組合わせを頭の中で行ってもその無限に存在する組み合わせの中から新種を探し出すには、やはり研究設備が不可欠では無いのか・・・」
「そうですけど・・・、研究所との繋がりがあまりない無い私にはこれ以上の研究は難しいので・・・。他の皆と違うアプローチで意外性を出さなければ、エスカレータ式に進める研究所や大学が無い私はこの高校を卒業してもその先は見えないのです・・・」
時崎の家族は生物専攻科に在籍する生徒としては異例に近い家族で、確かに母親は研究所へ勤めてはいるが地位は至って平凡なサラリーマンである為、本格的な研究が出来ない環境で必死に模索する時崎の姿を見たミストは、その彼女の貪欲な姿は本来研究者として不可欠な部分であり、そう言った境遇を乗り越えてこそ新しい未来を開く事が出来ると感じ、あの時に自身が時崎を選んだのは間違いでは無い事を改めて実感すると、ミストの前で黙々と資料を読み続ける時崎に話しかける。
「ケイコ、昨日やっていた『β細胞』に次ぐ微生物を作ろうとした時に組み合わせた酸素量だが、自分的には設定した30%から徐々に下げて行けば、細胞事態が生きようとする為に活性化するのではないかと思っているのだが・・・」
「昨日の研究論の事ですね。確かに私は細胞を活性化する為に酸素量を上げる事で促す事はしましたけど・・・どうして突然そんな事を?」
「ほら、人間も危険を感じると秘めている能力を発揮するって言うではないですか。だから生きる為に必要な酸素を少なくすれば生物の持つ生存機能が働き、新しい成果を生みだすと思うんだ」
「・・・確かにそうですね。明日は母の研究室も借りられるので、今日は明日に備えシミュレーションをしましょう!」
ミストが突然昨日の研究を掘り返したのは訳があり、現代ではまだ『β細胞』までしか研究が進んでいないが『微生物シリーズ』はミストの生きていた未来では完成している研究の為、次に発見される『γ(ガンマ)細胞』の配合を既に知っているミストは、時崎が作ったシミュレーションはその『γ細胞』を導き出す寸前まで至っていた事を知っていた。
だが、ミストは未来を無暗に変える事に抵抗を感じ最初は口に出す事はしなかったが、恵まれない環境ながら必死にもがく彼女のハングリー精神とあの能力があれば、自身の知る未来よりも早くレイラ菌を発見出来ると感じたミストは、保守的だった自身に鞭を打ち悩む時崎に道筋を与え、その話を聞いた時崎はミストの斬新かつ的確なアドバイスに一瞬驚きを見せたが、その意味をいち早く理解し、明日は郊外の研究室が使える事を話すと今の実験を実際に行う事を告げる。
だが、『γ細胞』は『微生物シリーズ』の研究速度を飛躍的に高めた世紀の発見となる細胞である事まではミストは理解しておらず、それをわずか十代の高校生が発見した事で今後世界中を混乱に招く事になる事を二人は知ならなかった。




