第2話 研究者は女子高生
ミストは人間が進化したと思われる『全知全能の神』により殺されたが、冥界で会った死に神の手により自身が希望した30年前の2070年へ転生して来た。
ミストがこの時間を選んだ理由は、2100年に現れた『全知全能の神』の細胞が活性化するまでの促進時間を計算して出した成長時間で、ミストの計算が正しければ、この時間から『全知全能の神』の細胞が何処かで培養され始めたと考えられるからで、覚醒前の細胞を破壊する事が出来れば『全知全能の神』を倒す事が可能だと考えたからだ。
だが、肝心の『全知全能の神』の細胞が活性化される場所や正体などの詳細や『レイラ菌』が暴走した理由もミストは見当が付かず、その存在がどうやって生まれ突如暴走を始めたのか、それとも『全知全能の神』により『レイラ菌』が活発化したのかはミストにも検討がつかない状態だった。
だがミストには唯一の手がかりがあり、それは『全知全能の神』の細胞の一部が『微生物シリーズ』の細菌の一部だと言う事で、レイラ菌も同様に『微生物シリーズ』の細胞を組み合わる事で完成させた細菌であり、『微生物シリーズ』はミストの家系であるウェストリア家により研究し尽くされていて、ミストはその実験に立ち会ってはいないが書物の知識などで基礎研究の基礎を知っている為、その知識があれば、まだ完成されていない『微生物シリーズ』を自身の手で最初から研究し『全知全能の神』の起源に迫り、組織の組み合わせを変える事で両方を制御出来ると考えての転生だった。
転生の影響なのか軽い眩暈を覚えるミストは、周りを一回り見渡しこの地の手掛かりを確認すると、その景色と近くにあった電柱に貼られた看板の文字を見て、ここが日本だと即座に理解する。
以前に日本の大学へ留学していた経験もあり学会でも何度か来日した事もあるミストは、日本語の読み書きや会話を問題なく出来るレベルにあり、近くにある電柱の看板からこの地域の場所を特定し、ここが『朱鷺宮』だと理解し、以前に住んでいた場所は朱鷺宮の近くにあった為ある程度の地理も理解出来たミストは、手元に残る財布にたまたま残っていた日本円を使いこの時代に合わせた身支度に整え出発する。
生物研究の第一人者である西村 俊治が創立した『西村研究所』がある朱鷺宮は、街一帯が生物学の町として世界的にも有名で、この地域ならではの生物学専門の高校である『朱鷺宮高校』が存在し、死に神が転生先にこの地を選んだ理由が理解出来たミストは、まずは朱鷺宮高校へ潜入する為の編入手続きなどの面倒を見て貰う為、自身の知る研究所を目指して歩き出す。
「・・・ねぇ、景子、これってどう思う?」
「え、う、うん・・・、これは多分ラブレターじゃ無いかも・・・」
その時代らしい女子高生の話題で盛り上がる二人は、朱鷺宮高校 生物専攻科の時崎 景子と篠目 綾乃で、幼馴染の二人はこの地で育ち互いの家族も研究員が居る生物研究家族であり、二人はそれほど生物学には興味が無かったが同じ高校に行く目的があった為、互いの両親を説得しやすい生物学の高校を選んだ。
「だってホラ、ここの手紙の内容なんて、ただ綾の研究を知りたい感じがするんだけど・・・」
「うっ・・・本当だ。言われてみると、なんかそんな感じがする・・・。あー!なんか虚しいー!」
「あはは・・・」
送られて来た手紙を時崎に話した篠目に遠慮しながらも現実的な答えを話しながら、朝の日差しを浴びて二人は通い慣れる通学路を歩いて行く。
二人が先行する生物専攻科は全国でも珍しい生物学を専門に学ぶ学科で、基礎学科も存在するが週のほとんどは研究実習に費やし、年に一度行われる『研究発表会』で各自の研究テーマの成果発表の結果と基礎学科の合計点が成績となるが、その割合は圧倒的に研究テーマの方に重きが置かれていて、基礎学科が4割程度の対し残りの6割に近い評価がその研究テーマになっている。
卒業後の進路はもちろん大学を選択する者も多少はいるが、研究所へコネなどを持つ生徒が圧倒的に多い為、5年生の専攻科を出てすぐに研究所へ就職する生徒が圧倒的に多く、生物研究者と言えば院卒の資格が必要な今の学力社会では異質な進路になっている。
時崎と篠目は現在高校課程を修了した専攻科の4年生に当たるが、篠目の進路は既に両親の務める『西村研究所』への内定を貰い、週末などの暇な時は研究補助などのバイトも行っているが、篠目同様に研究者の道を考えている時崎は、篠目と違い父親は一般の会社員で研究所のコネがない為、母親の務める細胞研究所へ行くか進学を考えているが、それはまだ先の事と感じる程度で篠目程将来のビジョンは見えていなかった。
「ねぇ・・・。研究発表会のテーマ進んでる?」
クラスの周りからこの話題が出てくるのは大体12月の今頃で、毎年行われる研究発表会の3月に向けこの時期は大体の学生は研究発表に向けラストスパーを始め、それに合わせ他人の進捗具合も気になる時期でもあり、クラス中はこの話題で持ちきりになる。
「綾、研究は進んでいるの?」
「とりあえず両親の研究室を借りて少しずつはね。でもやっぱり今年のテーマは上手くまとめるのが難しくてさー。景子はどうなんさー」
「うーん・・・。今年のテーマはやっぱり難しすぎるよ」
「そうだよねー。だって、まだ学生の私達に対して『新しい細菌の可能性を探せ』なんて無理難題だよね」
今年のテーマは『新しい細菌の元になりそうな元素を探す』で、通年のテーマと違い比較的簡単な応用分野ではなく基礎的分野での出題だった為、新しい反応を起こしそうな配合の実験を繰り返す研究でなく新たな法則等を生み出す発想的な部分が必要になり、その閃きを求め各自苦戦している。
この時期になると発表会に向けて授業も午前で終了し、生徒は環境設備の整っている研究所へ赴き研究をするようになり、両親の研究所で研究をする篠目は研究所へ向かい、時崎は母親の研究所が使えない日は学校にある自身の研究室へ向かう。
校内に研究室は各個人に個室が用意されてはいるが資料的な物などは少なく、大半の学生は図書館や研究所などへ行く為、学校の研究室は物置になっている事が多い。
研究室の使用頻度が多い時崎の研究室は小奇麗にまとまっており、研究室と言えば細菌を調合したりする試験管や遠心分離機などの機器を想像するが、二畳半ほどの部屋には生物研究室とは思えない巨大本棚が立ち並び、時崎は圧迫感を感じる部屋の窓際にある小さなデスクに向かうと、後ろの本棚より研究資料を取り出す。
時崎の強みは驚異的な記憶量と分析力で、自身の頭に入れて置く事の出来る膨大な研究データを即座に取り出し他の資料と融合しシュミレーション出来る為、通常使われるデータを入れる為のパソコンなどの記憶媒体や実際に融合試験を行わなくても一度見た研究を即座に分析出来る能力を発揮し、今までの研究資料等をまとめたノートを時々見る事で忘れそうな記憶を再確認する程度で問題がなかった。
だが、天は二物を与えないと言われる通り彼女にも典型的な弱点があり、本人の好奇心が湧かない一般常識や語学などの生物研究以外でその能力は全く使えず、研究テーマに重きを置くこの学校を選んだ理由で、これが親友の篠目と一緒に居たかった以外のもう一つの理由でもあった。
時崎の研究テーマは『微生物の可能性』で、微生物の力で元素の合わさる物質を分解し、金属や危険物などの廃棄物を分解し解体出来る微生物を見つける事を目標にしていて、図書館や研究所で仕入れた研究データを自身が記憶した事をまとめたノートを見ながら頭の記憶にある情報を用いて元素を分解出来る可能性を探る為、時崎は机に向かい黙々と自身の書いたノートを読み漁りながら独り言を呟き続ける。
その時、時崎の研究室の扉をノックする音がする。
今日は研究室に居たのは時崎だけだったようで、普通の高校の午後の時間ではありえない程静まり返る廊下にその音は響き渡った事で、時崎はドア越しの人物の存在と現在の校内の状況に気付く。
「・・・は、はい」
「・・・あの、本日お休みなのですか?ここへ来るまでに誰も会わなかったのですが」
ドア越しで話す男性の声は時崎と変わらない年の男子と同じ声色に聞こえたが、その男性の話す内容に午前で学校が終わったのを知らないところを見る限り、部外者の可能性も考える時崎は少し緊張した声で話す。
「きょ、今日は午前で授業は終わっています。それを知らない貴方は・・・そ、その、部外者の方でしょうか」
「・・・いえ、自分は今日からここの学校へ留学生として来たミストと言います」
「え?留学生!?随分日本語が上手なんですね・・・。私は時崎 景子と言います」
「生物研究の発表会などで日本へは良く来ていますし、留学も今回が初めてじゃないので」
「はぁ・・・」
この世界でのミスとは19歳にとなり容姿も当時に戻っているが己の魂は30年後のミストのままだった為、日本語や基礎知識は豊富なままのミストは流暢な日本語を披露し、時崎が開けたドア越しに見た日本人離れした絹のような白いロングヘアの少年に、時崎は抜けない緊張感が残る強張った表情でミストを見つめていると、ミストは目の前に居る大人し目な女性に話す。
「・・・ところで、なぜ今日はこんなに早く学校が終わったのですか?終業式にしては早すぎるとは思うのですが」
「あ、・・・そうですね。確かにこの学校は特殊で、来年の3月に行なわれる研究発表会に向けて12月からは授業は毎日午前終了になるので」
「研究発表会・・・ですか」
「はい、ウチの高校は生物研究の単位は全体の6割を占める程重要項目になっているので、言わば大学の卒業論文を毎年やっている感じに近いんですかね」
「なるほど、それでか・・・。どうもありがとう。ついでと言ってはなんですが、校長室へ案内してもらえないでしょうか?」
「ええ、良いですよ。ミストさんの学年は?」
「自分は4年生です。」
「じゃぁ、私と同じ年ですから、同じクラスになれればいいですね」
「そうか、ケイコは自分と同じ年齢なのか」
「でも、ミストさんは私と違って大人な感じはしましたけどね。最初会った時は上級生か不審者かと思いました」
「ははは・・・良く言われます」
「ここが校長室です」
「ああ、ありがとう」
二人は他愛のない会話を交わしながら校長室のある部屋の前まで進み、時崎は軽く会釈をし研究室へ戻っていった。
ミストは朱鷺宮へ転生した直後にウェストリア家へ連絡入れ、付き合いのあった『西村研究所』経由で朱鷺宮高校への留学手続きをお願いして生物専攻科の二年生への編入手続きを行なっていた。
外国へ行く事をあまりしなかったミストの突然の留学の申し出に両親は驚きを隠せなかったが、ウェストリア家の末裔としては積極的に海外の知識も得て欲しいと思っていた部分もあり、ミストの留学に疑念を持たず了承した。
以前のミストは研究に明け暮れ、家にある研究所に引き篭もる事が多く成人するまで外国へ行く事は殆どしなかったが、こうして他国の文化や研究に若いうちに触れておくのも必要だったかも知れないと、校舎を案内する校長の後ろを歩きながら周りを見渡すミストは感じていた。
だが、それ以上にミストは先程会った同い年の女性に只者ならぬ異様な雰囲気を感じていて、それは『全知全能の神』になりうる人物なのかまでは分からないが、彼女は自分のこれからの為に必要な人間だとも同時に感じていた。
校長の案内を終え、明日の朝礼で紹介する事が決まったミストは校長室を後にし歩き出す。
ミストの向かう先は、先程ミストが扉をノックした小さな部屋。
そこは研究発表に向け研究資料に目を通す、時崎 景子が居る個室の研究室だった。




