第23話 深い森
自身の銃を弾かれた弾丸の衝撃を受け、収まらない手の痺れをもう一方の手でさすりながら後方を振り向いたミストの先には、暗闇に銀髪を光らせ鋭い眼付きで見つめる司馬の姿があった。
「・・・これは、大方予想はしていましたが、まさか君がケイコをエサにするとは思いもしませんでした」
「俺は、一緒に行く事を推奨したけどな。この作戦は、時崎からの提案だよ・・・。お前が命を吹き込まれたこの時間軸の人間でないのであれば、間違いなく只者じゃないってな」
「ここまで来るのであれば、それ相応の覚悟と言う訳ですか」
「確かに時崎は『亜種』との戦いで戦闘能力は飛躍的に向上しているが、それはあくまで身体能力向上の薬があるからで、生まれ持った特殊能力のある俺の方が、お前への奇襲戦には向いていると言った時崎の話に納得した・・・それだけだよ」
想定外の出来事だと話すミストに、この作戦は時崎からの提案だと自身のクロスボウに矢を込めながら話す司馬は、矢の装着を終了し再びミストを標的にクロスボウを構える。
「お前たちウェストリア家が、13体目の生物を保管していた事は鈴森さんから聞いた」
「ケイコが話していた、40年前に『謎の生物』と戦った政府の人間か・・・。父からは、ウェストリア家の13体目の生物召還の邪魔をした日本政府の人間がいたと聞いていたが、確か『コイズミ』・『イダ』だった。その話は、世界中でも知る人間は少ない闇の中の話しだったはず」
「鈴森さんは、40年前に菅野と共に日本を襲った『謎の生物』事件の時に政府との縁を切り、上村さんと共にイギリスへ渡ったと聞いている」
「なるほど・・・日本をテロが襲ったあの事件の時の英雄ですか」
「鈴森さんと上村さんは、当時13体目の生物召還を企んでいた菅野と戦い彼を殺した。・・・だが、菅野はお前をこの世に召還し再び『人体の組織再生』の完成を目指し、あの後13体目の生物を召還したお前たちウェストリア家は、『レイラ菌』を世界中に散布し世界を混乱に陥れようとしている」
「自分と菅野と言う男は、互いの利害が一致している・・・と」
自身へ向けられる刃先が不気味に光るクロスボウの矢に臆する表情を見せないミストは、司馬が話す上村・鈴森・菅野の正体が謎のベールに包まれていた筈のウェストリア家が召還した13体目の最高神を知る人物だと理解すると、彼らは自分の知り得てはいけない秘密を知ったミストは冷徹な表情を司馬へ向ける。
「リョウマ・・・それを知った君は、もう後戻りは出来ませんよ」
「なぜだろうな・・・。そんな事は、時崎と組んだあの時から感じていたよ。・・・そして、お前とこうなる事もな」
会話の終わりに合わせ消えかける霧の中へ再び姿を消したミストに、司馬は再び両目を閉じ己の神経を集中させる。
司馬の叔父にあたる増田が、40年前に現れた『謎の生物』を倒した特殊能力は相手の音を聞き分けるその異常な『聴力』で、暗闇に乗じて襲い掛かって来た『謎の生物』にも相手の動きを聞き分ける事で討伐出来た。
姿の消したミストは弾かれたガバメントを拾いトリガーを引き司馬へ襲い掛かるが、ミストのトリガーを引く筋肉の軋む音を既に察知していた司馬は、弾丸の来る方向へ振り向きながら体制を横へ反らし弾丸を交わす。その異常な能力に気づいていたミストは、臆する事無く続けざまにガバメントのトリガーを引き司馬へ向けて弾丸を放つ。
放たれる弾丸の範囲をミストの腕の音で稼働距離を察知した司馬は、瞬時に予測したその可動範囲から放たれる範囲外へ移動しクロスボウを霧の中へ向け放つと、その的確に察知した司馬の能力に追い付いていなかったミストの右腕を空気を切り進んで来たクロスボウの矢はかすりミストの腕からは大量の血が流れる。だが、ミストは変わらず冷静さを保ちながら止めどなく流れる血を自身の舌で舐める姿に、時崎は彼の凶器の部分を垣間見た気がした。
「・・・さすが、人間で『謎の生物』を倒した実力者の末裔だけではありますね」
「お前の野望は、ここで終わりだ・・・」
「・・・さて、それはどうでしょう。ここは自分の生まれ育った土地で、土地勘はおろか、ここにある全ての生物の生態を知り尽くしているのですよ」
「何?」
冷静ながらも不気味な雰囲気を醸し出すミストは、突然大量の血の流れる腕を近くにあった花に叩きつける様子に驚きの様子を見せた司馬だったが、ミストが腕を叩きつけている紫色の花を見た時崎はその訳を即座に理解し司馬へ叫ぶ。
「・・・司馬さん!あの花は、『β細胞』を主体とするアザミの花です!」
「そう来たか・・・。アザミにある『β細胞』のアルカリの粘着質を使い傷を塞ぎやがった」
自身の腕に叩きつけたアザミの花は大量に流れていたミストの腕の血を一瞬にして止血し、時崎の言葉と同時にアザミの花にある『β細胞』により解けた養分で傷口が塞がる様子を見た司馬は理解する。その時のミストの表情はこれまでと変わらない沈着冷静であったが、時崎はこれまで見た事のない不気味な気配をミストに感じる。
「・・・その通り、この場所こそが君たち・・・いや、世界中の生物研究者たちが探し求めていた『深い森』だよ」
「『深い森』・・・ここが」
「『ι細胞』を解明したケイコなら、自分が言っている意味を理解しているだろう。この世に存在する『微生物シリーズ』の起源は植物性の細胞であり、それがこのイギリスで生息するスパニッシュブルーベルだと言う事も。もともとこの地に生息していたのはイングリッシュブルーベルだったが、外来種として現れたスパニッシュブルーベルによってイングランド全土は占領される寸前だと言う事は知っているな」
「その繁殖能力こそが、ミストが欲しがっている『レイラ菌』の生成に必要だからでしょ」
「・・・だが、そのスパニッシュブルーベルが人的影響によって作られた植物だとしたら?・・・どうかな」
「ミスト・・・あなたたちは『レイラ菌』を作るために、故郷の植物を食い尽くす品種を作ったと言うの」
「そうだ。その核となっている物こそがこの『深い森』で、ウェストリア家は『深い森』で見つけたその細胞を生成し新たな植物を生殖させると共に、その驚異的な繁殖力を使い『レイラ菌』を作り出す事を考えた。自分たちがいるこの『深い森』こそが、この時間軸で存在する全ての『微生物シリーズ』の細胞を生成できる場所だが、『ι細胞』は『微生物シリーズ』ではなく、『η細胞』と『覚醒異変細胞』によって作られた人工的な細胞だ」
「・・・あなたは、アヤちゃんを細胞生成の為に利用したと言うの!?」
「いや・・・アヤを殺したのは自分ではないのは本当だ。さっきも話したが、自分は『η細胞』を別の手段で生成しようと要教授へ依頼していた」
「だけど・・・あなたが私たちを利用した事は変わらない」
「・・・やはり、この状況になっても君たちは自分に協力しませんか」
ウェストリア家が密かに研究をしていた『レイラ菌』はこの地にある『深い森』で生成されたと話すミストは、『人体の組織再生』から発見された『微生物シリーズ』と違うこの世界での『微生物シリーズ』の全てはこの『深い森』に存在すると語りながら、『深い森』にある植物を己の手に纏わせ長い弓を作り出す。
「これは、イギリスに古くから伝わる『ロングボウ』で、一般の人にはとても弓を引く事は出来ない程の力を必要とします。ですが、『深い森』を操る事が出来るウェストリア家なら、各細胞を組み合わせ己の力を増幅・補助する事で強大の力を得る事が可能だ」
「細胞を操るだと・・・確かに、細胞自体にはそれぞれ生命はあるが、それを操る事なんて非科学的な考えだ」
「君のような相手の筋肉の軋む音を頼りに、尋常ではないスピードで戦う人間に言われても説得力はないですがね。ここ『深い森』は『微生物シリーズ』に関する研究を行う為の施設のようなもので、ここの全ての植物は研究によって己の意思で細胞をコントロールする事が出来るようになっている。・・・まぁ、結局は語るより何とかだと思うから、実際にその目で見た方がいいですかね」
手元にあった巨大な弓に矢を掛けながら不気味に語るミストは、再び『存在を失くすベール』を使い消えかけていた霧を再び発生させ姿を消すと、その不気味さを直感で感じていた司馬は即座に両目を閉じ相手の動きを探る事に集中するが、先程まで聞こえていたミストの音は一切途切れた。
普通の人間は動作を行う前に必ず無意識に為を行う為、その行為による筋肉の移動で相手の行動が掴める筈で、それ以前に司馬の驚異ていな聴力は心臓の鼓動さえも捉える事が可能だったが、それでも司馬の耳には時崎以外に心音すら聞こえない無の世界と化していた。
それに気づきた司馬はいつものクールな表情とは違い焦りを見せ始めたその僅かなスキを突いたミストは、司馬の背後に周ったと同時に己の持つ巨大な弓から矢を放った。
「司馬さん!」
「何!?」
「リョウマの音で敵を聞き分ける能力は確かに脅威です。ですが、散布した霧の僅かな擦れ音と同じ音を出す為に、植物をまとった自分からは音は出ません」
霧から現れたミストは植物をまとった姿で司馬の能力を封じた事を告げると同時に放たれた矢は、司馬との距離があったがミストの作り出した霧を吸収するかのような勢いと迫力に司馬の体は凍り付き、同様に身動きの取れない時崎は司馬の体目掛けて突き刺さる強大な矢を目の前で見つめながら叫ぶ事しか出来なかった。
だが、その矢は司馬の胸元に突き刺さる事なく停止すると、司馬の体の周りには青白いオーラが張られている事に気付く。
「・・・これは、一体・・・」
「そう言う事ですか・・・。まさか、君が『全知全能の神』とはね」
司馬の体を包むオーラを目にしたミストは、それがあの時自身が殺された人物が纏っていたオーラだと感じ小さく呟く。
彼こそが、『全知全能の神』だと。




