第24話 死神の正体
都心の日中にも関わらず人通りの少ないここは、かつて汚染問題の為数十年前に移転を検討された建設が無くなった事により今は四角い箱の建物のが並ぶ無人のゴーストタウンになっている豊洲の一角。
その立ち並ぶ建築物自体は結局使用されずじまいだった事もあり建築年数よりも奇麗であったが、人が使用しない建造物は一気に老朽化する流れは一切使用されなかった建造物にも当てはまるかのように、至る所の壁が崩れ落ちている。
ヨークシャーでミストと時崎達が戦闘を繰り広げている時、ここ日本でも40年前の再現を企む菅野が『人体の組織再生』を完成させようとしていた。
学生時代に発見した『人体の組織再生』の研究に着手した菅野は、自身が発見したタイムトリップを起こす『源流の石』を手土産に政府の生物研究へ潜入したが、それ以前には『人体の組織再生』の成果を実証するために自ら中東のゲリラ軍へ属し、兵士に不死の薬を研究し与えていた。
政府が『謎の生物対策省』を立ち上げた時、菅野は生物研究室の室長として参加し、後に入隊した上村たちと共に表向きは生物討伐を行い、その実態は『源流の石』で行った過去の世界で召還術を学び、その成果である最高神を現代で『謎の生物』として討伐対象であった生物を召還していた。
『謎の生物』を研究した際に菅野が発見した未知の細胞こそが『微生物シリーズ』と言われる細胞で、『謎の生物』の体内で作られるそれは幾つもの形に変わり、その各細胞は各々に違う働きを持つ不思議な細胞だった。
その中でも菅野は一番興味を引いた細胞が『η細胞』で、その細胞こそが『人体の組織再生』を完成させる為に必要な細胞であり、驚異的な回復力を持つそれは第七最高神である『エア』の体内にしかない貴重な細胞だった。
エアが持つ『η細胞』と菅野自身の肉体を捧げて出来た結晶が『人体の組織再生』の完成形であり、その細胞を過去の世界へ残した事で長い時間を掛け流れに流れた先のイギリス・ヨークシャーでウェストリア家として生息を始めた為、ウェストリア家と菅野はパラレルワールドの影響で歴史上は繋がっていないが、実際には菅野が自身の身を投じた『人体の組織再生』の細胞から繋がっていた。
40年前、日本へのテロを阻止した上村によって殺された事は過去の世界の試験管の中で培養されていた『人体の組織再生』のサンプルが記憶として覚えていたが、それから長い年月を掛け復活した自身と同じ容姿の人物が『全地蔵能の神』に殺される姿を見て、彼も自身と同じ目的を達成する道半ばで死に絶えたと感じ完成された『人体の組織再生』の細胞を息絶えたミストに与える事で蘇らせた。
だが、当時ウェストリア家が考える真の目的に気付かなかった菅野は、タイムトリップで蘇った時間軸で彼が別の方式で『微生物シリーズ』を完成させようとしていた裏で、ミストが自身と違う何かを企んでいる事に気付く。それこそが当時は未完成だった『レイラ菌』の事実と、ウェストリア家が密かに使っていた研究施設『深い森』だった。
灰色の空へ国際空港から飛び立つ旅客機を見上げた菅野は、『存在を失くすベール』を使い自身を簡単に殺したミストも、『人体の組織再生』の細胞を持つ自分を完全に消滅させる事は出来ない事を理解していると感じさせる事で彼の足止めは成功したと考えている。
おそらく彼も・・・そして朱鷺宮の天才少女と少年も、この世の真実を理解し切れていない事を。
「真実とは悲しいもの・・・だ、ね」
自分は何処へ向かい、そして何処へ辿り着くのか・・・。
学生時代に発見した『人体の組織再生』の研究を進める為に、菅野が考えた効率的な場所は戦場だった。
政府公認の軍ではいろいろと厄介だと考え中東のゲリラ基地へ単身乗り込み、最初はゲリラ兵も菅野をスパイだと疑いを掛けていたが弾丸を受けても即座に回復出来る『人体の組織再生』を自らの体で実証する事で信頼を得て、無敵の兵隊を使い政府軍を攻め立てた。
だが、まだ未完成だった『人体の組織再生』の驚異的な回復力は重傷や即死には対応出来ず、追い込まれた政府が世界中のエリート兵を集めた宮田や井田が所属するジャンヌダルクを投入した事により、ゲリラ軍は壊滅的被害を受け組織はバラバラになった。
日本へ逃げ帰り所属を持たない流れの研究者となった菅野はワームホールを生成する事が出来る『源流の石』を発見し、それを手土産に政府公認の研究者となり『人体の組織再生』の研究を続け自身を追い詰めた日本への復讐を企む。
だが、その計画も旧友の上村によって全てを阻止され殺された筈が、さっき見た旧友の年老いた姿と違いあの時と変わらない自身の姿に、自身の目的の為に蘇生させたミストのように、自分もまた誰かの目的の為に生かされているのではないのかと考える。
菅野自身も、それに薄々気づきつつあった。
自分も、誰かによって生かされている事を。
目を閉じ物思いに耽る菅野の耳に微かに聞こえ始めた甲高いゆっくりとした靴の音が次第に近づく事に気付き目を開けると、目の前にグレーのスーツを着た男が立っている。男は加えていた煙草を一吹かし終えると、それを地面に落とし靴で擦りながら菅野を見る。
「お久しぶり・・・です、ね。新嶋、先生。・・・まさか、あなたが本当にここまで来てくれるとは、ね。あなたは、てっきり娘を殺した犯人を私だと感じていると思っていました、よ」
「それは私も同様だ。まさか、数十年前に国を裏切った男から連絡が来るとは思ってもいなかったよ。・・・それに、完全に忘れ去られていたその存在もな」
「新嶋先生でしたら、僕の存在に気付いてくれるのではないかと思いまして、ね。あなたでしたら、この証拠さえ持って行けば頭の固い防衛大臣より聞き分けが良いでしょうから、ね」
「管は既に大臣の席は退いているさ、・・・確かに、君の頭は未だに40年前のままだな」
「そうですね・・・。当時は官僚の一人でしかなかったあなたが、今や内閣の人間ですから・・・」
菅野の目の前に現れた人物は、時の環境大臣であり、新嶋 美幸の父親でもある『新嶋 敏夫』だった。
菅野は当初、彼が自身の言葉を信じる事に疑問を持っていたが、新嶋は菅野が発した当時存在する筈のないその言葉で全てを思い出した。
だが、同時に彼が自身の娘である新嶋 美幸を殺した犯人が自分であると疑ってもいると感じていた菅野は、SPも人気もないゴーストタウンに一人で来る事に多少の驚きを覚えていた。
「例え、君が娘を殺した犯人だとして、私は君を恨みはしない」
「どうしてです、か」
「美幸をこのプロジェクトへ参加させ、『亜種』の討伐許可を出したのは私自身だ。・・・こうなる事も想定してな。娘は妹の敵を取ると言わんばかりに、即座に私の話を承諾してくれたが・・・私には、その真実を伝える事は出来なかった」
「・・・『亜種』を悪用し、妹を殺したのがあなた自身だと言う事をです、か」
新嶋の言葉で彼がなぜ自分の言葉に躊躇する事が無かったのかを理解した菅野は、自身の家族を騙した事にも動揺を見せず語る新嶋は既に自分と同じ世界の人間だと実感する。
「君の話した『η細胞』は、当時ではまだ誰も知らない細胞だった筈。・・・そして、それを知る者は『謎の生物』の真の正体を知る政府でも極一部の人間だ」
「『パラレルワールド』は、その世界で存在していた人間でも過去の世界で亡くなれば存在は消える。・・・ですが、僕は『人体の組織再生』の細胞より蘇りこれまでの菅野の記憶を持つ人間ですから、当時を知る人であれば記憶を蘇らせる事は可能です、ね」
「ウェストリア家西村研究所と共に『13体目の生物』を召還し『微生物シリーズ』を作り上げた君の功績は高く評価している。どうだ、また国の為に働いて貰えないかね」
「今度は、この国がテロを起こす、と言う事ですか、ね」
「言い方が、良くないね。・・・今こそ、日本が世界の先頭に立つチャンスではないか」
新嶋の言葉がその全ての意味を語っている事を自身も確信を得ていなかったが、『微生物シリーズ』の本当の結末は自身やミスト以外にも知る人物がいると感じる。
それが一部の人間ではなく国自体がその企みを持っている事を理解した菅野は、この時初めて自身の存在も実は40年前から政府は知っていたことを確信した。
日本政府らが、本当の死神の正体だったと・・・。
「では、君の完成した『覚醒異変細胞』は、日本がこの世界の主導権を握る為に使わせて貰うとする」
新嶋がスーツから取り出した小さなビンを菅野の目の前で割ると、それは青い不気味な煙を天高く立ち上げる。
全ての煙をまとうように、その中から現れたのは緑色の巨大な体と鋭い爪を持つ『ζ細胞』から生成された『亜種』『ソマトス』だった。
ソマトスが高速で繰り出した鋭い爪は菅野が交わした地面を激しく破壊し、ソマトスの射程圏内に入った菅野は銃を抜き弾丸を放つが、その弾丸はソマトスに命中した頭の中へ入り込み姿を消す。
「君の、そんなチンケな銃など通用しないよ」
「やはり、対『亜種』用でないと無理です、か・・・」
『ζ細胞』の正体を知る菅野は、その『亜種』が『覚醒異変細胞』を持つ自分を取り込めば『13体目の生物』と同等の生物が誕生する事を確信した菅野は、生物界では名の知れた家系であるウェストリア家も『人体の組織再生』は禁句とされていた日本ではマイナーな存在であり、世界的に有名な西村研究所の後ろ盾で目立たないように行っていたそれは、40年前に起こした自身のテロにより完全に歴史の裏側になっていた。
そして、政府の本当の狙いが40年前のテロ行為を盾にして密かに進めていた『13体目の生物召還』だったと言う事を、目の前で平然と佇む新嶋の表情で確信した。
新嶋 美幸は、当時発見困難と言われていた『γ細胞』を発見した時崎をサポートしたミストの事を気にしていた筈で、自身の伝手を使いミストの素性を調べ上げ、彼らの家系の企みを知るのと同時に『微生物シリーズ』の研究によって生まれた『亜種』の本当の意味を知り殺された。
それも、自身の肉親を通じてウェストリア家の人物によって・・・。
新嶋 美幸は、自身の肉親・・・実の父親によって殺された。
着実に自身との間合いを詰め取り込む体制に入るソマトスの攻撃をよけながら、菅野は彼の言葉を思い出す。
「まだ、やり直せる・・・ね」
ホテルを出る際に叫んだ上村の言葉を思い出した菅野は、この年になっても己の考えを曲げられない自分に嫌気がさしながらも、彼は最後まで自分の味方でいてくれたと感じている。
暫く続いた攻防はやがて終焉を迎え、戦闘の影響で無残にも崩れ落ちた建屋の瓦礫を踏みしめながら煙草を吹かす新嶋は、召還したソマトスを再び小瓶に詰めると何事もなかったかのようにその場を立ち去った。




