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第22話 再会と決別

 礼拝堂などの歴史的建造物が多く並び、気が遠くなりそうな時間と言う歴史を歩んで来た事を感じさせる古き良き空間と静けさを与えるこの地はイングランド東部にあるリンカンシャーで、ミストの家系ウェストリア家が住む場所だ。


 歴史を感じさせる景色と引き換えに、辺りには色鮮やかなイルミネーションが一切ない暗闇が支配する田舎道を歩く一人の男は、その華奢な体を強調するかのような黒いレザーの上下に身を包み己の存在を消そうとしているように見えるが、月夜に光る己の白髪と手に持つ黒いレザーのケースを引きずるように気怠い表情のせいで、その存在感は異彩を放っていた。

 時崎が主導で完成させた『ι細胞』を手に入れた事で予定よりも早く『レイラ菌』を生成する準備が整ったミストは、自身を殺した『全知全能神』の復活の前に『レイラ菌』の完成と散布を行う為に、自身の生まれ故郷であるこの地を訪れていた。


 本来であればあと数十年掛かるはずだった手に持つケースに入っている『ι細胞』の存在を感じながら、新嶋や篠目の死、時崎への裏切り行為は正しかったと、己がこれまで行って来た事を正当化しようとミストは必死に自身の心へ訴え続ける。


 新嶋の死、それは自身でも想定していなかったのが率直な感想で、彼女が『微生物シリーズ』に関して何かを知り得た事で殺害されたのか今となっては謎を呼ぶ結果となっているが、もし彼女が今も生きていれば『微生物シリーズ』の進化は変わってのかも知れないのは間違いないと感じると共に、その先の結末が死となった事で、彼女は恐らく『微生物シリーズ』に警鐘を鳴らす人物ではなかったのかとミストは結論付けていた。


 篠目の死に関しては自身を殺しに来た人物が影響していると感じてるが、その姿が自身と瓜二つであった事が今でも頭から離れられず、その姿はそれ以上に己を蘇らせた死神とも似ていると感じている。


 あの男は、あの程度では死なない。

 そして、『覚醒異変細胞』を使い己とは違う未来を見ている事も同時に感じている。


 ただ、自身の生きていた時間軸では別の生成方法で発見させたとは言え、『η細胞』に関しては人体実験を経て生成された機密事項に近い細胞だった事を知っているミストは、あの男に対し篠目が『η細胞』によって殺された事への恨みを持つより、自身が危ない橋を渡らずにこの世界で『η細胞』を生成出来た事への都合でしか捉えてはいなかった。


「・・・ならば、『微生物シリーズ』が完成した今、あの男が目的を果たす前に自分の目的を果たすのみ」

「そうはさせないわ。・・・ミスト」

「・・・ケイコ」


 時崎同様、『微生物シリーズ』と『人体の組織再生』の繋がりを理解したミストは、己を蘇らせた可能性のあるあの男が自身の計画を狂わせる要因になる事を察知し早急に目的を果たす事を誓うように呟いた次の瞬間、ミストが心に影を落としていたもう一つの要因である人物である時崎が目の前に現れる。

 自身の計画を阻止する人物はあの男と、目の前で権幕な表情で見つめる漆黒の髪を靡かせる女性であると感じていたミストは、想定の範囲内と言わんばかりの冷静な表情で、自身と解明困難と言われた『γ細胞』を発見したかつてのパートナーである時崎に視線を向ける。


「やっぱり・・・君であれば、自分の居場所が分かると思いましたよ」

「あなたは以前、『レイラ菌』は散布される菌と話していた。なら、あなたが話した『レイラ菌』の生成に矛盾を感じたの」

「矛盾・・・ですか」

「散布される菌であれば、『δ細胞』と『ι細胞』ではなく、感染性を生成する為に必要な人体をベースにした『η細胞』と『ι細胞』の組み合わせのはず。そうであれば、ミストが要教授にその細胞のみに関して研究依頼をしていたのは『ι細胞』ではなく『η細胞』だったのね」

「君も、『ι細胞』の真実に気づきましたか」

「最初はあなたが話した通り、完璧な細胞を目指すのであれば、鳥類である『δ細胞』ソマスチタンと空中感染能力のある植物性『ι細胞』の組み合わせで『レイラ菌』が出来るのは納得していました。だけど、基は菌の塊である私たち人間の細胞を合わせた『η細胞』こそが、真の殺人細菌となる事に気づきました」

「さすがですね・・・。ケイコの言う通りです」

「要教授は、あなたの話すまだ見ぬ未知の細胞を冗談半分で聞いていた筈。・・・だけど、『謎の生物』と『人体の組織再生』を研究していたウェストリア家であれば、すでに完成されていた別ルートの『微生物シリーズ』から『ι細胞』の存在を証明する材料を要教授へ提供する事は可能だった」


 時崎の言葉に顔色一つ変えず答えるその表情はこれまで見てきたものと同じであったが、自身を見つめる瞳は以前のミストと違い目的を当たす為には手段を選ばないマッドサイエンティストのそれと感じ取れた。

 だが、そのオーラは以前に己の正体を語った時のミストと同様で、その姿を一度見ている時崎は臆する事無くミストを見つめたまま力強く口を開く。


「・・・そして、あなたは『η細胞』の生成に40年前に現れ保管されていた13体目の『謎の生物』を使った。私も、その話を当時の政府関係者だった鈴森さんから聞きました。当時、全ての生物を倒したはずの政府の前に現れるはずのない13体目の生物が現れ、世界中を混乱に陥らせた事を。それは、禁忌だった『人体の組織再生』を使い『謎の生物』を蘇らせた人物がいて、それがあなたたちウェストリア家と西村研究所だったと言う事を。・・・そして、過去の世界で『人体の組織再生』を完成させ、日本を制圧しようとした菅野の存在も」

「・・・ケイコ。どうやら、君は僕の考えに共感してもらえないようだね。君の話す菅野とは、多分、自分を殺そうとした男の事だろう」

「ミストを殺そうとした人物・・・」

「その男は自分に『ようやく自分に会えた』と言ったあの時、自分は確信した。あの男が自分をこの世へ蘇らせた『死神』で、それは『覚醒変異細胞』と『人体の組織再生』を合わせた研究だと言う事も」

「そうよ・・・。菅野は『微生物シリーズ』の全てを知るあなたを利用してこの世界へ蘇らせ、自身の研究する『人体の組織再生』を完成させる為に利用しているだけよ。・・・あなたも、私たち同様に菅野に踊ろさせられていただけなのよ!」

「・・・そんな事は、この世に蘇らされた時から知っていた」

「じゃぁ・・・どうして!?あなたは菅野に利用されていると知りながら、『レイラ菌』を作ろうとしているの」


 ミスト自身も菅野の手によって踊らされているだけと話す時崎に対し、その事を自身も理解していると言わんばかりに冷徹な表情を崩さないままミストは静かに答える。


「今はこの時間軸へ転移された事で自分の容姿は君と同じ若さを保っているが、本来の自分は既に四十年以上も生きた人間だ。この世界の末路を知っている自分は、君たちのようにこの先の未来に希望を持ち続ける事は出来ない。・・・己の考えを曲げる事は出来ない、つまらない大人だと言う事だ。自分は、あの男に蘇らされてから表向きには『δ細胞』を探すフリをして男の目を盗み、要教授に『η細胞』の研究を依頼していた」

「あなたも、そして菅野もこの世界では存在し得ない人間です。私は、この世界で『謎の生物』を使い生物研究をする悪とは断固として戦います。・・・それが、例えその人の歴史に悪影響を与えても!」


 それまでの冷徹な瞳はその勢いを失うかのように遠くを見つめたミストの言葉を聞いた時崎は、この時彼が本当に未来からやって来た人間だと言う事を理解出来た。

 外国人であるその白髪以外は自分と同じ高校生だと感じるが、その言葉の重みは上村や鈴森同様に長い人生を積み重ねた重みを感じ言葉を出せずにいる時崎を見つめていたミストは、ジャケットの内側からおもむろに一丁の拳銃を取り出す。


「・・・やはり、君とはここで決着を付けないといけないようだね。今の君の表情は、もう前のように自分と一緒に居られる事は出来ない、そう物語っているよ」

「私は・・・私は、あなたと出会って自分に自信が付いたの。内気だった私は周りと自分の家系ばかり気にしてたから、朱鷺宮で生きるには自分で道を切り開くしかないと思って必死に勉強した。・・・だけど、あなたがいなければ『γ細胞』を発見したり研究発表会で優勝する事なんて出来なかった。この世界の生物界で私が有名になったのは、間違いなくあなたのお陰よ・・・」

「・・・だが、それが君の人生を狂わせた。君があの時『微生物シリーズ』に首を突っ込まなければ、新嶋さんも要教授も死ぬ事は無かった。・・・そして、アヤも『η細胞』となり君の持つ試験管に入る事も無かった」

「私は、あなたを助けたい。あなたの胸にある、その呪縛を解きたいの・・・」


 自身の言葉に反論するミストへ涙を浮かべ叫ぶ時崎は、自身へ向けられているミストのガバメントにも臆する事無く悲壮感漂うが凛とした表情で見つめ続ける。

 最後に叫んだ時崎の言葉に暫く沈黙を守ったミストは、その表情を変える事無く手に持つガバメントのトリガーに手を掛ける。


「君たちが自分をどう思おうが、自分自身は人を裏切ったとは思っていない。自分はこの時間軸へ己の目的を果たす為に蘇り、その目的を達成する為に君たちを利用しただけ。・・・自分を助けるのであれば、その呪縛は完成した『レイラ菌』を世界へ散布出来なかった事だ。・・・自分は、その目的を果たす為に生きている」


 冷たく語る声と共に辺りは霧に包まれると、ミストは菅野と対峙した際に使った『存在を失くすベール』を使いその姿を消す。


「自分は、目的の為に君に近づいただけだ。君に対して、それ以上の感情はありません。自分の邪魔をするのであれば、君をこの場で殺します」


 ミストは以前に菅野を瞬殺した己の存在を完全に消し去る能力を使い姿を消すと、時崎は静かにベレッタを取り出し先の見えない霧の闇へ銃口を向ける。


「ミスト・・・。もう、あなたを止める方法はこれしか残っていないの?あなたは、私が持っていなかったものをくれた大切な人・・・」

「・・・ならば、このまま自分の毒牙に掛ってくれる事が、自分の今考えれる唯一の望み」


 霧の中に潜むミストは、銃口を向ける時崎の背後へ回りガバメントの照準を彼女の胸に合わせトリガーを引いたが、ミストの銃はトリガーを引く瞬間、突如現れた物体により己の手から弾かれた。


 『存在を失くすベール』によって時崎の背後を取ったはずのミストの背後に現れた時崎と同じ朱鷺宮のブレザーを着る銀髪の男は、40年前に『謎の生物』と戦った増田の子孫である司馬で、司馬は両目を閉じクロスボウをミストへ向け構えていた。


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