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第20話 最後の細胞

 時崎が『η細胞』を解明して以降、世界中の研究者達は終幕の見えて来た『微生物シリーズ』の完成に向け研究ピッチを上げる中、その結末を知る人物はそれぞれの目的に向け再び歩みを始める。


 完成した『微生物シリーズ』を使い『レイラ菌』を撒く事で人類の『選別』を行う為、一度死に絶えた体を復活させ過去の世界へやって来たミスト。

 そのミストを自身の研究の為に、過去の世界で復活させたミストと同じ容姿を持つ謎の男。

 ミストの真の目的を知り『微生物シリーズ』を悪とさせない為に立ち上がった時崎と司馬。

 そして、40年前に最高神と戦った上村と鈴森はミストと同じ容姿を持つ男の存在を知り、再び彼の暴走を止めるために立ち上がった。


 鋭い朝日を浴びる朱鷺宮市内のホテルのロビーのソファーに腰を降ろす上村は、自身の前を通り過ぎようとする一人の男に只ならぬ気配を感じ取り、近寄って来るその姿にゆっくり視線を合わせる。


「・・・やっぱり、お前だったのか・・・菅野」

「久しい、ね。君は・・・随分と老けたね。あれから、いろいろ苦労したんだね」

「いや・・・これが、通常の人間(・・・・・)として正常な時の進み方だよ。お前こそ、あの時の・・・40年前の姿のままだ」

「・・・これが、僕の完成した『人体の組織再生』の成果だよ。是非とも君にも体験して欲しいね。・・・死を知らない不死の体と言うものを、ね」


 目の前に現れた白髪の髪の男性を見た上村は、動揺する素振りも見せずゆっくりをその名を呟くように発すると、男は上村が口にした名に対して否定せずに研究成果を語る事で自身の正体を表現する。

 昨夜の決闘でミストに殺されていた事を知らない上村にとって、菅野の研究成果は実際に成功しているのかを理解出来ない筈だが、自身と同じ時を刻んでいる筈の同い年の人間の姿が40年前に戦った時と変わらない事で、彼の不死の研究が立証された事を実感する。


「・・・菅野、お前の目的は何だ。また日本を侵略でもするのか?」

「あれは、ゲリラ軍が東洋を制圧したい要望があったからであって、僕としてはこんな小っちゃく薄汚い国に要は無い、ね」

「じゃあ、その薄汚い日本へ未だに居座るお前の目的は何だ」


 上村の言葉に首を傾げ白髪を靡かせながら薄ら笑いで答える菅野は、40年前に起こした日本侵略は元同僚だったゲリラ軍からの要望だったと語り、自身を阻害したこの国を未だに嫌っている様子を見て話す上村の隣に座った菅野は上村を見ずにロビーの天井をダルそうに見上げる。


「・・・でもね、あの時僕は最高神を召喚して世界を恐怖の渦にする事で快感を覚えたんだ。だって、この世界は退屈でしょ?只、何事もなく日常が流れ平穏な生活が続く。僕は、その流れを変えてみたいと思っているんだ、よ」

「だが、それは多くの人は望んでいない現実だ。幾ら退屈な日々でも世界中で飢えに苦しみ戦争が日常な国に比べれば、退屈こそが人類が望む最高の人生じゃないのか」

「・・・上村、君は随分オジン臭い人間になったんだ、ね」

「そりゃ、私だってもう還暦を超えた。・・・人は、時の流れに逆らってはいけない。人間は、退屈と老いと常に戦って生きている流れに逆らってはいけない。お前だって容姿は昔のままだが、生きている年数は私と変わらない筈のお前なら、私の言っている事が分かる筈だ」

「・・・交渉決裂、って所だ、ね」


 上村の言葉を目を閉じながら聞き入っていた菅野は、彼の語る内容を大筋理解出来た瞬間おもむろに立ち上がる。

 説得が出来ない事はある程度想像していた上村だったが、彼が自身の語りにここまで耳を傾けた事に驚きを感じると共に、今なら彼を再び光の世界へ戻す事が出来るかも知れないと感じ深く腰を掛けていたソファーを蹴り上げるように立ち上がる。


「菅野!・・・今ならまだ間に合う、自分のした事を悔いているならまだ戻る事は出来る!」

「・・・」


 一連の殺人事件の首謀者が彼だと確信出来た今なら、応援を呼び全力で止めに入れば事の事件は解決出来るかも知れない。


 ・・・だが、それでは友人としての彼を助ける事は出来ない。


 ロビーに響く上村の悲痛にも似た叫びを聞いた菅野はその言葉に一瞬歩みを止めるが、上村との絶縁の決意を伝えるかのように再びゆっくりとその歩みを始める。


「・・・僕は、この世界の神となる。・・・そして、人類はもう一度無の世界からやり直してもらう。その為に、僕は地獄の底から蘇って来た」

「お前は・・・博士は、間違いなく私の手で息を引き取り過去の世界で荼毘に伏せた筈。・・・そんなおとぎ話を信じると思っているのか」

「そうと言っても、君の目の前にいる僕は間違いなく君にとっての現実だ。その真実からは逃れる事は出来ない」

「『人体の組織再生』は、それ程までの力を持っていると言うのか」

「確かにあの時、僕は君の手によって殺され埋葬された。・・・でも、君達は知らなかった。本当の僕は、あの石室にあった試験管の中に居た事を」

「試験管の、中・・・」

「あの時代の試験管の中に居た『コア』の存在であった僕だからこそ、この世界へ来ても過去の世界の記憶が消えていないって事だ、よ。『パラレルワールド』は別の世界の記憶を蘇らせる事は出来ないが、自身が持ち得ていた記憶であれば消される事は無い。君のお陰で現代の情報も仕入れる事が出来た僕だからこそ、『微生物シリーズ』も『人体の組織再生』も知っている」


 真顔の菅野が話す真実を理解した上村は、唖然とした表情を向ける。


「そうか、お前は『覚醒異変細胞』からの生まれ変わりか・・・」

「・・・まさか、君もその名を知っているのか」

「私もそれをここへ来る迄知らなかったよ。長野からここへ来るまでに鈴森さんが口にしたその言葉を、一緒に居た司馬君が説明してくれたんだ」

「なるほど・・・。君の後ろには増田の家系と切れ者が居るって事、か。人体に入り込んだ細胞が体内の微生物と融合する事で起きる『覚醒異変細胞』は、僕が彼女に注入した未完成の『η細胞』を完全たる細胞へと変えさせた、と言う訳だ、ね」

「お前が彼女を、篠目 綾を殺したのか」

「僕も、その後に会ったミストに言われてその事に気付いたんだけど、ね。自身の研究が世界を脅威に陥れる事に絶望していた彼女は、あのままなら遅かれ早かれ自ら命を落としていたよ」

「それを、お前の一存で決める事は出来ない。彼女は時崎さんと共に、これからの生物界を背負って立つ重要な存在だった筈だ」

「・・・だが、皮肉にも自身を実験体とする事で『微生物シリーズ』最大の難関とされていた『η細胞』を彼女は発見した。彼女は十分、生物界に貢献出来たと思うけど、ね」

「お前は、再び戦争を始めようとしてるのか!?」


 語りながらゆっくりと上村から離れるように歩みを進める姿を引き留めるように叫んだ上村の言葉に、菅野は即座に歩みを止める。


「戦争?・・・そんなものは、もう既に始まっている、よ。もう僕の手は離れて爆弾は動き始めている」

「なんだって・・・」

「『η細胞』が完成したその時から、僕たちはそれぞれの目的の為に動き始めている。・・・そう言う事、だね」


 上村の叫びに歩みを止めた菅野は再ロビーの出口へ向かい、その姿を見て彼の言わんとした意味を理解していた上村に不気味な笑みを再び歩み始めると、その先には二人の存在に気づき待ち受けるかのように鈴森が菅野を待っていた。


「・・・菅野」

「やはり君が出てきた、ね。40年前も君と上村の存在が、僕の計画を台無しにした。・・・けれど、今回の首謀者は僕ではなく・・・彼だ、よ。僕は、彼に切っ掛けを与えたに過ぎない」

「だが、彼、ミスト君の目的こそ、お前の目的でもあるんだろ」

「・・・いや、彼をこの世へ送ったのは僕だけど、当初想定していた目的とは違う方向へ進んでいる彼を消そうとした僕は逆に殺されてしまったけど、ね。・・・だけど、彼が実行しよとしている人類の選別は僕の想定外で、最終的には僕の考えている未来へ世界を運んでくれる。・・・だから、例えここで僕を殺しても絶望の未来は変わらない」


 何も出来ずにいる鈴森の横を菅野が通り過ぎた瞬間、彼がなぜその若さを保っているのかを理解した鈴森は上村同様に『人体の組織再生』の研究が成功している事を感じながら、実体の無い亡霊のような菅野の通り過ぎる姿を見つめた鈴森は、上村へ近寄る。


「・・・あの時、40年前に私が殺した博士は過去の世界に居た菅野の分身で、恐らく今の彼も本物の博士じゃない」

「では、菅野は何処に・・・」

「博士は、既に人間ではありません。・・・『人体の組織再生』で作られた『亜種』です」

「彼自体が、『覚醒異変細胞』と言う事か・・・。とりあえず時崎さん達が『η細胞』を解明した事で、『微生物シリーズ』の起源が分かった。後は僕たちが今出来る事をして行こう」

「・・・はい」


 上村のその表情を見た鈴森は、彼が見た菅野は『覚醒変異細胞』で蘇った自身の知らない菅野だと感じている事を理解し、再び親友と戦う事を決意したと感じる。


 そして、ついに『微生物シリーズ』が完結される最後の細胞『ι細胞』が解明されるが、その細胞の正体を知った世界中の研究者たちは、その時初めて『ι細胞』が完成させてはいけない細胞だった事に気づく。


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