第19話 細胞の正体
深夜の線路内に潜入するなど普通では有り得ない話だが、自身に身の覚えない罪を着させられている事に気付きつつも行っている事は同様の罪だと感じているミストにとって、人に目撃される事の無いこの場所を通る方が得策だとの考えであった。
しかし、その気持ちを知ってか自身の目の前に現れた人物は長い白髪を持つ自分に瓜二つの男で、自身の心を見透かされているかのように感じ一瞬身構えたミストの耳に入った声は、あの時、未来で『全知全能の神』と呼ばれる人物に殺された後に自身を蘇生させた男の声で、その声に緊張した趣を見せるミストに男は不気味な笑みを見せる。
「・・・ようやく君に出会えたよ。さあ、持っている『η細胞』を渡してくれ」
「『η細胞』?・・・まさか、お前はそれを奪う為にカナメを殺したのか」
「いや、アイツは『η細胞』を持っていなかった」
「生憎だが、自分も『η細胞』を持っていない」
「今更、何を言い出すかと思えば・・・命が欲しくないのですか?」
「『覚醒変異細胞』って事か・・・」
「・・・なるほど。さすが、ウェストリア家の末裔ですね。彼女は『η細胞』を持っていなかったのではなく、『生まれなかった』と言った方が正しいと言う事です、ね。・・・なら、君は要から何を貰った?」
「自分はあの時、死後の世界でお前と会った気がする。・・・そうであれば、あの時自分が蘇生した理由を忘れていないと思うが」
「・・・まさか!貰ったのは『レイラ菌』のサンプルか!?」
「西村研究所と進めていた『η細胞』以外に、ウェストリア家は朱鷺宮の才女に『レイラ菌』のサンプルを制作依頼していたんだ。未来での『レイラ菌』はそれではないですが、カナメの研究は後に完璧な『レイラ菌』を作る為に必要なサンプルだから、ヤツラに取られる前に奪ってしまおう、そう言う作戦だったんだ」
自身と同様の容姿で『η細胞』を要求する目の前の男が自身を蘇らせた『死神』だと理解し、『η細胞』を手に入れられなかった理由が『覚醒遺伝細胞』だと推測するミストに男は疑いの視線を向けるが、ミストの持つサンプルが『レイラ菌』だと言う事を聞かされると先程までの笑みを失い鋭い形相へと変化する。
「・・・まぁ、『η細胞』は西村研究所に『亜種』が居るから、いずれ真相は彼女が解明するでしょう。ですが・・・その前に、僕の想定していた未来と違う方向へ向かっている君を殺さなきゃならない、ね」
「なるほど、お前が欲しがっているのは『η細胞』のみだと言う事だな。・・・目的は『人体の組織再生』って所か」
「僕はその研究を完成させ、不死の体を手にする。それが、これまでに犠牲になった僕の『細胞たち』への弔いとも言えるから、ね」
「自分を蘇生させ同じ容姿を持つお前を見れば、その辺の所は驚く事は無い」
男の言葉と共に発する鋭い殺気に自然と反応し体を反らせたミストの横を男が放つ弾丸が通り抜け、不利な体勢で後ろへ倒れたミストは即座に持っていたタブレットケースから取り出した一粒の錠剤を口に含む。
「・・・なるほど、君も薬を持っているのか」
「生憎、ケイコ達が持っているのとは違う成分の薬ですけどね・・・」
薬を飲み込んだミストは倒れそうになる体制から起き上がる姿を見た男は、ミストの話す同じ薬でも時崎達と違う成分だと言う事を即座に理解する。
男が放つ無数の弾丸をSF映画のような空中アクロバティックで華麗に交わしたミストは間合いを一気に詰め、男の目の前で手に持っていた手榴弾を放ち巨大な爆発を起こすが、男はミストの高速移動からの爆弾攻撃をかわしミストと再び距離を取る。
「なかなか・・・やりますね。その力、『β細胞』からの能力活性化とは違う作用をもたらしている」
「それは、お前自身の体で直接味わって下さい」
「・・・ですが、もし僕が今の状態を薬の力に頼っていなかったら・・・どうですか?」
「そんなバカな事は無い。この状態の自分の動きに付いて来れる生身の人間なんて居ない筈です」
「君は、要の遺体を見ていないのか?あの彼女が僕を倒そうと自身の身を犠牲にし、能力向上の薬を重服したんだよ。・・・ですが、それでも僕を倒すどころか傷一つ付けられなかった。それが、僕の真の力!」
実際に朱鷺宮高校で殺された要の遺体を見ていないミストだったが、朱鷺宮高校の天才と呼ばれ若くして教授になった彼女を倒したのが目の前の男であればその能力に納得行くと考え、己の覚悟を決めたかのように神妙な表情に変わったミストの額に大量の汗が見える。
「・・・どうやら、自分も命を賭けて戦わなければならないようです」
「ちなみに、要さんは能力向上の薬を二錠飲みましたが僕のスピードに追い付く事は出来ませんでしたよ」
「・・・いや、自分にはスピードは必要ない」
自身の目の前で目を閉じたミストに余裕を見せていた男は、次の瞬間に突如現れた大量の霧にミストが話す訳を理解する。
「なるほど・・・移動阻害って訳ですね。さすが『ウェストリアの白い霧』と言われた事はありますね。・・・忘れていましたよ、君が僕と同様に『人体の組織再生』の人体実験を行う為に、イギリス空挺部隊に所属し戦場を経験していた事を」
「お前の異常なまでの基礎体力が能力であれば・・・自分は、知恵を使った能力とでも言おうか・・・」
辺り一面霧に包まれた光景は霧の町に居るかのように白一色に染め、その不気味さを感じた男は全ての感覚を研ぎ澄ましミストの攻撃を待ち受けるが、霧の中を切り裂き突如現れた発射音のしなかった一発の弾丸が男の喉元を突き抜ける。
弾丸を受け首から大量の血を吹き上げながら、霧から現れたミストを男は薄れ行く意識の中で鋭い視線で睨む。
「な!バカな・・・そ、んな事が・・・」
「お前は、自分を見くびり過ぎましたね。あの戦場で異常な能力を身に付けたのは、お前だけじゃないと言う事です。霧の正体は『存在を失くすベール』で、それは姿だけではなく音や気配も消す事が出来るのです」
「こ、これは、うかつでした・・・ね」
伏せに倒れ喉から出た大量の血が線路を深紅に染める男の姿を見つめるミストは、冷徹な表情のまま動かなくなった自身と同じ姿の男を残し暗闇が支配する線路を再び歩み出す。
時崎に自身の真の姿を知られている事を直感すると同時に彼女は『η細胞』の解明に成功できると実感するミストは、それは過去の世界を知らない自身にとって西村研究所ですら解明出来なかった『η細胞』の解明は彼女の才に委ねられると感じているからで、『γ細胞』を発見した時に見せた彼女の能力は『微生物シリーズ』や『人体の組織再生』の研究に多大な影響を与え、自身の最終目的ある『レイラ菌』の生成にも繋がるとミストは考えている。
その時と同じくして、差見研究所に居た時崎は自身の解読した資料を基に、母親と共に『η細胞』の解明に取り掛かる。
「・・・なるほどね。確かに『微生物シリーズ』にも植物由来の細胞はあるけど、『亜種』として生み出されたキメラを見る限り、普通に考えれば動物性由来の細胞に考えが偏るのは無理もないわよね。それなら、この香料が『η細胞』や『微生物シリーズ』の起源になっている事に気づける人間は限られる、って訳か」
「『パラレルワールド』の影響で過去の世界の記憶を失うから、過去の世界で完成されていた『微生物シリーズ』と今の『微生物シリーズ』は別の道を進んだけど、本来は植物を由来とした細胞が突然変異を起こして出来た研究だった、そういう訳だったの」
「・・・で、その過去の世界で完成した『微生物シリーズ』の起源となりそうなスパニッシュ・ブルーベルと似た香料の正体は?」
「香料には僅かながら科学物質が含まれていて、それが『亜種』と『微生物シリーズ』を生んだ原因と考えるのが妥当だと思う」
「人類の進化の恩恵でもある化学物質が、人類最悪の研究を生み出すきっかけになっていたと言う事ね。・・・まるで、自然を破壊する人類に対する警告・・・いえ、殺人予告とでも言う感じね」
「・・・う、うん」
細胞に含まれていた香料の解析結果は、原料であるスパニッシュ・ブルーベルを原料に現在では使用が禁止されている科学物質が僅かながら含まれていたのが確認された事を聞き、それはこれまで化学の進歩を言い訳に自然を無視し続けた人類に対する殺害予告だと寂しそうな表情で語る自身の母親を時崎は見つめる。
「・・・だけど、『微生物シリーズ』の可能性は汚れた地球環境を浄化出来る。それは、今お母さんが行っている水質浄化研究と繋がってるじゃない。私は綾ちゃんを殺めた『η細胞』だって、本当は悪い細胞じゃないって思っている」
「景子・・・」
時崎の言葉を聞いた母親は、一般人である父親の影響で満足する研究をさせる事が出来なかった娘がこれほどまでに生物研究を愛している事を知り、驚きの表情と共に名実共に自分の自慢出来る存在となった娘を頼もしく感じる。
解析不明であった『η細胞』の正体を突き止めた時崎親子率いる差見研究所は、数日後『η細胞』の解析に成功した事を発表する。
これまでの常識を覆す内容は世界中の研究者に影響を与え、既に過去に確立されていた『微生物シリーズ』はヨーロッパに生息する外来種であるスパニッシュ・ブルーベルであり、動物性由来が殆どであった現在の『微生物シリーズ』では有り得ない結果に研究会は混乱を極めた。
だが、その全てを知る人間のみは、これまで通り自身の目的を果たす為に再び動き出す。




