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第18話 友への決意

 「・・・上村さん?」


 主要都市でもある朱鷺宮の駅はそれなりの広さであるが、その地を踏みしめた瞬間に体の強張りを覚え動きが止まる上村に気付き時崎は声を掛ける。

 この強張る感覚に覚えのある上村は、自身の記憶の引き出しを片っ端からあさりその答えを探り、それが菅野を殺した後に彼を過去の世界へ連れて行き埋葬した時に感じた虚しさと寂しさと一致する。


 増田が『次元操作』と共に立証した世界『パラレルワールド』は、過去を変える事で現在でもそれが適用されると同時に別の世界を作っている事実で、実際に菅野を殺したのはこの世界であったが源流の石で過去の世界へ連れて行った事で菅野は600年前の別の時間軸の世界で存在し死に果てた事になっていた。

 だが、唯一複数の『パラレルワールド』の存在を知る上村には、踏み入れた事で別の世界の領域へ入った事を実感出来る感覚を持ち得ていた。


「・・・いや、ここへ来た途端に、まるで別の世界へ来た感覚を覚えたから・・・つい」

「別の世界、ですか?」

「君達の言う通り、菅野は生きているかも知れない。・・・だが、未だにそれは信じられない自分が居るのも確かだ」

「とりあえず、司馬君たちの朱鷺宮高校へ行きましょう。すべては、それからです」


 年を取れば己の考えに頑固になるのは自身が若い時に見て来た周りの老人を見れば良く知っていて、己に感じるそれが自身の地位の固辞のする老害と言われた者達とは違う事は上村自身も感じていたが、それでも納得が出来ないのは増田の提唱した『パラレルワールド』や『次元操作』でもなく、友として手厚く葬った筈の死体が蘇るホラー要素的な真実に目を背けたいだけだった。

 だが上村が実際に目にした朱鷺宮の現実は、自身の期待とは全く違った結果と現実を見せつける。


 事前に鈴森が手筈を済ませていた為、政府の要人として西村研究所や殺された要の遺体の検証を問題なく実施する。

 西村研究所で見たあの時に対峙した『η細胞』の死骸を目の辺りにした時崎は、巨大な尾びれと腕が4本あるそれの原型が篠目だと分からない程の姿に、悲しみを通り越し痛みを全て遮断したような己の感覚が全て遠くで起きている感覚に落ちいる。


「・・・この『亜種』に当てはまる細胞が無いって、どう言う事です」


 硬直したままの時崎の横で研究員と話をしていた鈴森は、まだ解明されていないこの細胞を研究しても、どの『微生物シリーズ』の細胞と掛け合わせたのか見当が付かない事実に驚きを見せる。

 幾らこの世界では発見されていなかった『η細胞』でも、『人体の組織再生』から『微生物シリーズ』を追った増田同様に細胞を研究すれば『微生物シリーズ』のいずれかに辿り着く筈であったが、篠目に投与された細胞は『η細胞』を生成したにも関わらず、それがどの細胞かが世界的権威である西村研究所でも解明出来ずにいる。


 親友を失くした記憶が蘇り時が止まったままの時崎は、自身の発明した『δ細胞』のせいで家族と引き離され悲しみのどん底だった篠目へ自分はどう語り掛ければ良かったのか、未だにあの時の彼女を止める事が出来なかった事を後悔していた。


 もしかしたら、篠目自身はこの世から抹消されたが、家族を守る事が出来たこの結末は彼女にとっては最良の結果であったかも知れない。

 だが、大切な親友を失った事には変わりないこの状況で自分は何が出来るか?鈴森と西村研究所の研究員と話す横で硬直したままの時崎は己の心に訴え続ける。


 己に何ができるか・・・。

 それは彼女の苦しみを、世界をも救う事が出来るのか・・・。



 ―――――生物研究って、未来と繋ぐ糸みたいな感じがするんだよね。―――――



 以前に二人で研究課題の宿題をした時に篠目が語った一言を時崎は思い出す。

 彼女は、『微生物シリーズ』を悪にするつもりは無く、『微生物シリーズ』を完成させる事で、世界中にある不治の病を治す手助けが出来ればと語った。


 自身も生物研究を目指したのは篠目と一緒の高校へ行きたかったのもあったが、朱鷺宮での天才の称号を受け継いだ事で、己の研究が世界中で役に立って欲しいと考える時もあった。

 それこそが、これから先の未来で新薬を完成させる為に必要な細胞の開発を待ち望んでいる者、その細胞を開発させる為に必要な素子を発見し次の世代へ繋いだ過去の偉人たち。


 それは考えれば当たり前の話だが、彼女が言う通り己の研究は未来・過去を繋ぐ為に行っている事を地位を手に入れた事で次元の高い要望に応える為に必死になっていた事で忘れていた時崎は、彼女の明るく優しい笑顔と言葉を思い出すと共に頬を伝う一滴の涙で我に返ったかのように意識を取り戻す。


「・・・鈴森さん、私にこの『亜種』の研究をさせて頂けませんか」

「時崎さんが、ですか」

「わ、私程度の研究者では、既に調べ尽されている場所から何かを見付ける事は不可能かもしれません。・・・で、ですが、私にも朱鷺宮高校の天才を引き継いだ研究者としての意地があります。・・・それに、目の前の『亜種』という成果が過去・未来と繋がりが無いなんて、私には納得出来ません」

「・・・まぁ、時崎さんであれば別の視点から何かを見付けられるかも知れませんね。所長どうです?朱鷺宮の天才に委ねてみてはどうですか?・・・これは、政府としてのお願いでもあります」

「・・・ええ。まぁ、政府からの要請であればそれは構いませんが・・・」

「あ、あ、ありがとうございます!」


 突如話し出した時崎の表情に昔の上村の面影を見た感覚を覚えた鈴森は、時崎の要求通りに政府の権力を内閣府の小泉から委託された強みを使い『亜種』の研究許可を所長から強引に近いやり方で奪い取ると、驚きの表情の時崎に視線を合わニヤッと笑う鈴森に、時崎も笑顔で頭を下げる。

 研究の許可を得た時崎は『亜種』の一部をサンプルとして引き取り、西村研究所と同じ地区にある自身の母親が勤める差見研究所へ向かう。


「・・・あんた、結構な仕事を持って来たんじゃないの?」

「う、うん・・・。でも、彩ちゃんの為にも『亜種』からの呪縛を私が解放させてあげたい・・・」

「そう・・・。私も協力出来る事は手伝うからね」

「ありがとう、お母さん・・・」


 昨晩顔を合わせた筈の自身の母親との再会に長い年月を感じた時崎は、それはあの夜からの出来事が強烈過ぎた為だと考え、あの時見た篠目の最後とミストの正体・・・そして、ミストと同じ髪型をした菅野の存在。

 その全てが時崎の時間軸をずらしたかのように、僅か十数時間の出来事がまるで数か月も経ったかのような錯覚を覚えさせた。


 差見研究所も『η細胞』の件で影響を受けたのは当然で、同じ生物研究所としては遅れを取るわけには行かないとの所長の指示で時崎の母親も昨晩から今まで研究所に居続けていて、自身の娘が持って来た『η細胞』は研究所としては喉から手が出る程欲しいサンプルであったが、目の前で語る娘の決意に大人の事情など全て吹き飛ばされた。


 差見研究所で『η細胞』の研究を始めたとの連絡を受けた上村達は、その話を聞いてすぐに隣に居る鈴森と目を合わせる。


「・・・鈴森さん、この黒幕は本当に菅野なのでしょうか」

「『パラレルワールド』の影響で、上村さんから話を聞くまで存在すら忘れていた筈の名前でしたけど・・・僕もその名前に妙な違和感を覚えたのは正直な所です」

「それが、私と菅野しか知らない『パラレルワールド』での真意です。彼は確かに謎の生物対策省の研究所に所属し、『中東の鎮圧』ではゲリラ軍としてジャンヌダルクと対立していました。私が彼を過去の世界で荼毘に付した事でこの移管軸では存在しない筈の人間になりました」

「・・・だけど、司馬君たちの話を聞く限り、西村研究所以外でここまで『人体の組織再生』を知る人物は菅野と言う男以外考えられません。幾ら『パラレルワールド』で消された過去の記憶も、強く印象が残れば彼女のように残して置く事は可能なのかも知れません」

「・・・それが、人間の神秘と言う事でしょうか」


 電話で菅野の名を聞いた鈴森は、『パラレルワールド』の影響で消されていた筈の彼の記憶を思い出したかのように心に僅からながらの違和感を覚えた事を話すと、未だに菅野が生きている事を信じられずにいる上村も、科学が進歩しても解明出来ない人間の神秘的な部分だと抽象的な返事をする。


 上村と鈴森は、まだこの町に居る可能性がある菅野を影を追う為に捜査を始める。

 そして差見研究所で『η細胞』を解明する為に研究を行う時崎親子は、夜が更ける事も忘れ黙々と細胞の解析を行う。


 幾ら『γ細胞』を見つけた生物学界でも有名な朱鷺宮高校の天才と言われても、世界中の研究者から見れば中の上程度のランクでしかないと実感する時崎は、世界的権威である西村研究所をもってしても解明出来なかった『η細胞』に何が出来るとも感じている。

 『亜種』から採取したサンプルを顕微鏡で見ながら、これまで見て来た様々な研究レポートを『消えない部屋』から参照し称号を続けるが、既に考慮尽された手段であるそれでは結果は同じく一致する細胞は一つとして存在しなかった。


 深夜の研究室で一人大きくため息を付いた時崎は、耳鳴りが聞こえる程静まり返った静寂の中で初めて我に返ると同時に意識していなかった疲れが己の体を襲う。


「うーん・・・。やっぱり、西村研究所で見つからなかった細胞を探し出すのは、この方法じゃ限界だよね・・・」


 現実に戻り冷静さを取り戻した時崎は、差見研究所でも比べられない程の膨大な研究レポートを持つ西村研究所でも解明出来なかった『η細胞』の正体を自身程度の存在が解明できる筈がないと改めて実感し、絶望を覚え座っていた椅子の背もたれに重く寄り掛かり天井を見つめる時崎は眠気と疲れで軽い眩暈を覚える。

 その時に感じた眩暈に最近覚えがあると感じた時崎は、それが司馬と共に過去の世界へ行った際に襲われた症状だと感じるのと同時に、己の脳にある『消えない部屋』の片隅にあった使っていない資料がある事を思い出す。


「・・・そうだ!過去の世界に行った時に見たあの資料。あれを利用出来れば」


 過去の大仙陵の石室で見たその世界に存在しない筈のステンレス製のテーブルの上にあった数枚の資料の中にあった暗号に近い幾何学的な文字を思い出した時崎は、『消えない部屋』から呼び出した文字を解明する為に翌朝一番に古文書がある書店を巡る。

 その中で近い文字として現れたのは古代テーペ人が使用したと言われる魔女の文字で、テーペ語の翻訳書を手に入れた自身の記憶に残る文字の解読を試みた時崎は、過去の世界で見た文字の正体を知り唖然とする。


「まさか・・・『微生物シリーズ』の起源が植物細胞からで出来ているなんて」


 解明した文字にはイギリス生息する『イングリッシュ・ブルーベル』の外来種である『スパニッシュ・ブルーベル』の細胞を使用している事が書かれていて、最高神と呼ばれた生物の正体は『人体の組織再生』の研究を行っていたウェストリア家が発見したスパニッシュ・ブルーベルから取った細胞が起源で、その細胞の突然変異が生物と化した。

 だが『微生物シリーズ』には『α細胞』など動物性由来の細胞が殆どを占める事を知る時崎にとって、植物由来から始まっていた事に衝撃を受けると同時に、『η細胞』から発見された唯一の物質である僅かながらの香料がそれを物語っている事を感じる。


 恐らく外部に漏れない方法で研究を進めたかったウェストリア家が増田の開発したタイムマシーンに目をつけ過去の世界で研究を進めた事で『パラレルワールド』が発生したと考える時崎は、あそこにあった資料こそがまさに『微生物シリーズ』の起源であり、既に完成された研究を誰もが知らない事実だと言う事を推測し、それと同時に一度は信用したミストがまだ真実を語っていない事も同時に感じていた。


 終電が過ぎ電車の往来が無くなった暗闇が支配する線路を、白髪の髪を揺らしミストが歩くその先には、自身と同じ容姿をした別人の人間がミストの到着を待っていたかのように薄ら笑みを浮かべる。

 その人物が初対面では無い事を直感で感じ取ったミストは、男の話す口調とトーンは間違いなく自身が未来で死んだ際に聞いた『死神』の声だと実感する。


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