表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

取調室の由紀子

 取調室の蛍光灯は白々しく、由紀子の影をデスクの上に薄く落としていた。壁の時計は9時57分を指している。

「では、改めてお伺いします。藤森さん、あなたが娘さんを殺したというのは本当なんですね?」

石原の声は低く慎重だった。由紀子はまるでその質問を待っていたかのように静かに頷いた。

「はい。本当です」

「昨夜のことだとおっしゃいましたね。何時ごろですか?」

「覚えていません」

「覚えていない?」

「はい、気付いたときには、すでに終わっていました」

石原は片眉を上げて、辻川をちらりと見る。辻川は無言でタイピングを続けている。

「では、死体はどこに?」

「言えません」

「なぜ言えないんです?」

「言ったら、娘が困るからです」

石原は言葉を失ってしまった。(困る)とはどういう意味なのか。死んでいるなら困るも何もないはずだ。

「凶器は?」

「言えません」

「あなたは娘さんを守るために殺したとおっしゃいました」

「はい」

「どういう意味ですか?」

由紀子は俯き加減のまま、テーブルの上で組んでいる自分の手を見つめた。その指先は微かに震えているようにも見えたが、表情は相変わらず穏やかだった。

「娘は追われていました」

「追われていた?」

「はい、ずっと。もう限界でした」

石原は思わず身を乗り出した。

「誰に追われていたんです?」

「それも言えません」

「なぜ?」

「言ったら、また来ますから」

(また来る)その言葉で、辻川が初めて顔を上げた。

「来るって、誰が?」

「だから言えません。娘を守るために、あたしはここに来たんです」

石原はまた深く息を吸い込んで、椅子に背を預けた。この女は嘘をついているのか、それとも本気でそう信じているのか、とても判断がつかない。

「藤森さん、あなたの娘さんは何とおっしゃいますか?お名前を教えてください」

「山添美桜です。美しい桜と書いて(みお)です」

「えっ?山添さんって、実の娘さんじゃないんですか?」

「はい、あたしの姉の子、実際は姪っ子ですが、幼少期に養子として縁組しています」

「あ、そうなんですね。でもなんで?姓が…」

石原が問い掛けるまえに、由紀子がそれを遮った。

「はい、あたしたち、数年前に離婚しました。娘は元夫の姓を名乗っています」

「あ、なるほど。年齢は?」

「20歳です」

「昨夜、あなたは美桜さんを殺した。そうおっしゃるんですね?」

「はい」

「なのに、死体の場所も、凶器も、動機の詳細も言えない?」

「はい」

由紀子はゆっくりと俯き加減の顔を上げて、石原を見つめた。その瞳はまるで深い井戸の底のように静かで、何も映していないように見えた。

「普通、そんなことはあり得ませんよ」

「普通じゃないから、ここに来たんです」

唖然としている石原に、追い打ちを掛けるように由紀子が続ける。

「あたしは娘をこの世界から消しました。娘を、美桜を守るために」

「消したとは殺したという意味ですか?」

「はい、でも、あなたがたが思っているような殺し方ではありません」

石原は辻川に目で合図し、辻川は無言で頷きメモを取る。

「どういう意味です?」

「さっきも言いましたように、順番にお話しします。美桜が生まれた日のことから全部。そうしないと、あなたがたには理解できません」

由紀子は口角を上げて、うっすらと微笑んだ。その笑みには悲しみでも、狂気でもなく、確かな覚悟だけが宿っているように思えた。

「娘を守るために、あたしはすべてを捨てました」

取調室の空気がまたわずかに震えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ